第36話 契約

「ぁあ"……あ"っっ」


突然の変異に何が起きているのか、自分でも認識できないまま苦痛にあえぐ。


筋肉が強張こわばりぎしぎしと音を立て、身体の内部のいたる所でぶちぶちと何かがはじけ、痛みと衝撃に体がねた。


「ヴェルデ、しっかりしろ! 一体何が起きてる!?」


急ぎそばに寄ったジェミオが暴れる俺の体をき押さえ声を掛けてくるが、俺には答えるどころか話し掛けられている事すら認識できていない。

銀狼フェンリルは俺の状況を二人に伝えた。


"恐らくは、血の目覚めによる魔力の変化と増大ぞうだいに肉体がえられぬのだ。"

「!! 取りえず治癒ちゆを…」


銀狼フェンリルの言葉を聞いたアルミーが急ぎ『治癒セラベヴォ」を掛ける。

しかしその回復が追い付かず、治すそばから崩壊ほうかいを続ける肉体がびくびくとねた。


「ぐぁ……ぅう゛…あ゛…」


あまりの痛みと衝撃に悲鳴すらも声にならず、うめきとも呼べないものがれる。

そしてのどからせりあがって来る熱いかたまりき出した。


「!? ぐぅ、かはっっ。」


き出したものは大量の鮮血せんけつだった。

周囲に鉄錆てつさびにおいが拡がる。

口内に広がる血の味に“死”を意識したところで、俺の意識は闇に飲まれた。


  ◇ ◇ ◇


「っくそ、回復が間に合わない!!」


アルミーが焦燥しょうそうした声を上げると、ジェミオが回復薬を取り出し、かかえた体にびせかけた。


「っ、これで少しでもっ…」


だが状況は変わらず、二人の焦燥しょうそうをさらに強くする。


銀狼フェンリル殿! 貴方あなたはこの状況の原因を知っておられた! 頼む! ヴェルデを助けるにはどうすればいい!? どうすればこいつを死なせずに済む!?」


ジェミオが銀狼ぎんろう嘆願たんがんした。

銀狼フェンリルは目を伏せ、首を小さく横に振る。


"我は他者たしゃやすすべを持たぬ。そして今、の者の血の目覚めを力ずくで封じれば、その反動により命はきる。"


銀狼フェンリルの言葉で二人の間に絶望的な空気がただよい始める。

すると、少し離れていた子銀狼こフェンリルがそっと近付いて来た。


"……!! 一の子よ、待て! 其方そなたでは支えきれぬ!!"


急に銀狼フェンリルあわてた声をあげる。

だが子銀狼こフェンリルはそのままヴェルデの顔の横まで来ると、そっとほおに付いた血をめた。

一泊を置いて、ヴェルデと子銀狼こフェンリルの間に光のくさりが浮かびあがり消えた。

そして子銀狼こフェンリルは再びヴェルデのほおめると、うずくまった後ぴくりとも動かなくなった。


「…今のは従魔契約…」


治癒セラベヴォ』の魔法を維持いじしたまま、アルミーがつぶやく。


「こんな状況で一体何故なぜ?」

の者を救おうとしたのだ。”


ジェミオの疑問におごそかとも言える口調で銀狼フェンリルが答えた。

意識無く跳ねる体をかかえたまま、ジェミオが銀狼フェンリルの様子をうかがう。

銀狼フェンリルは目を閉じたまま言葉を続けた。


“従魔の契約を結ぶと、たがいの間に魔力のつながりが出来るのは知っておろう。それは互いの魔力を知覚ちかくし不足をおぎない合うのが通常の人族との契約だ。だが一の子がむすびしは、たがいのしんぞうつなたましいの契約。ゆえたがいがおの半身はんしんとなり、その全てを分け合う事となる。”


「それでは、子銀狼このこはヴェルデの負担ふたんう為に…。」

「こいつは助かるのか?」


説明を聴いた二人に希望が見えた気がした。

しかし続く銀狼フェンリルの話しに再び最悪の結末を突き付けられる。


いな。無理であろう。の者の目覚めし血は偉大なる血族のもの。その魔力は強大なものだ。たと銀狼フェンリルとはいえ、おさなき一の子がいきれるものではない。”

「っ、それでは子銀狼このこまで!」


子銀狼こフェンリルおこないが命をつなぐにはいたらないものであったとげる銀狼フェンリルにアルミーは悲壮ひそうな声をあげた。

銀狼フェンリルは悲しみともあきらめともつかない声音こわねで答えた。


“そのとおりだ。一の子にもこのままではの者が助からぬことはわかっておった。我は止めようとしたが、一の子は契約をむすぶことを強くのぞんだ。助からぬとわかっていてもの者とともにあることを望んだのだ。”



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