第22話 離れる理由

フィオの背中が見えなくなったところで、先程の場所からさらに距離を取るため俺達も急いで馬に乗る。いや、乗ろうとした。

しかし俺の馬だけが何故か後退あとずさりし距離をとる。


「おい、どうしたんだよ?」


距離を詰めようとしても、馬は近付いた分離れていき、緊張した様子でこちらをうかがっている。


「ヴェルデ、何やってる! 急げ!」


ジェミオが言うが、俺としてもこの状況が何故起きてるかが分からないせいで、どうしたら良いのか判断できずにいた。なんで馬は怯えてるんだ?


「…そうか! 匂いだ!」

「!!!」


アルミーに言われて思い出す。


馬が緊張しおびえている理由、それは子銀狼フェンリルの匂いだ。俺に擦り寄ってきた時に付いた僅かな匂いに怯え、戸惑っていたらしい。


原因が判れば話は早い。俺は魔力を練り『洗濯プリュシス』の魔法を使った。


子銀狼フェンリルの匂いが消えたことで、馬も落ち着きを取り戻し、俺を乗せてくれた。


「怖がらせて悪かったな。もう一走り頼むな。」


首筋を撫でながら言葉を掛けると、鼻を鳴らし首肯しゅこうするように首を振った。


「待たせて悪い。」

「気にすんな。それじゃ、急ぐぞ!」


俺達は町を背にして、森の奥へと駆け出した。


   ◇ ◇ ◇


全速で馬を駆けさせた俺達は、森の上に月が昇った頃、夜営場所へと辿り着いた。


「ここまで離れたんだ、大丈夫だろう。」

「取り敢えず火を起こして、馬達を休ませないと。」

「お前達、頑張ってくれてありがとうな。」


馬を降りてねぎらうと、焚き火の後を中心に夜営の準備を始める。


「川で水を汲んでくる。」

「ああ、頼む。」

干し草えさは俺が出しておくよ。」


俺は二人に声を掛けて、側を流れる川に向かった。


川岸は広くなだらかな斜面になっている。

この辺りの流れは、大きく曲がっているが、浅く緩やかなので、対岸へ歩いて渡れる程だ。

だが、大雨が降ると川の水は溢れ、周囲を呑み込む。

お陰でこの深い森の中で、灌木かんぼくすら無い開けた場所になっている。


腕輪バングルに触れ、桶を二つ取り出し水を汲む。


桶に流れ込む水の重みを感じながら、昨日からたて続く出来事を思い返していた。


事の始まりは昨日の大猪ボアとの遭遇。そして仕留めたものの、剣を駄目にした。

そして今日、新しい剣を求めたところにリュネさんの助言ゆめみと、親父さんからの最上級いちばんの剣のすすめ。大金の支払いと初めての借金に、ギルド長ギルマスからの依頼。

草原慣らしから戻れば嘘吐胡桃ライアーナッツの騒動に、森への緊急採取。


そして極めつけは子銀狼フェンリル


たった二日。いや、一日半の間に次から次へとあり過ぎだろう!?


そのうえリュネさんの助言ゆめみから行くと、恐らくこれで終わりじゃない。どころか、命に関わることがこれから起こる。


正直……もう打止めにして欲しい。


やっぱりあの子銀狼フェンリルがそうなんだろうか……。


子銀狼あれの親を相手になんて無理だろう!? 英雄譚ものがたりに出てくるような魔獣だぞ!?


気付かないうちに、精霊か星の気にさわることでも仕出かしたのだろうか?


あまりにも目まぐるしく起こる出来事に、そう思わずにはいられない。


このまま二人と一緒にいて良いのか?

リュネさんは俺以外の事には触れていなかった。危ないのは俺だけなんだろうか?


それに離れたところで、俺一人でどうにかなることなのか?

剣も魔法もまだまだで、中途半端な実力の俺が

一人で出来ることなんてたかが知れてる。

銀狼フェンリルを相手に『生き延びる』ことが本当に出来るのか?


…でも…それでも…俺は死にたくない。

生きることを、諦めたりしたくない。


でも、二人を巻き込んでしまう事も怖くて堪らない。

巻き込んでもし死んでしまったら…


何をどうしたらいいのか…心が定まらないままだ。


川面に映る月を見て、俺はそっと息を吐いた。



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