第37話 鈴の音

ジェミオは時のせまるヴェルデをかかえ、死のふちにもかかわらずともる事を望んだ子銀狼こフェンリルを前に、漆黒しっこくさやを持つ剣をつかさけんだ。


「くそっ!! どうにかならないのか!? ヴェルデこいつ夢見よげんの言葉に死を覚悟しながらも、生きるために必死だったんだぞ!! 子銀狼こいつだって心中しんじゅうするために産まれた訳じゃないだろう!! 死を乗り越えるためにこの剣こいつを手に入れたんじゃなかったのか!!」


さけぶジェミオと同様どうよう本意無ほんいな面持おももちでアルミーもこぼす。


「俺に崩壊これやせるだけの魔法が使えたなら…」


仲間であり家族のような大切な弟分おとうとを死なせたくない。

そして弟分おとうとと命を共にする事をのぞんだ子銀狼こフェンリルを助けたい。


そんな二人のおもいにこたえるかのように、漆黒しっこくさやおさまった剣より“リィィン”と高くんだ、鈴のひびく。


魔力ちからまとったその音は大きくはないのに、まるで森をいつくしむかのようにゆるやかに広大こうだいなガルブの森全体へとひろがっていく。


それと共にさらさらと柔らかな風が吹き抜けて、森にひろがった強大な魔力と混じり合い、中和するように大地へと馴染なじませていった。


「何が起こった? この音は一体……」

“これは大いなる御方おかた想いちから残滓ざんしか?”


空を見上げ戸惑とまどい、いぶかしむジェミオと銀狼フェンリルへアルミーが呼び掛ける。


「ヴェルデ達が!!」


ジェミオが視線を落とすと、かかえていたヴェルデと子銀狼こフェンリルあわい輝きに包まれていた。


同時に崩壊ほうかいによる衝撃しょうげきあばれていた体が静かになっている事に気付き、もしや力尽ちからつきたのではと胸に耳を当てる。


その耳に聞こえたかすかな、だが確かにきざまれている鼓動こどうにほっと息をいた。


「一体何が起きたんだ?」


ジェミオがアルミーへく。


「俺にも解らないが、さっきの音が響き始めた後、ヴェルデ達の体を剣の魔力が包んだんだ。そのおかげなのか、ヴェルデの体の崩壊が止まったようだ。」


アルミーも困惑こんわくしながら、起きた現象を見たままに伝えた。


“むっ…”


銀狼フェンリルが何事か考えるように中空ちゅうくうを見上げた。


“……、……、…そのように。 人族の魔法士まほうしよ、この状態はそう長くは持たぬ一時的なものだ。そのままいやしを続けよ。”


銀狼フェンリル中空ちゅうくう何者なにものかへおうじる言葉を返すと、アルミーへ治癒ちゆを続けるようにう。


治癒ちゆを続けろとは、何か手立てだてが?」

“かの御方おかたがこちらに気付きづかれた。御助力ごじょりょくいただけるとの御言葉おことばを精霊が届けてきた。であれば恐らくは…”


銀狼フェンリル声音こわねにじ期待きたいの色に、事態じたいが動いたことを確信したジェミオが語気ごきを強めて言った。


「っ! 頼むアルミー! 持たせてくれ!!」

わかってる! 必ずつなぐ!」


魔力回復薬をあおったアルミーがこたえ、途切れた魔法を今一度いまいちど発動させた。


一時的にとはいえ肉体の崩壊が止まっているおかげで、先程まで気休めにしかならなかった『治癒セラベヴォ』の本来の効果が、傷付いた体を少しずついやしてゆく。


崩壊が再び始まれば、また癒しの効果は間に合わなくなる。アルミーははやる気持ちを押さえながら魔法の制御を続けた。


“!! 其方そなたら、今から御方おんかたられる場所へ跳ぶ。心せよ。”


中空を見上げ再びの知らせを待っていた銀狼フェンリルがそう言うと、先程よりも丁寧ていねいに転移の能力ちからみ始める。


その間にジェミオはヴェルデと剣を、アルミーは子銀狼こフェンリルを抱き上げた。


“では行くぞ。”


慎重しんちょう行使こうしされた転移は、その場にた者達を救いの望みをつなぐ存在の元へと運んだ。



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