第138話

 —第六位格悪魔オヤブサの屋敷—


「キィーへへ。オヤブサ様。どうやらヤツは、第七位格悪魔をひとり仲間につけたようですぜ」


 ズカズカと部屋に入るなり、自分の指定席にどかっと腰かけた悪魔猛禽族、第七位格悪魔のコドルンは、周りからの目を気にすることなく突き出た口を大きく開けてゲラゲラと笑い出した。


「……ハオタカッ」


 ただ、この光景はいつものことなのか、上座に足を組んで座るオヤブサは、説明が下手なコドルンではなく、同じく後から入ってきた悪魔猛禽族、第七位格悪魔のハオタカに視線を移すとその詳細を求めた。


 だがオヤブサは初の大悪戯とあって少し気が立っていたらしく、その口調は強く部屋の雰囲気がピリリと張り詰める。


「はっ」


「早くそこに座って詳しく聞かせろ」


 通常ならば、直接執事悪魔のドロンバスを呼びつければ早い話なのだが、変にプライドの高い(支配地持ちの悪魔は、成功している悪魔た。支配地のない悪魔からすれば一目置かれる存在でもあるため特にその傾向が強い)オヤブサは、執事悪魔の物言いが、物事を知らない悪魔だと見下されているように感じて気に入らなかったのだ。


 だが、悪魔神から派遣される配属悪魔たちを拒むことなどできるはずもなく、結果、オヤブサは配下たちを間に置き直接向き合うことを避けている。


「はいっ」


 ハオタカもまた悪魔猛禽族の第七位格悪魔だ。

 このハオタカは悪魔猛禽族には珍しく几帳面で頭が少し固い。

 いい加減で口の軽いコドルンとは正反対だった。


 そんなハオタカは、この場の雰囲気を悪くしたコドルンを少しだけ睨みつけると、いつもの席に腰を下ろし、口を開こうとしたのだが、


「キィへへ、オヤブサ様。仲間とはクローとかいうヤツで、それがなんと……ギィヒィヒィ」


 周りの空気など気にした様子のないコドルンがまたもや会話に割って入り、その話の途中でゲラゲラと笑い始めた。


「コドルン貴様っ……」


 当然、言葉を遮られたハオタカは突き出した口元を震わせ怒りを露わにするが、いつも以上に愉快に笑うコドルンを見た配下たちは、一体なにがあったのかと不思議に思う。


 だが、彼らより格下の配下たちが、わざわざコドルンの機嫌を損ねてまで止めに入ることや尋ねることはない。というのも、主であるオヤブサが、いつも以上に不機嫌さを露わにしているからだ。


 とてもじゃないが、格下の配下たちが気軽に口を開ていい雰囲気ではなくなってしまっていた。


 配下たちにできることといえば、とばっちりを受けないよう息を潜め、少しでも主の機嫌がよくなることを祈るのみだった。


「おいっコドルン。話すならちゃんと話せっ。俺は第七位格悪魔のクローなど知らんわっ!」


 中途半端に口を出すコドルンに振り回されてか、オヤブサの機嫌はさらに悪くなっていた。


「「「ヒ、ヒィ……」」」


 それもそのはずだ。徹底してグラッドのことを調べ上げ、横の繋がりなど全くないと判断しての大悪戯だった。


 それがどういうことか。いざ蓋を開けてみれば協力する悪魔の存在があったのだ。どこかでその繋がりを見落としていた。


 オヤブサは怒りが頂点に達するとトサカのような頭髪が逆立つのだが、その頭髪が今にも逆立ちそうになっていた。


 オヤブサのそんな様子に、調査に携わった配下たちはもちろん、その第七位格悪魔を倒せと命令されるであろうと予感した第八位格以下の悪魔たちは揃って顔色を悪くしたが、コドルンの次の言葉で場の雰囲気が一転する。


「そりゃあそうでしょうよ。なんせ、その第七位格悪魔……キィへへ……なんとデビルヒューマン族らしいですぜ。デビヒ、キヘヘ。

 しかも、そいつは自分の使い魔まで参戦させる気ですぜ……キッキッ……

 はっきり言ってバカだぜバカ。オツムの足りないおバカ。

 使い魔なんて使ってたら、魔力もすぐに尽きて勝手に自滅しちまうぜ。ギャへへァ」


 使い魔は主人からの魔力供給がなければ活動できない。

 しかも、どれだけ使い魔が配置されていようが結局は主人の魔力を使用する上に威力も主人より劣る。


 さらに自分も戦いに参加するとなれば、自分でも魔力を消費することになるだろう。

 そのため、決着がつくまで終わりのない大悪戯には向かないとコルドンにしては珍しくマトモなことを言っているのだ。


「……あん? デビル、ヒューマン? ……デビルヒューマン……デビルヒューマン族だとっ……プフッ、なんだよおいっ。デビヒかよ。そんなヤツが戦えるのかって……ダメだ堪えきれんギャハハッ」


 コドルンの言葉は、デビルヒューマン族を蔑む言葉だったのだが、すぐに反応したオヤブサも同じような考えだったのだろう。


 コドルンの言葉を肯定として捉え、盛大に笑い出したことで、オヤブサの逆立ちそうだった頭髪も元に戻り、今までの緊迫していた雰囲気がウソのように払拭された。


「オヤブサ様、これは脅されて仕方なく参戦した口ですかね。

 大方、使い魔を使ってでも数で押せば勝てるとでも思ったのでしょうか? なにせ小賢しいだけのデビルヒューマン族ですから……」


 次第にお互いに様子を窺っていた配下たちからも嘲笑の声が上がり、


「さすがハオタカ様だ。たぶんそれでしょう」


「ああ、それは俺も聞いたことあるぜ」


 先ほどまでの重苦しい雰囲気から一転して部屋中から明るい言葉が飛び交うようになった。

 あるところを除いて……


「ほんと、デビルヒューマン族は使えねぇヤツばかりだからな……なぁ、ハル。キィへへ」


 そう言ってにやにやしたコドルンが視線を向けた先は部屋の隅っこ。


 その片隅にはオヤブサの配下の中で、ただひとり、別種族であり、皆の話題になっているデビルヒューマン族の悪魔が、つまらなさそうな顔をしたまま壁に寄りかかり突っ立っていた。


「なんだぁハルよ。またいつものダンマリか。キィへへ」


 言葉を交わす素振りさえせみないその悪魔にとっては、これが日常茶飯事、いつものことなのだろう。

 ただ黙って俯いているだけだった。


「けっへへ。雑用しかできねぇ役立たずが……」


「キィへへ、違いねぇ」


「オヤブサ様。この大悪戯が終われば、次はそのクローってヤツの支配地だな。ギィへへ」


 グラッドの支配地を手にした後に、デビルヒューマン族であるクローの支配地をも奪ってしまおうとコドルンは言う。


「ほう。コドルンもたまにはいいことを言うじゃないねぇか」


 その考えはオヤブサにもあったらしく、その気になったオヤブサは気を良くした。


 足を組み直しゲラゲラと高笑いしたオヤブサ、そんな時だった。


「オヤブサ様。そろそろお時間ですので、私どもは悪魔界のほうにて待機しております」


 ドアをノックして入ってきた執事悪魔のドロンバスをはじめとした配属悪魔たちが、少し離れた位置からオヤブサに向かって頭を下げた。


「あー、分かった分かった。さっさと行け」


「はい。では失礼いたします」


 もう一度頭を下げた配属悪魔たちは部屋から出るとゲートを使い悪魔界へと転移していった。


「ケッ。なんかシラけちまったぜ」


 わざとらしく舌打ちをして、その後ろ姿を見送ったオヤブサの口からは次から次へと、配属悪魔に対する不満が出るが、


「悪魔神さまはなぜあんな……配属悪魔どもは、どいつもこいつもいけ好かねぇ……!?」


 すぐに使用空間内に轟音が響き渡り、その不満はすぐにグラッドへと向けられた。


「キィへへ。はじまったな……」


 ――――

 ――


 ズーンッと重々しい轟音が響き渡り互いの使用空間が接続された。


 この轟音こそが、大悪戯、開幕の合図でもあった。


 オヤブサたちはすでに上空で待機し、いつでもグラッドの使用空間側へと侵入できるように身構えていたのだが、接続と同時に目の前に広がったのは壁。黒い壁だった。


 上下左右、どこを見ても黒い壁しかない。その予想出来なかった状況はオヤブサ側の悪魔たちに動揺を走らせた。


「な、なんなんだこれは……」


 特に悪魔界までグラッド使用空間の見取り図(ジオラマ)を確認した配下の顔色は酷かった。


「オヤブサ様。こんな壁、数日前にはなかったんです……

 なんの変哲もない、攻めればすぐにでも落とせるような小さな屋敷だったんです」


「そんなこと言われんでも分かっておるわ。くっ、しかしヤツは一体何をした……こんな壁があるなど聞いたことも見たこともないわ……」


 主であるオヤブサは感情値を使うことで使用空間内を自由にアレンジできる。だが目の前に広がるような壁の存在をオヤブサは知らなかった。


 だからこそ、グラッドの使用空間いっぱいに広がっている壁の存在に戸惑い二の足を踏んだ。


「オヤブサ様。気にすることはありませんぜ。こんなの幻術系の魔法じゃないですか。

 ま、奇妙な魔法を使ったところで相手はたかだか第七位格悪魔のアイツとデビルヒューマン族の二人ですぜ。

 見つけさえすれば、俺だけでも軽く仕留めれますぜ」


「奇妙な魔法……そうだな。これは幻魔法の類かもしれんな」


「そうですぜ。相手はたったの二人。何もできやしないですぜ」


「うむ」


 コドルンの言葉に納得したオヤブサは再び目の前に広がる壁を上下左右見渡した。


「それに、ないとはいえ魔水晶の部屋にはハオタカが待機してるんですぜ。隙をつかれたとしても負けることはねぇ。

 けど、それじゃあ俺は面白くねぇ。俺は、俺たちを舐めたアイツをこの手で殺りてぇんだ。キィへへ」


「そう、だな……では皆で攻め入ったあとたっぷり痛ぶって……」


「いや、オヤブサ様。せっかくですからこうしましょう。

 先にヤツを仕留めたほうの勝ちってことにして、報酬はそのメンバー全ての昇格。

 どうです、皆もやる気が出て面白いと思いませんかい? キィへへ」


 相手は二人。はなっから魔水晶に触れて勝つということなど頭にないオヤブサをはじめ、その配下たち。


 しばらく考えたオヤブサは、


「……いいだろう」


 見たことのない壁に少なからず動揺し、やる気の削がれた配下たちがいることは見て分かる。

 ならば、少しくらい報酬をチラつかせて、奮起させるのも一つの手だと思ったのだ。


「ではオヤブサ様、俺からメンバーを選んでもいいですかね。キィヘヘ」


「かまわん。好きに選べ」


「キィへへ」


 コドルンが選んだ悪魔は第八位格悪魔ばかりの三名。


 残りは第九位格悪魔三名に第十位格でデビルヒューマン族のハル。


 残りメンバーとの戦力差は明らかだが、自分の力を過信するオヤブサは、それで構わないと肯定した。


「よおし、お前ら。これで昇格確定だぜ」


「おおっ」


「やりぃ」


「そうと決まればコドルン様、さっさと殺ってしまいましょう」


「おうよ。では、オヤブサ様。オヤブサ様の合図で一斉に攻め入りましょうや」


 にやにやと笑みを浮かべるコドルンを少し睨みつけたオヤブサは、


「コドルン。俺を舐めるよ。先に行けハンデだ」


 顎をシャクって先に行けと促す。


「キィへへ、そうすか。では遠慮なく。お前たち行くぞ」


 遠慮などするはずのないコドルンは、その言葉で勝ちを確信したのか、一度だけ舌舐めずりをすると、すぐに急降下していった。


「ちょ、コドルン様っ! 一人先走らないでください」


 一人突出する形で急降下したコドルンに、慌ててその後を追う配下たち。


「ふんっ」


 そんなコドルンたちの様子を上空から見下ろしていたオヤブサの口角は自然と上がっていた。

 好都合だったのだ。


「おいお前ら。しばらくここで様子を見る」


「「「はっ」」」

「……」


 オヤブサは上空から壁を蹴破り侵入口を作ろうとしているコドルンたちをジッと眺めて様子を伺っていた。


 ――――

 ――


「さぁて、こんな壁を目隠しに使おうなんて考えが甘ぇんだよ。

 こんな壁なんて軽く蹴ってぶち壊してやる……ぜっ!?」


 ガッ!


 そう言いながら力一杯蹴りつけた黒い壁は、壊すどころかヒビ一つ入っていなかった。


「……か、硬ぇ……なんだこれは……」


「こ、コドルン様、もう一度上空から勢いをつけて蹴りつけてみましょう」


「おう。そうだな……」


 納得のいかないコドルンは、それから何度も蹴りつけたり、悪魔猛禽族が得意とする真空魔法を放ったりと、試してみたが、その硬い壁には数ミリの小さなキズを入れるのが精一杯だった。


「はぁ……はぁ……な、なんなんだよ、この壁は……」


 たまたま分厚い部分に当たったのではないかと蹴る位置をずらしてみたが結果は同じ。


「くっそ!」


 上空では主であるオヤブサがまだそこに居るのかとばかりに笑っているだろう。

 コドルンもプライドが高い故に、無様な姿を見せるわけにはいかなかったのだ。

 コドルンの額には青スジが浮かんでいた。


「コドルン様! こちらに入口がありましたっ!」


 そんな時、配下からそんな声が届く。


「面白ぇじゃねえか。そちらの思惑に乗ってやろうじゃねぇか」


 強がってみせるコドルンだったが、結局はなす術がなかったのだ。内心ではホッとしていた。


 しかたないといった素振りで、地上に降りたコドルンたちは準備されていたトビラから侵入する。

 それが、悪魔猛禽族の自慢だった鋭く尖った大きな翼を封じる手段でもあった(狭くて広ろげることができない)ことに、まだ気づいていなかった。

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