第3話 同じが好き
夏の午後はゆったり時間が流れている気がする。庭の木々が木漏れ日を作り、夏色をしたノウゼンカズラがたわわに花を咲かせている。
ルビィは木陰の下でサマーベッドに寝転がり、昼寝を楽しんでいた。
そんな様子を横目で見ながら、私はリビングにいる客人にアイスコーヒーを差し出す。
「恐れ入ります、ソフィア様」
うやうやしく頭を下げたのは、黒髪が美しいルビィの家の使用人であるロレナだった。おそらく二十歳くらいだろうか。清楚な佇まいの中に若さが溢れている。
彼女は黒豹族と猫族のハーフであり、黒豹語も流暢に喋ることができた。
「わざわざ、重いのに持ってきてくださって、ありがとう。ロレナさんも一緒にどう?」
私はテーブルの隅に置かれたスイカの入った箱を指した。
「そちらは旦那様と奥様がソフィア様にと贈られたものでございます。どうかルビィ様とお召し上がりください」
こちらが申し訳なくなるくらい彼女は恐縮していた。
「そう、それは残念。ルビィはなかなかそちらへは帰らないけど、大丈夫? 私から話してもう少し帰るように言った方がいいかしら」
ルビィは元々、私の家の近くにある古民家に住む予定だったのだが、私と住むと言って今は家にいる。
古民家の方にはルビィの家からやって来た使用人たちが住んでいた。そちらの家にルビィが出向くことはあまりない。ルビィも周りが使用人ばかりでは気を遣うのだろう。
「ルビィ様はソフィア様と一緒にいるのが一番安心できるようですから、無理に来ていただくのも気が咎めます。もちろん、皆寂しがってはいますが⋯⋯。できることならソフィア様の傍にいさせてあげたいのです」
ロレナは持っていたカバンから手帳を取り出すと、一枚の紙片を私に見せてくれた。それは写真だった。そこには幼いルビィと私やロレナのような黒髪の猫族の女性が写っていた。金色の瞳が印象的で、面立ちはルビィに似ている。
「こちらの黒髪の女性はエストレリャ様です。ルビィ様のお姉様です。数年前に雪豹族の国に嫁がれました」
「ルビィのお姉さん⋯」
雪豹族の国は大陸の最北端にある黒豹族の国より更に北にある。海の向こうにある雪に覆われた島。
「はい。エストレリャ様とルビィ様はとても仲がよく、ルビィ様は本当に本当にエストリレャ様のことが大好きでした。ソフィア様のことが大好きなのも、エストレリャ様の面影を見ているのかもしれません」
写真から推測するに、ルビィのお姉さんと私はそこまで年は変わらないように見える。ルビィがとても懐いてくれるのも、まだお姉さんに甘えたい気持ちが残っているからだろうか。
「雪豹族の国は遠いですから、なかなか会いに行くことはできません。でも今はソフィア様がいますから、ルビィ様の寂しさはだいぶ紛れているように思います。だからなるべく、ソフィア様にはルビィ様と一緒にいていただきたいのです」
「そういう事情があったんですね」
初めてルビィと会った時、私に素直に付いて来てくれたのも、どことなく私がお姉さんに似ていたからかもしれない。
しばらくしてロレナは自分たちが住む古民家へと帰って行った。
私が一人でアイスコーヒーを飲んでいると、目を覚ましたルビィが眠そうに目をこすりながらリビングに戻って来る。
「ルビィ、さっきロレナさんが来てくれたの。あなたのお父様とお母様がスイカを送ってくれてね。それを持って来てくれたのよ」
「スイカ?」
「そう、スイカ。さっき冷蔵庫にしまったから、冷えたら一緒に食べましょう」
「たべるー! これ、のむのー。ルビィものむ!」
ルビィは私が持っているコーヒーが入ったグラスを見ている。
「これ、ミルクも砂糖も入ってないけど。ルビィには苦いんじゃないかしら」
「だいじょぶー!」
ルビィは特に気にせず飲もうとしている。甘いものが好きなルビィの口に合うとは思えない。
「へいき、のめるー!」
諦める気はないようだ。
「それならどうぞ」
私はグラスをルビィに渡した。
最近のルビィは私の真似をしたがる。例外として野菜を食べるのだけは真似しない。ルビィは野菜が嫌いだった。
私の隣りに腰掛けたルビィはコーヒーが入ったグラスを持ち上げると、濃い茶色の液体をごくごくと飲みはじめた。
案の定、すぐに渋そうな顔になり、眉間に深いしわが刻まれる。
「うー⋯⋯」
ルビィは助けを求めるように私に視線をよこす。
「ほら、だから言ったでしょ。ちょっと待ってて」
私は立ち上がりキッチンに向かうと、グラスに牛乳と砂糖を入れて混ぜた。ついでに昨日市場で買ったビスケットを皿に出して一緒に持って行く。
「どうぞ。苦手なものより好きなものの方が楽しいでしょ」
ルビィはさっきのコーヒーの味を押し流すかのように牛乳を飲む。
「ソフィニャ、おいしいー!」
満面の笑みになる。やはりコーヒーは無理して飲んでいたのだ。そんな子供らしい見栄っ張りなところも、私には可愛くて愛おしい。
ルビィは牛乳にビスケットを浸して食べている。美味しそうにおやつを食べる様は見ていて和んだ。
「ソフィニャ、はさみー、はさみー」
とルビィが言い出したのは夜のことだった。私の書斎にやって来て、机の上のペン立てを探るように見ている。
「ハサミ? 何に使うの?」
私は引き出しからハサミを出すとルビィに渡した。
「ありがとー、ソフィニャ」
受け取ると部屋の外に出て行ってしまった。何か工作でもするのだろうか。
私は夜の虫たちや鳥たちのさえずりに耳を傾けながら、仕事のための小説を綴る。
窓から流れて来る夜風が心地よく、どこまでも筆が進みそうだった。
私は無心で文を書き続け、ひたすら創作の世界に没頭した。そうなれば周りの音など何も聞こえないに等しい。
区切りがついたところで、私は思いっきり伸びをする。ルビィの駆けて来る足音がした。
「ソフィニャー! おなじ、おなじ!」
ルビィは勢いよく部屋に飛び込んで来る。
「同じ?」
振り返るとそこにルビィがいたのだが、何かが変だ。
「にあう? にあう?」
小首を傾げるルビィ。髪が頭の動きに合わせて揺れる。しかしその髪はザンバラになっており、長さがまちまちだった。
ルビィは腰に届くほどの長い髪の持ち主だった。だけど、今は胸の少し上あたりまでしかない。
「その髪どうしたの!?」
事態にようやく頭が追いついて、思わず大きな声が出た。そしてハサミの使い道も判明する。
「きったのー、ソフィニャとおなじくらい、ながさおなじー」
「自分で切ったの!?」
「ソフィニャとおそろいー」
私と同じくらいの長さに自分でしたのは分かったが、ルビィの思わぬ行動に私は呆然としてしまった。
よく考えればこの子は家出してろくに泳げないのに運河を渡って来るような子である。
「あ〜、もう長さがまちまちね」
私はルビィの白く輝く綺麗な髪に触れる。不揃いな形にされてしまって、もったいない気持ちになる。
「ソフィニャ、にあう? にあう?」
ルビィはくるりと私の前で回って見せる。後ろの方は所々、長いままの毛束があった。
「そうね、可愛い。可愛いけれど、明日、美容院に行ってちゃんと整えてもらわないとね」
「ソフィニャとちがうの、いや」
「大丈夫、毛先を揃えてもらうだけだから」
何でも私と同じにしたがるルビィの真っ直ぐさに、私は改めてこの子を大事にしなければならないと思った。
私はルビィにとってはお姉さんの変わりだ。お姉さんが今傍でルビィに愛情を注げない分、私が慈しんであげなければ。
だけど心に湧いた使命感に何故だが少し寂しさがよぎった。
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