第76話 形見

俺の否定ひていに対しじいさんは首を振った。


定義ていぎとは物事を判断するため誰もが解るように示した特徴や条件であって絶対ではない。てして強い想いは定義ていぎや常識をくつがえすものだ。」


そう言うとじいさんの眼差まなざしにあきれがじる。


「それは魔法という力を行使こうしする者であれば肌身はだみに染みておるだろうに。存外ぞんがいお前の思考は固いなぁ。」

「…。」


言われて普段はもう少しましだとか、色々と言いたいことは浮かんだが、このところ立て続けにやらかした自覚もあって沈黙した。


「そんな顔をするのは自覚があってなによりだ。まあ、これから経験を重ねれば幾分いくぶんかましにはなるだろう。では、本来の話しに戻すぞ。」


俺がどんな表情をしていたというのか、じいさんはひとつうなずくと剣について再び話し出した。


「お前の持つ剣に使われた竜骨りゅうこつは、私の妻のものだ。」

「!!」

「妻が生前、呪いを受けるよりも前に懇意こんいにしていたドワーフの鍛冶師かじしに頼み、死後にたくした骨が使われている。」


俺は白銀はくぎんの輝きを持つ剣を脳裏のうりに浮かべる。

あの剣に使われた竜骨りゅうこつが爺さんの妻のものってことは…


「…婆様ばあさまの…。」

「そうだ。本来ならば娘をつうじて孫に送られるはずだった守護剣だ。妻は愛する娘や孫を守りたいと強い思いを抱いていた。そしてその想いを知る鍛冶師ドワーフきたえた剣は守護の力を持つ魔器まきでありながら、『守りたい』というおもいの宿やど魔剣まけんとなった。」


精神ここの暗闇の中で俺とゼーンを包んでくれたあたたかかな光を思い出す。


「かの国に届けられたはずの剣が、どのような経緯いきさつがあってお前の手にわたることになったのかは判らんが、これも星のみちびきなのだろう。」


じいさんと視線しせんわすと、おだやかな表情かおをしていた。


「ヴェルデ、無理にとは言わんが、かなうならその剣と共に娘の墓前ぼぜんおとなって欲しい。」


婆様ばあさまと娘を会わせてやりたいのか。

あと、血族の生き残りである俺も。

はっきり言えばいいのに、じいさんも大概たいがい素直すなおじゃないなぁ。


わかった。ゼーンと世界を見て回るって約束してるんだ。何時いつとは言えないけど必ず行くよ。」


俺は口の端を上げてそう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る