第141話

「ああんっ! また分かれ道だとっ」


 勝手に逃げ出した部下(すでに殺られている)たちもそうだが、翼を広げて飛ぶこともままならない狭い通路。

 何もかもが不満だらけのこの環境に、今まで本能のまま我慢することなく過ごしてきたコドルンには堪え難く、イラ立ちは態度として現れていた。


「コソコソとっ! どこまでも小賢しいっヤツらめっ!」


 コドルンはその怒りに任せて目の前の壁面を蹴り付けた。


 ドカッ!


「グギギッ!」


 がしかし、その壁面にはキズ一つつけることができない。

 そのことが余計にコドルンをイラ立たせていた。


「ガァァァァ! 隠れて出てこない腰抜けどもめっ!」


「こ、コドルン様……」


「見つけたらただじゃおかねぇ。ギッタンギッタンに切り刻んで……刻んで……そう簡単には殺さねぇ……

 手足の先から細かく、ゆっくり切り刻んでやるぜ……キキッ」


 口角を歪めて上げるコドルンには狂気の色が見え隠れしていた。


 格の低い部下は少し離れて距離とる。とても話しかけれる雰囲気ではないのだが、何も言わなければそれはそれで、いつその矛先が自分へと向けられのか、心穏やかではない。


「ぁ……」


 ぶつぶつと呟き少し先に進む度に壁面に蹴りを入れるコドルンの、顔色を窺いつつタイミングを見計らった部下が口を開く。本音は早く先に進みたい。


「(い、いまだ)そ、そろそろヤツらの使い魔の一匹や二匹差し向けられていてもおかしくな……」

ダン!


 だが、慎重に慎重を重ねて無難な話題を選んで声をかけたつもりなのに、タイミングが悪く、部下の言葉とコドルンが壁面を蹴りつけるタイミングが被り、部下の言葉はコドルンの耳まで届いていない。


「あん? なんだお前。俺に何か言いてぇのか」


 それどころ中途半端に声が届いたようで、激しく壁を蹴りつけたままの体勢だったコドルンから狂気交じりの鋭い視線を向けられた。


「ひ、ひぃ……す、すみません……すみません」


 たまらず部下は、頭を何度も下げて謝りながら二歩ほど後ろに下がり身体を小さくする。


「チッ…… おらぁ!」

 ドカッ


 そんな部下の態度も気に入らないのか、舌打ちしたコドルンはもう一度目の前の壁面を蹴る。


 一度タイミングを外してしまうと、格下の部下にはどうすることもできない。


 余計なことはせずに、ただ嵐が過ぎ去るのを黙って祈る。もちろん祈る先は悪魔神だ。


「おらっ」

 ドカッ


「おらぁっ!」

 ドカッ


 部下は少し進む度に意味もなく壁面を蹴り続けるコドルンに、ビクビク怯えながらも、これ以上地雷を踏まないように息を潜めてじっと見守る。


「はぁ、はぁ、ギギギッ……舐めやがって……」


 それからしばらくの間、同じようなことを繰り返して(無意味なのに)コドルンは肩で息をしはじめていたが、部下の目から見てもその怒りが治まっているようには見えなかった。


「(くそ……何でオヤブサ様より格下のヤツ(グラッド)がこれほどの構築物を作れるんだよ)」


 これが人族の造った構築物だったらコドルンがかるく蹴るだけで粉々に砕けていただろう。


 だが生憎と、これはクローの魔力が込められ造られた壁。もちろんこの壁にはキズ一つ付いていない。異常なくらい硬いから。


「くそがぁっ!」

 ドカッ


 そのことが尚コドルンをイラつかせているのだと、部下はこの通路を設置したグラッドに殺意を抱くが、いつまでもこんな場所に居たくない。早く抜け出したい。


「(ヤツらだ、ヤツらさえ見つかれば矛先もヤツらに。コドルン様の気も治るはずだ)」


 意を決した部下が再び口を開く。


「こ、コドルン様……もう少しペースをに……」


「ギギギッ、うるせぇっ!」


「ひぃ、ひぃぃ……」


 結果は失敗に終わる。またしても殺意を向けられ縮み上がる部下。


 もうコドルンなど気にせず逃げ出せばよかったと後悔する。


 けど一人残された立場からすれば逃げ出すことなどできるはずない。

 大悪戯を終えたその後が恐ろしいから……


 部下はコドルンの視線から逃れるように、俯き顔を下げると再び身を小さくして、コドルンの後ろを離れてついて行く。


「(く、くそぉ、何で俺だけこんな目に……)」


 しばらくして、物音を立てずにコドルンから離れずに後ろを歩いていたはずなのに、コドルンから怒声を浴びている。


「おい、こらっ! 聞いてんのかボケっ! 何やってやがるっ!」


「へっ!?」


 慌てて顔を上げると、コドルンの歩くペースが上がっており、初めて差し掛かったT字路を右方向に進み、すでに二十メートルほど先まで進んでいた。


 本来なら、初めてT字路にさしかかったコドルンたちはもっと注意深く警戒するべきであったが、何もない狭い一本道を、永遠に近い時間歩かされていたイラ立ちからそんな考えなど頭になかったことや、第七位格である自分が同じ悪魔格であるヤツら(グラッドとクロー)ごときになど負けるはずないと侮っていたからでもあった。


「へ!? じゃねぇ。お前、俺を舐めてんのか! 早くついて来いってんだよっ。何度も言わすなっ」


「は、はぃぃ!」


「使えねえ。ほんと使えねぇな。だからいつまでもお前らザコのままなんだよ……」


 距離があるためコドルンの呟きは聞こえないものの、小馬鹿にされ侮蔑の眼差しを向けられていることを、部下はなんとなく察知していた。


「(はぁ、俺だって格さえ上がれば、あんなヤツの下なんて……)」


 だがこれも日常茶飯事(いつものこと)。小さく息を吐き出し気持ちを切り替えた部下はすぐにコドルンの後を追う。がしかし、


「……お待ち下さいコドルンさ……まっ!?」


 それよりも早く、先に進んでいたコドルンの足下の床が、ガタリと突然傾き急斜面へと変わった。


「うおっ!」


 その床はツルツルと滑りコドルンの身体はすごい速さで滑り落ちていく。


「コドルン様っ!」


 一方、その光景を目の当たりにした部下も慌ててその後を追って行こうとするも、


「!?」


 部下の目の前にも、行く手を遮る分厚い壁が地面から迫り上がってきた。


「か、壁っ!? く、くそおっ! 罠だったのかっ……ぁ!?」


 部下がそう思ったのも束の間、今度は部下の足下の床までもガタンと傾き、コドルンとは反対方向へと滑り落ちていた。


「ああぁぁぁ……」


 ――――

 ――


「……ふぅ」


 部下がするすると滑り降りた先は一つの部屋。

 何事もなくたどり着けたことに安堵の息を漏らす。


「ここは……!?」


 すぐに辺りを見渡した部下だが、目の前に見えるモノを見て驚く。


「ま、魔水晶っ!?」


 魔水晶を発見して喜びはしたが、すぐに警戒を強める部下。


「お前らは……」


 魔水晶の前には三匹の獣の存在があったのだ。


「そうかデビルヒューマン族の使い魔だな。他には……誰もいねぇ。へへへ、これはついてる」


 目の前の獣は馬にフクロウにネズミ。主は第七位格だろうが使い魔はただ魔法が少し使えるだけの獣。


 しかも戦闘を行う際に、その魔法を使えば主の魔力を消耗させてしまう。


 だが、今回の大悪戯は使い魔の主であるデビルヒューマン族も戦闘に参加しているため、使い魔たちとしては魔力消費を抑えるためにも極力戦闘は避けたいところだろう。


 部下はそんなことを考えて口元を緩める。


「お前らあまり魔力使うと、お前らの主が魔力枯渇するぜ……くくく」


 所詮、獣は獣。そのあたりのことすら理解できずに、厄介な魔法を使われても面倒だと思った部下はわざと理解できるようにそう投げかける。これで無抵抗になれば儲け物だと。


「なんだ、反応なしか……」


 手柄(魔水晶)を前にした部下は強気だった。

 もちろんそれは、使い魔如きに負けることなどありえないと思ってのことで、ここぞとばかりに悪気を強く放ち威圧する。


「いいぜ。くくく、俺は分かってる。、お前たち俺が恐ろしくて動けないんだよな」


 見た目も弱そうた使い魔たち(ラット、ズック、ニル)を部下は完全に舐めていたのだ。


「それじゃ……」


 部下は勝ちを確信してペロリと舌舐めずりすると、いままで通路が狭くて広げることのできなかった翼を大きく広げた。


「ふぅ……やはり俺たちはこうでなきゃな」


 種族柄、翼を広げなければ本来の力を発揮できない。

 部下は何度か翼を閉じたり広げたりを繰り返すと軽く跳躍してから部屋の天井ギリギリの位置でホバーリングする。


「さっさと片付けるかな」


 そして使い魔たちを上空から目標として定めると一気に滑空する。


「キェェェェェェ」


『ニル、もう殺っていい』

『ワカッタ』


 身体を回転させることで、大きくて鋭い脚の爪が、より威力を増す。

 ネズミとフクロウを裂き、さらに馬の胴体までもまとめて真っ二つにする……


 ドゴッ!!


 そんな未来を思い描いていた部下なのだが、現実ではそうはならず、なぜが滑空していた自分の身体が、突然巨大化した馬の右前脚に蹴りつけられていた。


「ガハッ」


 一瞬にして意識を刈り取られそうなほどの強烈な衝撃が全身を襲い、吹き飛ばされた部下は天井へとぶつかり床へと落下した。


「ぐふっ……な、何が起こった……」


 それでもさすがは第8位格悪魔、何をされたか理解できないまでも、倒れたままの状態でいればすぐに殺られてしまう。そう判断した部下は無意識にもすぐに立ち上がり……目の前の巨大化した馬の姿を見て理解した。


「あ、くまじゅ……なぜ、ぐぁ」


 が、それは少し遅く、間髪入れず、クローの魔力を遠慮なく纏ったニルの右前脚が再び部下の身体をボールでも蹴り上げるかのように上空へと蹴り上げる。


 バキバキバキッ!


 ニルにしてみれば遊び感覚、軽く蹴り上げている程度なのだが、蹴られた部下は全身の骨を粉々に砕かれ壊れた人形みたいに吹き飛び、天井にぶつかると、また床へ落下……することなく、今度は、


 グサッ


 落下地点に待ち構えてニルの額のツノが部下の身体を貫く。


「ァ、ァァ……」


 すでに虫の息の部下なのだが、ラットは張り巡らせていた闇玉によって、この悪魔は主(クロー)を小馬鹿にしていたことを掴んでいた。

 容赦することなくラットがズックに指示を出す。


『ズック、魔法使う』


『まかせる』


 ズックはクローの魔力を遠慮することなく使い、全力で氷魔法を放つ。


 これは勿論クローの指示。魔力同調というありがたいバックアップを受けているクローは、出し惜しみするとかえって危険を招くから初めから全力でいくようにと使い魔たちにそう指示を与えていたのだ。


『ひょうか(氷火)』


 ズックの全力の魔法に、ぐったりとなっていた部下の全身から白い氷の炎が内側から燃え上がると、その身体は先端から白く凍り付いてはパラパラと崩れて落ちていく。


 それほどの時間をかけることなく部下の身体は跡形もなく消滅していた。


『ズック、ニル、それでいい。主、バカにする、許さない』


『うん』

『オヤスイゴヨウ』


 ――――

 ――


「うふふ、クローさま〜」


 セラバスと入れ替わりでクローの本体をがっちりと抱いたナナが、魔力同調のために何度も接吻しては(クローがそんなに魔力を消費しておらずすぐに満タンになるため)すりすりと頬ずりする。


「ふふふ……」


「ナナ様。分かっていると思いますが、ナナ様の魔力が三分の一程度消費したらライコ様と代わるのですよ」


「え〜」


「長引くようでしたら二巡目もあるのです。それに支配地代行として願い声(人族)の仕事のことも忘れてはいけません」


「ああ、そうか」


「そうだぞナナ。ま、三分の一程度の魔力消費なら、あたいの魔力もすぐに回復するからな。よし、あたいは何巡目だってやってやるぜ」


 セラバスとナナの会話に割って入ったのは、その次に控えていたライコ。


 上機嫌にライコの尻尾が揺れてはいるが、待ちきれないのかその行動に落ち着きがない。

 今もライコは抑えきれない気持ちを誤魔化すようにストレッチをしていた。


「わ、私もクロー様のためならば、何度だってやりますよ」


 次に控えるイオナはしっかりと聞き耳を立てつつ、壁に寄りかかりジッと自分の出番に待っているようだが、その目はクローに釘付け。


 よくよく観察してみれば、その頬と耳はほんのりと紅く染まり、嬉しさの現れか、口元はによによしていた。


「ずるいがう。ニコもしたいがう……」

「がぅ……ミコもがぅ」


 セラバスから始まった魔力同調、その一部始終を見ていたニコとミコだが、魔力同調ができないため、二人はクローの右脚と左脚にしがみつき涙を浮かべていた。


 ついでに今も蚊帳の外のマゼルカナ。


「お茶がうまい……けど、団子はまだカナ?」


 和菓子のお代わりを待ちつつ渋めのお茶をすすっているのだった。

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