第144話

 俺は未だに憧憬の念を向けてくるハルに向かって魔力でパスを繫ぐように意識する。


 ――ん、おや?


 意外なほどあっさりとハルとの間にパスが繋がり、ハルから驚きの感情が感じとれた。


 まあ驚くのも無理もない。自分の意識に突然俺の意識が割り込んできたのだから。


『俺はクロー。お前と同じデビルヒューマン族だが少し話できるか?』


『ひゃう!?』


 ハルが信じられないといった様子で目を見開いているようなので、


 ――『コツン。右手を少し挙げてくれ』


 コツンにそう指示する。あまり時間をかけても意味がない、すぐに状況を理解してもらうおうと思ったのだ。


『右手? 分かったの。ほいっ』


 俺の指示に従うコツンが元気よく返事してから、俺人形の右手をピシッと垂直に挙げた。


 ――『お、おいコツン。そこまで大げさにやれとは言ってない』


『にしし。あの人に合図送ってるの。コツン分かってるの。でも、こうするともっと分かるの』


 さらにコツンは俺人形の右手をブンブンと大きく左右に振った。


――『や、やめろ。バカっぽく見えるからやめるんだコツン』


『ええ、でもほら向こうにも伝わったみたいなの』


 見れば少し照れた様子のハルが小さく手を振って応えてくれているが、格下悪魔の三体は顔を引きつらせ、主らしきヤツと同格っぽい悪魔だけは青筋を浮かべている。


 まあ、それだけだけど。そいつら離れたくても魔水晶が丸見えになってるから離れられないんだ。


『コツンのおかげなの。コツンのこと褒めるの?』


 ニコニコ満面の笑みの顔を向けられば、褒めてやるしかない。


——『えらいえらい、コツンはえらいよ』


『えへへ』


 ——しかし、仮契約をすれば主にはバレるよな。タイミングが大事か……


 とりあえず、コツンを褒めてから俺人形の右手を振るのをやめさせてから、今度はヤツらが変な行動をしないか、警戒しておくように伝えておく。


 コツンには指示を与えておかないと何を仕出かすか恐ろしくなったのだ。


『コツンに任せるの』


 元気に返事したコツンに頷き返してから、再びハルとパスを繋いだ。


——『それで、提案なんだがハル、俺の配下にならないか?』


 同族だからといっても別に横の繋がりも義理もないのが悪魔界隈での常識なのだが(種族によっては同族の繋がりが強い悪魔もいる)、デビルヒューマン族の扱いはどこでも悪いと聞いている。

 相手側にいるハルもそうらしい。実際一人だけ第10位格のままだからその通りなのだろう。


 ——気に入らんな。


 だからこそ思った。俺の手が届きそうなヤツで素直に従うのならってこちらに引き込むのもありではないだろうかと。


 眺めるには、目の保養になる女型の悪魔の方がいいが、願い声(仕事)のことを考えると男型の悪魔も必要だし、セラとナナには悪いが、眷属作りの先延ばしもできるかもしれない。

 

 ——ふふふ、あっ!


 配下にするメリットを考えていると、俺が支配地持ちであることをハルに伝えていないことに気づいた。


——『すまん。言い忘れていたわ。俺、今はグラッドの友軍枠で参加しているが、俺もちゃんとした支配地持ちだからな。あまり時間はやれないが、その、検討してくれ』


 俺がそう念話を送ればすぐにハルから返事がくる。


『……ます。知ってます! クローさんは俺たちデビルヒューマン族の間では有名ですから』


 そう言ったハルは、他にもデビルヒューマン族の支配地持ちはいるが、第3位格悪魔であるカマンティスを追い返すほどの実力を示したデビルヒューマン族はいないと興奮気味のハルが語る。


 初めから憧憬の念を向けられていた理由がやっと分かったが、


 ——あの時、俺は居なかったんだよな……


 この感じだと、今は言わない方がいいかもと判断する。


——『そ、そうか。それで返事はどうする? 同じ種族の者が不当に扱われていると俺の執事悪魔から聞いたから声をかけたのだが、無理強いするつもりはないから、断ってもくれてもいい。あまり時間はやれないが』


 こちらに好意的な念を向けてきているとはいえ今は敵同士。怪しい行動をするようならこの話もなかったことにするつもりだ。


 ——でもまあ……そう簡単に決断できるような話でもないんだよな……


 しかし、俺がそんなことを考えていた次の瞬間には、


『なります! 俺クローさん……いえ、クロー様の配下になります! 是非お願いします!』


 即答された。気持ちがいいくらいの即答。提案してすぐにそう返ってきた。


『俺、頑張ります!』

 

 ——わ、分かった。分かったから、落ち着こうなハル。


 懸念があるとすれば仮契約のタイミングだ。

 仮契約をすると締結された瞬間にあちらの主には分かるからだ。

 最悪、分かった瞬間に裏切り者だと処分されるかもしれない。俺がその危険性を伝えれば、


『俺に考えがあります』


 そう言ったハルは自らを囮として二体(第9位格悪魔)くらいは引き連れてきますと、やる気を見せた。


 たしかに相手側は黒水晶の前から動かないし、グラッドも相手の数が多いからと相手の様子を窺うのみ。このまま何もしなければ、膠着状態になるだろう。


 早めにケリをつけてさっさと帰りたい俺としては、ハルからの提案はありがたいのだが、ハルを囮として利用するために配下に誘ったわけではないのだ。


『大丈夫です。俺に任せてください』


 そう伝えてもやる気を見せるハルは一歩も引いてくれなかった。


 ——『新参者だからって気を遣う必要はないぞ。いざとなればやりようはいくらでもあるんだからな』


————

——


 クロー様は俺のことを思ってそんな優しい言葉をくれる。不思議だ。こんなにも感情が伝わってくる念話は初めてだ。


 ——やっぱり、俺が見た情報に間違いはなかったようだ。

 

 俺は知っている(ハル固有スキル。悪眼によるもの)クロー様は配下をとても大切にしていることを。

 そしておっぱいが異常に大好きなちょっと変わった悪魔であることも。


 ——おっぱいなんて人族を篭絡するためにしか役に立たない脂肪の塊なのに。変なの。


 もう一人いる同族(イオナのこと)だって、雑に扱うことなく皆と同じに扱い悪魔格だってみなと一緒だってことも見た。


 他の支配地では考えられないほどの好待遇。同族だって支配地持ちになったヤツは一緒にされたくないのか、雑に扱うか距離を取るのに。


 でも、人族の女が三人も悪魔屋敷にいて、その人族までも大切に扱っている理由は分からなかった。

 妻という立場にしているらしいが、妻ってなんだ? お気に入りってことかな? 俺にはちょっと理解できないけど。


 でも、騙されてから、利用され続けるだけの毎日を送る俺と違って羨ましい。


 ——新参者だからって気を遣う必要はない、か……


 人界に降りて、オヤブサに騙されてから、こんなにも温かみのある言葉をかけてもらったのは初めてかもしれない。


 ——……


 だから本心で俺のことを囮として使うことを望んでいないことくらい分かるし、その気持ちも不思議と伝わってくるから、ちょっとむず痒い。


 オヤブサと大違いだなって、今はそんなことどうでもいいか。

 そんなクロー様だからこそ、どうにかしてあげないと。オヤブサはクロー様の支配地までも奪うつもりなのだから。


 クロー様たちは第7位格悪魔の二人のみで、対するオヤブサは第6位格悪魔でハオタカがクロー様たちと同じ第7位格悪魔だ。


 それだけでも戦力的に厳しいのに、他にも第9位格悪魔が3人もいる。


 このまま何もせずに時間だけが過ぎれば、使い魔を3体も召喚しているらしいクロー様の魔力はたぶん持たない。


 オヤブサもそれを狙っているのだろう。クロー様の魔力が尽きた頃を見計らって一気叩く。

 ただでさえ勝つ見込みが薄いのに、そうなればかなりまずいことに。


 でも驚いたこともあった。クロー様たちは、同格のヤブキリと、ヤブキリに着いていった第8位格悪魔の4人を倒していたことだ。

 どうやって倒したのかは分からないけど、


 ——ひょっとして……


 俺はそこで一度首を振る。


 ——ハオタカだけだったらまだしも、やっぱり格上で第6位格悪魔のオヤブサを倒すのは無理だ。


『気は遣ってません。俺が俺のためにやりたいんです。オヤブサには騙されてさんざん利用されてきましたから少しでも借りを返したい』


 俺がそう言えば、


 ——『そうか……』


 クロー様から無茶はするなよ、といったような温かみのある感情と共にそんな言葉が届くと、すぐにクロー様から配下契約の誘いが頭に響く。


 ——っ!


 本気で誘ってくれていると分かっていたけど、実際に誘いがあると、ずっと忘れていた感情。うれしいという感情が胸の内に湧き上がる。


 あとは俺が承諾する旨の意思を伝えれば配下契約(オヤブサとの契約があるため仮契約となる)は完了する。


 つまり俺にそのタイミングを任せてくれるらしい。


『クロー様! ありがとうございます』


 よかった。こんな俺でも最期に役に立てそうだ。


——『ああ。でもほんと無茶はするなよ』


 なぜだろう、やっぱりクロー様の感情がとても良く伝わってくる。第10位格の俺をとても心配している。


『はい』


 それから俺はオヤブサに何も言わずに持ち場を離れる。


「おいハル。何勝手な行動をしている!」


 案の定、オヤブサから罵声を浴び、他の悪魔たちからも侮蔑の視線を向けられた。


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