第50話 変化の上書き

待ちびた変化にあと押しされ、全力でめぐらせた魔力ちからは先程までの抵抗は何だったのかと思う程、すんなりと身体全体へと行き渡り馴染んだ。


「っ、はあ…。」


精神的疲労ひろう半端はんぱない。俺はへたり込むと、大きく息を吐いた。

肩から飛び降りたゼーンが尻尾を大きく振りながら飛び付いてくる。


「やったね! さすがヴェルデ!」

「ははっ、とりあえず一山は越えたな。でもゼーン、これからもう一山あるらしい。」

「えっ、どういうこと?」


喜びに水を差した俺に、ゼーンが不思議そうにいてくる。


「今度は湧き上がるこっちの魔力ちからが止まんないみたいだ。」


そう言って右腕を見せた。


「!! これって…」


腕を見たゼーンが言葉を失くす。

何故なぜなら俺の右腕の手首から二の腕にかけて緑色のうろこおおわれていたからだ。痛み等は何も無いが、徐々にの範囲が広がっていく。


先程き上がった魔力ちからは、身体に力を注いだものだったのだろう。

変化に耐えられなくなっていた身体からだを補強するために与えられた何かは、本来の目的以上の力を上乗せし、身体からだの変化自体を上書きしようとしているのかも知れない。


このままじゃ俺は俺でいられなくなる。


確たる予感があった。

湧き上がり続ける魔力と共に、精神こころに何かがじわじわと染み込んでいくような感覚が、警鐘けいしょうを鳴らす。


「ゼーン、もうひと頑張りするから、今度は少し離れててくれ。」

「…分かった。でもなにか手伝えるなら言ってよ。」


今度は身体からだの制御が必要だと理解したゼーンは、心配そうなをして渋々と距離をとった。


「ったく振り子じゃあるまいし、次から次へと…本当に知らないうちに星の気にさわったか? でも折角せっかく命をつないだんだ。このまま目が覚めないのは御免ごめんだ。」


そうこぼしつつ、うろこの無い左手で胸元むなもとつか身体からだの制御をするために集中する。


だがき上がり続ける元をぎょするのもまた難しい。噴き出す間欠泉かんけつせんふさいで止めようとするようなものだからだ。


しかし制御せいぎょしようという思いが抵抗となるのか、先程まで徐々に広がっていたうろこが右腕から右耳のあたりで止まっていた。


どうすればいい?

鱗は止まっていても、精神こころの汚染は止まらない。少しずつ大きくなる自分とは異なる感情。それが俺の存在をあやうくするものなのだと本能で理解する。


「やれやれ、未熟みじゅくどころか、かえったばかりの赤子あかご並みか。」


思考に沈み込もうとする俺の耳に、聞き覚えのない声が聞こえた。


「え、誰?」


声のした方を見ると、黒い騎士服に白い外套マントまとった壮年そうねんの男がいた。


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