第147話 閑話 ニワ日記 その2
鼻歌を歌い上機嫌に頭を揺らすニワ。黒髪のツインテールも楽しげに揺れていた。
「どれにしようかのぉ……うむ。今日は……これじゃ! ほいっぷくりーむがた〜っぷりのったぷりん。これにするのっ……じゃっ♪」
ニワはデザート用にと自ら作った小さなスプーンを右手に持ち、左手人差し指を突き出しモニターの画面に触れた。
ぷにっ!
「これで、よしっ。なのじゃ」
モニターの操作を終え、あとは半透明のモニター画面を意識して非表示へとしておけばいい。
「♪」
ニワが再び鼻歌を歌いつつ待つこと数秒、
チンッ!
甲高い電子音とともにデザート用の器にのったプリンが、ぷるぷる揺れながらニワの目の前に現れた。
「おぉ……」
いつもながら、ニワの口からは感嘆(お間抜け)の声が漏れているが、そのことを知るのは迷犬チロのみ。
主の嬉しそうな様子にチロのしっぽもぶんぶんと全開に振られていた。
「これじゃ……」
現れたふるふる揺れているプリンはクローが以前、ニワのために出してくれたプリンにそっくりで、濃厚そうなプリンの周りにはたっぷりのホイップクリームに、薄皮のない水々しいみかんが並べられている。
それはまるでひまわりを模したかのようで可愛らしくあったが、このプリンにはさらに、色づきの良いサクランボが一つ、サクランボが転げ落ちないようにホイップクリームに包まれて添えられているのだ。
思っていた通りのプリンが現れ、ニワは興奮しつつ目を輝かせていた。
「お、おいしいそうなのじゃ〜……!? ぷ、ぷりんがワシに食べろと誘うものじゃから、危うく手が伸びるところじゃった。
しかしそれはまだなのじゃ。時じゃないのじゃ。まずはワシの大好きな旗を……んっ」
そう、なんといってもこのプリンには、小さいけど可愛らしい旗のおまけが付いてくるのだ。
ニワは、少し緊張した面持ちで旗が汚れないようにと付いているカバーをゆっくりと取り外した。
「……う、うまじゃ。馬が出た。これは初めて見るいらすとなのじゃ」
おまけの旗にはハニワ馬のイラストが可愛く描かれていた。
「かわいい……のじゃ」
クローの話によると、このおまけの旗に描かれているハニワシリーズのイラストは十数種類あるらしい。
何でもすぐにハマりやすいニワは、見事にハマってしまっていたのだ。
「収集家ニワとはわしのことじゃ。わしの手にかかれば、集まらぬものなどないのじゃ。かっーかっかかっか。あっという間に全部揃えてやるのじゃ」
ニワは基本的に暇なのだ……暇だからなんにでも興味を持ちすぐにハマってしまうのだ。
「……ふむ。いいのぉ……」
ニワはその旗を指で摘み上げ、しばらく眺めていたが、満足すると、
「迷犬チロよ」
「わふっ!」
迷犬チロへと渡した。チロは主に呼ばれて嬉しいのか、しっぽがとんでもないスピードで左右に振られている。
「これを、いつものところに置いてくるのじゃ。大事なモノゆえ丁寧に運ぶのじゃぞ」
「わんっ!」
小さな旗を器用に咥えた迷犬チロは、ニワの命令に忠実に従い宝物置き場へ向かう。
もちろん、主からの命を受けた迷犬チロの足取りは軽やか。
ニワは気に入ったモノを宝物置き場に保管している。
だからこの小さな旗も劣化を防ぐ魔力でコーティングしてから宝物置き場に保管していた。
だがしかし、ニワが宝物置き場と認識しているその場所は、迷宮に吸収されないように処置してあるだけで、ハタから見れば部屋の片隅に物がざっくばらんに積み上げられているようにしか見えなく、とても宝物が置いてあるようには見えなかったのだが……当の本人はこれで満足している。
「わふ、わふっ」
与えられた任務をすぐに遂行した迷犬チロは、軽やかな足取りで戻ってくるとニワの側にお座りしたのだが、胸を張って座る迷犬チロはどこか誇らしげにしているように見えた。
「うむ。ご苦労じゃ」
しっぽをぶんぶん振って、再び主からの指示を待つ迷犬チロの頭をニワが優しい撫でると、ニワは、再び半透明のモニターへと顔を向けて操作をする。
ぷにっ!
「わしはぷりんを食べるゆえ、チロはそれを食べてしばし待つのじゃ」
ニワはご褒美にと、チロの目の前に、迷宮魔物の骨付きおやつ肉を一本出した。
「わふっ!」
「うむ」
迷犬チロの元気な返事に満足し、早く食べてくれと言わんばかりに揺れている、目の前のプリンにスーッとスプーンを入れた。
「これは、ほいっぷくりーむと一緒に食べるのがさいこーにおいしいからのぉ……」
ニワは垂れそうになるよだれに気をつけながら、掬ったプリンにホイップクリームを大めに絡める。
「ほう……いい香りなのじゃ……」
口元にプリンが近づければ、鼻にプリンの甘い香りが漂ってくる。
少しばかりプリンの甘い香りを楽しもうと思ったニワだったが、すぐに我慢ができなくなり口の中へと運んだ。
「はむっ……、……んんんっ!!」
口に含むとすぐに甘く濃厚なクリームと卵のまろやかな風味が口の中一杯に広がり、溶けるようになくなった。
「……美味じゃ! 美味。うまいのじゃ」
ニワの目尻は自然と下がり、口元が緩みに緩んでいる。
満面の笑みを浮かべながら無我夢中で頬張りつづけるニワ。
夢中になりすぎて気づいた時には、目の前にあったプリンは姿を消し、デザートの器のみが残っていた。
「あぅ、もう無いのじゃ……残念なのじゃ。うーむ。おかわりをしたいところじゃが……」
「わん」
「分かっておるのじゃ……今日は迷宮に滞在するハンターの数をチェックする日なのじゃろ」
「わふっ」
意外としっかりものの迷犬チロに苦言を呈されながら、ニワは七日に一度の管理業務に取り掛かる。
「どれ……」
ちまっ。
モニターの画面に再び触れるとすぐにニワのお胸を連想しそうなタッチ音が鳴り響く。
「うむ。いい音なのじゃ」
これは、不純物ポイントを消費して最近導入したばかりの音響システムによるものだ。もちろん楽しげな音楽も流せるのだが……
音の無い生活を何百年も過ごしてきたニワにとって、音のある生活は新鮮で、ニワの心を満し今も『おーい、ハニワの王子』という楽しげな音楽が繰り返し流れ続けている。
「ふんふん〜♪〜」
結構なポイントを消費してしまったがニワに後悔はない。
それどころかこれをいたく気に入りニワの部屋は日々、愉快な音に溢れている。
そう、ニワはクローから定期的にもらう不純物のおかげで、今まで不要だからと見向きもしていなかったオプションシステムにまで手を出し、惜しげも無くポイントを消費していた。
「ん!? な、なんと……」
しかし今日は、モニターに表示された七日分の迷宮に滞在するハンターの数を見て、その顔を青くした。
「……へ、減っとる。減っておるのじゃ」
そのモニター画面には一日毎に滞在ハンター数が表示されており、いつから滞在ハンター数が減少しているのか一目で分かった。
昔ならば気にすることではなかったのだが、今はクローに感情値とやらをやるようになっている。
それには迷宮内に最低一日は留まってもらわないとダメなのだ。
「……三日前から二十人、三十人、六十人。嘘じゃ、だった三日で百十人も減っておるのじゃ。なぜじゃ……」
これは外の街で毎年開催される豊穣祭りによるもので一時的なものなのだが、そんなこととは思いもしないニワは焦りに焦る。
「どうしよう、なのじゃ……このままじゃクローに……イヤじゃ。そんなのイヤじゃ。……考える……そうじゃ、考えるのじゃ。まだ間に合うはずなのじゃ……」
「わんっ」
どうすれば滞在ハンターが戻ってきてくれるかと、頭を抱えて悩むニワに迷犬チロが身体を擦り付けてくる。
「……なんじゃ迷犬チロよ。散歩は無理じゃ。ワシは今、とても大事なことを考えておるのじゃ……死活問題なのじゃ」
「わふ」
「ん……違う?」
「わん」
「んん? チロに提案があると申すのか……うむ。よかろう。その提案とはなんじゃ。申してみるのじゃ」
「わふっ」
「……ほ、ほう。折り返し地点の階層に宝箱をいっぱい設置する……宝箱に夢中になったハンターは日帰りできなくなる、とな?」
「わん」
「……うむ」
迷犬チロの提案を聞き、ニワは右手を顎に当てて考える。これはセラバスの真似だ。
その理由も単純、たまたまセラバスのそんな仕草を目の当たりにしてカッコいいと思ったから。
できる女迷宮主を目指すニワ。人族の身体を取り戻した反動でその思考は少し幼いが。
「宝箱に夢中になって帰れぬ、帰れぬならその日は迷宮で過ごすことになるのう……うむ。それはいい考えじゃ。迷犬チロよ、褒めてやるのじゃ」
「わふん」
「では、ハンターが折り返す階層といえば……そうじゃのう、地下五階層? うむ。地下五階層に宝箱をたくさん設置するのじゃ」
「わふっ」
「ほほう、ついで安全部屋も追加設置すると良い、とな……なるほどのぉ。うむ。よかろう、なのじゃ」
「わん」
ニワの弾んだ声に迷犬チロも嬉しそうにしっぽを振って応えた。
ぷにっ、ぷにっ!
ニワはすぐにモニターを操作すると、地下五階層に多くの宝箱を設置してから、安全部屋を男性用、女性用と計四ヶ所追加した。
「しかし、宝物の中は何がいいかのぉ……」
宝箱は設置したが今はランダムにポーションとお金が出るだけでなんの魅力もない。
これだとすぐに飽きられてしまうのではないかと思ったニワは目玉となる物を何か入れようと考える。
「うーむ……思案のしどころじゃのぉ」
迷宮の宝箱は空になっても一定の時間を空ければ復活する。
何度もチャンスがあるからと、ドロップ率は五パーセントと少し低めだが……
「わん」
「チロはなんでもいいと申すのか……むむ。いや、今回は少し奮発してハンターの心をがっちりと掴みたいのじゃ……むむむ。
うむ。よし! あれに決めたのじゃ。ワシのおススメ装備、埴輪(はにゃ)シリーズにするのじゃ」
埴輪(はにゃ)シリーズとは、ハの迷宮限定装備の一つだった。
見た目が赤茶色の単色でゴツくて硬くてとても頑丈なのだがとにかく重い、そんな装備だった。
「くっくっくっ。さーて、どこの宝箱に入れるかのぉ……ここと、ここ。あ、こっちも入れてみるかのぉ」
ニワは小さくしたモニターの画面を操作しようと触れる。
ぺちゃ。ぺちゃ。
埴輪の剣(はにゃの剣)
埴輪の鎧(はにゃの鎧)
埴輪の兜(はにゃの兜)
埴輪の腕輪(はにゃの腕輪)
埴輪の盾(はにゃの盾)
埴輪のブーツ(はにゃのブーツ)
六種類の埴輪(はにゃ)装備を一つずつ選んではハンターが少し探さないと見つからないような宝箱に設定していく。
「これで最後じゃ……それ」
ぷにっ!
ニワの操作でタッチ音が鳴ってすぐに――
ぱいっ!
設置完了を知らせる通知音が鳴った。
「できたのじゃ。くふふ。これでハンターたちが目の色を変えるに違いないのじゃ……くっくっくっ」
この埴輪(はにゃ)シリーズは全て集めるとセット効果による恩恵があった。
装備性能が二倍になるという恩恵が。つまり硬さも二倍だが重さも二倍。かなり微妙な装備だった。
「さあ、ハンターたちよ。ワシの宝に群がるのじゃ……くっくっくっ。ほれ、ほれ、早く来るのじゃ……ほーれ。ほれ。ほーれほれ。ん? ……おぉ!?」
これでハンターが入ってくると信じて疑わないニワに、奇跡が起こった。
「ハンターが、ハンターが……」
なんとハンターたちが、どんどん迷宮に入って来るではないか。
「やった。やったのじゃ……」
「わふ」
「こ、こほん。……くっくっくっ、欲深きハンターよのぉ。ワシの宝をもう嗅ぎつけおったわ……」
配下である迷犬チロがいる手前、そう虚勢を張ってみせるニワだが、その肩は歓喜で震えていたのは言うまでもない。
ただこれは、三日続いた豊穣祭りが終わり、祭りで羽目を外したハンターたちが、散財した分を取り戻そうと戻ってきただけのことなのだが、知らない方が幸せである。
「まだまだ入ってくるのぉ……かっーかっかっか」
ニワはどんどん迷宮に入ってくるハンターたちを眺めては何度も頷いた。
「どんどん、来い。どんどん来るのじゃ……ぷふふ」
その隣では主の緊張がほぐれたのを感じ、迷犬チロも嬉しそうにしっぽを振る。
「わふ」
「分かっておる。散歩じゃろ」
「わん」
その後、チロの散歩を終えて戻ってきたニワは滞在ハンターの数が減る前よりも増えていることを確認してから、チロに見えないように安堵の息を吐いた。
「ふう……」
そしてニワは習慣になりつつあるいつもの日記を手に取った。
「うーむ。今日はなんて書こうかのぅ……」
今日はハニワ馬のイラストの旗が手に入った。嬉しかった。
でもハンターが減って冷やっとすることもあった。怖かった。
不純物ポイントをかなり消費して宝箱を設置したのが功を奏した。良かった。
あと迷犬チロにも感謝……
思ったより充実していた一日、ニワは頭を捻りながらしばらく考え、ぽんと手を打った。
「……うん。これじゃ」
書くことが決まったニワは素早く日記を書き上げる。
◯月△日 今日はほいっぷくりーむのついたぷりんを食べた。おいしかった。
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