思い出はいつもキミと一緒
yuzuhiro
第1話 いつも一緒だったね
チクチク
チクチク
土曜の昼下がり。
妻はパートに出かけており、僕は小学3年生の娘と2年生の息子と一緒にお留守番。
このご時世だ。なかなか外に遊びに行こう! とは言えない。
チクチク
チクチク
子どもたちはダイニングテーブルに向かい合って座り、足はブラブラ。
小さな手には白い塊があり、右手に持った針でチクチク、チクチクと刺している。
「パーパー」
ニッコリと笑いながら丸くなった羊毛フェルトを見せてくれる息子。
「うん、綺麗な丸になったね。次はお耳をつけてみようか?」
「うん。えっと。チッチのお耳は———」
「茶色だよ!」
娘がジャン! と得意げに見せびらかしてきたタブレットには、昨年16年の生涯に幕を下ろした我が家のアイドル、パピヨンのチッチが映し出されていた。
「わかってたもん! 僕だってちゃんと覚えてるもん!」
お姉ちゃんに出番を奪われた息子はぷりぷりと怒りながら、袋から茶色の羊毛を取り出した。
子どもたちとのおうち時間をどう過ごそうか?
ネット環境が充実している昨今。動画やオンラインゲームは今や幼稚園児でもやっている。
でもなぁ、やっぱり味気ないよな? もっと違うなにかが———
そんな時に百均で見つけたのが『羊毛フェルトで作る動物』。
針を使うってことで少し心配だったけど、子どもたちはのっけからやる気に満ちていた。
その理由はね?
「チッチだ! この子、チッチそっくりだよ! チッチ作ろうよ!」
パッケージに写ってたのは白と茶色のパピヨン。
まだ僕と妻が恋人だった頃に妻の実家で飼い始めたチッチ。
ホームセンターのペットコーナーに何度も通い詰めて「飼います」と店員さんに言った彼女はひどく興奮していたっけ。
初めて妻の実家に連れ帰ったときにはプルプルと震えて、ケージから出てこようとしなかったよね。
お店では我が物顔で走り回ってたのに、知らないところに連れてこられて怖かったんだよね?
でも、一週間も経てばすっかり環境に慣れたみたいで、お店の中同様に部屋の中をパタパタと走り回ってたね。
それからの僕たちのデートには、いつもキミが一緒だった。
僕が運転する車の助手席の妻の膝の上。そこがキミの指定席。
キミの目に映るものは全てが新鮮だったのだろうね。公園で散歩中、鳥がいれば追っかけて、向こうから近寄ってきたら逃げ出して。
風に吹かれる葉っぱを一生懸命、前脚で捕まえようとしてたね。
そんな愛くるしいキミはどこに行っても人気者だった。
「あっ、パピヨンだ! かわいい〜」
「あの子チワワかな?」
もちろん、妻の両親もキミの虜になってしまっていたね。
「チッチ、お座り。お〜す〜わ〜り〜は?」
中でもお義母さんは教育熱心で、お手、お座り、伏せは全てお義母さん仕込みだった。
だから、結婚が決まりキミも一緒に連れて行きたいと言った僕たちに「寂しくなるから」と首を縦には振ってくれなかった。
やがて、我が家に新しい仲間が増え、しばらくキミのいる家に厄介になることになった。
キミは赤ちゃんに興味津々。鼻を近づけてフンフンと匂いを嗅いだり、靴下を脱がして足の裏をペロペロ舐めたり。
「こ〜らチッチだめよ」
やりすぎて泣かすこともしばしば。
小さかった子どもたちがキミを抱っこできるようになった頃には、キミはもうおじさんになっていたね。いや、初老って言ってもいいくらいかな?
子どもの成長と反比例するようにキミは年老いていったね。
「チッチが逝っちゃったよ」
お義母さんから涙ながらの連絡があった時、妻はパートに行っていた。
僕は子どもたちを連れて妻の実家に行き、お義父さんに抱かれたまま動けなくなっていたキミと対面した。
怖がるかな? と思っていた娘はキミを膝の上に乗せ、愛おしそうにずっと撫でていたよ。
最後のお別れ。
キミが鉄の扉の向こう側に行ってしまうと息子は大号泣。
「もう会えなくなっちゃうよ」
それまでは何食わぬ顔をしてたくせに。妻はそんな息子を泣き腫らした顔でギュッと抱きしめた。
♢♢♢♢♢
「できた! ねぇパパ。チッチそのものじゃない?」
娘は両手で完成したぬいぐるみを掲げた。
「お〜! 額の模様までバッチリだね」
「僕もできた!」
「あ〜、うん。上手上手」
ところどころ羊毛が取れかかっていたが、息子のぬいぐるみもなんとか完成した。
「ただいま〜」
「あっ、ママだ! おかえり〜。ねぇねぇ、ママ見て! これ、な〜んだ?」
2人で妻の目の前にぬいぐるみを掲げると、妻は驚いた顔で「チッチ?」と呟いた。
「正解! 上手にできたでしょ」
いま、妻の脳裏には元気に走り回っていたキミの姿が思い浮かんでいるだろう。
だってキミは、いつも一緒だったもんね。
思い出はいつもキミと一緒 yuzuhiro @yuzuhiro
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