第9話 ファッションショー当日

 石巻界隈のミニコミ誌にはとりあげられても、町の広報課にはトンと無視されていた私たちのコンペですが、最後の最後、土壇場にきて、ようやく認知してもらえることに、なりました。商工会につるし上げを食らったかいがあったかもしれない、と私はてれすこ君と手を取り合って喜んだものです。ホテル華夕美の大ホールを借りて、のはずが、町の生涯教育センターにと、会場変更になりました。場所代が浮いただけでも大助かりでしたが、さらに、商工会青年部が無償で運営スタッフを申し出てくれました。

 前日、ファッションショーの打ち合わせを兼ねて、商工会理事たちに挨拶にいくと、「いいってことよ」と鷹揚な返事が返ってきました。受付脇の物販だけで、スタッフ代はじゅうぶんに元がとれそう、と彼らは皮算用していたようです。海碧屋さんの若い衆にも協力してもらったし……とも、商工会の面々は言っていました。れてすこ君に確認すると、自分は何もしていない、という返事。イヤな予感がしました。そして、それは当たっていました。なぜか青梅さんが彼ら運営に一枚噛み、コレコレの客層だから、コレコレの品を、と余計なアドバイスをしていたらしいのです。

 当日、受付には背中に町章がプリントされた法被をきた男性が三人、並びました。額にはねじり鉢巻きをし、ハリセンで景気よく長机を叩きながら、外の駐車場にも響くような威勢のいい声を上げています。全然、ファッションショーの受付らしく、ありません。建物内というのに受付隣には幟も立ち、なんだかタチの悪い露天商のような雰囲気です。

 受付では、女川名物の海産物「さんまの黒酢煮」や「笹かまぼこ」等を当たり前に売っていただけではなく、女装男子目当ての客用に、各種の同人誌も、並びました。青梅さんのがもちろんメインですが、なぜか彼女の知人というだけで、女川とは全く関係のないBL本も何種類か、置かれていました。悔しいことに、女川特産の土産より、そちらのほうが好評だったらしいです。

 審査員以外の観客は、この一週間、町に神出鬼没していたゲイと腐女子の人々で、一般客は皆無でした。

「いくらなんでも、客層が偏り過ぎ」と、てれすこ君は嘆いていましたが、私も同感です。

 同人誌関連での一番人気は、この一週間の町中の様子を撮ったスナップ写真、そして代表モデルたちのブロマイドです。コンペの費用を捻出するため、と称して、ショート君は石巻大街道のフォトスタジオに半日拘束され、色々な衣装、色々なポーズで写真を撮られてしまいました。ファッションショー当日は、もちろんDSPスカートを着用してなので、女装と言ってもたいしたことのない程度の、はずです。けれど、青梅さんプロデュースのこのブロマイドは、なぜかビキニ水着着用のきわどいモノが、混じっていました。このビキニ写真のために、首から下の毛という毛を剃り上げられてしまったそうで、「もう、お婿に行けない」とショート君はさめざめ泣いたそうです。青梅さんは、幾度となく慰めたと自己申告しましたが、そんなホラ話、ウチの船大工さんだって騙されやしません。「婿に行けなくとも、お嫁さんに来てっていう男の人は、いっぱいいると思うよ」。斜め上のセリフを次々吐きながら、青梅さんのニヤつく顔面がジリジリと近づいてくるのを見て、ショート君は再び泣いたそうです。てれすこ君が父親らしい威厳を見せて、息子の恥ずかしい写真を取りあげにいきました。ファッションショー開始の一時間前にはついたのに、既に彼のブロマイドは売り切れた後でした。女子トイレの前で、ファンらしき女性たちにサインをねだられている青梅さんを見つけ、てれすこ君は文句を言いに、行きました。取り巻きの先頭にイモちゃんがいて、ブロマイドの件で、抗議していました。やっぱり兄思いのいい妹だな……と、てれすこ君が感心して近づくと、なぜかイモちゃんは父親から目をそらしました。彼女の手には、真っ黒で中身が透けて見えないビニール袋が握られていました。父親が、それはなんだと尋ねると、イモちゃんは「お兄ちゃんの写真……」とか細い声を上げたそうです。

 ブロマイドはショート君のだけではなくて、もちろん他の団体のもあります。

 りばあねっとでは、牟田口総裁その人が被写体になっていました。「目が腐るから、脱ぐな」と青梅さんが厳命したにもかかわらず、このオットセイのようなカバのようなオッサンは、セーラー服を着たり、初音ミクのコスプレをしたり、果てはショート君同様ビキニを着たりしました。ノリノリでプレイボーイ誌のモデルのようなポーズをしているのを見ると、本人は……本人だけは、楽しくて仕方ないのでしょう。練習の成果が出た、と半日ご満悦の様子だったとか。青梅さんは、有明のビッグサイトで知り合った仙台の専門学校生にカメラマンを頼んでいました。「ぶっちゃけブサメンには間違いないけど、本人申告通り、ライティングやレンズの性能を意識した的確なポーズをとる」、と彼は驚いていました。牟田口総裁の体重が半減したら、もう一度撮ってみたい……とカメラマンは殊勝なことを言ったらしいですけど、それは無理な相談というものです。こんな写真、買うひとなんぞいまい……という私たちの予想を裏切り、女装カバ男ブロマイドは着実にはけていきました。ファッションショー開会式前には、既にほとんど売り切れと聞いて、私は経済の深淵を覗いた気がしました。そう、他の人と同様、私だってヤラセを疑いはしましたよ。りばあねっとの連中が、鶴の一声で組織買いしたという可能性を。けれど総裁の一番の側近、縄文顔さんがキッパリと否定しました。彼女は腐女子の群れに混ざり、一般人のような顔をして、役場ロビーのソファに腰を下ろしていました。コンパクトで何やら自分の目元をシゲシゲ眺めていましたけれど、喫緊の用でもなさそうなので、世間話をしたのです。彼女はぶっちゃけてくれました。「うん。実は、三割くらいは、ウチの買い占めなんだけどね」。牟田口総裁自身は、組織買いはするな、と命じていたそう。それでも忠誠心を示したい富永隊長以下幹部連中が、少しずつポケットマネーで買ったとのこと。「つまり、残りの七割くらいは、自然に……総裁のファンかマニアか、そういう人たちが買ってった計算ですよ」。私は、呆れました。「私だって、呆れてますよ」と縄文顔さんは異口同音に賛成してくれました。「あんなのを欲しがるのって、どういう男でしょう」「女かもしれませんよ、縄文顔さん」「私、今回の件でずいぶん女オタクの人たちと友達になりましたけど、さすがに総裁のビキニを褒めてくれた女子は、皆無でしたよ」。

 彼女の左手には、イモちゃんが持っていたような、黒くて中身が透けて見えないビニール袋がありました。「でも、ほら。縄文顔さんだって、なんだかんだ言って、ブロマイド、買ってるじゃないですか。それ、総裁のでしょう?」

「違いますよ。これ、他のモデルさんのですよ」

 誰の?

 返事はありませんでした。 

 縄文顔さんも、私から目をそらしたので、深くは追求しないことにしました。

 キッチリ売れた海碧屋・りばあねっとのブロマイドとは裏腹に、め・ぱんのモデルさんのは、残りました。決して、モデルさんの質が悪かったわけでは、ありません。少しばかりサービスが足りない……そう、もっと露骨に言えば、露出が足りないせいだったのでしょう。彼は……「彼女」は、あくまでもDSPスカートの着用参考にするためだけだから、と、ブロマイド自体はOKしました。けれど、ビキニは断固として拒否したのです。理由は、「彼女」が、リリーさんの言うところの、真正の女装男子だったからかもしれません。本人に性転換する意思があるかどうか分かりませんけど、「彼女」は女の子の恰好をすること自体を目的として、DSPスカートをはく人でした。

 なぜ、他団体のモデル事情にこんなに詳しいかって?

 それは「彼女」が私たち海碧屋の売り子をしていたからです。

 そう、め・ぱんの代表は、ショート君の同級生にしてリリーさんのお孫さん、オヤマ君でした。

 受付で渡されるプログラムに目を通すまで、私自身は全く知りませんでした。

 てれすこ君はじめ、他の関係者は皆、知っていました。

 血走った眼で、私がプログラムの裏の裏まで読み解こうとしていると、役場入り口の自動ドアが開いて、うっとうしい熱気とともに、もっとうっとうしい一団が入ってきました。そう、リリーさんをガードするように、一癖ある老人グループ、め・ぱん連絡協議会の面々がきたのです。

 先頭のアチャラカ・ケンさんが、ヤアと右手をヒラヒラさせて、私に挨拶してきます。

「裏切者か、はたまたスパイなのか」

 私は、ケンさんにオヤマ君の件を問いただしました。彼は涼しい顔で、何が問題なのか、それが分からないとほざきました。

 彼の言い分は、こうです。このファッションショーは、そもそも「審査員」たちを何人集めるかが勝負なのだから、試合は事実上、やる前から決着がついている。誰がモデルをやろうが関係ないはず、というのです。確かに理屈はそうですけど、何か釈然としないモノが残ります。孫が祖母の手伝いをして何が悪い、とパチカンさんが加勢してきました。私はぐうの音も出ません。

 私自身の不吉な直観が当たっていることが分かったのは、この45分後のことでした。


 会場の前半分の席は「審査員」席、後ろ半分は観客席、そしてステージ下のバレーコートくらいのスペース、かぶりつきが、私たち関係者の席です。このかぶりつきには、運営の商工会のほか、少なからぬ投票用機材が雑然と並べられることになりました。

 スタンド席前列、審査員席はなかなか埋まらないのに、野次馬だけは豊富にいると見えて、後ろはすぐに立ち見になりました。投票は電子式でやるとかで、審査員席にはケーブルでつながれた投票用スイッチが一つ一つ置かれていました。このスイッチにはボタンが3つ、レバーハンドルが一つ、ついています。ボタンのうち、赤を押せば、りばあねっとに投票したことになります。青は海碧屋のぶんで、黄色はめ・ぱん用に用意されているものだ、という説明です。レバーハンドルは、推し間違いや土壇場での支持変更のためのものでした。

 陸続と……いえ、ダラダラと審査員席に入ってくる女装オッサンたちは、それが「敵」方のオッサンであっても、だいだいが見知った顔でした。め・ぱんの無気力パチンカスなオッサン。パチカンさんをはじめとする、リリーさん取り巻きのオジイサンたち。牟田口総裁が東京からかき集めてきたという、マニアの中でもディープ過ぎる趣味のオッサン。なお、りばあねっと現地隊員たちは若すぎるということで、審査員資格がありません。富永隊長が、関係者席に来ました。目礼してパイプ椅子に腰を下ろすうちに、審査員席も8割近くが埋まりました。

 ああ。しかし、です。

 肝心の、我が海碧屋の味方をしてくれる女装オッサンたちが、やけに少ないではないですか。居酒屋だのなんだのに連日繰り出して、わざわざこの日のための資格を取ったというのに、本番に来てくれなければ、せっかくの努力が水の泡、というものです。ひーふーみーよ、と数を読んでいたてれすこ君も、予想をはるかに下回る味方来場者に、顔を真っ青にしていました。

「……仕事か何か、忙しいんですかね」

 しかし、東京や仙台の魚市場休場日に合わせた選んだ日付です。そして、そもそもこの日は女川地方卸売市場も休みでした。水産加工場がどれくらい忙しかろうが、大丈夫なようにと、午後も二時過ぎからという、かっこうの時間帯を選んだのですけど……。

「てれすこ君。電話をかけまくろうじゃないですか」

 浦宿の海碧屋本工場事務所にまず連絡をとり、DSPスカートの顧客リストを役場まで届けてもらうことにしました。幸いなことに、仕事を一段落させたヤマハさんが、休憩所でジンジャーエールを飲んでいるところでした。てれすこ君が息もつかせず捲し立てると、十分もしないうちに彼は当該リストを届けてくれたのです。

 ママさんバレーチームの副キャプテン、DSPスカートの普及に一役買ってくれたお母さんの元に電話をかけると、何やら歯切れの悪い返事です。

「ああ、あれは……」

 旦那さんは、だいぶ前に言い含められていたこともあり、ファッションショーに参加するハラだったとか。止めたのは、彼女の娘さんだと言うのです。副キャプテンが仲介してDSPスカートを売った他の面々、チームメンバーたちの旦那さんも、似たり寄ったりの状況でした。ある人は娘が止め、ある人は妹にたしなめられ、そしてある人は本家の奥さんに叱責されて……おしなべて、ストップをかけていたのは、身近な女性たちでした。副キャプテンが、もっと詳しく説明してくれます。

「……女川在住の女の人たちは、この一週間、町で何が起こってるか知ってるから、土壇場で反対なんてことはしてないけど。ていうか、反対なら最初からDSPスカートをはかせるようなこと、してないし。問題は、町外の女の人たちよねえ」

 副キャプテンの家の反対派、長女さんも、実は町外の人と言います。本業はスキーやスノーボードのインスタトラクターだそうで、この時期には、スケート場でアルバイトをしているのだけど、たまたま夏休みで帰省して……ということ、らしいです。

「家にいる次女のほうとは、対照的なのよね。次女のほうは、実際にDSPスカートをパパにはかせてから、トイレは汚れなくなったし、血圧の心配もしなくてよくなったしって、おおむね賛成してるのよ。というか、まあ、いいかっていう感じかな」

 いつの間にか、私のそばによってきて、聞き耳を立てていたてれすこ君が、ぼやきます。

「うーん。実利をとるか、見栄えをとるかで、実利の恩恵がない人たちには、やはり評判、よくないってことですか」

「そんなの、最初から分かってたことでしょう、てれすこ君。でも、普通の女性たちが、こんなに服装に関して保守的というのは、意外でした」

「違うわよ。海碧屋さん、てれすこさん」

「は?」

「身内でない、アカの他人が女装するのは、どーぞ、ご自由にって感じなのよ。でも、自分の父親がそういう恰好をするのは、イヤらしくて」

「はあ」

「建前と本音っていうか。男女平等論で、男女とも好きな服を着たらいいじゃないっていう意見には、原則として賛成な、わけ。それこそ、オッサンでもスカートどうぞって、感じなのよ。でも、総論賛成、各論反対っていうじゃない。身内にだけは、そういう建前論、適応して欲しくないっていうわけよ」

「はあ」

 てれすこ君が、目前に迫っている問題を忘れたかのような、のんびりした反応をしました。

「世界的にDSPスカートを普及させるとしたら、そこんところがネックになりそうですねえ。国ごとに戦略をたてなくちゃならない」

「そんな、何をのんびりしたことを言ってるんですか」

 ファッションショー開始まで、本当に時間がないのです。

 副キャプテンが、ちょっとした提案なんだけど、と提案してきます。

「奥さんがたに、尻を叩くように促すんでなく、旦那さんたちに直接、電話を入れたら?」

 最初のきっかけ、スカートをオツサンたちにはかせるのには、奥さんがたの助力が確かに必要でした。けれど、今ここで、その集大成、ファッションショーへの参加を促すのには、迂回方法は悪手である、と。

「女同士のパワーゲームに巻きこまれてたら、いつになるか分かりゃしない。ウチだって、長女には少しは遠慮するところがあるから、説得するにしても時間をかけて事情を説明しなきゃ、ならない。DSPスカートっていうのは、女装するための言い訳のためにこしらえたスカートでもあるっていうのは知ってるけど、そういう言い訳あろうがなかろうが、どこかでは、オトコ自身で決断する必要があるんじゃないかな」

「なるほど。最後まで、エクスキューズには頼るな、と。はきたいから、はいてるんだ、と最後の最後では宣言して、はけ、と」

「ま。そんな大袈裟なもんでも、ないんだけどね」

 電話でのハッパかけは、多ければ多いほど、いいです。私たちは、副キャプテンにも応援してもらうことにしました。どうせなら、ショート君にも協力して欲しいところです。なにせ、彼とオヤマ君が、我が海碧屋で一番二番のセールスマンだったのですから。

 なぜか私たちと一緒に、ステージ下でウロウロしていたイモちゃんに、兄の様子を見てきてもらうことにしました。彼女はすぐに戻ってきて、今、着替え中でパンツいっちょうよ、とだけ教えてくれました。いつの間にか貧乏ゆすりをしていたてれすこ君を落ち着かせ、廊下に出るように、頼みました。開会式が始まってしまえば、ウルサイと咎められることも、あるかもしれない、と思ったからです。

「ギリギリまで粘って電話をかけて、最後に審査員席に滑り込みます」

「うん。てれすこ君、頼みましたよ」

 実際、電話の効果がゆっくりと現れてきたのは、商工会会頭が長くて退屈な式辞を朗読し始めて、からでした。


 ファッションショーの体裁をとっているので、一応、ランウエイというのでしょうか、舞台の上を何度か行ったり来たりして、衣装を見せるお披露目があります。お偉方の挨拶が一通り終わったあと、このメインイベントがスタートしました。投票は、このウオーキングが始まってから終わるまでに済ませればいい、となっています。なお、DSPスカートは、ミニスカ部分と前掛けから成るので、モデルさんたちは、このスカートのお披露目だけで3往復することになります。すなわち、DSPスカート、フルバージョンでの登場。次には前掛けだけ、最後にはミニスカート部分だけ、でです。

 ステージ上の司会進行は、商工会が頼んだプロの司会者の人、です。30年配、下手すれば40くらいかな、という年恰好の少し小太りな女性が、この夏の暑さだというのに、キッチリとスーツ姿で舞台に上がりました。普段は結婚式、時には、この手のイベント、と年がら年中マイクを握っているだけあって、堂々としています。やがて、音楽とともに、モデルさんたちが袖から出てきました。牟田口総裁は体型を隠すようなゆったりとした白のノースリーブに、エンジ色のDSPスカート。オヤマ君は、上下ともセーラー服みたいな完全な女装で、髪にはリボンカチューシャまでつけています。一番しゃれっ気がないのが、我が海碧屋代表のショート君で、会社のTシャツに、会社のロゴ入りのDSPスカートでした。

 特段、歩き方を勉強してきたわけではないのでしょうけど、牟田口総裁とオヤマ君はノリノリで、本物のモデルさんみたいに、シャナリシャナリと歩いてきます。中央に3人がそろったところで、司会者さんが、モデル一人一人の紹介とインタビューを始めました。外野の女オタクの人たちや、ゲイの人たちが、ガヤガヤし出しました。この間に、ボツボツと投票が始まりました。イモちゃんが審査員席の見知った顔をカウントしていたので、結果は最初からだいたい分かっていました。りばあねっとが一番、次にめ・ぱんが来て、最後が海碧屋、です。め・ぱんには、金を貸して参加してもらったパチンカスの皆さんのほか、リリーさん取巻きの正規メンバーがついています。おそらく、ここが一番と思っていましたが、案外と、その正規の老人たちの参加が少ないのです。年甲斐もなく女装するのがイヤ、という老人たちが少なからずいたのか、はたまた波止場のテリーさんのような「反主流派」が静かにボイコットしているせいか。

 おっと。人の心配をしている場合ではありません。

 なんせ、最下位なのです。

 電光掲示板の票数を眺めていてた私の背中を、トントンとイモちゃんが叩いてきます。

 審査員の勢力図と、実際の票数が合致していない、というのです。

 若干、りばあねっとへの投票が少なく、その分、め・ぱんが数を稼いでいる、とか。

 まさか機械に何か小細工でも……とも思いましたが、商工会ではこの手の機械を扱いかねるので、司会者同様、外部に委託している、という話です。誤差の理由がはっきりと分かったのは、次なるウオーキングになってからです。モデルさん3人がいったん楽屋に戻り、今度はDSPのエプロン部分だけの姿で登場してきました。3人はお色直しで、さっきとは違った前掛けをつけてきました。牟田口総裁のは、インドネシア・ジャワ更紗の派手なろうけつ染めの一品で、司会者の人も目を見張っていました。他の二人は、先ほど同様、地味な紺色のものです。司会者の質問も、今度はもっぱら牟田口総裁に向けられ、彼も得意満面で蘊蓄を垂れました。正面からだけでなく、前掛け全体を堪能してもらいしょう、と司会者が言い、順番にステージ中央を一周することになりました。

 牟田口総裁は、ハーフパンツをはいていました。

 ショート君は、二昔前の小学生がはいていたような、半ズボン姿です。

 そして、オヤマ君は……水色と白のストライプの、シマシマパンツ姿だったのです。

 その煽情的な一瞬に、外野の女オタクの皆さんから、感嘆の声が上がりました。さすがにTPOをわきまえない(?)恰好に、司会者がやんわりと苦言しました。オヤマ君は開き直ったか「これは水着ですよ」と言い張りました。よく見て下さいね、ともう一度後ろ向きになると、お尻を突き出すようにして、フリフリと振ってみせました。たくさんのフラッシュが焚かれ、写真が撮られました。ヒューヒューと囃し立てる口笛の音や、まばらな拍手が、やけに響いて聞こえました。

 ぼんやりステージを見上げたままの私の背中を、トントンとイモちゃんが再び叩きます。いつの間にか、りばあねっとと、め・ぱんと、得票数が逆転しているではないですかっ。

 3人のモデルさんが再び楽屋に戻ったあと、富永隊長が牟田口総裁に呼び出されていきました。緊急指令の内容は「裏切者を探せ」。そう、投票数の逆転は、明らかに、りばあねっと派の審査員たちが、オヤマ君の縞パンに目がくらんで、寝返ったせいに違いありません。関係者席に戻ってきた富永隊長は「トホホ」と肩を落とすと、目の前にいる審査員たちに一人一人に、わざわざ小声で電話をかけはじめたのです。

 オヤマ君のキャラ的に、こんなお色気を振りまくタイプではなかったはずなのですが……一緒に関係者席にいたアチャラカ・ケンさんに聞くと、ディズニーランド旅行ペアチケットでつったのだ、という返事。親切心でオヤマ君の誕生日プレゼントに欲しいものを聞き出したのに、こんな「悪用」をされると、悲しくなってしまいます。

「社長。感傷に浸ってる場合じゃないって」

 イモちゃんにハッパをかけられて、私は我に返りました。そう、今回、投票数が下がったのは、りばあねっとばかりでは、なかったのです。実に、我が海碧屋もオヤマ君の妖しい魅力に食われてしまったのでした。

「なんか。お兄ちゃんの魅力が、オヤマ君に負けたみたいで、悔しいっ」

「いや。まあ。実際に、負けた結果でしょ?」

 でも、男の子としての恰好良さならともかく、女装で負けたのだし、悔しがることもなかろう、と思うのですが。

「それでも、悔しいのは、悔しいのっ」

 モデルさんの着替えの間、間を持たせるためか、司会者さんが外野の観客相手にトークを始めました。横で聞き耳を立てていて分かったのは、観客に女川在住の人がほとんどいない、という事実です。というか、石巻地方の人もほとんどおらず、ネットでの情報を頼りに集まってきた人が、大半だったのです。

「うーん。ネットは広大だわ」

 どこかで聞いたような捨て台詞を残して、イモちゃんは楽屋に再び向かいました。今度こそ、オヤマ君に負けないようにする……と意気込んでたので、化粧でも施すつもりなのかもしれません。

 今までどこに行ってたのか、イモちゃんと入れ替わりに、青梅さんが関係者席に来ました。手に大きなウチワを持っています。彼女は間違いなく海碧屋サイドの人間だと思いますが、物販でずいぶん貢献していることもあってか、商工会の若い衆のところで、歓談していました。これが、てれすこ君を避けるためのカムフラージュと分かった時は、後の祭りでした。

 ウオーキングの最終は、ミニスカートでのお披露目です。

 今度こそは、ショート君も女の子っぽい装いをしていました。

 そう、青梅さんに借りたゴスロリ姿。例の白いミニスカドレス姿なのです。ちなみに、牟田口総裁は、司会者さんのような、カッチリしたスーツ姿。オヤマ君はチアリーダーの恰好でした。牟田口総裁はともかく、今回もオヤマ君は見事な「美少女ぷり」だったのですが、観客たちや審査員たちの軍配は、見事に我が陣営に上がったようです。りばあねっとや、め・ぱんの投票数が徐々に少なくなっていき、その分、我が海碧屋への投票数が上がっていきました。てれすこ君の電話作戦がようやく実を結んで、審査員をやる予定だったオッサンたちが、予定通り集まってきたせいも、あるでしょう。けれど、電光掲示板を見ている限り、一度投票したのを取り消して、海碧屋用の青ボタンを押した人たちが、少なからずいるようです。この現象は、ショート君の可愛さに目がくらんだせいなのだ、としか説明しようがないと思うのです。

 シャナリシャナリが止まり、一同舞台に並ぶと、投票の勢いが弱まりました。電光掲示板の数値では、まだ三位のまんまです。数値上昇の勢いを考えると、一位までには、あと一歩及ばないところで、止まってしまいそうです。

 ようやく、ここまで来たのに。

 蒼白になった私のところに、青梅さんが近寄ってきて、ウインクすると、親指を立ててみせました。

 なんだろう。

 彼女は音もなく、忍者のように、ステージ真下に近づきました。彼女が手にしてた大きなウチワの理由が分かるのは、この時です。

 バッサっ。

 青梅さんが勢いよく仰ぐと、正面にいたショート君のミニスカートがまくれました。

 彼は、ノーパンでした。

 観客席から耳をつんざくような鯨波が上がり、目もくらむようなフラッシュが焚かれました。

 スカートがまくれていたのはほんの一瞬でしたが、観客席の女オタクやゲイの人たちには、じゅうぶんの時間でした。そしてこれは、私たち海碧屋にとっても、じゅうぶん過ぎる時間だったようです。

 振り返ると、電光掲示板では、私たちが大逆転していました。

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