第34話 聖域

“ふむ。魔獣である我に名を名乗り、頭を下げるか。礼儀を知る者よ。其方そなたらは我に会いたいと子に望み、この子が呼んだゆえ、我はこの場に現れた。其方そなたらは何故なにゆえ我との相対あいたいを望んだ?”


そう言うと銀狼フェンリルはその双眸そうぼうで俺達を見据みすえた。


銀狼フェンリルの重さを感じさせるような視線をものともせずジェミオが経緯けいいを話し始めた。


「昨日、ここに居るヴェルデが森の外縁あさせで巨大な大猪ボアを仕留めた。そして森の外で見ることの無い樹木鹿ツリーディアが近くの丘に群れで出た。そこで森に異常が起きている可能性を考えた者から依頼を受けた俺達が、状況を確認するために訪れた先で銀狼殿あなたの子に遭遇した。」


銀狼フェンリルの威圧も何も無い視線がちらりとこちらへ向けられた。俺は黙って視線を返す。

その間もジェミオが淡々と話しを続けた。


「その後、森で夜を明かして、森の魔力濃度の異常を確認した為、その強大な魔力の持ち主が銀狼殿あなたではないかと推測した俺達はその整合性の確認と、状況次第で大きな影響が出るであろう銀狼殿あなたの今後の意向をうかがいたいと思い、銀狼殿あなたとの対面を望んだ。」


"ふむ。なる程な。そのげんに嘘は無い様だ。其方そなたらのげんは解った。"


銀狼フェンリルは感情をうかがわせない口調で伝えてくる。


「今この森に広がる魔力は貴殿方あなたがたのものでしょうか? 貴殿方あなたがたは今後もこの森で暮らすのでしょうか?」


アルミーが銀狼フェンリルたずねる。


"……話しをするにはこの場はそぐわぬ。少し場所を移すか。其方そなたしばし待て。"


銀狼フェンリルは少しの間沈黙すると、そう言って俺のかたわらに居る子銀狼こフェンリルを見る。子銀狼こフェンリルは頷くと転移で姿を消した。


俺は先程の影響か、かすかな耳鳴りと体の火照ほてり、感じるだるさに座り込み「はぁ」と大きく息を吐いた。


「ヴェルデ、まだ顔色が悪いが大丈夫か?」


俺の様子に気付いたアルミーが声を掛けてくる。


「ああ、さっきので流石さすがに疲れたみだいだけど大丈夫。話しの間に休むから。」


そう返すが、二人の表情はかたいままだ。俺、そんなに顔色が悪いのか?


銀狼フェンリル殿、話しの途中だがヴェルデを休ませたい。しばらく時間を置いてもらうことは出来るだろうか?」


"場の方が良いようだ。行くぞ"


ジェミオが言うと、銀狼フェンリルは短く返してその能力ちからを行使した。


一瞬の浮遊感の後、足元に柔らかい下生えの感触がする。

そこは大きく開けた空間だった。

降り注ぐ日差しも柔らかく、先程までの森の空気とは画した場所だ。


"ここであればの者も休ませてやれるだろう。話す事柄ことがら安易あんいに語ることでもない。むしろあの場にとどまるが厄介やっかいなことになるだろう。"

「ここは?」


銀狼フェンリルへアルミーが訊ねる。


"ここは森の奥にある休息の場だ。この場では如何いかなる魔獣ものも互いに襲わぬが約定やくじょう。それは人族にあっても同じこと。この場にて約定やくじょうたがえし時はこの森の全てが敵となる。"


銀狼フェンリルの言葉にここが魔獣達の聖域であると知る。

ジェミオが俺とアルミーに視線を向けてくるのに、そろって首肯しゅこうした。


「解りました。その約定やくじょうを俺達も守ることをお約束します。」


ジェミオがそう言うと銀狼フェンリルは頷き続ける。


"話しを続ける前に、其方そなたらは楽にするが良い。"


そう言われて俺達はその場に腰を下ろした。

正直座っているのも辛いが、立っているよりは遥かにましだ。

座った俺のそばに再び子銀狼こフェンリルが寄り添う。本当にえらく気に入られたみたいだな。


"我も幾分話しやすくするとしよう。"


銀狼フェンリルはそう言って見る間に大きさが縮み、荷車程の大きさになった。

俺達はそれを見て今日何度目かになる言葉を無くした。


"ははっ、大きさを変える魔獣ものを見るのは初めてか? だが、そうでもせねば我等が移動する度に森の木々が薙ぎ倒されてしまうのは想像にかたくなかろう?"


目を丸くする俺達の様子を見た銀狼フェンリルが笑って言う。


言われてみればその通りで、先程の本来の大きさのまま生活していれば、あちこちで森林破壊の跡や、当銀狼ほんにんの姿が目撃され、存在自体を伝承として語り継がれることは無いだろう。

そう俺はぼんやりとした思考で考えた。


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