第56話 side ジェミオ

「どうだ?」


火のそばへ戻ってきて腰を下ろすアルミーに聞く。


「変わり無く、落ち着いてるよ。」

「そうか。お前も少し寝たらどうだ?」


安堵あんどした様子のアルミーも大分だいぶ顔色が良くなったが、疲労ひろうかんでいるさまに休むことをすすめるが、首を横に振った。


「いや、いい。今は眠れそうにない。」

「そうか。でも、あれだけ魔法を使ったんだ、無理するなよ。」

「ああ。流石さすがに疲れていないんて言うつもりはないさ。」


そう言ってアルミーは微苦笑びくしょうを浮かべた。


竜王トニトルスここへ来ることになった切っ掛けから、その後に起きた出来事の全ての経緯いきさつを話し終え、竜王トニトルスが眠りについてしばらくして、ヴェルデの右半身に浮かび上がっていたうろこが消えた。


それから少しの間、また何かあるかもしれないと二人してその場で様子を見たが、今度こそ本当に大丈夫そうだと、少し離れた場所で火を起こして休むことにした。


火を起こしてからしばらく、場には沈黙が降りた。俺もアルミーも一連の出来事と感情を整理するのに精一杯だったからだ。


今回は本当にまいった。

今日だけで何度きもが冷えたことか。


昨夜…と言っても随分ずいぶん前のように感じるが、予言ゆめみの事を聞いて、ヴェルデに言った言葉ほど、軽く考えていた訳では無かった。

だが、実際に起きたことは想像をはるかにえていた。


子銀狼こフェンリルとの突然の再開から、銀狼フェンリルとの邂逅かいこう。ヴェルデに眠っていた異種族の血の覚醒かくせいによって起こった体の崩壊。


苦しみと痛みにのたうちまわるヴェルデを抱き止めている間、手を離すことはヴェルデの命まで離してしまうようで怖くてたまらなかった。


アルミーの魔法の治癒ちゆでも追い付かず、焦燥しょうそうつのらせる最中さなか子銀狼こフェンリルがヴェルデとその命運めいうんを共にするために自ら従魔契約を結んだ事は驚きとともに、少しだけうらやましいと思ってしまった。


俺には魔法適正が無い。正確には基礎せいかつ魔法と自身に反映する魔法しか使えない。だからランクAと言っても近接戦闘特化であり、アルミーのように他者に治癒魔法は使えない。


その事で今まで何度も悔しい思いをしてきたが、今日ほど無力を感じたことは無い。

子銀狼こフェンリルはまさに命懸いのちがけでヴェルデに寄り添っているのに、“助けられない”、その悔しさと苛立いらだちを思わずヴェルデの運命の一端いったんになうであろう剣にぶつけてしまった。


「死を乗り越えるためにこのこいつを手に入れたんじゃなかったのか!!」


まさか俺の叫びを聞いた訳では無いだろうが、ヴェルデの剣はその内に宿す魔力をもって、一時的にヴェルデの体の崩壊を止めた。


そして鈴の音を切っ掛けに状況が動き出し、“御方”と呼ばれる存在が力を貸してくれると、転移によって連れられた先には竜王トニトルスがいた。


すべの無かった俺達はヴェルデと子銀狼こフェンリルを助けて欲しいと懇願こんがんし、竜王トニトルスは魔法と自らの血を持って、その命を救い上げてくれた。


「あいつが助かって良かった。」


こぼれ出た言葉が改めてヴェルデが生きていることを実感させた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る