その5

 まず、俺は本田安治氏の元に出向いた。

 彼の勤務する会社は、現在は顧問に収まっている本田功氏が一番最初に設立したコンピューター部品メーカーで、最初は大田区の小さな貸しビルの二階で2~3人の社員だけで細々と経営していたのだが、今では港区に本社ビル、台東区に工場を構える、年商二億円とも言われる企業に急成長していた。

 

 前もって連絡をしていたせいだろう。一階の受付に行くと、いともあっさりと重役室に通してくれた。

 写真で確認した通り、本田安治氏は艶々とした丸顔、背はそれほど高くはないが、貫禄のついた身体をグレーの背広で包み、人の良さそうな笑顔で俺を迎えてくれた。

『私立探偵にお会いするのは生まれて初めてですよ。』安治氏は満面に笑顔を浮かべながら、俺の提示した認可証ライセンスとバッジを見ながら愛想よく言った。

『回りくどい言い方は止しましょう。単刀直入にお聞きします。貴方は本田功氏の

”箱”についてはご存知ですか?』

『”箱”ねぇ・・・・』彼は秘書が運んできたコーヒーを一口飲むと、腕を組んで考え込んだが、すぐに、

『ああ、前に顧問・・・・いえ、叔父さん(彼は功氏をこう呼んでいるようだ)から聞いたことがあります。ただ、どうなんでしょうか。まるでおとぎ話みたいですよね。その箱の中に思いを込めて物を入れると、何でも願いが叶うっていうんでしょう?私は結構お人よしで通ってますが、これでも結構現実主義者なんですよ。それに小父さんの血縁とはいえ、曲がりなりにもこの会社で重役までなれているんですし、今更そんな夢みたいなモノに頼って、これ以上出世なんかしたくはありませんよ』

 随分と欲のない男だ。

 どうやらこの男には、”箱”を引き継ぐほどの資格はなさそうだ。

 俺はそう判断した。

『分かりました。お手間を取らせましたな』俺はそう言って立ち上がり、彼の会社を後にした。

 

 次に俺は松平健一の元を訪れた。

 彼が社長をしている物流会社は、新型ナントカの影響で、御世辞にも景気が良くない昨今でも、順調に業績を上げている。

 秘書課に問い合わせてみると、社長室に行ってくれと言われた。

 俺が上がっていってみると、部屋の前には数人のスーツ姿の男達が雁首を揃えて座っている。

 中から一人出て来た。

 真っ青な顔をして、額の汗を拭いている。

 次に入っていった男も、何だか処刑場に送られる囚人みたいな表情で、足元から震えているのがこっちにも分かった。

 入ってすぐ、社長室から甲高い怒鳴り声が聞こえて来た。

 それが10分近く続くと、出て来た。

 男はやはり額から汗を垂らし、前以上に震えている。

 そんなことが何度か繰り返された後、やっと俺の晩になった。

 正面の馬鹿でかいデスクの向こう側に松平社長が座っていた。

 薄茶のスーツを着ている。痩せた男で、額に青筋が日本立っていた。

 銀縁の眼鏡の奥に光っている眼は、狐のように吊り上がっていて、何だか酷くイラついているようだ。

 俺が名前を名乗り、訪ねて来た目的を告げると、彼はまずふんと鼻を鳴らして、

『あの人(彼は太田氏をこう呼ぶ)の”箱”か。だいぶ前に一度聞いたことがある。しかし私はそんなもの、テンから信じちゃおらん。私は目の前に動いている金や、達成できる成果だけにしか関心がないんでね。大体もうあの人の時代は終わったんだから、これ以上我々をそんな夢みたいな与太話に巻き込まんで欲しいものだ。済まんが私は忙しいんでね。まったく昨今のウチの役員は、一体何をしとるのやら・・・・そんなわけだから、もう帰ってくれないか』

 そう言って彼は、デスクの上の電話を取り、またイライラした口調でやり取りを始めた。

”この男も失格か”

 俺は腹の中で呟き、では失礼、といって、社長室を後にした。


 


 

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