第146話 閑話 ニワ日記 その1

「今日は抹茶小豆のあいすくりんにするのじゃ」


 ニワが、目の前にあるモニターを操作すると透明な器に、半球体の状の抹茶アイスに小豆がトッピングされ、さらに練乳のかかった可愛らしい見た目のデザートが現れた。


「これじゃ、これじゃ」


 ニワの目尻は自然と下がり、口元がだらしく緩む。


 ニワは早速、粘土を焼いてできたような茶色のスプーンをどことなく取り出すと、抹茶のアイスに、小豆、練乳をちょっとずつ、いい按配にすくい取る。


「うほほ……」


 嬉しさのあまりお下品な笑い声を上げたニワだったが、この場にはニワ1人。ほかに誰もいないので、気にせずそのまま自分の口へと運んだ。


「んん〜!」


 口に入れた瞬間、練乳と小豆の甘みが広がり、少しして抹茶のほろ苦さとお茶の香りが口の中を抜けると、ニワは思わず手足をバタつかせた。


「う、う、美味いのじゃ……」


 満面の笑み浮かべながらアイスを頬張り続けるニワ。

 気づいた時には、器は空になっていた。


「あぅ、もう無いのじゃ……残念なのじゃ。おかわりしたいところじゃが……」


 これは、迷宮の主であるニワが不純物ポイントを消費して出したものだった。


 迷宮主であるニワは、迷宮外のものを不純物として吸収し不純物ポイントとして得ることができる。


 そして、その逆も。一度でも迷宮で吸収してたことのある不純物は、不純物ポイントを消費することで何度でも再現することができる。


 もちろん吸収することのできない生物は再現できない。

 例外は迷宮魔獣だ。迷宮魔獣は迷宮主の特権(召喚)であるため不純物ポイントを消費することで生み出せる。


「ん?」


 ニワは複数あるモニターの中の一つにしゃがみ込む一人の少女を見つけた。


「地下一階層? クローのところの二人(ニコとミコ)と同じくらいちっこい子じゃの」


 しばらくその子を眺めていたが、少女は一向に動こうとしない。


「うむ」


 暇を持て余しているニワは、その少女が気になって気になってしょうがない。


「そうじゃ。行って話でもしてみるのじゃ。クローは顧客に満足してもらうことが大事で、ゆくゆくは、それが感情値の増加につながると言っておったのじゃ」


 クローが参りましたとニワに向かって頭を下げている姿を想像した。


「ふふ、ふふふ……」


 思わずニワの口元が緩んだ。


「うむ。もっともっと来宮人口を増やして、クローの欲しがる感情値とやらを増やしてやるのじゃ。

 うむうむ。クローにさすが迷宮主のニワだ、と言わせてやるかのぅ……くふっ、くふふ、かーっかっかっか……けほけほっ。お、お水……こくこく。ふう。それじゃ早速、迷宮転……」


 ニワは少女のところに迷宮転移をしようとして、またしてもクローの言葉を思い出した。


「そうじゃった。クローは、この部屋から出る時は一人で行動するなとも言っておったのぉ」


 しばらく考えたニワはモリターに触れある項目をタッチした。


「迷宮魔獣一覧っ……あう、多いのじゃ」


 見て早々に根を上げたニワは――


「これは、いつものマンティコアにでもするかのぉ……」


 よく召喚する合体迷宮魔獣を召喚しようと、タッチパネルに触れ操作しようとして思い留まる。


「いや、待つのじゃ。マンティコアではこの少女が怖がるやもしれぬのぉ。

 なんて言ったってマンティコアは最凶で最悪じゃからのぅ……

 ふむ。ここは合体前の迷宮魔獣、迷犬にでもしておくとするかのぉ……よっと、迷宮魔獣、迷犬! お主の名前は……チロっと……さぁ来るのじゃ。迷犬のチロよっ!」


 ニワの前に小さな魔法陣が現れポンっという音とともに現れたのは、ニワの遥か遠い記憶にある、そう前世の記憶でいうところの豆柴によく似た迷宮魔獣だった。


「わふ」


「おお、迷犬チロよ。わしの共をするのじゃ」


「わふ」


「うむ」


 迷犬チロが嬉しそうにしっぽぶんぶん振って応えた。

 それを見て満足そうに頷いたニワは早速、迷宮転移で少女の元に移動した。


 ――――

 ――


「お主、そこで何をやっておるのじゃ」

「わふ」


 ニワの声にびっくりして、見上げてきた少女の顔は今にも泣きそうな顔であった。


「……おねぇちゃんだれ?」


「わしはニワ。こっちは迷犬チロじゃ」

「わふ」


「してお主は何と言う?」


「スイはスイ……」


 そう言った少女は再び膝を抱えて俯いた。ニワもスイの横に同じように座ると迷犬チロは二人の目の前にちょこんと座った。


「して、スイはここで何かしておるのかえ?」


「たからばこ、このへやによくでるってきいたの、それでまってるの……」


「スイはたからばこを待っておったのか……」


 人は誰しも欲を出す。スイの言葉に興味を失ったニワは立ち上がろうとした。


「スイのおかあさん、びょうき。ぽーしょんほしいの……」


 なぜか病気という言葉に胸の奥が疼いたニワ。

 それは遠い記憶。思い出せそうで思い出せない記憶。


 ――むむ、スッキリしないのじゃ。


 再びニワはスイの話を聞くことにした。スイの話を聞けば何かを思い出し、少しはスッキリするかもしれないと思ったからだ。


「スイの母上は病気なのかえ?」


 スイがこくりと頷きそのまま立てた膝に顔を埋めた。


「しんりょうしょ、おかねなくていけない。おくすりかえない。はんたーのひとはなしてた。

 ぽーしょんあれば、たいりゃくかいふくするって……たいりょくあれば、おかあさんもびょうきにまけない」


 よく聞けば食事も満足にできず、やせ細っているという。

 一時的に体力が回復したところで、病気に打ち勝てるほど回復できるだろうか、とニワなりに思った。


「ふむ……」


 正直にポーションでは病気は治せないと教えてあげ、この、階の弱っちい迷宮魔獣を踏みつけさせてお金を稼がせてあげたた方がいいのではないだろうか、と思い悩んだところで、ふとクローが各階に設置した〈願いの部屋〉を思い出した。


 ――そうじゃ。


 集客アップのためだと言いつつも、なぜか、クローは女性用の入口側のみ(地下十階まで)設置して、男性と合流する地下十一階からは設置していない。

 今でも不思議に思っているが、クローの考えることなど分からないニワは初めから考えるのを放棄していた。


 たしか地下一階層の願い部屋では『何でも回復ポーション』を欲しいと望めば叶えてくる、そう聞いていた。


「スイ。思い出したのじゃ。何でも回復ポーションが手に入る部屋があっちにあるのじゃ」


「……なんでもかいふくぽーしょん?」


「そうじゃ。ほれ、スイ一緒に行くのじゃ。チロもついてこい」


「わふ」


 そう言って立ち上がらせたスイの手を引きニワは願い部屋へと向かった。


 ――――

 ――


「ここじゃ」


 狭い通路を四つん這いで進むこと十数分。まだ誰からも利用された形跡のない願い部屋はちょっと寂しくもあった。


「ここにぽーしょんある?」


 部屋の中を見渡し首を傾げるスイに、ニワは中央に二つの凹みのあるベッドに似た台座を指差した。


「うむ。見ておれ、こうするのじゃ」


「うん」

「わふ」


 一人と一匹からの返事を後ろ耳に聞いたニワはそのベッドにうつ伏せに寝転んだ。


「たしか、こうすればいいと言っておったはずじゃ……」


 身体を少しずつずらし、胸部が凹みにいくようにしたところで、がっちりと何やら身体を固定される感覚がした。


「うむ。ここじゃな。ここで、ポーションがほしい、そう言うとじゃな……あ、くふふ、あはは、くすぐったい、あはは……ふふはふふ……」


 しばらく胸部をくすぐられ悶えていたニワの耳にチンっと甲高い音が聴こえてきた。


 それと同時に胸部に触れられていた手のような感覚と、身体を固定していた感覚がスッと消える。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「お、おねぇちゃん! ぽーしょん、ぽーしょんがでてきたよ!」


「……そ、そうか、それは、よかったのじゃ……」

 

 驚き大はしゃぎしているスイを横目に、ぽかぽかと身体の火照ったニワはまだ動けずにいた。


 ――――

 ――


「母上によろしくなのじゃ」


「うん!」


 スイは何度も振り返っては、嬉しそうに手を振り迷宮の外へと駆けていった。


 嬉しそうに駆けていくスイの両手には何でも回復ポーションが、大事そうに抱えてある。


 もちろんそれはニワが与えたものだ。


 スイ自身もニワがやったように凹みのあるベッドに横になろうとしたが、身長が足りずできなかったのだ。


 実際はクローの作った願い部屋の商品だったので、自分の部屋にでも飾っておこうと思っていたニワだったが、何度も挑戦しては、うまくいかずにしょんぼりとするスイを見兼ねたニワが手渡したのだ。


「これでいいのじゃ、のうチロ」


「わふ」


 嬉しそうにしっぽを振る迷犬チロを抱き抱えたニワは迷宮主の部屋へと転移した。


「おお!」


 すると、部屋の半分以上を埋め尽くす見たことのあるよな、無いような大きな家具やら家財やらが積み上がっていた。


 その量は、クローがゲートを使い定期的に送ってくれる不純物と変わらぬほどの量だった。


 つい数日前にも貰った記憶があり、定期不純物が届くにしては早すぎる。


 なぜ? とも思いはしたが、間違いだったと回収されるのを恐れたニワは早々に不純物をポイントへと変換していく。


「かっかっか、これでもうわしのポイントなのじゃ……クローよありがとうなのじゃ。ん?」


 それでも、クローに感謝することは忘れていない。

 次々と不純物をポイントへと変換していると、その中から可愛らしい一冊の日記を見つけた。


「……おお」


 ニワが懐かしいと感じた時には、その日記を手に取りパラパラとめくっていた。


 当然、その日記の中は真っ白だ。


 ――『この日記かわいい。ねぇねぇ……。わたし今日から……いいでしょう?』


 それでも断片的に、それでいて、何やらぽかぽか暖かく懐かしい記憶が蘇りそうなのを感じた。


「……かわいい日記……じゃの」


 ――うむ


 しばらくその日記を手に取り眺めていたニワは、突然、両手でその日記を掲げてチロに宣言した。


「チロよ。わしは今日から日記を書くのじゃ」


「わふ」


 迷犬チロも嬉しそうにしっぽを振って応えてくれる。


「うむうむ。さて、早速なのじゃが、なんて書こうかのぅ……」


 今日は色んなことがあった。モニターをチェックして、スイという少女にもあった。

 初めてクローの作った願い部屋を使った。

 回復ポーションをスイにやったら喜ばれて……なぜか大量の不純物があって、それからそれから……


 そうなのだ。今日はとても楽しかったのだ。


「……うん。これじゃ」


 書くことが決まったニワは素早く日記を書き上げた。


 ◯月◯日 今日は抹茶小豆のあいすくりんを食べた。おいしかった。

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