第134話

「お、ニコスケとミココロか……」


「そうがぅ」

「きたがう」


「少し待っててくれ、今セラと大事な話をしているからな」


「分かったがぅ……待つがぅ」


 二人が素直に頷いてくれたのはよかったのだが、


「仕事サボれるからいいがう」


「そうがぅ、セラバスは人遣い(悪魔遣い)が荒いがぅ」


「そうがう。荒すぎるがう。ミコはもうお腹ペコペコがう。お肉食べたいがう」


「ニコもがぅ。お肉いっぱい食べたいがう……いつも足りないがぅ。セラバスのせいがぅ」


「……ミコもがう。いっぱい食べたいがうのに……」


「そうがぅ。いいこと思いついたがぅ。セラバスのお肉を薄く切ってニコとミコのお肉を少し厚くするがぅ。これならバレないがぅ」


「おお……ニコそれがう。ついでにナナのも薄く切るがうか? ナナはいつもクローを見てて適当に食べてるがう。きっと気付かないがう」


「決まりがぅ。今日は厚く切ったお肉が食べれそうがぅ」


「がう」


 二人からじゃるっとよだれが垂れる音が聞こえると、口元を覆う忍び衣装が少し湿ったように見える。


 ――おいおい、お前たちはまた……こそこそ話になってないぞ。本人(セラ)が後ろにいるのに、俺だって聞こえているんだ、絶対聞こえてい、るぅ……ぅっ!?


 気配を消しているようだが、案の定セラはぷるぷると肩を震わせ、この位置からでも分かるほどの太い青筋が額に浮かんでいる。


 だが、当の本人たちはセラバスを背にしていることもあり、気づいていないというか、別に気にした様子はなく、


「そうがう」


 それどころか何やら思いついた様子で、突然、室内をすたすたと歩き始めたかと思えば俺のすぐ傍まで寄ってくる。


「……どうした?」


 わざわざ執務机を避けて俺の横まで回り込できたのだから何かあるのだろうと思い、二人が口を開くのを待っていれば、二人は何も言わず、ただ俺の顔をじーっと見上げてくる。


「? 俺の顔に何かついてるのか……?」


「クローと待つがぅ」

「待つがう」


「俺と?」


 二人の意図が分からずつい眉間にシワを寄せてしまったが、次の瞬間には、


「んしょがぅ」

「がう」


 二人が俺の膝の上にちょこんと腰掛けていた。


「!?」


「ここがいいがぅ」

「ここで待つがう」


「……ほう。やるな」


 ぽんぽん


 あまりの早技に思わず感嘆の声がもれれば、つい二人の頭を撫でてしまった。


 ――あ、これはまずいやつ?


 セクハラという言葉が脳裏をよぎる。二人は配下ではない。しかも見た目は幼いといえ異性だ。


 ふと、配下には手を出すな、というグラッドの言葉を思い出す。


「がぅ」

「がう」


 一瞬固まりかけた俺だが、二人は気分でもよかったのだろう、それとも、こんなこと気にしない性格だったか。


 俺の手を振り払うことなく、両足をぷらぷらさせたり、自分の後頭部を俺のお腹にぐりぐり押し付けてきたり、身体全体ですりすりしてきたりとまるで、飼っていた子犬が戯れたり、自分の縄張りだと言わんばかりに匂いづけしているように見えて、ちょっと面白い。


 ――ぷっ……そんなわけないか。


 二人が膝の上に腰掛けていたところで、二人は小さいし視界を遮るわけでもない。


 このまま好きにさせていてもいいだろうと思った俺だったが、


 ――ん?


 目の前のセラはそうは思わなかったらしい。


「クロー様」


 すでに気配を発して立ち上がりこちらに身体を向けたセラがにこりと笑みを見せる。


「ど、どうしたセラ」


「感情値の入りも安定してきましたので、そろそろ正式にメイドール族を派遣してもらいましょう」


「メイドール族?」


 セラの意図が分からず思わず眉間にシワを寄せてしまったが、セラは気にせず話を続ける。


「はい。ちょうどいい機会かと」


 さらに笑みを深めてみせるセラ。


 ――ぃっ!?


 笑顔なのに俺ですらセラから顔を背けたくなるほどの恐怖を感じる。


「せ、セラ……ち」


 ちょっと落ち着こうな、と俺が口にしようとした時には、俺の膝の上に座っていた二人の頭をセラが鷲掴みにして持ち上げていた。


「あうっ」

「がう」


「これは捨てておきますね」


 ふふっと笑みを浮かべるセラに、一瞬だけ見惚れそうになるが、セラの手元からメキメキと嫌な音が聞こえて俺は慌てた。


「よ、よーしセラ。予定を変更しよう。先に二人を交えて話をしような、話」


「そう、ですか? クロー様がおっしゃるのでしたら、そう致しますが……」


 そこでセラの手が緩んだのだろう。無事に脱出できた二人が少し涙目のまま俺の両脚にしがみついてきた。


「がぅ」

「がう」


 ほとんど自業自得なんだけどな。


「ふ、二人もそれでいいよな?」


 コクコクとすごい速さで何度も頷く二人に、初めから余計なことを言わなければいいのにと、思いはしたが、いつまでも自分の頭を撫で撫でしている二人がおかしくて、二人の頭をもう一度撫でてやった。


 ――――

 ――


 セラから纏めてもらっていた報告書を元に、その内容を二人に確認した。


 ニコとミコの二人は、配属悪魔のメイドール族ではなく、特級悪魔シュラル様、正確には南人界の管理を司る特級悪魔に仕えるシルバーデビルファング族らしく俺の記憶(睡眠学習)にもない種族で、人界で居着いたチビスケとチビコロの正体もニコとミコだった。


 たしかに人界にいる二匹は子狼だったが、悪魔の気配がまったくしなかったことに驚く。


「さて……」


 だが実際のところ、俺は二人に騙されていた形になるが共に過ごし楽しくもあった。


 廃棄悪魔ディディスと戦った時なんて、ナナたちはかなり危なかったが、そこでも助けてくれていたわけだし、ハの迷宮でも居なくなった俺を必死に探してくれた。

 もしかしたら、他にも俺の知らないところで助けられているのかもしれない。


 それに子狼の時なんて、もふもふしてたから、ついついもふりまくって失禁させ……


「……」


「がぅ?」

「がう?」


 二人は、なぜかまた俺の膝の上に腰掛けているが、言葉に詰まった俺の顔を不思議そうに見上げてくる。


 ――ま、まあ、二人がメイドール族ではないことはハッキリしたんだが、できればこれからもいてほしいくらいなんだよな……


「……俺に正体がバレてしまったわけだが、二人はこれからどうするんだ?」


 ――まあ、今の忍者姿を見れば出て行くのだろう。なんとなくわかっているんだが……寂しくなるな……


 そんなことを思いつつ二人の頭を撫でていると、


「ん? いままでと変わらないがぅよ。正体をバラしたのはシュラル様がぅ。ニコたちのせいじゃないがぅ。責任ないがぅ」


 ――ん?


「そうがう。任務は続行がう」


 ――え?


「に、任務って、俺にバレてんだから意味がないだろう?」


「ん、そんなことないがぅ」

「ないがう」


 俺が二人を床に下ろし、屈んで二人と目線を合わせれば、二人はブンブンと首を振って否定する。

 どうしたものかと思っていれば、いままで黙って聞いていたセラが口を開いた。


「どうやらこれはシュラル様に、クロー様の性格をうまく利用されたようですね」


「シュラル様に? 俺の?」


「はい。ある程度気心しれた仲になった今のタイミングだからこそ下手に隠しているよりも正体をバラしてしまったほうが何かと都合がいいと判断されたのでしょう。

 現に今、お二人の正体を知ったわけですが、クロー様はお二人を追い出したいとお思いですか?」


 ――……


「……それは……ないな」


「そういうことです」


「……ふむ。なるほど」


 ――……でもまあ、この状況は俺の情報がシュラル様に筒抜けになっているってことでもあるのか……

 あ、でもこれって、逆に敵対する意思がないとの証明にもなっているわけだから、スローライフを目指す俺としてはありがたいくらいじゃないか?


「まあいい。何はともあれ、二人にはこれからもよろしく頼むってことでいいのか?」


「いいがぅよ。クローは、ニコの番(つがい)がうから」


「んん?」


「違う、ミコの番がうよ。シュラル様もどんどんせくしーあぴーるをするといいって言ったがう。許可が出てるがう」


「だから、なぜそういうことになる。お前たちはまだ子ども……ん?」


 そして、こんな時に限って来客用のゲートに悪魔の気配を感じる。


 ——誰だよこんな時に。いや……


 そんなことより今はちゃんと否定しとかないと大変なことになりそうだと俺の感が働く。


「えっと、どこまで話たっけ……」

「ニコ、ミコ、後で私からも話がありますが、まずは仕事です。お客様をお出迎えしなさい」


「い、いや、待て。まだ話が……」


「わかったがぅ。お出迎え行くがぅ」

「行くがう」


「あ、こら」


 俺が二人を止めた時には、張り切りやる気をみせる二人が、残像を残して姿を消していた。


 ――なぜだ、なぜいつも邪魔が入る。

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