第31話 重圧

「なあ、俺達、お前の父さんと母さんに会いたいんだ。頼めるか?」


そう頼んだところ子銀狼こフェンリルが吠える動作を見せたが、吠え声は聞こえない。そして再び座り込み、さっきと同じように尻尾を振った。


「反応は偶然なだけで、通じてないのか?」


幾分いくぶんがっかりした様子でジェミオが言う。


「ヴェルデの言葉を理解しているように見えたんだが…。」


アルミーも言葉をにごす。


そんな二人の言葉を聞き流しながら、俺は子銀狼こフェンリルを見つめていた。

するとまた虚空を見上げ、激しく尻尾を振り始める。


次の瞬間、


「「「っ、!? 」」」


突然現れた強大な魔力の重圧プレッシャーに、俺は息が詰まり膝を着く。


大きな足で踏みつけられているかの様に、身体の自由が効かないばかりか、呼吸すらままならない。身体中から冷たい汗が噴き出した。


ジェミオとアルミーの二人ですら青い顔をして片膝を着いているのが、にじんだ視界の隅に映った。


数秒なのか、数十秒なのか、感覚が狂い、息の出来ない苦しさに涙がこぼれ、段々と手足がしびれてうずくまる。


脳が熱くなり、視界が次第しだいに狭くなって、意識が朦朧もうろうとしてきた俺のかたわらを子銀狼こフェンリルが走り抜ける。すると重圧プレッシャーが消えた。


「、っ、ひゅっ、かはっ、はっ、げほっ、ごほっ…」


空気を求め、急激に息を吸い込みせてしまう。


「…っ、ヴェルデ…大丈夫か?」


自分も息が乱れたままだと言うのに、ジェミオが俺に声をかけ、背中をさすってくれる。先程迄とは真逆の苦しさに涙がこぼれ落ちた。


「ごほっ、げほっ…っ、はぁ…はぁ…。」


ようやく呼吸が落ち着いたところで目元をぬぐい、周りを確認する。

すでに普段通りの呼吸に戻ったジェミオと、呼吸を整えたアルミーと目が合い、互いに安堵あんどの息を吐いた。


右手にしっとり温かくざらざらした感触と、柔らかな毛が触れる。

視線を向けると、子銀狼こフェンリルが心配気なをして俺の手を舐め、身体をり寄せていた。


“いや、すまん。我が子の安全を図るつもりだったが、人族の身には過剰だったな。”


唐突に頭に響く男の声に驚き、背後を振り返る。

そこには見上げるほど大きな銀狼フェンリルの姿があった。


「うわ、でかい。…え、銀狼フェンリル?…子銀狼こいつの親父さん?」


無意識に出た言葉に、男の笑い声が響く。


“ワッハッハッ、何を言うかと思えば。おびえて命乞いをするでも無く、一言目が「でかい」か。なかなかにきもわった人族よ。其方そなたの言う通りわれがその子の父親だ。昨日その子を蜘蛛より助けたのは其方そなただな。感謝する。”


そう言って頭を下げた後ニヤリと笑った…らしい。

というのも、銀狼フェンリルの口調からそう判断しただけだ。頭を下げて大きな犬歯をき出しにされるのは補食されるようで、恐怖しかないので出来れば控えて頂きたい。


「いや、助けたのは偶然で…えと…初めまして、……でいいのか?」


さっきの重圧プレッシャーが嘘のようなほがらかと言える会話に困惑し、まだ少しかすれる声で挨拶しつつも、ジェミオ達に確認をとる。

が、二人からの返事はない。


二人を見ると、そろって唖然あぜんと俺を見ていた。


ん? 銀狼フェンリルを見てほうけるならともかく、何で俺の方を見てるんだ?


「二人ともどうしたんだ?」

「…お前、動じないにも程があるだろう?」

「こんな状況で普通に会話が出来るってどうなんだ?」


二人に向き直り改めて声を掛けると、そろってあきれた目をしてそう返された。


「どうって、吃驚びっくりしたとはいえ、自分の発言に対して言葉を返されたら普通応じるだろう!?」

「いや、お前の吃驚びっくりって相手の大きさに対してだけだよな?」

「ほんの少し前に死にそうになってたことや、銀狼フェンリルとの邂逅かいこうに、此処ここへ突然現れたことや、どうやって言葉を伝えてるかとか、他にも驚いたり疑問に思うことがあるだろう?」

「なのにお前ときたら、大きさに驚いた後は銀狼あいて素性すじょうたずねるわ、普通に挨拶するしで、もう何て言ったらいいか…」


二人はそう言って、やれやれといった仕草しぐさで首を振る。

普通に会話することになったのは状況からやむ無くだと訴えたら、驚きの理由からの駄目だめ出し!?

ちょっと待て、俺が悪いのか?


“フッ、ハハハハ。本当に物怖ものおじしない者達だ。我を前にしてそのようなり取りが出来るとは。人族にもこのような者達がおったか。”


俺達の話しに銀狼フェンリルがまたも笑い声を上げた。

どうやら放置して怒らせる事態はまぬがれたようだ。


ジェミオが姿勢と口調を改め銀狼フェンリルに向かって頭を下げる。


銀狼フェンリル殿を前に失礼した。申し訳ない。俺はジェミオと言う。」

「同じく失礼ました。私はアルミーと言います。」

「俺はヴェルデ、です。失礼しました。」

アルミーと俺もそれに習って頭を下げた。

ちょっと不自然になった事は気にしてはいけない。


“ふむ。魔獣である我に名を名乗り、頭を下げるか。礼儀を知る者よ。其方そなたらは我に会いたいと子に望み、この子が呼んだゆえ、我はこの場に現れた。其方そなたらは何故なにゆえ我との相対あいたいを望んだ?”


そう言うと銀狼フェンリルはその双眸そうぼうで俺達を見据みすえた。




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