第140話
『グラッド。まずは奴らをこの迷路に誘い込むぞ』
「へ?」
俺の言葉に気の無い返事をしたグラッドが、壊れたロボットのような動きで俺のほうに顔を向けてくる。
「えっと……ちなみにそれはどんなことをするんだ?」
『それは、ほら。気配が感じ取れない以上俺とグラッドが囮になる、それだけのことだが』
「くぅ……やっぱりか。やっぱりそうなるよな」
グラッドも分かっていたようだが、囮なんてやりたくないのだろう。そう顔に書いてある。
自分が受けた大悪戯なのにな……
――さて、何をするかだが……
『ふむ。この場合だと挑発が一番有効そうだな。
ちょっとばかり奴らを小馬鹿にしてこの迷路に逃げ込めば、奴らこっちを舐めているだろうから、何も考えずに追いかけてくるだろう』
「こ、小馬鹿にして逃げるか。それで、どんなことを考えてるんだ。クローのことだから何か考えているんだろ?」
やりたくないって様子は変わらないが、お前の大悪戯だからな。ちょっとは頑張ってもらうぞ。
――ふふ……
『たしか奴らの姿は鳥っぽいんだよな?』
「そうだな……奴ら悪魔猛禽族は鳥形の悪魔のようだな。それが何か関係あるのか」
『ああ……くくくっ……』
「な、なんだよ急に笑ったりして……怖いだろう」
グラッドが何やら警戒するような素振りを見せる。
本能的に俺が何かを企んでいると勘づいたのだろう。グラッドはなかなか鋭いようだが、まあいい。
『阿呆鳥だよ』
「はあ?」
グラッドは意味が分からないと言って首を振る。
『分からないか。でもまあ大した話しでもない。
ただグラッドに、阿呆鳥の阿保踊りを奴らの前で踊ってもらおうかと思ったんだよ』
「んん? 阿呆鳥……って、あの変な野鳥の? 阿呆踊り……え、ええっ!? なんでだよ!」
俺の提案に驚いたグラッドだったが、嫌なのかすぐに顔を顰めた。
ちなみに阿呆鳥とは、この世界に生息する野鳥のことだ。
この鳥は食に対する欲求が強すぎて小石をよくエサと間違えて喉に詰まらせては自滅しているおバカさん。
そんなアホな鳥だからすぐに絶滅してしまいそうなのだが、この阿呆鳥は性欲も強く年中繁殖期にあるため絶滅することはない。
また食材としても優秀で、この鳥の肉や卵は、滋養強壮剤や精力剤の代わりにもなるため特に人族の男性に喜ばれている、らしい。
これはハンター活動が長かったマリーから教えてもらったことで、俺はまだこれを食べたことがない。というのもこの阿呆鳥の肉。悪魔の俺たちからすると鼻が曲がりそうなほど臭い。
機会があったら、おいしいからみんなで食べようと言うマリーに、エリザとセリスが同意していたことを思い出す。
俺は臭くて食べたくないのだが、今思えば、遠回しに俺にもっと頑張ってほしいってことなのだろうか。
最近の妻たちは、体力と精力がかなりついてきたようで、俺が満足するまでつきあってくれて……いや、今は妻たちのほうが楽しんでいる感じすらある。
営みを終えた後、満足したみんなと仲良く眠りに入るということもしばしば。
……気を失いだらしない顔をしていた妻たちはもうどこにもいないのだ。ちょっと寂しい。
話が変な方向に脱線してしまったが、とにかく阿呆鳥は欲望に忠実な点でいえば悪魔にも劣らない。
しかも、その姿と行動はかなりお間抜けで焼いた肉もかなり臭い。
ま、正直なところ鳥なら何でもよかったんだけど、でも、奴らを小馬鹿にするにはピッタリの野鳥じゃないかな。
「いやいや。ムリだって、踊る前に奴らに捕まって俺確実に殺されるから」
ちなみに阿呆鳥の阿呆踊りは、雄の阿呆鳥がエサを見つけた時や、雌に行為を求める時に取るおかしな行動のことだ。
首をカクカク左右に揺らしお粗末な羽をバタつかせては短い片足を上げてその場でくるくる回るとてもお間抜けな行動。
今のグラッドって、ヤツらにとって目の前にぶら下がったエサのようなもんだからな……
『相手は鳥形の悪魔だ。阿呆鳥のことだって知っているだろうさ』
「な。なるほど……って、いやいや。だからダメだって、俺殺られるから」
グラッドの顔色がさらに悪くなる。
『冗談だよ。グラッドが思ったとおり、どうせ奴らは高い位置からこちらの様子を窺っているだろうから俺たちが姿を見せれば、すぐに襲いかかってくるさ』
「そうか、そうだよな。あいつらのほうが数も多いしな……
うん。きっとそうだ。そうなる」
グラッドはよほど踊りたくなかったらしく、しきりに頷いていた。
『そう。だからさっさと……ん? どうしたラット』
『主、敵、四、入ってきた』
『ほう』
『闇玉、反応あった』
『そうか。ラット助かった』
『うん』
ラットは俺に褒められたことが嬉しいのか、ニルの頭の上に腰を下ろした状態で尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
「クロー? 急に無口になったが、何かあったのか?」
『ん? ああ。今ラットから報告の念話があったんだよ』
「ラットちゃん?」
気の無い返事をしたグラッドがラットのほうに顔を向ける。
「ラットちゃん、なんでだよ。俺にもクローと一緒に念話飛ばしてくれよ。さっきは念話してくれただろ」
『グラッド、嫌い』
「ぅぐっ……」
『嫌われたなグラッド。まあ機嫌をとりたかったら後で大きなチーズでもあげるんだな』
「そうするよ。この愛らしい生き物に無視されると地味にショックを受ける……
んで、ラットちゃんはなんて? 悪い話じゃないよな?」
『悪い話じゃない。むしろ喜べ。奴らを誘い込む必要がなくなった』
「それは、つまり……」
『相手側の悪魔四体が、この迷路に入ってきたそうだ』
「四体も……」
『たったの四体だ。くくくっ』
「四体でも俺たちの倍だろ」
――小出しで来るとは、俺たちも舐められているな……でも、それでいい。
『そうとも言うな。でもまあ、一気に片付けるだけさ』
「だから相手は四体もいるんだろ、そんなの無理だ」
『だったの四体だっていってるだろ』
「そうは言っても、ここは慎重に動いて各個撃破がいいだろ。それだったらたぶん負けない」
『そりゃあそうだが、しかし時間をかけ過ぎて叩く前に残りの奴らが侵入して来たらどうする?
数が増えてそのほうが厄介になると思わないか?』
「確かに、そうだけど……やっぱり四体を同時に相手するのはさすがにキツいって」
『グラッドがそこまでいうなら。分かった、ではさらに二手に別れた時点で数の少ないほう、もしくは叩きやすいほうを狙うぞ』
「も、もし別れなかったら……?」
『別れさせるのさ、なあラット』
『もちろん。主、任せる』
「別れさせるって、どうやって? もしかしてあれか……?」
――――
――
「クキキッ……オラッ」
腹を立てたコドルンが黒い壁面を蹴りつける。
ドンという音が狭い通路に響き渡るがそれだけだった。
その壁にはキズ一つ付いていない。
「クゥキキ……なんなんだよ、この通路はよっ!」
コドルンたちは何もない通路を真っ直ぐに進んでいた。
緩やかな傾斜を上ったり下ったり……
翼を広げるほど通路が広くないため、歩くことになってしまっているためコドルンの機嫌はすこぶる悪く、潜入時に比べ四人の雰囲気は悪いものとなっていた。
というのも、悪魔猛禽族は素早い飛行速度で相手を撹乱することで主導権を握り戦闘を有利に進めることを得意としていた。
だがしかし、この建物の中では飛行することもままならない。
狭い通路が永遠と思えるほど続いていた。
大悪戯なのに、飛行できないほどの狭い通路を進むことになるなど想定していなかったコドルンは早くも後悔しており、さっさとこの建物内から引き上げたいというのが本音だった。
だが、オヤブサに賭けまで持ちかけた手前、手ぶらで引き上げることなど、プライドの高いコドルンにはできないでいた。
「クッ……何でこの俺が、歩かなきゃいけねぇんだ」
ほとんど歩くことのないコドルン、いや悪魔猛禽族にとって必要以上に歩くことは苦痛でしかなかった。
そのためコドルンは苛立ちを壁へとぶつける。
ダンッ
コドルンは壁面を力一杯殴り苛立ちをぶつけたが、キズ一つ付かない。
これで壁面を破壊できていればコドルンの苛立ちはここまでなかっただろう。
「グギギッ……」
通常、人族の造った城壁程度ならば第十位格の悪魔でも軽く破壊できる。
だからこれはコドルンが非力ということではない。ただ単にクローの出した壁が異常なほどに硬いのだ。
ダンッ、ダンッ
「キィ、クソが……舐めやがって……」
「コドルン様……」
何度も壁面を殴りつけるコドルンの拳は赤く腫れ上がっていた。
とはいえ、これは放っていてもすぐに再生するレベルなのだが、こんな通路はさっさと抜け出したいという思いは第8位格の部下にもある。
「コドルン様、そろそろ先に……」
だから、ついコドルンのその無駄な行動をやめさせようとするが、
「ああん!?」
「……ぅぐ」
機嫌が悪く、苛立ちを隠そうともしないコドルンの鋭い視線を向けられ部下は口を紡ぐ。
「……? おい……」
部下のほうに視線を向けたコドルンが何かに気づく。
「な、何でしょう」
「あとの二人はどこに行った」
「それはどういう意味ですか。二人ならちゃんと……え?」
突然何を言い出すのだろう、と首を捻りながらも後ろへと振り返った部下が、言葉に詰まる。
「(は? あいつら……)」
後ろをついてきていたはずの二人がいない。
「ギリッ……アイツら、逃げやがったな」
「……」
勝手にいなくなった部下に腹を立て、みるみる顔を真っ赤に染めていくコドルン。
その場に残っていた部下も、早くからこの通路から抜け出したいという気持ちが強く、
逃げ出した二人を羨ましく思う反面、なぜ俺にも声をかけてくれなかったのかと仲間外れにされたことに苛立つ。
「あいつら、帰ったらただじゃおかねぇ。翼の羽全部毟り取ってやる!」
その後は不機嫌になったコドルンの愚痴が永遠と続いた。
逃げた部下たちにどんな罰を与えようかと、残酷な罰を口に出してはこれじゃ足りねぇと、さらに残酷な罰を口にする。
残っていた部下はやっぱり残っていて良かったかもと一人胸を撫で下ろしていたが、
ダンッ、ダンッ
「グギギッ、あークソがっ! おい、行くぞ。さっさと奴らを始末してこんなクソムカつく場所(狭い所)は、ぶっ壊してやる」
「はい」
機嫌の悪いコドルンは、壁を殴る蹴るしながら進むため進行はかなり遅れるのだった。部下二人が意図的に引き離されたとは知らずに。
――――
――
『主、二人引き離して、通路に閉じ込めた』
裏道に回り待機していた俺にラットから念話が届いた。
『でかしたラット。上出来だ』
「お、おいクロー。突然立ち上がると、何かあったのかとびっくりするじゃねぇか」
『お前はいちいちビクビクし過ぎだ。まあいい。グラッド喜べ。ラットが四体の内、二体だけをバレずに引き離すことに成功したそうだ』
「マジかっ! お前の使い魔凄えな」
俺の使い魔に感心しつつグラッドもゆっくりと立ち上がった。
『ラット。このまま俺たちを閉じ込めたそいつらのところまで案内してくれるか』
『任せる』
ラットから元気のいい念話が返ってくる。
俺とグラッドはラットの案内でその場所へとすぐに向かった。
――――
――
「やべぇ、完全に閉じ込められているぞ」
ダンッ、ダンッ
「くぅ……なんて硬さだ。壁が硬くて破壊できねぇ」
壁を思っ切り蹴りつけたコドルンの部下Aがバランスを崩して片膝をついた。
「くそぉ、だから俺は嫌だったんだよ。こんな狭い通路に入るのは……チクショ……ん? おい、いまあそこの壁、動かなかったか?」
「何っ、本当かっ!?」
何かに気づいた部下Aの言葉に部下Bもすぐに視線を向ける。すると、
「動いてる! 確かに、動いてるなあの壁っ」
二人の視線の先の壁が、不気味なほど静かにゆっくりと動いていた。
閉じ込められていた二人は、ここから出られると思い、笑みを溢す。
「よし、コドルン様には悪いが、こんな狭い通路しかないなんて聞いてない。さっさと外に出ちまおうぜ」
「ああ、そうしようや。飛べない通路なんて勘弁だぜ」
動いていた壁がピタリと止まる。
それを確認した二人が、その先に進もうと足を一歩踏み出したその時、
「いいや。悪いが、お前たちはここでオサラバだ」
「誰だっ!」
通路の先から意図せぬ声が聞こえてきた。
慌てて後方に跳躍した二人。さすがは第8位格の悪魔、流れる動作で見えない相手から距離を取り構えを取ると、薄暗い通路の先に視線を向けて警戒した。
「俺はグラッド。で、こっちが俺の仲間のクローだ」
「くぅ……」
部下A、Bは内心焦った。オヤブサやコドルンたちは馬鹿にしていたが、この二人は自分たちよりも格上の第七位格悪魔だ。
分が悪いと思うと同時に、奴の背後にいるデビルヒューマン族ならどうにかできそうな気がする。狙うならデビルヒューマン族だと。
「おい……」
「ああ……っ!?」
二人は視線だけで合図を送るが、すでに目の前のヤツ(グラッド)がこちらに向けてす右手を構えている。
「おい、あれを凌いだらヤツを避けて背後のデビルヒューマン族を仕留めるぞ」
「ああ……それしかない」
「行けそうなら背後からヤツも仕留める。無理そうだったらそのまま通路を突っ切って逃げるぞ」
「おう」
次の瞬間には、悪魔猛禽族の部下A、Bは全身に魔力を纏い身を固めるが、
「爆撃魔法: 擲弾(グレネード)」
ヤツの右手から放たれた魔法は、オレンジ色の光が三つ、弾みながら部下A、Bの足下に転がってきただけで、拍子抜けもいいところ。
「ぷっ、ぷはは……なんだよこれぇ」
「おい、ヤツは魔法を失敗したようだぞ。狙うなら今じゃねぇか」
「だな」
目で合図を送り合う部下A、B。
チャンスとばかりに笑みを浮かべると、正面に向かって駆ける。
狙うはヤツと見せかけてその背後。デビルヒューマン。そう思った矢先、
「「なっ!」」
その三つの光の玉が弾けて大爆発を起こした。
――――
――
『なんだよグラッド。お前の魔法かなり強力じゃないか……』
——この威力なら上位の悪魔でも狩れるぞ。
俺は跡形もなく吹き飛んだ奴らのいた場所に視線を向けていた。
『ぶぅ……コツンの出番がまたなかったの。グラッドのバカ、バカ』
俺は腕を組みカッコつけて言葉を発していたつもりだが、いかんせん憑依して動かしているのはコツンだ。
コツンが俺の身体で両手足をバタつかせている。
『こ、こらコツン。間抜けに見えるからやめなさい』
『だって……せっかくコツンの出番がきたと思って、楽しみにしてたのに、がっかりっす』
俺の隣でしょんぼりと肩を落とす裸の少女(コツン)に苦笑い。
まあ、これは尻込みしていたグラッドにハッパをかけた俺が原因でもある。
開戦一発目はお前が魔法を撃てと……でないともう手伝わないぞってな。
でも、まさかその一発で倒してしまうとは。
『ま。まあ……次だ、次、次はきっとコツンの出番があるさ。
俺の攻撃魔法を思いっきりぶっ放してもいいからな、な』
『主、ほんとうなの』
『ああ、ほんとうだ』
口を尖らせしょんぼりとしていたコツンが笑顔になった。
笑顔を向ける裸の少女(コツン)。そんな彼女を見てなぜかホッとした。
――ふぅ……
使い魔だろうが、なんだろうが、女性は笑顔の方がいいってことだな。癒させてるし。
「はぁ、はぁ……いや、マジでビビったわ、ははは」
肩で息をしていたグラッドがゆっくりと俺のほうに顔を向けて笑った。
俺は男形である。コツンの笑顔と違って、グラッドの笑顔を見たって嬉しくもないし、癒されることはない。
『ビビっていたのか? そうは見えなったが、むしろ……』
「むしろ?」
『生意気そうなデビルインキュバス族っぽくて見えて、丁度よかったんじゃないか?』
「生意気そうって……そ、そりゃあ、舐めらず警戒してもらえるように、目一杯虚勢を張ったけどさ……内心はすげえ怖くて、手だって震えてたし。
でも、俺ってそんなに生意気に見えたのか……はは」
ぼそりと呟いたあとグラッドの笑顔は引きつったものになっていた。
『なあグラッドよ。俺手伝わなく良かったんじゃないのか?』
いや、本当。正直グラッドのことを甘く見ていた俺は内心驚いていた。
あんな強力な魔法が使えるなら格上相手でも渡り合えるだろうと。
「いやいや、俺、あれだけで魔力三分の一持っていかれてるから……
あと一回、うーん。頑張っても二回の戦闘で魔力切れになって倒れるよ……」
だからムリだと、グラッドが片手を横にぶんぶん振る。
『はあ?』
「いやぁ。俺の爆撃魔法は火力を求めれば求めるほど、魔力の消費が激しいんだよ……あはは」
そして、なかなか大変なんだぜと照れながら頭を掻くグラッドに、使えそうで使えないと思った俺は、返す言葉が見つからなかった。
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