第6話 途中経過、点描
細部まで条件を詰めたあと、DSPスカートの権利をかけたファッションショー……いえ、審査員獲得競争は、始まりました。
町内広報誌に載せてもらえるような「コンペ」ではないですけど、スカート姿のオッサンがぞろぞろ、繁華街を練り歩くことになります。普通に、これを迷惑と感じる人もいるでしょう。事前通告して、その迷惑の度合いが下がるわけでもありませんが、不意打ちよりはマシ。私は、町内一のおしゃべりオバアチャン、木下昭子工場長に頼んで、噂を広めてもらうことにしました。その日のうちに、お得意様のママさんバレーチームの面々から、応援の電話をもらったのは、とても心強かったです。電話をもらったついでに、仕事がハケたら旦那さんたちにシーパルピアを数時間歩かせてほしい……と私は、ママさんたちにお願いしました。たったの二週間、まあ、お祭りみたいなものだし、と説得の言葉を添えると、皆が皆、任せなさいと、引き受けてくれました。我が女川は漁師さんの町であって、精悍な顔つき、いぶし銀のようなオッサンが多々います。けれど、どうやら、その大多数が「かかあ天下」な家庭なのは、意外な感じがしました。
てれすこ君一人がDSPスカートで、シーパルピア商店街を逍遥したときは、周囲の人間がみんな、「見て見ぬふり」をしてくれましたが、人数が増え、ゾロゾロと出歩くようになると、そうはいきません。
町の繁華街を変質者が歩いている……という匿名の通報が、女川交番に何件も寄せられるようになりました。電話を受理してしまえば、お巡りさんたちもこれを無視できず、いちいち商店街に出張って、職質する日々が始まりました。最初のうちこそ、お巡りさんたちは丁寧に職質していましたが、やがて、おざなりになり、最後には音を上げるようになりました。確かに、40過ぎのオッサンが前掛けスカートをはいている姿は奇異ですけど、何ら法律違反をしているわけでは、ありません。洋式便器を汚さないように、妻に躾けられているところだ……というマジメな大義名分、そう、異性装エクスキューズもあります。ヘンタイ、と通報された面々に注意しても、一向にズボンをはく様子もなく、苦情の電話は増えるばかり。困り果てたおまわりさんは、我が海碧屋に泣きついてきました。
コンペの趣旨は分かったけれど、何とかしてくれ、と。
「居酒屋を開きましょう」
私は、てれすこ君に提案しました。
町中をウロウロされるのが困る、というのなら、商店街の中に、たむろできる場所を作ればいい。他の、普通の人の目には触れないけれど、ちゃんと、りばあねっとや、め・ぱん側に条件を守っていることが伝われば、いい。DSPスカート着用の海碧屋シンパのオッサンたちも、人目を気にせずにすむとなれば、もっと積極的に協力してくれるようになるだろう。一石二鳥だ。コロンブスの卵的、発想だ。
「居酒屋、てすれこ、復活ですよ」
喜んでくれると思ったのに、案に相違して、てれすこ君は、てれすこという名前を使うのを、渋りました。この、伝統ある店名は、いつか本格的な割烹料理の店を復活させるために、とっておきたいというのです。まあ、イロモノ扱いされるのが確実なのですから、てれすこ君の気持ちが分からないでも、ありません。結局、問題の酒場の名前は「練習酒場」にすることで、私とてれすこ君の意見はまとまりました。もちろん、座り小便の「練習」をするための酒場だから、練習酒場です。この手の商売をするためには、保健所に開業を申請して、消防署に建物の防火を見てもらって……と大変手間暇がかかる行政許認可がいります。とてもじゃないけれど、2週間という短い期限には、間に合いそうにありません。
しかし、蛇の道はヘビ、と言います。
例の3グループ会談のあと、てれすこ君は早速開店休業中のレストランを見つけてきました。77銀行裏にある「こぼり」で、先代社長が亡くなったものの、当代は石巻の東芝の寮の厨房を任されているとかで、店の営業をやるヒマがない人でした。
2週間の間だけ店を借り、仮店名「練習酒場」で営業する、と、てれすこ君は約束を取りつけてきました。海に面して大きな窓が開き、オシャレなロフト付きの洋風レストランは、スカート姿のオッサンの独壇場にするのはもったいないほどシックな雰囲気で、私は大満足でした。てれすこ君は、ちょっぴり不満顔でした。トイレが足りないというのです。メンズスカート練習用という特殊用途ゆえに、複数の洋式便所が欲しかった……と言いますが、それは酷というものでしょう。
「まあ、オシッコの練習をするための居酒屋っていうのは、前代未聞でしょうからねえ」
本格的に、練習酒場をやるつもりなら、厨房だけでなく、トイレがやたらめったら充実させた建物建築から、始めなくてはならないでしょう。
私の感慨に、てれすこ君は事も無げに言いました。
「特殊どころか、そもそも居酒屋なんてのは、そーゆーものだと思いますよ。いっぱいオシッコをして、いっぱいビールを飲んでくれ、という。この回転数を速くすることこそ、利益を上げる秘訣です」
私たちが、こうして、女川交番の依頼の元、DSPスカート着用のオッサンたちを目立たせなくしようと努力している間、め・ぱん連絡協議会は、真逆の動きをしていました。町内の人間だけでなく、石巻や矢本界隈から、怪しげなオッサンたちを次々と引き込んできたのです。酒焼けしているのか、鼻の頭まで真っ赤にした、小太りのオッサン。何か病気持ちなのか、目の下にくっきりとクマをつけた、骸骨みたいに痩せたオッサン。お坊さんみたいにツルツル頭、それどころか眉毛までなく、話しかけようが肩を揺さぶろうが、全くの無反応なオッサン。……
彼らは皆、揃いも揃って、わざわざ商店街に来たというのに、買物をせず、店で飲み食いもせず、ベンチや駐車場の片隅にうずくまって、生気のない眼差しを店舗スタッフや観光客だのに、向けるのです。
再び警察に相談された私は、その足で、針浜に向かいました。
そう、パチカンさんが軽トラで、DSPスカートを売っている、本拠地です。昨日の今日だというのに、
商品棚代わりの軽トラは、あっという間に小型プレハブに代わっていました。私の「敵情視察」に、なぜかパチカンさんは興奮気味で、話を聞くだけだと申し入れたのに、塩をまかれてしまいました。パチンカスを捕まえるのには、パチンコに行くに限ります。私は、頭にかかった塩を振り払いながら、今度は石巻駅前、め・ぱんの面々が贔屓にしているパチンコ屋を探りました。め・ぱんメンバーのうち、一番話が分かると思われるアチャラカ・ケンさんこそいませんでしたが、代わりに、波止場のテリーさんを見つけました。クーラーがガンガン利き過ぎて寒いとかで、彼はストライプの入った夏用ジャケットを着ていました。手元の缶コーヒーの缶には、タバコの吸い殻がキッチリ詰められています。今日はパイプじゃないんですね……と私が挨拶すると、彼は「用件を早く言え」と不機嫌に返事をくれました。私が、め・ぱん陣営の得体のしれない参加者について問うと、彼はブッキラボーに正体を教えてくれました。
「ああ。あいつらか。パチンカスどもだ」
他の人たちにならともかく、め・ぱん連絡協議会のメンバーが、他人をパチンカス呼ばわりするのは、ヘンな感じがします。なにせ、彼らの前身は、パチンコの出玉を研究するサークルだったのですから。
テリーさんは、BGMに負けない大音量で、言いました。
「海碧屋さんよ。あんたの言うことは、分からんでもない。でも、オレたちは少なくとも、自分のカネで遊んでるぞ。アイツらはな、自分の給料を全額パチンコにつぎ込んだあげく、子どもや孫の小遣いまで取り上げて、遊んでるヤツらだ。それどころか、親類縁者、サラ金、闇金、その他その他から目いっぱいカネを借りまくってまでパチンコをしてる、下道のなかの下道なんだ」
「はあ。あなたが言うなら、そういうことにしておきましょう」
そのゲドウさんたちが、なぜにファッションショー審査員にエントリーしに、きているのでしょう。
「そりゃ、おめえ。簡単だろ。アイツら、揃いも揃って、ウチのグループにも借金があるからだよ。審査員として協力してくれれば、借金の一部を減免してやる、場合によっちゃあ、パチンコを打つタネゼニを貸してやるっていう約束をしてるのよ」
勝負の条件として、あくまで、DSPスカートの趣旨に賛同してもらい、それで着用を促す、ということになっていたはず。カネで審査員の票を買うのは、アンフェアだ、と私は詰め寄りました。
「そんなこと、俺に言われたって、知らねえよ。その、なんちゃらスカートの話は、ケンとパチカンが言い出したことだ。今でも、あの二人中心に、話はまわってる。文句があるなら、アイツらに直接言いな」
テリーさんは、メンズスカートをはいて、町内巡りをする役、しないんですね。
「当たり前だ。俺がそんなオカマみたいなマネごとをするかっ」
「リリーさんは、どんな反応ですか?」
「とにかく、カネが入ってくる話は、嬉しいらしい。ケンたちに協力するってさ。パチンコで知り合った顔見知りたちに声をかけて……というか、たらしこんで、スカートをはかせるらしいぜ」
「ライバルがさらに増えますね」
「へ。平気だよ。リリーちゃんはなあ、俺にだけはダンディでいて欲しいから、スカートなんかはかないでねって、言ってくれたんだぞ。俺にだけだぞ。一歩も二歩もリードしてなきゃ、できない芸当だろうよ、オイ」
「はあ」
「りばあねっとも、今回のコンペに参加する敵だが、内部は分裂してて、ひそかに反対に回るヤツが出てきた、と聞いた。ウチも、そうだ。というか、俺がそうだ。姫がやる気になってんだから、表立って反対はしねえ。でも、これが成功して点数を稼ぐのは、ケンとパチカンたちだけ。おまけに、姫の色仕掛けで、ライバルがさらに増えるかもしれねえ。ま。俺としては、面白くねえ。中立よりの反対ってところだ。もちろん、アンタに協力する気は、さらさらねえ。けど、ケンたちに協力する気も、さらさら、ねえのよ」
話は終わりらしく、テリーさんは台に顔を近づけて、熱心に出玉の行方を追い始めました。
仕入れた情報を持ち、再び針浜のパチカンさんを訪ねると、また、塩をまかれてしまいました。
テリーさんが傍観派なら、りばあねっとの富永隊長たちは、積極的な味方妨害派です。
彼は、以前約束してくれた通り、中年ボランティアやネカフェ難民を女川に呼び寄せるという牟田口総裁の企みを、阻止してくれました。彼らのホームページのボランティア募集要項には、いつの間にか年齢制限がつくようになりました。隊長本人が、町から姿を消しました。牟田口総裁にうまいことを言って丸め込み、東京での志願者面接を一手に引き受けるためです。40歳以上のオッサンを容赦なく落とす一方で、女性志願者を次々に合格させました。女川でのボランティアを終え、東京に戻った元スタッフたちから「ボランティアと称して女装させられる」という黒い噂がどんどん流布していったからです。これ以上悪評が広がらないようにするためには、そもそも男子を採用しなければ、よい。まあ、ある意味当たり前の発想です。
こんな富永隊長の反旗に、牟田口総裁が、面白いはずがありません。
総裁のほうは、思わぬところから始まった女装趣味を深化……いえ、重症化させていました。
DSPスカートから、普通のメンズスカートへ。そして全身女装、果てはカツラをかぶり化粧まで。悪化の原因は、総裁の姿がどんなにおぞましく見えても、ひたすらヨイショし続けた取り巻きたちに、あるのでしょう。たまたま、富永隊長が女川に戻った時の話です。彼は、総裁に呼びつけられて、女川マーメイド撮影会なるものの手助けをすることになりました。カメラだの映像だのには全くの素人だ、と隊長は断ろうとしたそうですけど、レフ板を持って立っているだけでいいから……と説得され、結局引き受けることにした、とか。マーメイド撮影会のモデルは、もちろん女装姿の牟田口総裁です。身長160、体重3桁、脂ぎった顔に3段腹、脛と二の腕の剛毛が特徴の、オッサン・マーメイドです。ミニスカ・セーラー服姿に白塗りの厚化粧だけでも、富永隊長には気分の滅入る光景でした。カメラマンがシャッターを切るにつれ、牟田口総裁は次々に服を脱いでいきました。ブラジャーとパンティだけの姿になった時点で、総裁は脱ぐのをいったんストップし、プレイボーイ誌のグラビアモデルみたいな、煽情的なポーズを取りはじめました。富永隊長は、胃がむかむかして、ものすごく気分が悪くなったそうです。一通り写真を撮り終えてご満悦の牟田口総裁は、パンティも脱ぎ始めました。富永隊長は、今度こそ、こみ上げてくるものを我慢できず、トイレに入ると、胃の中のものを全部吐き出したそうです。彼にはおぞましいだけの写真ですが、当然、モデルその人には、そんな負の感情はありません。自ら、ネットにアップすると、言い出しました。富永隊長のみならず、縄文顔さんも「絶対やめてください」と泣いてすがったそうですけど、総裁はにべもなく二人に言い返しました。
「お前らの裏工作を知らないオレだとでも、思ってるのか」
誰にとってもキモさ全開のスナップショット、と富永隊長は沈んだ気持ちでいましたが、世界は広いものです。しかるべき掲示板に投稿すると、牟田口総裁をセクシーだとベタ褒めするひとが、出てきたのです。牟田口総裁は、そんな崇拝者たちに、耳よりの情報を提供しました。今、女川でコレコレシカジカのコンペが行われていて、お陰で町は女装趣味者であふれかえっている。スカート姿を世間一般に公表するのは、今がチャンスだ、と。
こうして、富永隊長の奮闘にもかかわらず、町には、りばあねっと派の女装者も、陸続とやってくるようになったのです。
りばあねっと派の女装者の面々には、め・ぱん派の人たちにはない特徴がありました。DSPスカートは、前掛けとミニスカート部分がセットで、一つのスカートですが、しばしば、前掛けを省略しているのです。それどころか、ミニスカートのほうも、やたらめったら短く、お尻の下のほうが見えそうになっている人も、います。そしてさらに悪いことに、スカートの下に、何も着けてないヤカラも、混じっているのでした。露出狂が出た、という通報があいつぎ、女川交番のお巡りさんは、今度こそ……とスカート・オッサンをとっつかまえました。しかし、逮捕されたはずの彼ら、りばあねっと派の女装オッサンたちは、数日もすると、釈放され、懲りずにまた、ミニスカ・ノーパン姿で、女川にやってくるのです。
町一番のおしゃべりオバアチャン、我が木下昭子工場長が、いち早く、このハレンチ集団の情報を仕入れてきてくれました。そう、スピーカーおばあちゃんは、情報を町に垂れ流すのだけでなく、集めるのも大得意なのです。涼しいうちに仕事を始めて、暑くなる前に終わらせるをモットーに、木下工場長は朝4時半から、仕事に出てきていました。ひ孫さんが、ディズニーランド旅行のお土産として、浅草で冷やし飴を大人買いしてきてくれたとかで、その日の工場長は上機嫌でした。けれど、噂の真相を漏らしてくれるときだけは、なぜか陰りのある表情になりました。
「あのねえ、あの人たち、前科持ちだって」
もちろん、殺人やら強盗やらではなく、公然わいせつ罪でしょっぴかれた人たち、ばかりです。彼らは皆、大会社や役所の中間管理職をやっていた人たちで、どこで歯車が狂ったのか、公衆の面前で自慢のイチモツを晒したあと、軒並み勤務先をクビになっていました。奥さんがいる人たちは例外なく離婚され、再就職もできず、ヤケになってか逮捕されて目覚めてしまったのか、同じような犯罪を幾度となく繰り返していたのです。
「無敵の人、ですか……」
彼らは、もちろん、皆無職です。
家族もおらず、世間体なんて、ヘッタクレ、という気分になっています。
今更、失うものがないヘンタイ集団なのです。
けれど、そんな彼らとて、DSPスカート姿で毎日数時間ずつ町中をうろつけば、きちんと審査員資格付与、ということになります。日本国内に、どれくらいの女装露出者がいるか分かりませんが、牟田口総裁の投稿写真に刺激されて、少しずつ、りばあねっと派は、増えてきました。ファッションショーの票のことはもちろん心配ですけど、同時に、女装に対する……いいえ、DSPスカートに対するイメージの悪化に、頭痛がする思いでした。
りばあねっと派のヘンタイ退治に一役買ってくれたのは、意外にも青梅さんでした。
イモちゃんに案内されて、二三日女川観光したあと、メンズスカート・オツサンという恰好のBLネタを仕入れることができた彼女は、コンペが始まって以来、終始ご満悦だったとか。昼間はショート君をいじり、午後から夜にかけては町に繰り出して写真撮影、と彼女は彼女なりに有意義な生活を送っていたらしい。スマホに保存してあった写真を見ると、見境なく、スカート男子を見るなり撮っていたことが伺えます。オッサンたちが本当にオッサンで、絵になるような若い美形がほとんどいない……というのが、青梅さんの唯一のガッカリポイントだとか。東京だったら、もう少し若い男を撮れたのに……という不満はごもっともですけど、コンペの主旨から言って、オッサンが若い男たちに置き換えられることは、ありません。
スカートの下に何も着けていないヘンタイ・オッサンたちが、次々に警察にしょっぴかれて、このままだとコンペ自体中止になってしまう……という噂を聞いた青梅さんは、それは惜しいとばかりに、協力を申し出てくれたのでした。
逮捕者がもうすぐ二桁になりそうで、とうとう仙台からマスコミが取材に来た日、私は青梅さんに、災害公営住宅に招待されました。てれすこ君は抜きで、という条件にイヤな予感はしていましたが、背に腹は代えられません。てれすこ君家には、あいかわらずゴスロリ姿の青梅さん(今度は紫じゃなく、赤バージョン)、同じくゴスロリ衣装を着せられたイモちゃん(こっちは黒バージョン)、そしてやはりゴスロリ姿(なぜか白バージョンで、なぜか女装)のショート君がいました。赤、黒、白、それぞれ色違いの「お嬢様方」に迎え入れられたときは、面食らいました。
青梅さんは、開口一番「誰が一番可愛い?」と質問を発しました。
私は即答しました。「そりゃまあ、ショート君が……」
うんうん、とドヤ顔でうなずく青梅さんの隣で、ショート君が情けない声を挙げます。
「しゃっちょー……」
リビングに通されるなり、イモちゃんがお手製のレモネードをふるまってくれました。
「ええっと。ヘンタイ女装集団を一掃して、DSPスカート着用者のみにするっていうアイデアがあるそうですけど」
なぜかグラス片手にウロウロしながら、青梅さんが答えてくれます。
「あら。ヘンタイ女装集団ばかりに効果がある対処法って、ないわよ。逆に、海碧屋さんの女装グループ、正統派だけを妨害する方法は、あるけど」
「後学のために、それ、聞かせて下さい」
「その、女装さんたちの写真を撮りまくって、ネットにアップする。海碧屋さんのスカート・オッサンたちは、皆、そもそも女装趣味がない人たちで、奥さんたちに言われて渋々やってはいるけれど、なるべく知合いたちには見つかりたくないっていう人たちなんでしょ? 町内の商店街でやっている間は、お祭り状態だからいいけど、一歩、町から外へ踏み出せば、変質者、ヘンタイそのものじゃない。社長さんが、いくら海碧屋とりばあねっと派の違いを言い立てても、当事者以外には区別なんかつかないわよ。だから、町外の人に知られちゃったら、恥ずかしい。知人友人親戚には、絶対見られたくない。それをネットで世界的に拡散されたら、目も当てられない……て、なると、思わない?」
「なるほど。一理ありますね」
「けどさ……恥も外聞も関係ないっていう確信犯なら、そんな情けない写真、世間に拡散されちゃったところで、今さら、ヘッタクレってなると思う。なにせ無敵の人なんだから。後ろ指さされようが、陰口叩かれようが、平気の平左、それがどーしたって開きおなって、おしまい。つまり、この、写真を世界にバラまきます方法は、海碧屋シンパさんたちにしか、通用しない」
「なるほど……女装者の後ろめたさを突っつけないとしたら、法に頼るしかない。りばあねっと派のヘンタイ女装者のみ狙い撃ちしてもらうのには、どーしても、警察の取締りにお願いするしかないんですかねえ」
私はガックリと肩を落としました。
「まあまあ、社長さん、そんな悲観しないで。女装者全員に、多かれ少なかれ影響出るけど、りばあねっと派に打撃を与える方法、なくはないわよ」
「ほう」
青梅さんが教えてくれたのは、またしてもインターネットに頼る方法でした。
「ゲイ、男性同性愛者のコミュニティ、SNSとか掲示板とかに、女川の現状を書き込むの。写真付きで」
ノーパンミニスカ姿のヘンタイ女装者のグループが、彼氏を募集しています、とか何とか、言葉を添えるのだ、とも青梅さんは言いました。
「ゲイのひとに言い寄られたヘンタイ女装グループの人たちは、お尻の貞操を守るためにも、ヘンタイをやめました、という運び」
「……トラブルの元になるだけでしょう。いかにも女オタクの人の発想って感じがしますけど。ゲイの人にも失礼では?」
「あら。でも、背に腹は代えられないわよ。このまんま何もしないでいたら、どっちにしろ、コンペは中止ってなっちゃうと思うけど」
「うーん。そもそも、ああいう人たちって、細マッチョの男くさいような人が、好みなんでは?」
「オチンチンついている人が好きっていう共通項を除けば、タイプは千差万別に分かれてるわよ。ショタが好きな人もいれば、オジイちゃんが好きな人もいれば、おデブさんが好きなひともいる。そのへんの好みの多様さは、異性愛者の人たちと、同じよね。そしてもちろん、マイナーなグループ、マイナーな趣向ではあるかもしれないけど、女装者好きのゲイの人たちだって、いるってわけ」
「ふーむ」
青梅さんが、彼らの写真を撮りながら、気まぐれに「無敵の人」たちの経歴……前科を調べてみると、確かに皆、公然わいせつ罪でしょっ引かれてはいますけど、逮捕のきっかけとして、女性に見つかっちゃったというのが、非常に多かったのだ、とか。
「つまり、あの人たちは、確かに女装はするけれど、男に好かれたくて女装をしている人たちではなくて、女好きが高じて女子の恰好をするようになった人たちな、わけ。性の対象は、やっぱり女子のまんまなのよ。そのまま放っておけば、町内の女子に迷惑をかけるオンナの敵、にもなりうる。前科持ちっていうことは、一度は、女の子に迫って怖い思いをさせたことがあるってことでしょ。だったら、逆に、アンタたちが男に迫られる恐怖っていうのを、味わいなさいよ、っていう意趣返しの気持ちもあるのよ」
「ふーむ。重ね重ね言うけど、女装子さんたちの写真をネットにアップすれば、襲ってくれるはず……まあ、ナンパでもなんでもいいけど……というのは、男性同性愛者の人たちに、失礼じゃないのかな、と」
「写真に添えて、事情を詳しく書き込めばいいじゃない。不埒な露出趣味者を退治するために、一肌脱いでください。もちろん、実際に彼ら……彼女たちを襲ったりナンパしたり、フリでいいですから。とか、なんとか」
「はあ」
「それに、別に退治しなくとも……りばあねっと派の女装者のひとたちが、女川から退去しなくても、要するに、スカートの下にちゃんとパンツを着ければ、いいわけじゃない。彼らが……彼女たちが、ノーパンっていうのが、お尻の穴をガードするのには無防備過ぎる服装だって気づいてくれれば、それでいいんじゃないかな。DSPスカートのところまで、服装が戻ってくれれば、それでまた、コンペの条件に適うようになる。警察のお世話にならなくても、よくなる」
「ふーむ」
「で。話は戻るけど。その、不埒な女装露出狂ばっかり狙ってくれれば、いいけど、DSPスカート男子にちょっかいを出す人も、中にはいるかもしれない。それから、りばあねっと派に、実は、男子が好きな女装子さんも、混じっているかもしれない。作戦の穴、よね。完璧なんて無理って割り切れるなら、早速て手配してあげても、いいけど」
黙ってレモネードのお替りを作っていたイモちゃんが、私は反対、と言い出しました。
「その……ヘンタイなオジサンたちだけが餌食になるとは、限らないでしょ? たとえば、ウチのお兄ちゃんとか、狙われたら、困る」
「あら。大丈夫よ、イモちゃん。ショート君くらい完璧に化けることができれば、そもそも、男の子だって、バレないって」
頭を抱えていたショート君が、女性陣2人に、苦言しました。
「てか。そもそも、僕が女装しなければいいだけの、話じゃない」
「あら。ダメよ。ショート君って、海碧屋で一番の敏腕セールスマンなんでしょ? ショート君が女装してDSPスカートを売り歩かなければ、海碧屋がコンペで負けちゃうじゃない」
私は、玄関の扉を開けたときからの素朴な疑問を、口に出しました。
「てか。その前に聞きたいんですけど……なんでショート君、ゴスロリなんですか?」
本人に代わって、青梅さんが答えます。
「イモちゃんに頼まれたからに、決まってるでしょ。学校がある間は、制服とかジャージとか着てればいいけど、夏休みみたいな長期休暇中に着るものがないって、相談されたのよ。要するに、お小遣いがないから、普段着、私服のたぐいが買えないって。で、しょうがなく海碧屋のTシャツとかを着てるんだって。最近は、イモちゃん、お兄ちゃんの服を借りることが多いから、いよいよ着るものがないって。で、女川滞在中だけでも、私の服を貸してあげることにしたってわけ。でも、あいにくとゴスロリしか持ってきてないもんだから……」
「はあ。で。じゃあ、なんでイモちゃんまで」
「せっかく人が親切で服を貸してあげるっていうのに、ゴスロリはイヤだってゴネるもんだから、一人で着るのがイヤなら、イモちゃんも一緒に着てあげるってことになって」
「ショート君?」
「僕、そういう問題じゃないよって、言ったのに……」
青梅さんはグラスを台所に戻すと、両腕を腰にあてがって、言いました。
「社長さんには、口を挟む権利はないですからね。そもそも、お父さんへの給料の支払いが悪いから、こういうことになってるのであって」
「それを言われると……面目ない」
私は思わず頭を下げました。
「それに。きれいなお姉さんが、年下の男の子をオモチャにするときに、女装って定番イベントでしょ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ、社長さん」
ショート君が、思わず金切り声を上げます。少しだけ声変わりしてはいますけど、まだまだ、女の子っぽい外見に似合いの、高い声です。
「社長、騙されちゃ、ダメです。てか、僕、お姉さんのオモチャじゃ、ないです」
すかさず、青梅さんの合いの手。
「あら。じゃあイモちゃんのオモチャ?」
「違います」
「切りがないなあ……とにかく、てれすこ君に見せたら、さすがの彼も怒ること間違いなしの、恰好だ」
ゲイ・コミュニテイに連絡をとって、有志に協力を仰ぐという方策は、結局、採用になりました。差別や偏見につながらないように、SNSとかに書き込む時は、最大限配慮してしてくださいね……と私は再三、青梅さんに念を押しました。
彼女は「大丈夫、大丈夫」と、何も考えていないような返事をくれました。
青梅さんが、青梅さんなりに、深謀遠慮をめぐらしていると判明するのは、もっとずっと後のことです。
帰り際、てれすこ君に伝言があるとかで、青梅さんだけがエントランスまでついてきて、見送ってくれました。クーラーの効いた室内から一歩出ると、相変わらずの蒸し暑さで、私は体中の力が抜けるような気分でしたが、青梅さんは、またしても汗一つかかない、涼しい顔でした。
イモちゃんがついて来ていないことを確認してから、私は青梅さんに耳打ちしました。
「……そもそも、DSPスカートは、イモちゃんのブラコン暴走を牽制するための方策ですよ。こんなに堂々と支援して、スパイ行為がバレやしませんか」
「大丈夫、大丈夫。イモちゃん、そもそも、DSPスカートがイモちゃん対策だって、気づいてないから。公明正大にお兄ちゃんを女装させられるって、逆に喜んでるし」
「はあ」
「それに、新しい性癖に目覚めたお陰で、ウルトラ・ブラコンが少し弱まってるみたい」
「ほう」
「女装したお兄ちゃん、いいな」が「女装美少年、いいな」に変わり、それがさらに「お兄ちゃん以外の女装美少年も悪くない」と変化してきている、とか。
「これもひとえに、私が一生懸命に洗脳した……いえ、布教した……じゃなくて、レクチャーしたお陰よ。ほら、ショート君の友達で、オヤマ君っていう美形がいるじゃない。イモちゃん、彼のこと、夢中……て、まではいかないけど、悪くないなって思い始めたみたい」
「まあ、実の兄の恋するよりは、健全ですか」
「違うわよ。実の兄もいいけど、オヤマ君もいいってこと。二人の美少年が女装してカラんでるところ、ゾクゾクするくらい、いいと思わない?」
「思いませんっ」
「社長さん、ノリ悪っ」
「というか、イモちゃん、それじゃ、悪化しているじゃないですか。てか、そのホモ趣味、青梅さんがドサクサまぎれに仕掛けたヤツでは」
「ふふん。そりゃそうよ。これでもいっぱしの、BL作家ですから」
「自慢するところじゃ、ないでしょう。……そもそも、私、そんな設定、すっかり忘れてましたよ」
そう、彼女はBL作家でした。
それも、夫のホモ写真を撮ってコミケ等で頒布してしまうという、クレイジーなことをやらかす人でした。絵の腕こそイマイチで、商業作家にはなり切れないけど、「やることはやる」「マトモな女性なら、まずやらないことをやってのけた」ということで、アマチュアながら、一部でカルト的な人気を誇る、カリスマBL作家なのでした。
「それで……てれすこ君への、伝言とは?」
「ファンに頼まれたら、気軽にポーズをとって、被写体になってくださいって」
「?」
青梅さんは、コンペがスタートして以来、毎日シーパルピアで撮りまくった女装者・ゲイの人たちの写真を、彼女のホームページに、怪しげな紹介文とともにアップしていました。これに刺激されて、青梅ファンの女オタクの人たちが、カメラ片手に陸続と女川に来るようになりました。この、コアなファンのひとたちも、青梅さん同様、女装者・ゲイのひとたちの写真撮影をして、ネットに上げるようになったのです。その写真を見た他のBLファンが、さらに女川に押し掛けるように来て、写真も撮って……という悪循環……いえ、好循環というべきでしょうか……とにかく、町内は妖しげな男子のみならず、怪しげな女子でも、いっぱいになりました。
何を期待して見物に来たのか分かりませんが、女装者がみんなオッサンであることに強烈な不満を持った女オタクの一団が、DSPスカート反対運動を開始しました。美形が女装をするのは許せるけど、小汚いオッサンが女の恰好をするのは目の毒だ、女装に対する冒とくだ……とまで、言い張る人たちです。
この、美形至上主義的な反対運動が勃興して間もなく、反対運動に対する反対運動も、起きました。
たとえ小汚いオッサンでも、女装して、しかも自分たちの目の前でイロイロおいしいシーンを見せてくれるのは貴重な存在であって、いっぱい湧いて出てくれれば、中には美形も混じってくるのでは? という寛容派です。町で実際に見かける女オタクの人たちは、人当たりもよく、反対派にせよ賛成派にせよ、強烈な主張があるようには、見えません。けれど、ネットの上では、双方が、これでもかとばかりにボキャブラリーを駆使して、ヒステリックにお互い罵りあっているのでした。
シーパルピア商店街には、海碧屋派、りばあねっと派、め・ぱん派、それぞれの女装グループが妍を競っているだけでなく、「彼女」たちを目当てにしたゲイ・グループ、さらに、この2グループを目当てにした女オタク、「女装反対派」「女装寛容派」が、入り乱れて写真撮影合戦等、繰り広げるようになりました。
喧噪を避け、期間中「練習酒場」への籠城を決め込んだてれすこ君が、一言で、この状況をまとめました。
「カオスだ」
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