第21話 子銀狼

無事、胡桃クルの木はそこにあった。

幸いにも周囲に魔物の気配はない。


ジェミオも大丈夫と判断し、俺達に頷いた。

フィオと二人で木に向かい、俺が適度に育った実を採ると、フィオが用意した皮袋に入れていく。

十個程採ったところできびすを返そうとしたが、視界にあるものが映った。


胡桃クルの木の下に白い繭玉。昨日見たときは無かったものだ。

十字蜘蛛クロススパイダーは木の枝に吊るす形で巣を作る。

これは捕まった獲物だろう。よく見ると繭からふわふわとした白い尻尾が生えている。

普段ならこれも自然の営みと放っておくんだが、狩り主は先程斬ってしまったからな。


何となくそのままに出来なくて、その繭玉を抱えると、驚いたのか尻尾がバタバタと動いた。

問題なく生きているようだ。


「ヴェルデ、どうした? ん?白い尻尾?…飛栗鼠フライングファーか!? ジェミオ、フィオ、来てくれ。」


俺が遅れたことで様子を見に来たアルミーが、俺の抱えている繭玉を見て離れている二人を呼んだ。


飛栗鼠フライングファーは白く長いふわふわとした毛をして、前足から後ろ足にかけてある皮膜を使い木の間を飛び、果実や木の実を食べ、大人しい気性をしている。昔、毛皮を狙った乱獲があり、今では滅多に見かけることの無い魔獣だ。


俺は短剣ショートソードを取り出し、慎重に繭を切る。助けようとしているのが解るのか、先程までと違い尻尾はじっとしていた。


「どうした?」

「またヴェルデが希少種おおものに遭遇したみたいだ。」


寄ってきたジェミオにアルミーが答えると、三人が俺の手元を覗く。


そうして繭から出てきた姿を見て、てっきり飛栗鼠フライングファーだと思ってた俺達は言葉が出なかった。


子狼のような姿に白銀の毛、青い瞳のその生き物は、話し語りに聞く銀狼フェンリル、その幼体こどもだった。


「「「………」」」

「白い狼? 珍しいな?」


いや、一人判っていないフィオやつがいた。


繭から出た子銀狼そいつは、自身の毛繕いを一通り済ませると、俺に擦り寄ってきた。

ハッと我に返り見下ろすその姿は、思わず撫で回したくなる程愛らしい。

だが…これは不味い。


そこまで考えたところで、ジェミオが言った。


「行くぞ!! 急いで戻るんだ!!」

「えっ、うわっ。何だよ!?」


フィオの腕を掴んだジェミオが駆け出す。

アルミーと俺も黙って続いた。


「ちょ、ちょっと、何なんだよ!?」


無言で走り続ける俺達に、状況を理解しわかっていないフィオが訊いてくる。

正直、答える間も惜しいがしょうがない。


「さっきのは森狼フォレストウルフじゃない! 銀狼フェンリルの幼体だ! きっと銀狼おや子銀狼こどもを探してる! ようやく見つけた我が子の側に人間おれたちがいればただじゃ済まない!」

「え? 銀狼フェンリル!? あれが!? つか、ただじゃ済まないって? ヴェルは助けたんだろ! 何でそんなことになるんだよ!?」

「焦って子銀狼こどもを探している銀狼おやに、冷静な判断が出来ると思うのか!?」

「!!!」


俺とアルミーの説明にようやく状況を理解したフィオが顔を青ざめさせた。


「解ったなら、無駄口叩かず死ぬ気で走れ!!」


ジェミオの言葉に、俺達は暗い森を駆け抜けた。


◇ ◇ ◇


「「「「はぁ……はぁ……はぁ……」」」」


どうにか街道まで戻った俺達は、必死で息を整える。

馬達の方では何事も無かったようで、その場にいてくれた。

だが、俺達の只ならぬ様子に、若干緊張しているようだ。


「…っはぁ。取り敢えず、フィオは急いで町へ戻れ。俺達は予定どおり、このまま夜営場所へ向かう。」


水を飲んで落ち着いたジェミオが指示を出す。


「このまま行くって大丈夫なのか?」


フィオが不安そうに聞き返す。


「一緒に町に戻る訳には行かないだろうが。取り敢えず直ぐに離れたんだ、たぶん大丈夫だろう。今回の事態の原因かどうかはまだ分からんが、一応ギルド長ギルマスには銀狼フェンリル幼体こどものこと話しておいてくれ。ああ、銀狼フェンリルの事はギルド長ギルマス以外には話すなよ。」

「それに、胡桃クルを急いで届けなければいけないのは、フィオが一番解っているだろう?」

「…分かった。」


返すジェミオとアルミーの言葉にフィオは頷いた。乗ってきた馬に股がると俺の方を見た。


「ミニスとミオスの事、頼んだぞ。後、ホリーには余計なこと言うなよ!」

「お前がちゃんと帰ってきたら黙っておいてやるよ!」


俺の言葉にそう返すと、フィオは馬を走らせた。





ミニスとミオスの事は心配だが、後はフィオに任せるしかない。

孤児院にはホリーも司祭様せんせいもいる。

ギルドや町の皆も力になってくれるはずだ。


二人は絶対に大丈夫だ。




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