第20話 十字蜘蛛

馬で駆けた俺達は、半刻とたたないうちに森へ着いた。


馬を降りると、そっと首を撫でてやる。

木に繋ぐことはしない。待っている間に襲われても逃げられるようにするためだ。それに一端逃げても呼べば戻ってくるよう訓練されているので問題ない。


「ここから胡桃クルの木までどのくらいだ?」


馬を降りたジェミオが訊いてくる。


「普通に進んで四半刻ぐらいかな。ただ少し離れた場所に、十字蜘蛛クロススパイダーの巣があるから注意したほうがいい。」


十字蜘蛛クロススパイダーは大人の掌大てのひらだいの大きさの背中に白い十字の模様のある蜘蛛で、肉食で速効性の強力な麻痺毒を持っている。巣は白い繭の形をしており、周囲に獲物の接近を知らせるための糸を張っている。

この糸が厄介で、目では非常に分かりにくい。微かに甘い香りがするため、周囲の匂いに注意しながら進む必要がある。


「それならアルミー、風で進行方向周辺にある糸を先に切っちまえ。そうすれば、蜘蛛本体だけの注意で済む。」

「了解。……『風の刃アネモスレピダ』『選別ハイレシス』」


十字蜘蛛クロススパイダーと聞くや、ジェミオはそう言ってアルミーに指示を出した。十字蜘蛛クロススパイダーの糸は切ってしまうと魔力の流れが途切れ、香りがしなくなる。

アルミーは返事をするなり直ぐ様、魔法を練り上げ二つ同時に放つ。


風の刃アネモスレピダ』は風で対象を切る。そしてもう一つの『選別ハレシス』は、離れた場所にいる複数の目標を同時に対象にする際に併用する魔法だ。


魔法は発動と効果をしっかりとイメージしていないと発動しなかったり、暴発を起こす。


特に『選別ハレシス』は対象を明確にイメージ、もしくは特定の魔力などを認識できないと駄目なので、森の中のように障害物が多いと使うのが非常に難しい。


俺も両方使えるが、これ程早く同時には打てないな。


「それじゃあ、俺が先頭でアルミー、フィオ、ヴェルデは後方を頼むぞ。」


ジェミオの言葉に、俺達三人は頷いた。


   ◇ ◇ ◇


日が傾き暗くなった森の中を急ぎ進む途中、フィオが話しかけてきた。ちなみに、森に入って直ぐ、アルミーが全員に『暗闇の瞳スコティニヤオープス』を掛けたので皆、昼間と同様に見えている。


「ヴェル、お前よく森のどこに何があるか覚えられるな。俺、久々に来たせいもあるんだろうけど、一人で戻れる気がしないわ。」

「そうか? 森の場所によって生えてる木や薬草の違いがあるし、魔物やつらの縄張りも違うから結構分かりやすいと思うけどな。」


フィオに俺が答えると、前を歩くアルミーが苦笑を溢した。


分かりやすいなんてそんなふうに言えるのはギルドではギルド長ギルマスとヴェルデくらいだよ。」

「おいフィオ、あんまり油断してると危ないぞ。」


そうジェミオが言い終える頃には、フィオを除く俺達は剣を抜いていた。


「えっ!?」


戸惑うフィオに向かって、上から黒い影が飛びかかる。その影をジェミオが切り上げた。

地に落ちた物体を確認したフィオは驚いて冷や汗を流した。


「うわっ、十字蜘蛛クロススパイダー。あ、危ねえっ。」

「フィオ、お前は油断しすぎだ。少し前から甘い香りがしてただろう。まだ当分は独りソロでの森の依頼は無理だな。」


フィオはがっくりと肩を落とした。


先程から緊張感の無いやり取りのように聞こえるが、皆本心では焦っているのはそのを見れば解る。


ミニスとミオスはまだ子供だ。魔力の拒絶反応に二人の体がどれだけ耐えられるのか。


少しでも早く誠実胡桃オネストナッツを届けなければと、フィオなんて森に入る前から肩に力が入りすぎて逆に心配なくらいだったが、今の出来事で普段の調子が戻ってきたようだ。


「もう少し進むと、下草が低くなって開けてる場所がある。そこに胡桃クルの木が生えてる。」

「他の魔物やつがいるかもしれん。フィオも剣を抜いておけ。」

「分かった。」


十字蜘蛛クロススパイダーをジェミオが腕輪バングルに入れると、俺達はそこから静かに歩みを進めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る