第5話 ゲームのルール

 りばあねっとの代表として押しかけてきたのは、縄文顔さん、そして富永隊長。

 そして、め・ぱん連絡協議会の渉外部長として、パチカンさん、アチャラカ・ケンさんが押しかけてきました。

 組織の「外交」を担当する部署・人は、どこも物腰が柔らかいものです。私たちの話し合いも、最初は和やかに始まりました。

 最初の話題は、すね毛の始末、です。

 どんな美少年でも、すね毛ボーボーで生足を丸出しにするのは見苦しい、そもそもすね毛ボーボーの時点で美少年失格……というのが、縄文顔さんの意見でした。参加者のうち、唯一の女性ではあるし、これがメンズ・スカートを女性が受け入れる最大公約数的な条件なのかな、と思いました。なら、お得意様に脱毛を進めるのが、いいのかもしれない、と私は思いました。簡易エステを工場のすみに設けて、脱毛サービスを提供すれば、一石二鳥の稼ぎになります。けれど、この、男もツルツル足に……というこだわりに、強硬に反対する人がいました。誰であろう、め・ぱん連絡協議会のパチカンさんです。実は、め・ぱん内ではすね毛脱毛反対派がほとんどだったのだそう。唯一、アチャラカ・ケンさんが、やんわりと反対にまわったとか。もちろん、それとて強硬な反論ではなく、もじゃもじゃだと民話の赤鬼青鬼を連想させちゃうという、「なんとなく」な反対だったとか。それに、そもそも、ケンさん自身は、お店のマネージャー兼生産調達係だそうで、女装はしない人なのでした。

 私は、なぜかいきり立つパチカンさんに、こだわりの理由を聞きました。

「めめしい。男らしくない」

 そもそもメンズスカートを着用する時点で、彼の言う「男らしさ」には疑問符がつくと思うのですが、め・ぱんのお爺さんたちにとっては、違うらしい。すね毛さえ残っていれば、じゅうぶんダンディだというのです。

 お年寄りの美学は分からん……というてれすこ君のつぶやきに、私も賛成し、残りの一人、富永隊長にも、すね毛の良しあしを聞きました。彼の意見は「それより、もう、そもそも、スカートははきたくない」です。部下の学生ボランティア男子にも、辟易する人が続出しているらしいのです。スカートをはくくらいなら、ボランティア辞退して、東京に帰省するという女装恐怖症が、りばあねっと内で蔓延しているらしく、通常業務にも支障が出始めている、と言います。彼は遠い目になって、付け加えました。

「自分の忠誠心は絶対で、どんなことがあっても揺らぎないと思ってたんですけどね……」

 珍しく、人間的な弱みを見せる富永隊長に、私は少し同情しました。

 すね毛隠しにストッキングはどうだ、とアチャラカ・ケンさんが話題をなおも引っ張り、挨拶がてら、お天気の話の代わりに持ち出したはずの「すね毛」は、白熱の議論になりました。

 実際に、DSPスカートをはいて外出しているてれすこ君に、質問が集中しました。彼の結論は、前掛部分を長くすれば、正面からは脛そのものが見えないから、どっちでもいい、でした。白黒ハッキリしないのが気にいらないのか、縄文顔さんとパチカンさんで、さらに水掛け論は続きそうでした。

 私は、次の仕事もあることだし、と「世間話」の終了を宣言しました。

 本題は、もちろん、誰がDSPスカートの著作権……実用新案登録……とにかく、アイデアの権利を持っていてるか、でした。

 私たちは、もちろん私たちが発案者で、他の2グループには、製作販売したぶんだけのロイヤリティが欲しい、と当然の請求をしました。余分な損害賠償を求めたわけでもなく、今後商売を続けることを禁じたわけでもなく、かなりの恩情措置だと、私たちは思っていたのですが……。

 縄文顔さんが、フンと鼻息荒く言い返してきました。

「そもそも、最初にスカート売りの看板を掲げたのは、ウチ。中学生を使うなんて卑劣な手まで使って、こそこそヤミ商売は止めてって、言いに来たんですよ」

 てれすこ君が、彼女の言葉尻をつかまえて、まぜっかえします。

「え。なんです? じゃあヤミ商売は止めて、正々堂々と売れってことでしょうか」

「ちがーう。一切、前掛けスカートから手を引きなさいって、言いに来たんですっ」

 め・ぱんも、自分のところが「本家」だと言って譲らず、強硬に私やりばあねっとのDSPスカートをけなすのです。本格的な商売をする前に、特許を取るか、実用新案登録でもしておけばよかったね、と私はてすれこ君と嘆きました。


 私たちが……りばあねっとと、め・ぱんの両組織を相手取って、DSPスカートの本家本元を争って、ファッションショーを開くようになったのは、こういう経緯があってからでした。

 ここで、山田風太郎ばりに、このファッションショーの勝負を決めるルールを、紹介しておきましょう。三組織、それぞれから一人ずつモデルを出し、一番スカートの似合っていると思われる男子に投票してもらうという点は、ふつうの投票イベントと何ら変わりはありません。少し変わっているのは、この投票人、いわば審査員の資格について、です。

 今日この日から、ファッションショー当日までの二週間の間、毎日DSPスカートをはいて、町に出歩く40歳以上のオッサン。

 これが審査員資格、です。

 もちろん、この年頃の中年男性たちは、仕事を持っているのが普通ですから、午後3時過ぎ、仕事がハケてからの5、6時間、シーパルピア商店街でスカート姿を目撃された人、というのが条件になります。なぜに、こんなみょうちきりんな方式で、DSPスカート正統派の決着を着けることに決まったかというと、縄文顔さんの挑発に、パチカンさんとてれすこ君が、まんまとのせられてしまったせいでした。

 普通の衣料と違って、DSPスカートは、消費者に売るのも着用されるのも、ひと手間かかります。相手がいい年したオッサンなら、なおさらで、さらに、スカートをはいて町に繰り出してくれ……と頼む段になれば、さらにさらにハードルは高くなります。

 そう、この説得力の難しさが、今回の勝負のキモなのです。

 女装趣味の全くないオッサンたちを説得し納得してもらうためには、どーしてもDSPスカートの意図を説明し、了承してもらう必要があります。真実の発案者なら、他の偽物たちより、より説得力のあるセールストークができ、結果的に売り上げ……いや、正々堂々、公共の場でも着用させることができるだろう、というのが縄文顔さんの提案内容でした。

「なんか。だまされているような気がします」

 首をひねるてれすこ君に、私はため息をつきました。

「気がする、じゃなくて、ハッキリ、キッパリだまされてますよ、てすれこ君」

 縄文顔さんの提案するファッションショーの勝敗を、ちょっと考えてみれば、分かります。ショーのモデルさんその人の美醜は勝負の行方に関係なく、いかに熱心な信者・シンパを集めるかに、勝負はかかっています。けれど、それなら、このメンズスカートの信奉者でなくとも、事足りてしまうのです。例えば、この場にいる富永隊長のように、女装がイヤでイヤで仕方がないオトコにも、組織の命令だと強要して着用させることができるでは、ないですか。動員数の多さ、という点では、東京からボランティアを調達できるりばあねっとが、圧倒的に有利です。

「……というわけで、詭弁ですよ」

 私がゲームのルールの抜け穴を指摘すると、縄文顔さんはしたり顔で、反論してきました。

「そういうと思ってた。だから、年齢制限をつけたんですよ。40過ぎのオッサンってね」

 若ければ若いほど、女装の似合う美少年というのは多くなるわけで、女装にも抵抗がない層の割合が多くなるだろう。我々りばあねっとや海碧屋の説得うんぬん関係なく、喜んでスカートをはく男子を除外するために、つまり、純粋に説得力の差で勝負をするために、わざわざオッサン年齢という制限をつけたのだ、と縄文顔さんは続けます。

「そこは、さっき指摘したところでしょう」

「続きがあるのっ」

 縄文顔さんは、てれすこ君に麦茶のお替りを頼んで、喉をうるおしました。

「……ウチは知っての通り学生ボランティアの斡旋が仕事で、たしかに男子を……スカートをはくのに抵抗がないような可愛い系男子も含めて、採用したりもしてますよ。でも、逆に、学生でない、普通の大人の斡旋は、ほとんどないんです。だから、40歳以上という限定は、わざわざアドバンテージを捨てるための条件なんですよ。それに、知っての通り、りばあねっとは、津波の後にボランティアをしに来た組織ですから、海碧屋さんや、め・ぱん連絡協議会さんのように、人脈をたどって、趣旨に賛同しない人を無理やり引き込む、なんてこともできません。ここまで譲歩しているのに、あなたは勝負から逃げるんですかっ」

 勝負するまでもなく、最初にアイデアを出したのは私たちだ……と私は縄文顔さんに粘り強く返事しました。

 そんな怪しげな勝負をしなくとも、最初にDSPスカートを売った日付や、着用者が目撃された日付……もちろん、これは、てすれこ君のことです……を調べれば、一目瞭然だろう、と。

「そうでしょう、ケンさん」

 め・ぱんのアチャラカ・ケンさんは、この話し合い参加の当初から、常識的な受け答えをしていたので、味方にはならずとも、縄文顔さんの言うファッションショーに飛びつくわけはない、と思っていたのですが……。

「ふうむ。この勝負を受けるとして、りばあねっとは圧倒的に不利……町内を根城にしている海碧屋とウチの一騎打ちになるのか……親類縁者の広がりは似たり寄ったりだが、女川は、人口の半分が年金をもらっていると言われる高齢化自治体だ……一人一人口説くことになれば、町のボリュームゾーン、団塊世代の老人たちだけで成り立っている、ウチのほうが、海碧屋より有利だろう……」

 ブツブツ言うケンさんを見て、縄文顔さんがニッコリしました。

「どうやら、め・ぱんも勝負する気になったみたいね」

 富永隊長が、トイレに案内してくれ……と私を事務所から連れ出しました。

 なぜか、この日も彼は、上は迷彩服でした。DSPスカート姿の下半身がぎこちない。このスカートをはくと、本当に座り小便をするしかないな、と彼は個室に入って腰を下ろしました。事務所に戻ろうとする私の袖を、彼がなぜか引っ張ります。

「あの……男の小便を覗く趣味なんて、ないんですが」

 もちろん、女性のオシッコシーンを覗く趣味も、ありません。

「海碧屋さん。勝負を受けたほうが、いいぞ。どうせ、今回はあなたたちが勝つだろうから。いや、勝ってくれ」

「は?」

 勝負を持ち掛けた縄文顔さん自身、実はあまりやる気がないのだ、という意味のことを、富永隊長は言いました。

「自分も、今回ばかりは負けたい気分なんだ」

 実は、牟田口総裁が裏工作をして、東京のネカフェ難民やホームレスの人たちを、2週間限定で女川に送り込む計画をしている、と彼は内輪の秘密を明かしてくれました。どうやら、縄文顔さんの説明は、反古にされる運命です。

「コスいヒッカケだ。やっぱり、古だぬきですねえ」

「自分たちは、今度ばかりは、総裁に抵抗するつもりだ」

「りばあねっとっていうのは、軍隊と同じで、上司の命令には絶対服従、なんでしたっけ。ぶっちゃけ、そこまで女装を毛嫌いしてるんですね」

「当たり前です」

 アチャラカ・ケンさんが、既に作戦立案をしているようだが、それも失敗に終わるだろう、とも富永隊長は予見してくれました。

「事務所での話し合いでは、いかにも若い男子はスカートをはくのは抵抗がない、なんていう感じの議論になっていたけど、そんなわけ、ない。若くても、イヤなものはイヤなもんだ。着用するだけでもイヤなのに、町に出て恥をさらしてこいなんて言われたら、さらに拒否反応の男の割合は増えるはず。ぶっちゃけ、100人に頼んで2、3人、応じてくれる人がいれば、いいほうじゃないかな」

「はあ」

「ケンさんは、楽天的すぎる計算をしていたけれど、若い人たちがイヤがるなら、ジイさんのほうはなおさらで、いくら同年代の年寄が口説いたところで、ハイそうです、と着る男なんて、おらんだろう」

「まあ、一理ありますね」

「牟田口総裁自身、今回のが無理強いだっていうのは、重々承知の上で仕掛けている。逆に言えば、海碧屋が勝っても、まあ仕方ないとあきらめる可能性は高い。既に海碧屋には、ママさんバレーチームを通して複数のオッサンにスカートを売った実績がある。ケンさんは気づいてないようだけど、オッサンその人を口説くんじゃなく、細君のほうを説得する今のスタイルをこっそり続けるんなら、普通に、め・ぱんチームにも勝つんじゃないかな」

「富永隊長。あなた、トコトン、女装が嫌いなんですねえ」

「世間一般では、私や私の部下のボランティア男子みたいな感覚が普通なんだよ。ウチの総裁や、てれすこ氏のようなのを、ヘンタイと言うんじゃないのかね」

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