第17話 慣らし

再び武器屋に向かう俺の手元には、あの剣の代金として払う金貨十枚の金がある。

俺が冒険者になる前から少しずつめてきた金だ。われながら結構めたと思う。


あの雨漏あまもりだらけの孤児院うちを建て直したいと思ってたんだが、しばらく先になりそうだ。


不安がないかと言えば、あるに決まってる。

ただ剣を新しくするだけだったはずが、自分の命がかかるって言うんだ、怖くないはずが無い。

でも命懸けなのは普段の依頼でも同じ事。危険がより大きいかどうかの違いだけだ。


それに怖がって動かなければ、きっとこれ以上前には進めなくなる。

立ち止まったままでいれば、いつか大事なものを取りこぼす。


それだけは嫌なんだ。


  ◇ ◇ ◇


店に入り、カウンターに金の入った皮袋を置いた。


「親父さん、俺が今払えるのは金貨十枚。残りは必ずかせぐから。」

「当たり前だ。踏み倒す真似まねをしてみろ、二度と売らんからな。」


そう言って親父さんが差し出した剣を、両手で受け取り腰に吊るす。


「親父さん、ありがとう。」


礼を告げてきびすを返すと、扉に向かった。

そうして店を出る瞬間。


「死ぬなよ。」


小さくつぶやかれた声がはっきりと耳に届いた。

扉の前で振り返った俺は、改めて頭を下げた。


   ◇ ◇ ◇


剣を慣らす為に、町の外に向かう。

初めて使う剣は、重さや取り回しに慣らしておかないと、いざという時に間合まあいを取りそこなうからだ。


門に向かう途中で、馴染みの露天ろてんのおっちゃんを見つけたので、干肉を買った。

この干肉、実は売り物じゃない。

おっちゃんが酒好きの自分のために作っている物で、子供の頃むかし手伝いをした時にもらってその味にれ込み、頼み込んで以来、時々売ってもらってる。


買ったばかりの干肉を一枚口に入れる。

うん、旨い。独特の臭みがなく、ほんの少しの辛みが後を引く。

干肉こいつを出発前に買えて運が良かった。


   ◇ ◇ ◇


門の所で見張りの騎士に腕輪バングルを見せ、軽く言葉を交わす。


「ヴェルデ、今から出るのか?」

「ああ、剣を新しくしたんで軽く慣らしてくる。」

「ん? また駄目にしたのか? 前は…三ヶ月くらい前だったか?」

「またって言うな! それに半年以上前だ!!」

「そうだったか? まあ、気を付けろよ。」

「っ……行ってくる!」


あたたかい視線がつらい。

ちくしょう、いつまでっても子供がき扱いしやがって。好きで駄目にしてるんじゃね~よ!


気を取り直し、門を出て東へ向かう。

街道かいどう沿いに進むとオスト草原が広がっている。隣町となりまちまでつながる広い草原だ。


道をはずれ草原を少し進むと、小さな茂みが点在してくる。鬣兎メーネラビット鞭鼠ウィップマウスはこの茂みの影に巣穴を掘る。


茂みの大分手前で立ち止まり、剣を抜き軽く一振ひとふりする。前の剣よりも少し長く重みがあるが、むしろ振るいやすい。


一度深呼吸して構える。

フッと息を吐き、真上から切り下ろし、切上げる。次に右からから左に切り下ろし、左からぎ、右から返すと、左下から右上に切り上げ、いで、正眼せいがんで突く。

にじみ出す汗に、はぁと息を吐いた。


以前よりも剣速が速い。切返しによる無理もない。

流石さすが、親父さんが選んだ剣だ。


少し体を落ち着かせてから、気配を殺して進み、茂みの近く、剣が届くぎりぎりのところで止まる。

しばらく待つと、茂みの側の穴から鬣兎メーネラビットが出てきた。

鬣兎メーネラビットは周囲を確認するが、風下かざしもにいるためこちらには気付かず背を向けた。次の瞬間、一歩踏み込み一閃いっせんする。鬣兎メーネラビットはビクッと体を硬直させると、そのまま倒れて動かなくなった。


その後も鬣兎メーネラビット三羽と、鞭鼠ウィップマウス二匹を問題なく仕留めた俺は町へ戻った。




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