第26話 フィオ 2

「何でフィオがここに?」

「お前が門を出てくのが見えて、気になったんだよ!」

「…そうか。でもここにいるとさっきみたいに失敗すると怪我させてしまうから、帰った方がいい。」


俺がいることに納得すると、何時もの感情の読めない表情になり、危ないから帰れと言い出した。


なんで何時も一人で練習してるんだ?

なんで一人になりたがるんだ?

ヴェルは何を考えてるんだ?

俺は益々ヴェルがが解らなくなる。


ここで言われるまま帰ったら、きっと今までと同じかそれ以上に離れてしまう気がする。


っていうか単純に、ヴェルの言われるがままになるのは嫌だな。折角関わったんだ、もう少し話してみよう。


「そういえば、魔法が暴発したって言ってたな? どこでそんなもん覚えたんだよ?」


こいつの言葉を流して、駄目元で聞いてみると、あっさりと驚きの答えが帰ってきた。


司祭様せんせいが持ってる本を読んで、冒険者が訓練所ギルドで使ってるのを見て。」

「はぁ!? 見様見真似かよ! そもそも何で路地裏で練習してるんだよ? それも上、裸で!」

「だって危ないだろう? さっきみたいに失敗して年下ちび達に怪我させるわけにいかないし。まだギルドに登録できないから訓練所も借りられないし。服を脱いでるのは、血が付いたり、破れたりしてたら司祭様せんせい年下ちび達が心配するからで。それに替えの服だってそう手に入らないだろう?」

「……」


更に問い質すと、淡々と答えが帰ってくる。

が、正直どこから突っ込んでいいのか判らない。


魔法の知識を持つのに本を読むことは当たり前だが、普通は魔法を使える人に教えてもらって実際に覚えるもんだ。

それを見様見真似で覚えてしまっている事。


その上、孤児院うちの庭では誰かに怪我をさせるかも、心配を掛けるかも、服を傷めるかもと、さもしょうがないだろうという言い方をしているが、俺には「危ない事で、止められるかもしれないから、知られバレないように、隠れて練習をしていた」としか聞こえない……実はただの確信犯じゃないか!!


真面目に努力しているやつだと思ってたのに…って、いや、確かにそうなんだけど。こうモヤモヤするというか、なんか認めてはいけない気がする。


おまけに怪我を自分で治して、誰の手も借りようとしない。それでいて、心配を掛けたくないという言葉に嘘は無くて。俺や孤児院うちのみんなを大事に思っていることが理解出来わかってしまった。


何なんだよこいつ。


初めは何を考えてるのかわからない、何でも出来る気に入らない奴。

夜の訓練を見て、実は努力しているすごい奴。

そんな風に感じていたのに。

今、目の前で話すこいつはただ器用だけど危なっかしい奴じゃないか!


「お前、今度から一人での練習禁止な。」


俺の言葉に、ヴェルが訝しげな顔をする。


「さっきも言ったけど。危ないから「だからだよ!」


ヴェルが断りを言いきる前に、言葉を重ねる。

意味が理解できない、という瞳をしたヴェルに続けて言った。


「お前、今回は自分で治せたから良かったけど、治せない程の怪我をしたらどうするつもりだよ? 何かあった時、一人じゃ手に負えないことが起きたら最悪死んじまうんだぞ。」

「そうならない様に気を付けてるし。」


目を逸らしながら、それでも一人でいようとするヴェルを見て歯痒さに苛立つ。


「絶対なんて無いんだよ! だから孤児院うちがあって、俺達がいるんだろ!!」


ヴェルは俺の言葉にハッとした顔をした後、今だ血に汚れた左手をきつく握りしめた。


ちょっときつく言い過ぎたかな。

ああは言ったが、実のところ俺は自分の境遇を恨んだりはしていない。

まあ、両親おやを襲った盗賊は別だが、親を失くすことはそう珍しいことでもなく、同じような親無しが集まってるのが孤児院うちだからな。

司祭様せんせいはもちろん、町の大人達も俺達を邪険にしたりするわけでもなく、好意的に接してくれるし。何だかんだと年下ちび達はうるさいし。

寂しいなんて思う暇もない。


何より、こんな危なっかしくて良いおもしろい奴、放っておけないだろう?


「俺はお前が夜起きて、黙って勉強や剣の稽古をしてるのを知ってる。今日、魔法の練習をやってんのも知った。」


ヴェルが顔を上げ、目を丸くする。今日二度目だ。俺は思わず口許が緩んだ。


「俺に練習を隠す必要は無いし。練習したいなら俺が付き合ってやる。だから一人で練習するのは止めろよ。」


そう言って右手を差し出した。

ヴェルは差し出された手を暫く見つめ、明後日の方を見たかと思えば、俯いて耳を赤くした。


…、…え、こいつ照れてる!?


んじゃ、最後の一押しだな。


「もし、まだ一人で練習するって言うなら、今日の事も合わせて司祭様せんせいに話すからな!」


そう言ってやると、ヴェルは慌てて顔を上げた。


「ちょっ、それは無しで。頼むから。」

「だったら、今度から俺も一緒な。」


ヴェルの右手をとると、座り込んだままだったのを引っ張って立たせた。

すると、ヴェルは諦め半分、照れ半分と言った様子で小さくため息を吐いた。


「…分かった。次からは声掛ける。」

「それじゃ、改めてよろしくなヴェル。」

「ああ。俺の方こそよろしく、フィオ。」


そうだ、俺はヴェルに対等の相手として見られたかったんだ。


今日初めて見せるヴェルの幾つもの表情かおに嬉さと、漸く隣に立てたという想いが湧いた。


俺達はこの時から、互いが相棒になったんだ。


   ◇ ◇ ◇


あれから俺達はお互いに遠慮はしないと約束し、実際今までそうしてきた。


だから、ヴェルに困ったことがあって俺が力を貸して解決出来ることなら、ヴェルは迷わず頼んで来る。直ぐに話せないことでも何らかのサインは送ってくる。俺達は互いに信頼も理解もしているんだ。


でも今ヴェルが抱える問題に、俺が手伝えることは無い。だったら、それ以外のところで手を貸してやれば良いだけだ。


手に入れた誠実胡桃オネストナッツは何があっても持ち帰る。

ミオスとミニスを助けるんだ。



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