第143話

『揺れが収まったな』


「そう、みたいだな」


 周囲に結界を張り揺れが収まるのを待っていた俺は、結界を解くとすぐにラットに指示を出す。


『ラット、俺たちは外の様子を確認してくる。魔水晶のほうは頼むな』


『主任せる』


 ラットはいつもの調子の口調だが、いつもより嬉しいという感情が伝わってくる。


 こういう時のラットは頼もしい。任せていても大丈夫と思わせる安心感がある。ラットを使い魔にして本当に良かった。


『さてと……』


 コツンが開けた穴の方に視線を向けると、外の景色が目に入る。


『コツン。ちょうどいい穴がある、そこから外に出るぞ』


『了解なの。いっくの〜!』


 俺が声をかけるまで彼女なりに、やり過ぎた感があったのだろう。

 しょんぼりとしていたコツンがパッと顔を上げて元気に応えると、俺人形を動かし外に向かって駆け出した。


「おわっ、ちょっ! 俺を置いていくなよ。うあっ、いてっ!」


 グラッドが慌てて後を追いかけてきたが、よほど慌てたらしく少し飛び出ていた石に躓きすぐに転んでいた。


『ぷふっ』


 イケメン悪魔なのにどこか抜けているためなぜか憎めないヤツ……

 いや、村中のむちむっち娘たちはグラッドを慕っていた。

 思い出したらなんかムカついてきたぞ。よし、置いて行こう。


「お、おーい。置いていくなって」


 ――――

 ――


 迷路の端までくると、相手側の使用空間内が一望できた。


『うわー』

『これは酷いな』


 俺とコツンは迷路の端で景色を見下ろしたが、これは何と言っていいのやら言葉に詰まる。


 相手さんの使用空間は見渡すかぎり瓦礫の山。建物らしいものが何一つ残っていない見るも無残な空間となっていた。


「はあ、はあ、置いていくなって……うわっ、な、なんじゃこりゃあ!」


 遅れてやってきたグラッドも相手さんの使用空間の様子が目に入ったらしく、その無残な光景に驚き、口を大きく開けたまま呆けている。


 どうしてこんな状況になってしまったのかなんて考えるまでもない。

 心当たりはコツンが放ったあれ。でも、見ていないだけに、コツンの放った魔法でここまでなるのかちょっと首を捻る所ではあるが、


『魔水晶が丸見えっすよ』


『ああ』


 こちらにとってはチャンスであることには変わりない。


 ヤツらは剥き出しになった魔水晶を護ろうとその周りを陣取り、いや、思い思いに行動しているところを見ると、あれはただ集まっているだけに見える。


 ――そうか。


 ヤツらもこの状況に戸惑っているのだろう。


 まあ、こちらは被害らしい被害は見当たらないので、お気の毒様だな。


『あちらさん、今なら混乱しているようだが、強行突破してあの魔水晶に触れてみるか?』


「え? お、俺が決めるの」


『当たり前だろ。大悪戯を売られたのはお前だからな』


「え、で、でも……」


『ほら、さっさと決めろ。気づかれ……チッ、意外と早く気づかれたな』


「うそっ!?」


『本当だ。見ろよっ』


 グラッドがもたもた決めかねている間に一体の悪魔猛禽族と視線がバッチリ合ってしまった。


 この位置からでは、まだ結構距離があるため、偶然だったのかもしれないが、捉えられた瞬間から、殺意のこもった鋭い視線がバシバシ突き刺さる。

 ご丁寧に憎悪の念まで混じっていてなかなか強力な視線だ。


「ま、マジか。うげっ、しかもそいつ第七位格の悪魔じゃんってか、他のヤツらもこっち見てんじゃんよ」


『見つかったんだ。そりゃそうなるだろ』


 グラッドが慌てて壁側に身を隠して俺にも来いと手招きするが、魔水晶が姿を見せてしまっている以上、本能のままに飛び込んでくる愚か者たちではなかったようだ。残念だ。


『グラッドの側に行くの?』


 指示が欲しいのかコツンが俺を見て首を傾げている。


『いや、大丈夫だ』


 相手の様子をみたいから、しばらくはこのままだ。

 

『了解なの』


 コツンは俺にそう返事すると、再び瓦礫の山を物珍しそうに眺めていた。


「クロー。おいっ! クローってば」


 グラッドは必死に手招きしているが、今は無視していいだろう。


 ここで一、二体ほど飛び出してきてくれたら楽だったのにな。


『しかし、六体か……』


 二人で一度に相手するには少し分が悪い。何か付け入る隙でもないだろうかと思い、ヤツらの視線に集中してみれば、その視線から様々な感情が読み取れた。


 ――? こんなことできなかったはずだが……


 今の俺は意識だけの存在だから、相手の感情も感知しやすくなっているのかもしれない。


 ――ほほう。


 これは僥倖だな。怒りや憎悪の念を抱く者が二体。


 ――まあ、当然だよな。


 畏怖の念を抱く者が三体。


 ――あいつらは第九位格悪魔か……


 憧憬の念を抱く者が一体。


 ――はい?


 不思議に思いそいつに向けていた意識に魔力を込めて強化する。

 すると、そいつは見た目からして悪魔猛禽族とは違う別種族の悪魔だった。


 ――!?


 意識を強くすると、キラキラとした何かを期待するような視線へと変わった。


 某RPG風でいうと、倒してもいないのに配下になりたそうにしている。そんな意思がビシビシと伝わってくる。


 ――いやいや。大悪戯の相手におかしいだろ……


 俺は戸惑い感情が乱れた。すると、


『クロー様の意識に乱れがありました。どうかなされたのですか?』


 セラから念話が届いた。


 そうだったセラは俺に危険がないか常に様子を見ていると言っていた。

 どうやって見ているのかは教えてくれないが。


 ――『セラか』


『はい。クロー様のセラです』


 おかしい。セラの念話が変に聞こえた気がする。


 ――『……』


 セラは俺の頼れる部下なのに、心のどこかでセラは俺の女だと望んでいるのだろうか。


 こんなにも自分に都合よく聞こえてしまうなんて。


 ――落ち着け俺。


 今の俺は、俺が思ってる以上に酷く動揺しているらしい。


 ——ふぅ……


 ここは一度落ち着くためにも、いつも冷静なセラから意見を聞くべきだろうな。


 ――『えっと、いや、大したことないんだが……』


 俺はこの不思議な感覚や今の状況を説明してみた。すると感覚については、俺の考えとほぼ同じ。

 相手の悪魔については


『……その者は悪魔ナンバー86、第十位格の悪魔でハルと名乗ってるようです。

 種族はクロー様と同じくデビルヒューマン族です』


 さすがセラ。頼りになる。


 ――『よく知っていたな』


『はい。執事悪魔ならば誰でも閲覧できる支配地管理簿で確認いたしました。

 ドロンバス(オヤブサの執事悪魔)がまとめていた管理簿ですね。

 その中で悪魔猛禽族ではない、該当する悪魔は、ただ一人、デビルヒューマン族のハル様しか居ないのです。

 他の誰よりも早くにオヤブサ様の配下になっていながら未だに第十位格の悪魔ということは、扱いはあまりよくなかったようですね』


 セラの念話を聞いて理解した。俺に抱いていた期待する感情も。


 ――『なるほど』


 デビルヒューマン族の扱いは、悪いと聞いてはいたが、どこか他人事のように感じていた。自分は関係ないと。


 ――不愉快だな……


 俺がそんな感情を抱き口にすれば、


『クロー様のお考えの通りに行動すればよろしいかと思います。

 もしハル様を配下に迎えたいのであれば意思の疎通を図り仮のパスを繋ぎ仮契約をすればいいのです。

 あとはオヤブサ様を討つ、もしくは降伏させてから配下契約を解除させれば、新たな配下契約も問題なく締結することができます』


 セラがすぐに察してくれて、俺の望む回答をくれた。


 ――『なるほど。まずは意思の疎通からか、ありがとうセラ』


『とんでもございません』


 そこでセラからの念話がプツリと切れる。切れた途端にぽかぽかとした気持ちの良さを感じた。

 これは魔力同調だ。セラが気を使って消費した分の魔力を譲渡してくれたのだろう(他のみんなも魔力同調をしてくれているが、まだそのことは知らない)。


 まだまだ魔力に余裕、いや、ほぼ減ってないように感じるがコツンも魔法を使ったことだし、この譲渡はありがたい。


 ただ、その回数が多いように感じるが、ま、今はハルとやらが先だな。


 俺は未だに憧憬の眼差しを向けているハルに魔力でパスを繫ぐように意識を向けた。

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