リビングにデッド!?

揣 仁希(低浮上)

リビングにデッド!?



 俺の名前は木森 林きもり りん、24歳、独身。

 芸名みたいとよく言われるが、歴とした本名だ。

 名前が『林』だけで出来てるんだぞ?我ながらちょっと笑えるwww


 それなりに有名な大学を卒業して、それなりに名の通った商社にストレートで就職。

 調子に乗ってブイブイいわしたら、上司に睨まれてこの度めでたく地方に左遷だ。


 まぁいいかげん都会暮らしにも疲れてきてたから、丁度いいっちゃあ丁度いい。




 そんな俺が不動産屋に紹介してもらった物件は、この辺りにしては破格と言っていい条件だった。


 瀟洒な外観の8階立てマンションの最上階、3LDK、家具一式付きにルーフバルコニー。


 ……それでこの家賃?


 絶対何かあると思うのだが、敢えてそこは聞かなかった。


 何故って?


 そりゃ安いから、と「事故物件住みます。」じゃないけど興味があったからだ。



 てな訳で、契約を済ませた俺はさっさと引っ越しをした。


 因みに前の入居者は3日で出ていったそうだ。


 帰り際に不動産屋のオッサンが「何日もちますかねぇ」なんて言ってたから意地でも住んでやろうと誓った。


 大体荷物も運び終わり、一息ついたのは夜9時を回ったくらい。

 その間、部屋の中を見てみたりバルコニーを覗いたりしてみたけど特にコレといって不審な点はなかった。


 別に壁に黒いシミがあるだとか、勝手にコップが割れたりだとかもなく俺は一仕事終えてコーヒー片手にリビングのソファで寛いでいた。


「別になんもないんだが……」


 と口に出しかけて俺はソレを見つけてしまった。

 爽、部屋の片隅にぼんやりと佇む黒い影を。


 向こうが薄ら透けて見えるが……何か……いる。


「ん、ん〜?ん?」


 自慢じゃないが俺は幽霊よか人間の方が怖いと思っている。

 故にこの程度の事でビビったりはしない。


 まずはじっくりと観察だ。


 じー。


 じー。


 あ、なんかモジモジしだしたぞ。


 じー。


 ぷくくっ指をつんつんしだしたし。

 何か可愛い。


 よく見ればどうやら女性ぽい感じ。

 これって別に怖がるようなもんじゃないんじゃないか?


「あー、そこの黒いの?俺の声って聞こえるのか?おーい?」


「!?!?」


 あ、反応した。


「今晩わ、今日からお世話になります。木森 林です、よろしく」


 おっ、律儀にお辞儀したぞ。

 うん、サラサラのストレートぽい髪型だな。


「あー、もしよかったらこっちに来ない?そんな隅っこにいないでさ。安かったから借りたけど広すぎて落ち着かないんだよね」


「!?」


 …………


 すすす、と黒い影がこっちに近づいてきた。


「座る?」


 コクコク頷くと、ちょこんと俺の前のソファに座る。

 近くで見るとやっぱり女の子みたいだ。

 いくつくらいだろう?髪の毛ではっきり見えないけどまだ10代くらいかな?

 あ、眼鏡かけてる。


 俺とその幽霊ちゃん──黒い影とかなんとか呼びにくいからそう呼ぶことにした──はしばらくそうして何となくお互いを観察してみた。


「うーん、さすがに話したりは出来ないよなぁ……」


「えと、あの、話せます……けど?」


「え?」


 何とびっくり!幽霊ちゃん話せるみたい。

 確かに声が聞こえる。

 それもなんて言うか、アニメちっくなめっちゃ可愛い声!


 なんか知らんがテンション上がる!


「おおぅっ!?話せるんだ?びっくりしたっ!えーと、幽霊……ちゃん?」


「あ、はい。一応幽霊的なのをやってます。って言うか怖くないんですか?」


「え?何で?女の子だし可愛いし怖がるとこないじゃん?」


「ふ、ふぇっ!?か、か、可愛い?ですか?」


「うん。可愛いと思うけど?はっきり見えないのが残念だけど」


 幽霊ちゃんは顔の前で手をぱたぱた、おろおろしてからソファの上で膝をかかえて顔を隠してしまった。


 うおぃ!めっちゃ可愛いやん!

 前の入居者さんは何で出ていったんだろ?

 この子だったら大歓迎ちゃう?



 しばらくして落ち着いた幽霊ちゃんは俺にぽつぽつと身の上話をしてくれた。


 名前はリコちゃん、幽霊年齢は17歳だそう。

 ある日、気がついたらこの部屋にいたらしい。

 なんとなく覚えていたのは、自分の名前と年齢だけだそうだ。


 ふぅん、何でこの部屋なんだろ?何か理由でもあるんだろうか?


「そっか……何て言っていいのか」


「あ、もう大丈夫ですよ。今はいまでそれなりにやってますし、中々体験出来ることじゃないですから、幽霊って」


「また、それはえらくポジティブな」


「はい、お友達に励まされたりしましたし」


「へー、幽霊の友達?」


「そうですよ。あの、えっと、多分お風呂場にいると思いますけど……」


「……お風呂場?ここの?」


「はい」


 え?何?この部屋って幽霊2人もいるん?ってかリコちゃんの友達でお風呂場に?

 ムフフ、これは必見!


「あ、ちょっと俺、お風呂場見てくるな」


「え?あ、あのっ……」


 そう言うと俺は一目散にお風呂場へとダッシュし、そっとドアを開けて……


 何かいた。


 何か、ゴツいのがいた。


 うん、見んかったことにしよ。そうしよ。

 俺は何も見なかったことにして、そっとバスルームのドアを閉めた。

 音がしない様に、そっと、だ。


「えと……あの?」


「うん、何も見なかった。うん、うん」


 リビングに戻った俺はソファに座り何度も頷く。

 そんな俺を不思議そうに見るリコちゃんは何度かバスルームの方を伺って、うんうんと同じ様に頷いている。

 ははっ、めっちゃ可愛いんだけど。



 都心ど真ん中の本社から片田舎の支店にやってきた俺だけど、そんなリコちゃんを見ているとこれはこれでなんだか楽しくやっていけそうな気がした。


 それは翌日、出勤する時にリビングから聞こえた声で確信に変わることになる。


「いってらっしゃい」


「あ、う、うん。いってきます」


 黒い靄がかかっていてリコちゃんの顔ははっきりとは見えないけど、笑顔なのがなんとなくわかる。


 ……今日は仕事帰りに飲みに行くのはやめておこう。


 一人暮らしのはずが、家に帰るのが楽しみになるとは……人生つくづく分からないものだ。

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