第32話 銀狼 1

連なる山脈に沿い、深い森を進む。


我は銀狼フェンリルと呼ばれる一族に生まれ、成獣となりつがいを探す旅に出て、幸いにも素晴らしきつがいを得ることが出来た。

だが、そのつがいの体調が思わしくない。


我がつがいを連れて一族の里へ戻る旅の最中さなかつがいの腹に子がいることがわかったが、まだ生まれるまでは日があり、里であれば外敵の心配も無く子を産めるだろうとそのまま旅を続けてきた。


里のある北の山へ続く、最後で最大の森に辿り着いたところで、精霊達からかの御方おかたが森の聖域にられると聞き、であれば聖域近くにて休ませていただけぬかと精霊に言付ことづけを頼んだ。


かの御方おかたからは許しを頂くどころか、聖域のすぐ側に結界をほどこした空間まで造っていただいてしまったが、つがいの事を考えお心に甘えることにした。


ようやく我がつがいを休ませてやれると安堵あんどしたところで、かの御方おかたの魔力にてられてしまったか、つがい産気さんけ付いてしまった。


精霊たちの助力も得て、なんとか無事に三つの子が生まれたが、旅の疲れもあったのか、つがいの体力が思った以上に削られてしまったのは不測の事であった。


今のつがいの状態では、子を守るどころか、自身の身を守ることすら危ういであろう様子に、かの御方おかたはこの森でしばらく休んで行くことをすすめてくださった。


幸いにもこの森は広大で深い。

獲物となるものも多く、つがいを休ませ、子を育てるには幸いの場所だ。


幾何いくばくか近いところに人族の里があるらしいが、森深く踏み入る事はほとんど無く、良い住み分けが成されていると精霊達も請け合ってくれた。


そうして森で過ごし始めて子が狩りに興味を持ち始めた頃、やんちゃな一の子が結界の外へ出てしまった。


本来ならば意識して魔力を通し抜けなければ出ることが叶わぬ筈の結界を、あろうことか転移の能力ちからを目覚めさせ、好奇心のままに跳躍してとんでしまった。


転移は我が持つ能力ちからで、銀狼フェンリルの中でもまれ能力ちからであるのだが、一の子はその能力ちからいでいたらしい。


始めて使った転移であればそう遠くまでは行かぬものなのだが、一の子はどうやら少々規格外だったらしく、近くにその魔力けはいが感じられ無かった。


精霊達にも助力をあおぎ探したところ、人族の里に近い森の浅いところで一の子の魔力を感じられなくなったと聞いた。


まだ狩りをしたこともない幼子おさなだ、他の魔物ものに襲われたか、あるいは人族の者の手に掛かったか…。


生けるものが狩られるのはこの世に生きるもの全ての運命さだめとは言え、我が子を守れぬこの身が矮小わいしょうに思えてならなかった。


  ◇ ◇ ◇


ところが、その日の日暮れ頃、一の子が我を呼ぶ声が聞こえてきた。

実際に音として響いたわけではない、魔力ちからの波動。


我ら銀狼フェンリルは他の魔獣ものの様に声を音として話すことは無い。


我らの声は精霊の力を呼び荒ぶらせる。

故に大規模な魔法を行使する場合を除いて、全ての意志疎通は『念話レゲイン』と呼ばれる魔力を介したもので行われるのだ。


届いた魔力こえを頼りに、あわてて一の子の元へ跳躍すると、何事もなかったかの様にたたずむ我が子が居た。


取り敢えずつがいの元へ一の子を連れて戻り、精霊達に補足してもらいながら、揚々ようよう話しを聞いたところ、蜘蛛に餌さとしてとらわれていたところを、人族の者に助けられたと言うことだった。


一の子は助けたその人族の者が大層気に入ったらしく、すぐにその者の元へ行こうとして、我やつがいに止められ、転移で跳躍するとんでいくにもその者の魔力けはいが感じとれず、憤懣ふんまんやる方無いといった様子で落ち着き無く過ごしていた。


がその翌日の日が高く上った頃、の者の魔力けはいを感じたと、再び転移で跳躍してとんでしまった。


我は直ぐに後を追わず、一の子の魔力けはい辿たどって様子をうかがう事にした。


一の子の転移した先には三人の人族が居り、一の子の魔力けはいに気付き大慌てをしておった。

もし我が子を手に掛けようとするのであれば、只では済まさぬと思い構えておれば、人族のうちの一人の者が我が子に話し掛け始めた。


「昨日、俺達が会ったのはお前か?」


人族には我等の『念話レゲイン』を使わねば言葉が聞こえておらぬのだが、それを理解しておらず、一の子が「そうだ。」と大喜びで答えていた。


だが人族の者は一の子の様子で理解したらしく、他の人族の者にどうするかを訪ねていた。


人族の者達は一の子に向き直ると、おもむろに我とつがいの元へ案内をい出した。



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