第10話 利権あるところにエセ団体あり。少なくとも日本では、例外はない
「勝ったけど、素直には喜べないです。とにかく、娘たちには、説教です」
てれすこ君は、憮然として関係者席に戻ってきました。父親として、息子のハレンチな姿と娘のイタズラに憤慨するのは当然ですが、彼以外にも、もちろんこの結果を認めない、という人がいました。
「異議ありっ」
大音声とともに、大ホール入口のドアを蹴破って入ってきた人物がいました。
「女装関連のイベントと聞いてきてみれば、この茶番は一体、なんですかっ」
白いスーツに黒いシャツ、赤いネクタイ。イカつい角刈りの下には、細めのサングラス。どう見てもヤの字がつく自由業の人、に見えますが、彼は自らLGBT関連団体の理事だ、と名乗りました。
「私は、宮城県東部・性差別糾弾人権委員会の書記長、牟田口廉次郎である」
彼は、りばあねっとの牟田口総裁の実弟です。何を生業としているのか、さっぱり分からないのに、カネだけはたんまり持っているという、胡散臭い人物です。りばあねっとの裏の顔で、非合法な何やかやを一手に引き受けているという噂でした。確か、前回のロボットコンペにも、こんな胡散臭い登場をして、うやむやのうちに判定をひっくり返していったはず。彼が名乗った人権委員会とやらは、私たちにとって初耳でした。というか、本当に存在する団体かどうか、あやしい感じです。
書記長は、関係者席にズカズカ入り込むと、一番近くにあったマイクをとって、がなり立てました。
「実に情けない。いや、ケシカラン」
思わぬハプニングに、私たちコンペ参加者も、そして外野の観客席も、ざわめきました。司会者さんだけが比較的落ち着いていて「まあまあ、なんの御用ですか」と牟田口書記長をなだめました。おそらく、本当は、私たち海碧屋や、め・ぱん連絡協議会の連中がターゲットだったのでしょう。けれど、出鼻をくじかれて、まず、彼女に矛先を向ける気になったらしい。
「アンタ、この不正選挙の結果を認めるのか、アアン?」
「え。そう言われましても。私、司会者だから、司会するだけです」
牟田口書記長は、ペッとツバを吐くと、彼女を睨みつけて言いました。
「今は判定を問題にしてるんだ。追求されて、すぐに逃げを打つような野郎は、口を出すなっ」
「私、野郎じゃありませんよ。女です」
「けっ。揚げ足をとるんじゃねえよ」
そして牟田口書記長は、司会者や関係者でなく、審査員席に向かって演説を開始しました。
「このDSPスカートファッションショーは、あくまでファッションショーであって、ストリップショーじゃない。パンツを見せたり、パンツをはかなかったりして点数が上下するような、デタラメであって、たまるかっ。そんなに色仕掛けがいいんなら、モデル全員をスッポンポンにして審査すりゃ、いいんだ」
観客席のほうで「うんうん」と一定の理解を示す反応が、ありました。
「バカモノ。今、うなずいたヤツは、誰だーっ」
再び観客席がざわめきました。
「逆ギレかよ」「何がしたいんだ、いったい」「エセ人権団体、乙っ」
牟田口書記長も、ヤジに反撃します。
「モデルをスッポンポンにして審査をするだなんて、冗談でも肯定してはならぬことだ」
先ほどのざわめきとは、また違った声が反論します。
「……てか。最初に言ったの、そっちじゃん」
外野の声は、間違いなくステージまで届いていると思われるのに、今度は、その声を無視して、書記長は続けます。
「諸君。審査員ならびに観客の諸君。諸君は、LGBTのいずれかの性癖の持ち主、あるいはその応援団である。だからこそ、このLGBTを前面に押し出したこのイベントに、参加することを決めたのである」
今度は、観客席でなく審査員のほうから反論が上がりました。いつの間に来ていたのか、一番前の列にいた、ママさんバレー副キャプテンの旦那さんが、ボソッとつぶやいたのです。
「……違うけどな。俺、同性愛者でも女装趣味者でもないけどな。そもそも、嫁、いるし。その女房に尻を叩かれたから、このDSPスカートをはいてるんであって、それ以上でもそれ以下でもない。そもそも、このDSPスカートってヤツ、スコットランドのキルトみたいなもんじゃ、ねーか。特殊な場面、特殊な用途で身に着けるもんだろ。今、審査員席にいるヤツらも、純粋な意味で女装だとか思ってるヤツは、いねーだろ」
牟田口書記長は、その声も無視して、続けます。
「諸君。諸君がLGBTに属し、一度でもその性癖をカミングアウトしたことがあれば……いや、しなくとも、一般大衆たる愚民どもに、イヤがらせされたことは、あるだろう。職場や部落の集まりで露骨に無視されたり、よっぽど異性にモテなかったのだろうと蔑まれたり、こちらが何も言ってないのに自分はノンケだから付き合えないと不快な思いをさせられたり。かくゆう私も、寝ぼけて女房の下着をつけて国分町のソープランドに行き、嬢に笑われたことがある」
いつの間にか私の隣に来ていたてれすこ君が、耳打ちしてきます。
「この人と、お兄さんとは別の方向でイタイ人みたいですね」
「ええ。てか、今の話、LGBTとは何の関係もないような」
「そもそもあの人、LGBTの何にあたる人なんでしょう。ゲイ? バイ?」
「たぶん、そのどれでもないでしょう。ま、お兄さんの手助けができれば、ロリコンだろうがスカトロだろうが、名乗りそうなタイプなんでしょう」
勢いと迫力で牟田口書記長がそのまんま話を続けたので、ツッコミを入れるチャンスは、逃してしまいました。ステージ上からは、何より観客席がよく見渡せるようで、そもそも関係者席のヒソヒソ話に聞き耳を立てている様子は、なかったのですが。
「……ヤツらノンケを自称する愚民どもは、建前でこそ人権尊重とキレイごとを並べ立てるが、本音では、あの変態め、と我々を嘲笑っているのである。そうそう、LGBT当事者への風当たりは以上のごとくであるが、それだけでなく、シンパの方々への態度は、もっと悪い。性的少数者支援のために、あるいはその啓蒙のために、同人誌を描いたり頒布したりする有志諸君に、腐れ女だヤオイちゃんだ……だのと罵詈雑言を浴びせるのも、実は、この手の意地悪な性癖差別主義者の面々なのである」
今度の演説の下りは、そんなに悪くなかったと見え、観客席にいた女性陣の一部が、うんうん、とうなずくのが見えました。
「……そう。だからこそ、我々は自由と平等のために、意地の悪い性差別主義者を粉砕せねばならないのである。神聖なる女装ファッションショーを色仕掛けで茶化す偽物のLGBT団体、海碧屋とめ・ぱん連絡協議会の連中に、メンズスカートの作製や販売や宣伝を許してはならぬ。そう、DSPスカートからあがる利益は、何らの不正なし・なんらの色仕掛けなしでコンペに臨んだ、りばあねっとに帰するべきであるっ」
審査員席・観客席とも、ガヤガヤとざわめき立ちましたが、今度は反論の声が上がりません。
「意義ありっ」
関係者席から、反論が出ました。
誰であろう、青梅さんです。
「そもそも、りばあねっとだって、色仕掛け、してますよ」
そう、受付脇で販売していたブロマイド類のことです。くだんのスナップ写真では、オヤマ君だけが「おとなしい」恰好をしており、牟田口総裁はノリノリで煽情的な服を着、煽情的なポーズをとっていたのです。
牟田口書記長は、そんな青梅さんを歯牙にもかけません。
「ふふん。それはヤラセだ。そうに決まってる。私の情報収集力をあまり舐めないほうがいい。海碧屋一派である君が、無理やりモデルたちにエロポーズをとらせた顛末を、私が知らないとでも思っているのかね。試しに聞いてみよう。そこの海碧屋のモデルくん。君は、自分から進んで、エロビキニを着て四つん這いのポーズで、ブロマイドを撮ってもらったのかね?」
「いいえ。違います。……そこのゴスロリお姉ちゃんに命令されてです」
「ほら、みたことか。私の言った通りではないか。ブロマイドは、あくまで海碧屋の手の者が、正当なLGBTを貶めようとするワナなのだ。りばあねっとなら、決して、そんな性的マイノリティな方々の期待を裏切るようなことは、せぬ」
青梅さんは、観客席や審査員席からの注目も浴びて、慌てて反論しました。
「ちょっと、ちょっと。ショート君は確かにイヤイヤだったかもしれないけどさ、牟田口さんは、絶対、やる気マンマンのノリだったわよ」
「黙らっしゃい。キサマの証言なんぞ、そもそも信用できぬ」
時代劇の悪代官みたいな、芝居がかった言い方です。
「なんか泥沼だ」
私のつぶやきに、てれすこ君もつぶやきます。
「たぶん、それが狙いなんですよ。話を長引かせて、複雑にして、最後にはうやむやにしちゃうってのが」
「反論したいけど、やりにくいなあ。相手が偽物でもLGBT団体って名乗ってると」
「いえ。逆ですよ、海碧屋さん。偽物って分かってるんなら、そこを突っつけばいいんです」
言葉に行き詰った青梅さんに代わって、てれすこ君がハイッと挙手しました。
「質問です。牟田口書記長は、LGBTのうち、どれにあたる人なんですか?」
「私は、どれでもない」
「どれでもないのに、LGBT団体の書記長なんですか?」
「人権救済をするのに、その救済の当事者である必要は、ないっ。たとえばだ、性暴力の被害者の人権救済をするのに、支援団体の人々が同じく性暴力の被害者である必要が、あるのかね?」
質問に質問で返すとは。イヤなやり方です。
でも、まあ、理屈はあってます。
てれすこ君は一瞬ひるみましたが、続けます。
「ふ。ふん。じゃあ、あなたの宮城東部なんちゃら委員会の活動内容を教えてください。仙台でならともかく、石巻で、その手の団体が存在して活動していただなんて、寡聞にして聞いたことがない」
「聞いたことがないのは、君が勉強不足だからだ」
「じゃあ、今、勉強します。インターネットのホームページを教えて下さい。すぐに調べます」
「ホームページは、ないっ」
「じゃあ……」
「しつこいぞ。それに、我々の団体名は、宮城東部なんちゃら委員会ではない。宮城東部・性差別糾弾人権委員会だ」
「……今、その、宮城東部・性差別糾弾人権委員会でググったら、一個もヒットしなかったんですが」
「今までは、内輪で研究ばかりしていたからだ。具体的な対外活動はこれからで、本日は、LGBTにご理解ある皆様方に、資金援助のお願いに来たのである」
一口五千円、カンパは振込口座へでも、現金書留ででもよい、と牟田口書記長はがなり立てました。
とうとう正体を隠さなくなったな、と私は呆れました。
「どんどん趣旨がずれていってるなあ」
てれすこ君は肩をすくめて言いました。
「いえいえ。首尾は一貫してるでしょう。どうあってもカネが欲しい、それだけなんですよ」
ステージ上のモデルさんたちは、黙って突っ立っているのも疲れたのか、関係者席のパイプ椅子をステージ上に上げてもらって、腰を下ろしました。ミニスカノーパン姿なのに、ショート君はパイプ椅子の上であぐらをかき、出血大サービスし過ぎ、とイモちゃんに叱られていました。司会者さんは、とっくにステージ下に降りて、商工会事務方の面々とヒソヒソ話です。
一息ついたとき、牟田口兄弟がお互い目配せしているのを、私は見逃しませんでした。
「りばあねっとっていう組織は、どうしてこう、胡散臭いやり方が好きなんですかねえ」
てれすこ君は、スマホの上で指をせわしなく動かしてから、言いました。
「差別とか人権とか、そういうモロモロには必ず付きまとう宿命だと思いますよ。胡散臭さって。利権の宝庫ですからね。もちろん、真剣な意思で活動している団体も多いんでしょうけど」
「コンペに勝つ前に、この、牟田口なんちゃら委員会を追っ払わないと」
「分かってます。目には目を。歯には歯を。偽物には偽物を、ですよ、海碧屋さん」
「は?」
牟田口書記長が、本当に銀行の振込用紙を配っている間、てれすこ君は我が海碧屋工場に電話を入れていました。
10分後。
生涯教育センターに、新たなる闖入者が現れました。
「その寄付金、待ったー」
声を挙げながらステージに駆け上ってきた二人組は、誰であろう、我が海碧屋のヤマハさんと船大工さんです。ダンディを絵に描いたようなジイさんだけあって、ヤマハさんはキッチリしたスーツに中折れ帽までかぶっていました。この暑さの中、ご苦労様です。ポケットに手を突っ込んだ姿は、なんだか映画の中のマフィア、アル・カポネとか、そういう感じに見えます。他方、船大工さんは作業着のまんま。汗臭さが漂ってきそうなツナギです。しゃべるとボロが出ると自分でも分かっているのか、関係者席からてれすこ君が差し入れたマイクを、ヤマハさんに即座に渡しました。
「我々は、石巻・LGBTEの人権を考える会のメンバーである」
憎々し気に、牟田口書記長が、ののしり声を上げました。
「ふん。そんな団体、聞いたことがないわ」
ヤマハさんは、鋭く言い返しました。
「それはお互いさまだ」
ヤマハさんは、ファッションショーの内容には一切触れませんでした。代わりに、寄付を募りました。そう、こんなエセLGBT団体でなく、我が「人権を考える会」に、と訴えたのです。牟田口書記長は、当然「偽物はお前らだろう」とののしりました。任侠団体のような強面にもひるまず、ヤマハさんは口喧嘩を受けて立ちました。
しかし、相手は長年詐欺師みたいなことをしてきた、口八丁手八丁のヤクザ者です。船のペンキ塗り専門の技術者だったヤマハさんは、一方的に言い負かせされてしまいました。
「ちよっと、待ってくださいっ」
2人のエセ人権団体に割って入ったのは、司会者さんです。
いたの、すっかり忘れてたよ、とてれすこ君がつぶやくと、キツい視線が返ってきました。
「静粛にお願いします。ええ、主催者である商工会事務方と協議した結果、お二方の論議はウチで預かることに決定しました。喧嘩両成敗です。ファッションショーの正当性に関してお話がおありでしたら、あとでたっぷり聞かせていただきます。今は、お引き取り下さい。ありがとうございました」
司会者さんの早口の後、実際に商工会青年部の若い衆がステージに上がり、牟田口書記長やヤマハさんの背中を押して、生涯教育センターから追い出しました。ヤマハさんの後に続いて、のこのこついていく船大工さんに、外野から声がかかりました。
「結局、LGBTEのEって、何の略称だったんですか」
ドアから追い出されそうになっていたヤマハさんが、かろうじて答えました。
「エキスポーズのE、露出ってことだ」
ヤマハさんが合図も何もしていないのに、船大工さんはにんまり笑うと、パンツとズボンを膝まで下げました。会場に、悲鳴と笑い声が満ち溢れました。膝近くまで垂れ下がる大きなイチモツに、私は思わずつぶやいていました。
「本当に、20センチ以上あった」
「驚くの、そっちですか」
キャーと叫び、両手でしっかり顔を覆っている女性観客の皆さんが、ほぼ例外なく、指の隙間から船大工さんの股間を覗いていたことは、まあ、ご愛敬でしょう。
てれすこ君は、ニタニタ笑ったままの船大工さんに「さっさと行け」とジェスチャーを送りました。船大工さんは、反省のかけらも見せず、パンツをあげて出ていきました。
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