私は別に良いけれど
三谷一葉
何を守ってるんだろうね
子供の頃から一人が好きだった。
他人に合わせるのは苦手だったし、他人は私を否定するから。
「駄目だよ読書ばっかりしてちゃ。外で遊ばないと」
「えー! もったいないよー! せっかくの休みなんだから旅行ぐらい行かなきゃ!」
多分、善意からの言葉なんだとは思う。
だけど、私は一人で読書ができればそれで充分だった。
何故、運動音痴の私がドッチボールやサッカーに参加しなければならないのだろう。
せいぜい運動神経が良い子の引き立て役、同じチームの子の足枷にしかならないのに。
別チームになった子は私がミスをするたびにくすくすと笑い、同じチームの子は私が同じチームにいることに天を仰ぐ。
旅行にしたって同じことだ。
私は最近の流行を知らない。興味が無い。
アイドルは女性も男性も全て同じ顔に見える。
流行りのアニメやドラマも興味が無い。
勧められても面白いとは思えない。
だから、他人に話しかけられても、彼、あるいは彼女が望むような反応は返せない。
そもそも、私は他人に合わせて行動することが難しいのだ。
善意でやってくれていることはわかっている。
だが、他人があれやこれやと私の面倒を見ようとして、私が思い通りにならないからと言って勝手に失望し、冷笑されるのは不愉快でしょうがないのだ。
「なにあれ。せっかくこっちが色々やってあげてるのに」
「だったら一生部屋に引きこもってなよ。外に出て来んな」
··········だからほっとけって言ってるだろうに。
私だって自覚はしている。
自分が邪魔で不要で目障りな人間であることぐらい。
だから、一人が良いのだ。
他人と関わったところで、良いことなんてひとつもない。
『さあみんなっ、今日も元気に、すてーいっ、ほーむっ! にゃははっ』
「···············うっざ」
画面の向こう側で、ミニスカートにツインテールの女性アイドルがくねくねとしなを作っている。
最近、朝のニュースでよく見かけるようになった人だ。
テレビによれば『若者の間で大人気のスーパーあいどるっ☆』なのだそうだ。名前は忘れた。興味はない。
何故、朝からこんな不愉快なものを見なければならないのか。私は今日の天気予報と気温が知りたかったのに。
顔をしかめながら、コーヒーを啜る。朝のコーヒーは良いものだ。
一人でのんびりと過ごす休日なら、尚更。
『今日もみんなでおうち時間! お外なんかに出たら、めっ! なんだゾ☆』
くねくねと腰をくねらせた女性アイドルが、突然歌い出す。
タイトルは、〈おうちにいよう~大切なおじいちゃんおばあちゃんを守るために~〉だ。
「····················」
マイクを片手に、今にも下着が見えそうなミニスカートを振り乱して、女性アイドルが踊り出す。
正直言って、歌はド下手だ。
なんでこれが人気になるのかわからない。
おでかけなぁんかダ・メ・よ
そこのボクもわたしも
みんながせかいのた・め・に
おうちにいるのが正義なの
「····················」
────まだ治療法が見つかっていない、未知のウィルスの蔓延により、世界は大きく変化した。
致死率は、かなり低い。
症状は風邪と似たようなものだ。
飛沫感染のため、手洗いうがいが重要になる。
持病を持っている人間や、高齢者に感染した場合は要注意だが、健康な若者であれば発熱すらなく、無症状のままで済むこともあるらしい。
あのおじいちゃん
あのおばあちゃん
みんな誰かの大切な人
だが、世界は『治療法がない』ことを重く受け止めた。
無症状の若者が出歩くから感染が広がると嘆き、高齢者が死亡するたびに、無自覚に感染を広める若者を罵った。
『ステイホーム』
『おうち時間』
『誰かの大切な人を守るために』
耳に心地良いスローガンが次々に生まれたが、若者の外出は減らなかった。
あなたたちにはきっと
素敵な未来が待っている
だからちょっとの我慢なの
今はみんなでStayHome
────そして。
ついに、三十九歳以下の若者の外出が、完全に禁止された。
四十歳の誕生日が過ぎるまでは、在宅勤務をしなければならない。
買い物は全て通販で済ませて、病気になった時は指定の病院に電話をして自宅まで来てもらう。
もし、三十九歳以下の人間が外出が発覚した場合には、問答無用で逮捕だ。殺人罪と同等の、「死刑または無期もしくは五年以上の有期懲役」が待っている。
『みんなーっ! 聞いてくれてありがとうー! さあ、今日も元気に、すてーいっ、ほーむっ!』
「····················」
────私は一人が好きだ。
だから今の状況は、別に苦痛ではない。
他人に合わせる必要がないから、むしろ快適になったぐらいだ。
(私は良いけど、ね)
「────続いてのニュースです。先日、無断外出罪により死刑が確定した少年Aグループの保護者が、減刑を求め署名活動を始めました」
女性アイドルの姿が消えて、灰色のスーツを着た男性アナウンサーが現れた。その隣には、白いスーツの女性アナウンサーがいる。
どちらもそれなりの年齢のようだった。男性アナウンサーの髪はほとんど白くなっていたし、女性アナウンサーの顔には深いしわが刻まれている。
··········そういえば、さっきまでキャピキャピと歌い踊っていた女性アイドルのしわもなかなか凄かった。化粧だけでは隠しきれなかったようだ。
多分、七十歳は超えているだろう。
「··········また、✕✕市民囲碁クラブでクラスターが発生してしまったようです」
「怖いですねえ」
「まったく、無責任な若者が出歩いたりするから、不幸なご老人が増えるんですよ。少年Aとか言いましたっけ? あんなやつ、さっさと死刑にすれば良い」
「若者は命の大切さを知らないから」
「あなたにとっては見知らぬご老人でも、誰かの大切な祖父母なんです。どうか、若い人にお願いします。高齢者を守るためなんです」
アナウンサーも、コメンテーターも、画面に映る人間はみんな、しわだらけだ。
四十歳以上にならなければ自宅から出ることができないのだから、当然である。
私は一人が好きだ。別に今の状況に不満はない。
だけど────
「誰かの大切な人を守るために、みんなでおうち時間を過ごしましょう」
画面の向こう側で、それはそれは優しい顔をした老婆がそう言った。
「··········あなたは、おうちの外にいますよね」
老人たちは、答えない。
私は別に良いけれど 三谷一葉 @iciyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます