第27話 不安

夜明け前、冷んやりとした空気のなか目が覚める。

起きて焚き火の方を見るとジェミオが火に薬缶ケトルをかけ直していた。アルミーの姿は見当たらない。


「お、起きたのか。そろそろ朝飯にするから、顔洗ってこいよ。」


起きた俺に気づいたジェミオが声を掛けてきた。昨夜、面倒事のあんな話をしたのに何時もと変わらない様子に少し戸惑ってしまう。


「アルミーは水汲みだ。とりあえず朝飯めし食いながら話そうぜ。」


言葉を返さず動かない俺に、ジェミオが苦笑して言った。


「…分かった。」


ジェミオにそう返すと外套と敷布を片付けて川に向かった。


昨夜は思ったより疲れていたのか、ジェミオ達に話して気が緩んだからか、野宿だというのにいつもより深く寝入ってしまった。


もちろん何かあれば、声を掛けられなくても目を覚ましただろうが幸いにも何事もなかったようだ。


一晩寝て頭の中がすっきりしたことで改めて思う。

二人を巻き込むわけにはいかない。


昨夜はいろいろ迷ったが、元々は俺が抱えた問題で、危険を乗り越えるために剣を手に入れたんだ。それを今さら不安に駆られて迷ってちゃ、越えられるものも越えられない。


もちろん依頼の調査は継続した上で、もし俺個人に掛かる予想外イレギュラーが起きたなら、二人に後を頼んでから離れよう。


そんなことを考えながら川岸まで来たところでアルミーに声を掛けようとしたが、それよりも早く、足音に気付いていたアルミーが振り返った。


「おはよう、ヴェルデ。」

「ああ、おはよう。」


こちらも普段と変わらない様子で声を掛けられ僅かに戸惑うが、どうにか普通に挨拶を返し川辺へ足を進めた。


「それなりに眠れたようだね。」

「お陰さまで。」


俺の顔を近くで見たアルミーが言う。

俺は何となく目が合うのを避けて、川面を見つめたまま言葉を返した。

アルミーは俺の返事を聞くと立ち上がった。


「じゃあ、先に戻ってるよ。」

「っ、ちょっと待ってくれ。」


昨夜は見張りを任せてしまっているのに、朝食の準備や馬達の世話まで丸投げは、幾らなんでも無いだろう。

俺は急いで顔を洗うと、水桶の片方を持った。


「一つは俺が持ってくよ。」

「そうか。それじゃあ頼むよ。」


アルミーはそう言って小さく笑った。


   ◇ ◇ ◇


川から戻ってから特に言葉を交わすでもなく、各々が食事の用意をする。


どんな状況や精神状態であっても、食事は取れる時に取るのが依頼遂行中の鉄則だ。

万全でないときならばなおのこと。


これもランクFみならいのうちから教えられ、ランクE新人になると実地で叩き込まれる。…あの時はまともに食べられるようになるまで本当に地獄だった。


まあ、食べられるようになると、今度は出来るだけ美味いものが食べたくなるのは自然な流れだろう。


俺は薬草茶おちゃを入れると、黒パンを火の近くで温め二つに割り、普通の干し肉を炙って、干し無花果チジクとそこいらで摘んだ三葉ミバと一緒に挟んで食べる。


うん、干し肉の塩辛さと無花果チジクの甘さとが丁度良い。それに三葉ミバが干し肉の若干の生臭さを消してくれて良い感じだ。


「朝は普通の干し肉なんだな。」


アルミーが俺の朝食を見て言った。


「あれは夜営の時にしか食べないことにしてるんだ。じゃないとあっという間に無くなるから。いつでも手に入るわけじゃないしな。」


俺がそう答えるとジェミオがうんうんと頷く。


「そうだよな。あんなに美味いと際限無く食っちまいそうだもんな。」

「本当に、干し肉の味に感動する日が来るなんて思っても見なかったよ。」


アルミーまでがしみじみと頷いた。


俺は昨夜までと変わらないやり取りに安堵するとともに、巻き込むかもしれない後ろめたさを感じ視線を落とした。


暫しの沈黙の後、ジェミオの溜め息が聞こえ、俺の中で緊張が走る。


「ヴェルデ、昨夜の話しだがな…俺達にも関わらせろ。」

「…っ。」


予想していなかったジェミオの言葉に虚をつかれる。

関わらせろって、夢見の件に?

あれは俺に掛かる予想外イレギュラーであって、関われば命の危険もあるのにどうして…


「どうしてって顔してるな。理由は簡単だ。俺達は同じギルドの仲間だからな。」


ジェミオが俺の表情を読んで言った。

だが、そう言われても頷くことは出来なかった。関わってもし二人に何かあったら…。


「俺達を巻き込むのが怖いか?」


アルミーに抱える不安を指摘され、俺の肩が小さく跳ねた。


「俺達も怖いよ。」

「えっ…?」


思いもしないアルミーの言葉に驚いて二人を見る。すると二人は困ったような表情かおをして俺を見ていた。



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