第55話 鍛練

竜が魔法をうたう。

動く魔力の的を作り出す魔法だ。

血が記憶しているのか、うたわれた意味が理解できる。


「この的は不規則に動く。お前の魔力を的の中央に当てれば消える。ただし、中央以外に当てても的は消えぬし、消さずにいればお前を追いかけ回すようになる。それでも消さずにいれば、ほれ。」


竜が指を振ると的の一つがこちらへ飛んでくる。そして俺の手にれた途端とたんはじけて小さないかずちはなを咲かせた。


っっ!!」


いかずちに打たれた指先がびりびりと痛む。


「的にれればいかずちに打たれる。火傷やけどをすることは無いが、続けて打たれればしびれて動きに支障ししょうが出るから気を付けることだ。」


淡々たんたんと説明していたドラゴンが、今度はゼーンに語り掛ける。


銀狼フェンリル幼子おさなごよ。此奴こやつの命はもう大丈夫だ。銀狼殿ちちぎみも心配している。だから自分の身体に戻り、しっかり休むがいい。」

「でも…」

「ゼーン、俺なら大丈夫だ。直ぐに魔力を制御ものにして戻るからさ。だから先に戻って親父おやじさんやジェミオ達に大丈夫だって伝えておいてくれよ。」


逡巡しゅんじゅんするゼーンに俺は言伝ことづてという形で背中を押す。


「そうしてくれ。でなければ此奴こやつ其方そなたに甘えてしまうかも知れんのでな。」

「っな、そんなわけないだろ!」

先程さきほどまでこの幼子おさなご散々さんざんなさけない姿を見せておいてよく言えたものだ。」

「っ、それは…今度のは状況が違うだろ!」


にやりとわらって言うドラゴンの様子にいらっとした俺は反論はんろんをするが、色々と情けないところを見せたのもまた事実で。

だがそんなやり取りを見たゼーンは腕の中で小さく笑うと言った。


「分かった。じゃあオレは先に戻って皆に助かったことと、起きるまでもう少し掛かるって伝えとくね。」


ゼーンの身体を両手で抱え上げて、互いの額をこつんと合わせる。


「ああ、頼むな相棒。」

「うん。まかせといて!」


俺の抱えた手の中からゼーンの姿が溶けるように消えた。

俺はドラゴンに向き直る。


ドラゴンは真剣な眼差まなざしで俺を見据みすえると、思わず身体からだ強張こわばるような威厳いげんのある声で言った。


「お前の無事を望む者がいる。お前の帰りを待つ者がいる。戻ると約束した者がいる。後は全てお前次第しだい幼子おさなごへの言葉が大見得おおみえにならんようにな。それに…」


一旦いったん言葉を切り、口のを上げてわらった。


「まあ、この程度の事が出来んようでは、自身の魔力ちからを持てあますばかり。竜王のわが血族けつぞくとしてはずかしくて世に出せたものではないがな。」


このドラゴン度々たびたびあらわ小馬鹿こばかにした様な態度に何度目かの苛立いらだちを覚えた俺は感情のままに言葉を返す。


「何が血族として恥ずかしいだ! 直ぐ慣れるに決まってるだろ! 俺は俺として皆と生きてくためにこの魔力をものにするんだ!」

「ならば、その魔力ちからさいに渡り操って見せろ。」


ドラゴンのその言葉と共に、魔力の的が一斉に動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る