リモート家呑みアイスグラス
よすが 爽晴
呼び出されたのは、画面の前
愛していると哀しているは、言葉にしてもわからないから。
揺らしたグラスや、甘いケーキの色鮮やかさ。風鈴のように澄んだ声はわかるのに、言葉にしてもわからない。惨めな気もしたけど、そっと目線を逸らした。
「で、突然なに」
画面越しに笑う彼女に、少しだけ不機嫌ですって顔を作る。もちろん、ちょっとした演技だけど。
家で過ごす時間も心なしか多くなり飲み会だって画面越し、慣れたものとは言え前触れなく呼び出されるのはいつだって同じだ。
「なんか、そっちの料理綺麗じゃないか?」
「画面越しだからそう見えるだけだよ、一緒だって」
ハーブが飾られたパスタと、お揃いで並んだ深紅のワイン。同じ料理を並べたはずなのに、なんだか別の料理に見える。隣の畑はなんとやら、相手の前に並んでいる方が美味しそうに見えるのは、きっと気のせいだろう。
「今日は、どうした?」
ワインがなみなみ注がれたグラスを傾けながら頬を緩めると、彼女は思い出したように顔を画面の方へ向けてきた。それはもう、嬉しそうに。
「聞いてよ」
「聞いているよ」
「……今日、仕事でミスしたの」
彼女はグラスを両手で持ちながら、さっきとは打って変わって寂しそうに目を伏せている。普段はちょっとのミスくらい気にしない様子であっけらかんとしているけど、これは重症かも。
「……どんな?」
「メールで、親睦会の案内を送ろうと社内宛にしたはずが取引先に送ってた」
「ぶっ」
口に含みかけたワインが、思わず飛び出しそうになる。
「笑わなくてもいいでしょ」
「ごめっ、まさかそんな内容とは思ってなくて」
人の事を笑ったら自分に返ってくるとか言うし、それはじゅうぶんわかっているけど。それでも斜め上を行くミスに堪えきれず肩を揺らしていると、画面越しの彼女もつられてクスクスと笑い出した。
「もう、気分が沈んでいたのが馬鹿みたいじゃん」
「それでいいじゃん、そんなミスしてなんぼだし」
「いや、正直そんなミスはしたくないかな……」
小さく首を横に振った彼女は、それ以上仕事の事は言わずにただただ黙り目線を落としてしまう。
「……どうした?」
「んー……」
首をこてんと傾げながら、小さく笑って。
「家呑み会、やってはみたかったけどやっぱり顔はちゃんと見たいなぁって」
「それは、もちろんそうだけど」
なるほど、彼女はこの仕事の愚痴を聞いてほしかったというよりは、リモートの家呑み会をやりたかっただけらしい。
「まぁ、これがいいって人もいるけど俺達にはあわなかったってだけだな」
「そうだねぇ」
楽しそうに、嬉しそうに。
頬を緩めた彼女は、ねぇ、と言葉を続けてくる。
「だからさ」
「――テーブル、今度はくっつけない?」
「……あぁ、俺もそっちのがいい」
目の前の、小さな画面じゃなくて。後ろへ目線をやると、彼女は画面の中と変わらない屈託ない笑顔を浮かべていた。ハーブの飾られたパスタと、お揃いで並んだ深紅のワイン。うん、やっぱり。
「そっちの方が、綺麗だ」
「一緒に作ったのに、綺麗もなにもないよ」
笑った彼女は今日も可愛かったけど、そんな歯の浮くような言葉を俺は持ち合わせていないから。
愛しているも哀しているも、言葉にしなきゃわからない。
おうち時間のリモートも、一緒の部屋で同じテーブルに向かっても。結局は一緒なんだなと、俺は目を細めた。
リモート家呑みアイスグラス よすが 爽晴 @souha
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