第25話 フィオ 1

一人森を後にした俺は、馬を駆けさせた。

森から少し離れた辺りで森狼フォレストウルフの姿が見えたが、幸いにも追って来る事は無かった。


駆けていると、ふと危険を感じ馬首を少し右に流す。すると直ぐ脇を大きめの鳥が通った。宵鳶ダスクカイトだ。


宵鳶ダスクカイトは昼夜関係なく活動する肉食の魔物だ。特に日が沈む前後は活動が活発になる。そして動くものには何にでも襲いかかり、一度獲物と認めるとしつこく追いかけてくる面倒な魔物だ。


俺は馬の速度を僅かだけ落とし、左右に蛇行させながら駆け続け、左手で剣を抜いた。

そして馬を真っ直ぐ駆けさせた。


機会を狙っていた宵鳶ダスクカイトは、直進しだした事を好機と捉え、俺の背後から首を狙って襲いかかってきた。

俺は上体を傾け、肩のあった位置へと剣を突き出した。宵鳶ダスクカイトは剣に飛び込む形となり、息絶えた。

俺は体勢を整えると、宵鳶ダスクカイトから血が流れ出す前に腕輪バングル入れ、剣の血を振り落とすと鞘に収めた。


その後も辺りに意識を向けつつ駆けるなか、ヴェルの事が気になった。


町を出てくる前、ギルドで顔を見たときからヴェルに何かあったのは直ぐに分かった。と同時に、その何かに俺では力になれないことも解ってしまった。


伊達にヴェルの幼馴染みをやっちゃいない。

ヴェルの事は誰よりも、司祭様せんせいやホリー以上に解ってる。


   ◇ ◇ ◇


俺は三歳みっつの頃、商人だった両親おやが仕入に向かった先で盗賊に襲われ死んで、預けられていた孤児院でそのまま引き取られる事になった。

そして年が同じだったヴェルと一緒に行動せいかつするようになった。


七歳ななつになるまで俺はヴェルが大嫌いだった。

普段あまり表情が変わらず、何をしても俺より早く、上手く出来るようになり、それが悔しくて堪らなかった。


でもある夜、ふと目が覚めた時、静かに部屋を抜け出すヴェルを見かけた。何となく気になりそっと後を付けて行った先で見たヴェルの様子に驚いた。


月明かりの下、司祭様せんせいに習ったことを地面に書き出し、繰り返し復唱して覚えていた。

何度も何度も繰り返し、そらんじられるようになると、今度は側の茂みから葉を落とした木の枝を取り出し、上半身裸になると剣の稽古を始めた。汗が流れ、枝を握る腕が上がらなくなるまで素振りを続けると、枝を元の場所に隠し、井戸に向かった。


ヴェルは何でも簡単にこなしているんだと勝手に思い込んでいた。でもそうじゃなかった。出来るようになるために、身に付けるために人一倍努力をしていたんだ。

俺より早く出来るようになって、上手くなって当たり前だ。俺はうらやんでいた自分が恥ずかしくなった。


その後も俺はヴェルが夜一人練習を続ける様子を隠れて見ていた。一緒にやりたいという想いも持ち始めていたが、邪魔だと言われるかもしれないと思うと声を掛けられずにいた。


   ◇ ◇ ◇



隠れてヴェルの練習を見るようになって一月程経った昼間、その頃、自由時間になるといつもどこかへ姿を消すヴェルが孤児院を抜け出すのを見つけた。

すぐに後を追ったが途中で見失ってしまった。


暫く探していたが見つからず、諦めて帰ろうとした時、側にある路地の奥から「うわぁっ!」というヴェルの声が聞こえた。


急いで様子を見に行くと、路地の奥を曲がった突き当たりで上半身裸で、左腕を押さえてうずくまるヴェルがいた。


慌てて駆け寄るとヴェルの左手から腕にかけて無数の切り傷があり、血まみれだった。


「おい、どうしたんだよ!? 誰にやられたんだ?」

「…、…自分でやった。…練習してた風魔法が暴発したんだ。」


声を掛けると、痛みを堪えつつヴェルが答えた。


「おまっ…魔法の暴発だって!? 取り敢えず手当てが必要だろ! 行くぞ!」


怪我の無い右腕を掴み、立たせようとしたが、ヴェルは首を横に振った。


「痛っ…大丈夫だから…。……『治癒セラベヴォ』……ぐっ…うぅ…」


ヴェルが深く呼吸し魔言を唱えると、左手が淡い光につつまれ、少しずつ傷が塞がっていく。だが相当に痛むのかヴェルは歯を食い縛り、額からは汗が流れた。

やがて傷が完全に塞がるとヴェルが「はぁ」と息を吐いた。それを見て俺もいつの間にか詰めていた息を吐き出した。


「えっ、フィオ?」


痛みが無くなり、顔を上げたヴェルが目を丸くする。さっきまで痛みで俺だと気付いていなかったらしい。


初めて見るきょとんとした表情に、逆に俺の方が驚いた。こいつ、こんな表情かおもするんだ。

   


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