第137話

『悪い悪い、使い魔たちとのリンクが思いの外楽しくて、待たせてしまったな』


 俺が使い魔たちと応接室に戻ると、少しやつれた感じのグラッドと、俺の身体を抱きながらソファーに腰掛けているセラが向き合って座っていた。


 ――妙に背中が温かく感じていたのはこれか……


 複雑な心境だな。セラに抱かれる俺の身体(本体)を羨ましく思うとは。


「クロー。待っていたぞ。それで……セラバスさんにあいつら(大悪戯の相手)のことを聞いたらもう一つ頼んでおきたいことができたんだが、そちらもお願いしたい」


『頼みか、まあ、内容によるが……』


 グラッドの言うそのお願いとは、いざという時には、島国の人々をどこかに逃がして欲しいという俺には簡単なものだった。


『なるほどな……』


 大悪戯はお互いの使用空間が接続されて開始されるのだが、その開始まではあと数時間ほどらしい。ほんとギリギリだったのだな。


 大悪戯は悪戯と違って時間制限や参加する人数に制限はない。勝敗が決するまで続けられる。


 その勝敗のひとつは、悪戯と同じく管理室にある魔水晶に触れるか、触れられること。もちろん触れたほうの勝ちだ。


 そしてもうひとつが、主が討伐されること。戦力差があろうが、とにかく相手の主さえ倒してしまえば勝ちってことだ。


 あとは……降伏することくらいかな。意外とルールは単純だ。


 ただ、その降伏は、相手が認めてくれればの話で、ダメなら普通に交戦となる。


 それでセラに現時点、分かる範囲で相手の戦力を確認してもらっていたんだが、相手は第六位格悪魔で、悪魔猛禽族のオヤブサというヤツらしい。


 悪魔猛禽族は悪魔なのに飛行速度がとにかく速く、鋭く長い足の爪が特徴。

 狙った獲物は逃さない。悪く言えばしつこく執念深いなんとも面倒で厄介な性質の悪魔族なのだ。


 それでいて、配下は十人ほどで第七位格から第十位格までいるらしい。


 グラッドは島人を連れて、よく逃げ切れたものだと思ったが、すぐに、泳がされていたのではないかと思い至る。


 グラッドの背後に強力な悪魔の存在があるのかどうかを探るために……

 まあ、ないと分かったから大悪戯書を送られたんだろうけど。


 そんな話をセラに聞いたグラッドは、グラッド自身が殺られる可能性が高いと考え顔色を悪くした。


「頼む」


 少し焦っているように見えるグラッドが、俺のほう(魔導人形の方)に向き直ると、頭を深く下げた。


『そう、だな……』


 それほど大事なんだろうな。島国の人族が。まあ俺も人のことは言えないんだけどな。


 ――……逃がしてやるか。まあ、俺たちが大悪戯に参加している間に、配下たちに動いてもらおうか。

 でもな、その先がな……好きにすればいいって放り出すわけにもいかないか……

 それならばいっそのこと。


 俺はすぐにカマンティスから巻き上げた小島を思い出した。


 いずれ機会があれば、みんなで泳ぎに行きたいと思っていた俺の夢の島。


 ほとんど裸と変わらないような際どい水着を、どうにかして皆に着てもらうつもりだったのだ。


 準備だって終えていたが、その小島のことを伝えてやるか。


『俺の支配地にまだ手をつけてない小島がある。少し狭いかもしれないが、そこならばほかの悪魔に狙われるってことはないだろう』


「本当か!」


『ああ』


「それは良い考えです。いつでも動けるよう、ナナ様たちに伝えておきましょう」


『ああ、念のためにだが、皆にもよろしく言っといてくれ』


「はい」


 良い返事だが、なんでかな。ソファーに座ったままのセラは俺(本体)の身体をやたらと触っているのだが。


「クローさっそくで悪いが、いいか?」


 グラッドは立ち上がりすぐにでも行動に移したい様子。セラには触れないでおくか、時間もないしな。


『じ、じゃあ、グラッド案内してくれ。コツン頼むぞ』


「ああ」


『任せるの』


 隣に居るコツンが、待ってましたとばかりに少し膨らんだ胸を張ってやる気を見せてくれるのはいいが、コツンは自分が女の子だという自覚がないようだ。


 幽体っぽい身体だけどコツンは全裸なので、悪くない眺めなのだ。


 ――――

 ――


「ここが俺の屋敷だ」


 悪魔界を経由してやってきたグラッドの使用空間は、俺の空間よりも何倍も小さな空間だった。俺の使用空間ほんとうにデカイんだな。

 屋敷も小さく、十一人の悪魔から攻められたら、あっという間に屋敷の中に侵入を許してしまいそうだ。


「これはクロー様。よくぞお越しになられました」


 そこへ、執事悪魔族のアクトバスをはじめ、メイド悪魔に管理悪魔が出迎えてくれた。


 アクトバスは中性的で顔が整っていて、メイド悪魔は可愛らしいメイド服を着た人形みたい。

 管理悪魔は何か獣みたいな姿に化けているようだが、ここにいる配属悪魔たちは、他人事のような、どこか冷たい印象を受ける。


『ああ』


「おや。念話ですか? 何処かお身体の調子でも悪いのですか?」


 ――おや……?


 執事悪魔にすら魔導人形だと気づかれなかったぞ。セラはやはり優秀だな。


『少しだけな。だが大悪戯は全力であたる、心配ない』


 今、この場にいる配属悪魔たちは悪魔界に避難して、グラッドやこの空間の心配なんてしていないだろうが、敢えてそう伝えてやった。


「それはありがとうございます。では私どもは仕事に戻りますので、これで失礼いたします」


 まあ、それで感情を表に出す執事悪魔族ではないことは分かっているが、なんとなく面白くない。


『ふむ』


 そして、アクトバスたちは軽く会釈をして屋敷の中に入っていった。


 ――後ろ姿も、色気がないな……


 俺は心から俺の執事がクールだけど色気もあるセラでよかったと思っていると、


「なんかすまない」


 横で見ていたらしいグラッドが、申し訳なさそうな顔を向けてきた。


『何がだ? 配属悪魔たちのことか?』


「ああ、なんか愛想もくそもなくて……」


『気にしていない。これが普通なのだろう』


 そう言ってみたものの、どうしても俺の配属悪魔たちと比べてしまう。


 それに、どう見ても俺は歓迎されているようには見えない。それはグラッドに向ける眼差しを含めてのことだ。


 俺は少しグラッドがかわいそうに思えてきた。そこで……


『グラッド。このままだと俺たちはかなり不利だ』


「うぅ」


 グラッドも分かっていたのか、すぐに言葉を詰まらせた。


『そこでだ。俺がちょっとだけ、この空間に手を加えようと思うがいいか?』


「空間に手を加える?」


『まあ、詳しくは言えないが、俺の力のひとつとでも言っておこうか』


「そう、なのか……」


 グラッドは、俺が何を言っているのか理解できないようだったが、すぐに何かを思い出したような表情を浮かべると――


「まあ。どちらにしてもこのままじゃあ侵入を防ぐにも困難なのは分かってる。

 クローの力で何かできるのなら頼む」


 そう言ってから何かを期待する眼差しを向けてきたグラッド。


『了解。俺に任せな。コツン』


 俺はコツンに、地面に手をつけるように指示をすると、グラッドには悟られないよう所望魔法を使った。


『我は所望する』


 すると、グラッドの使用空間内のいたるところから分厚い壁が迫り上がっていく。


「おわぁっ。ちょっとクロー何をしたんだっ」


『まあ、黙って最後まで見てな』


「……お、おう」


 驚きの声を上げるグラッドを放置して、俺はどんどん壁を作っていく。

 簡単には崩れない頑丈な壁をイメージして……


 まずはグラッドの小さな屋敷を取り囲むように、入り組んだ壁を次々と作り最後にその上空を塞いで上空から侵入できないようにする。


 使用空間内は、別に上空から光が降り注いでいるわけではないので、上空を遮断したとしても暗くならない。

 主が定めた明るで統一されているだけなのだ。


『これでよし』


 そう、俺が今行っているのは以前考えたことがある迷路の作成だ。


 人数が少なく不利ならば、少人数でも対応できる空間を作ればいいと思ってのことだ。


 だが今回は大悪戯ということで、それだけではダメだ。

 だから、迷わせて時間を稼ぎつつ、こちらが先に相手の魔水晶に触れてやろう。そう考えて入り組んだ迷路にした。


 ラットたちを魔水晶の前で守らせ。俺とグラッドで相手の魔水晶まで侵入するのもいい。


 もちろん相手側の悪魔が、グラッドの使用空間(この迷路)に入ってきたのを確認してからになるが……


 ちなみに上空の壁は、破壊されないように出来る限り硬い壁をイメージしている。しかも自己修復機能つき。

 その修復に必要な魔力はグラッドにしておこうか。


「お前……すげえな」


 先ほどまでの不安な顔が一転して、やっと明るい表情をしたグラッドが笑みを浮かべた。


「これならやれる。やれるぞ」


 この後、心の晴れたグラッドが避難させる予定の島国の人々を紹介してくれたが、だれもかれもが、かなりの美人。

 お色気ムンムンのむっちむちのボインボイン。ここにも桃源郷が。


 特にアネスはその色気がかなりヤバイレベルまでに達している。


 ま、俺の妻たちの方がもっとヤバイんだけどな。超好みだし。


 つい心の中で対抗してしまったが、これはグラッドの美容スキルによる影響なのだそうだ。

 しかもグラッドを神のように崇拝しているし。言っとくが、べ、別に羨ましくないぞ。


 でもな、アネスと島人のムチボディ娘たちから言い寄られ、ダラシなく鼻の下を伸ばすグラッドを一瞬でもかわいそうだと同情していた自分を殴ってやりたいわ。

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