第133話 乗り込んで大悪戯編
グウの迷宮に設置したゲートを使って屋敷に帰ってきた。
「クロー様、おかえりなさいませ」
「ただいまセラ」
ゲートを抜けてすぐに頭を下げているセラの姿が目に入る。
いつも一番に出迎えてくれるセラ。やはり我が屋敷がいいな。
「今帰った」
「おめでとうございます。無事に新しいゲートを設置されたのですね」
「ああ、すべてうまくいったぞ……」
――んっ!?
頭を下げていたセラが姿勢を正すと俺はその姿見てちょっと動揺する。もちろん顔には出さないが。
――んん?
「……」
「どうかなされたのですか?」
言葉が途中で詰まった俺を、セラが心配そうに見てくる。どこかケガをしているとでも思わせてしまったか。
「い、いや。なんでもない。しばらくは今回のこと(悪魔くずれ事件)で客足(迷宮探索者のハンター)が遠のいているから感情値のほうは期待できないだろう」
「左様でございますか」
――見間違い、ではないな。
何度か瞬きしたり両目を擦ってみたりしたが俺の見間違いではなかった。
何を言いたいのかというとセラの姿がいつもと違うのだ。いや、ちょっと言い方が違うか。なんて言えばいいのだろう。
いつものセラはキチンと執事服を身につけている。だが今はその下に、パリッと清潔感溢れる真っ白なブラウスっぽいやつを身につけていたのだが、今はそれ着ていない。
――……ふむ。
それが何を意味するのか、など言うまでもないが、お察しの通り大きく開いた胸元から、セラの可愛らしい谷間とは言えない谷間がまる見えになっているのだ。
――なぜこうなったのかは分からんが、俺としてはアリだな。ふとした拍子にちっぱいが見えそうなっているから胸が躍る。
仕事にしろ私生活にしろ、いつもキッチリ完璧な姿しか見せたことのないセラだけど、これは楽しみが増えるかも? 仕事中は常にセラが隣にいるからな。
俺の意識は慎ましく主張するセラのちっぱいでいっぱいだった。
――……もうちょっと前屈みになってくれると……ん?
セラのちっぱいを眺めていると偶然というかたまたまセラの後方、部屋の壁にかけてある時計が俺の視界に入った。
――……四時? 朝方だったか。
俺の使用空間は、セラに頼み人界と同じ時間の流れにしてもらっている。
そのため、人族の願い声が届かなければ、基本的に夜から朝にかけては人族と同じように寝て過ごすようにしていた。
ただでさえまともに休みのないブラック企業体質の支配地経営なのだ。主として配下(部下)たちには休める時には身体を休めてもらおう思ってのことだ。
まあ俺の場合は、別の意味(妻たちとスキンシップ)の時間でもあるから絶対に必要なのだが、もともと体力が人族よりも優れている悪魔は、実のところ数日に一度、少しの睡眠を取れば事足りる。
だから、この空間を管理するセラは知っているかもしれないが、配下たちが実際はどのように過ごしているかなんて俺は知らない。
――おや……セラの頬……何の跡だ?
「クロー様? どうかされたのですか?」
俺のちょっとした仕草に首を傾げるセラ。
「あ、いやぁ……」
――あっ……これは……ぷっ。
そこでようやく俺は、セラの頬にできた跡が枕か何かの跡だと気がついた。
実際は等身大クロー抱き枕に抱きついていた跡なのだが……
――なるほど。そうか、そういうことか。ちょっと残念だな。セラのブラウス着忘れ事件。
これは俺が突然屋敷に帰ってきたものだから、寝ていたセラは慌てたわけだ。ブラウスの具現化忘れもそのため……あのくっきりついた枕の跡、これは間違いない。可愛いところもあるのだな。
そんなどうでもいいことを思索しているとセラの表情が突然真剣なものへと変わる。
——?
「クロー様。その、おつかれのところ申し訳ございませんが、ご報告することと、支配地が増えたことで私から少しご提案がございます」
そう言うや否やセラがまた頭を下げた。
今度は先ほどよりも深く頭を下げたため、セラの胸元がガバっと開きちっぱいがまともに見える。
――おぉ……すばらしい。
セラがまだ頭を上げないからちっぱいが見放題。
――って、喜んでる場合じゃないな。
「……わ、分かった。頭を上げて話を聞かせてくれ」
セラ自身はそんな状態だったとは気づいていないのだろうな。セラのちっぱいサイコーだったぞ。心の中で親指を立てておく。
「ありがとうございます」
セラの口元が少し緩んでいるように思えてたが、すぐにいつもの表情に戻り淡々と報告を始めた。
「では、まずは……」
「うむ」
——ぬお!
だが、すぐに俺の意識と視線はセラのちっぱいに夢中に。執事服がズレて左ちっぱいがまる見えになっているのだ。
セラの話なんてまったく耳に入らない。
――セラのちっぱい眼福だわ。これだよこれ。この癒される感じ。あの見習い聖騎士のお守り(おもり)で溜まった鬱憤や疲れが癒されてる……
「――ということがあり、次に、私からのご提案なのですが……」
「ああ」
――しかしなんだ。どうせなら両方みたくなるよな。半歩右に動けば隙間から右ちっぱいも見えないかな?
俺は身体を揺らす振りして右に半歩ずれつつセラの話を聞く(耳に入ってないが)。
「――なのですが……」
「うむうむ」
――っと……おっ!? おお! 見える、見えたぞ! この角度だ。ふはっ……セラサイコーだぞ。
「――と、言うようなことも今後はクロー様には必要なことと思われます……」
身振り手振り入れつつセラが語るから、セラのちっぱいもいい感じに揺れてくれる。
「……様?」
――ずっと眺めていたわぁ。
「……ロー様?」
――ぬ、今動かれると見えなく……あれ、セラのちっぱいが近くに……
「……ふは」
「クロー様?」
――!
「おわっ」
セラのちっぱいに夢中で、すぐ目の前にあるセラの顔に驚く。思わず情けない声を出してしまった。
「そ、その、どうで、しょうか?」
「あ、ああ。そうだな」
やばい全然聞いていなかったが、セラが珍しく申し訳なさそうな表情を浮かべている。
――まずいな……
状況を察するに、報告や説明を終えたセラが、俺の返事を待っているっぽい。
――くっ、セラの表情から察すると、結構重要な話だったっぽいぞ。
今さら聞いていなかったとは言いづらい。俺が言葉に詰まっていると、
「私も含め皆様も強く望んでいることです」
――い、一体なんの話なんだ。皆が強く望むものとはなんだ……
俺のやり方に何か不満でもあったのか?
「クロー様」
申し訳なさそうに言ってはいるが、真剣な眼差しを向けてくるセラから得体の知れないプレッシャーを感じる。
「う、うむ……」
——聞いてなかったんだよ……ま、まあ、皆の望みってことだから、却下してしまっては不満を持たれるだけだろうし、あとで、セラにまとめたモノを提出してもらえば確認もできるから、よし。
「分かった。それでいい。皆の望む通りにしてやってくれ」
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。それでセラ、あとでまとめたモノを紙にしてくれないか。聞き違いや抜けがあっても悪いからな」
「はい! かしこまりました」
俺がそう返事すると、滅多に表情を崩すことのないセラが、誰が見ても分かるほどの喜びの表情を浮かべた。
――ふむ。よく分からないが、女性の笑顔はいいもんだ……
「では、早速私は報告書をまとめますので、クロー様はお疲れでしょうからしばらくお休みください。
エリザ様、マリー様、セリス様も深夜までクロー様のお帰りを待たれておりましたので、しばらくはお休みになられてるかと思います」
「妻たちもか。そうか分かった。すまないが、あとはセラに任せる。俺は少し休ませてもらうな」
「はい」
――そうか、妻たちも遅くまで待っててくれたのか……悪かったな。
悪いと思いつつも妻たちの心づかいが思った以上に嬉しく感じる。
緩みそうになった口元を必死に取り繕う平静を装うと、俺はセラと二人で管理室を出た。
「クロー様、私はここで失礼します」
「ああ」
セラが執事の礼をしてから離れたので、俺も自室へと向かう。
部屋に入ると妻たちが可愛い寝息を立てながら寝ていた。
――夜明け前だからよく眠ってる……
もちろん寝ている妻たちにちょっかいを出すような無粋なまねなんてしない。
――おっ……
「ん、んん」
――あっ……
「んー」
――いけね。
「ぁ」
妻たちの胸に自然と伸びていた俺の両手を眺めてつつ反省すると、クリーン魔法で身体をキレイにしてからベッドに潜り込んだ。
――……寝よ。
――――
――
「ニコとミコの二人には、仕事を終えたらこちらに来るよう伝えてます」
「そ、そうか……」
午後になり、執務室でセラから受け取った報告書に目を通した俺は頭を抱えた。
――どうしてこうなった。って俺か、俺がセラのちっぱいに夢中で話を聞いていなかったからか。
その報告書は俺の留守の間の出来事が見易く三枚にまとめてあった。
まず一枚目に、重要案件と表記され極秘扱いとなる文書(俺かセラの魔力を通さないと読めないようになっている)だった。
いきなり重要案件と何事かと驚きはしたが、内容はニコとミコについてのこと。
一通り目を通してみたが、内容からしてそれほど気にするほどのことでもない、ニコたちが来てから意思確認すればいいことだろうと思い後に回した。
次の二枚目の書類には第三位格悪魔カマンティスについてのことだった。
悪魔界の出来事で俺以上に腹を立てていたセラの考えで、特級悪魔シュラル様との繋がりがあると思わせている俺には手を出せないだろうと、しばらくは無視(放置)する方針でいたが、今回、支配地(ドの迷宮)が増えたことで今後は友好関係を築くほうが得策だろうというセラの考えがまとめられていた。
これはカマンティスは何度となく俺に、虚偽の報告した配下がいた、色々と誤解があった、その配下はすでに処分しているから私たちは協力しあう関係になれるわん、と飽きもせずしつこく書簡を送ってきていたからできることだ。
セラ曰く、今後俺が、悪魔の格を上げ第六位格悪魔になってしまうと、支配地を狙う他の悪魔から悪戯を申し込まれる機会が多くなる。
そこで、小物の悪魔たちには、格の次元が違うシュラル様より、身近な存在でわりと恐れられている第三位格悪魔カマンティスのほうが、同盟とまではいかないまでも友好関係を築くことは悪いことではないだろうと判断したようだ。
カマンティスのことを百%信じることはできないが、いい虫よけになるのだ……カマンティス自身は虫型の悪魔だけど……
そして今現在、俺は最後の三枚目の書類に目を通し頭を抱えていた。
――なんてこった……
そこには支配地のこととは別に、眷族を定期的に増やしていく計画が盛り込まれていたのだ。
しかも眷族創りの対象者がナナとセラになっているのだ。
――一人増えてるし、配下たちの望みが、なぜ俺と寝ることなんだ……
セラにも俺の執務室に机があり、そこで自分の仕事をしている。
ちらりと横目にセラを見れば、こちらに気づいたセラがわずかに笑みを浮かべ返してくるだけで、すぐに自分の仕事に戻った。
――とりあえず、最後まで目を通してからだ……
すべての書類に目を通した俺はなんとも言えない落ち込みたい気分になった。
――皆、こんなことを思っていたのか……
なんでも配下たちは、人族であるはずの妻たちが、特別なにかをしている訳でもなく日々、魔力が増えていることを疑問に思いその原因が俺にあると突き止めたらしい。その方法も……
――たしかにエリザとマリーが魔力を保有するようになり、妻たちの魔力量が増しているのは俺のせいだ。
だがしかし……妻たちをさし置いて配下に手を出すなど……人として……じゃなくて悪魔としてどうなんだ。
「なぁセラ。ニコたちとは後で話す。カマンティスのことも問題ない。だいたい分かった」
「はい」
一通り目を通した俺は、許容できる部分もあるが許容できない部分もある。でも認めてしまっているから覆せない。
ならば、少しでもこの計画を遅らせるべきだと感じた。
「しかし、この三枚目の報告書に関しての眷族創りと配下たちの要望については、俺はまだ早い気が……」
「いいえクロー様。そんなことありません。寧ろ遅いくらいです。
いいですかクロー様。今回支配地が増えたことで問題となっているのがやはりクロー様の忠実な配下、悪魔が不足しているということです。
しかし、クロー様は配下を増やすことを良しとしません」
「あ、ああ、でも必要なら……」
俺が少し悩むフリをして考えてもいいと言おうとするが、それよりも先にセラが口を開く。
「眷族を得るにはかなり厳しい条件が伴います。それもそのはずです。眷族には利点が多いからです。
幸いクロー様には献身的なナナ様がおります。シュラル様に手を出せないという制限はつきますが、クロー様はシュラル様と争う気はないと思われますので問題ないでしょう。
そして何よりも、この私も悪魔神様よりその権利を与えられました。
これも大変名誉なことで今後、支配地や皆のことを思えば大いに利用すべきです」
私はクロー様のためならば、惜しみなく協力いたします、と言い切ったセラは満足げに胸を張りひとり納得して頷いているが、俺としては妻たちの顔がチラついてすぐに頷けるものではなかった。
「いや……でもな……ん!?」
支配地のことを思えば正論に等しいセラの言葉に、どう反論すべきかと頭を悩ませていると、俺の目の前に銀色の小さな旋風が二つ巻き起こった。
「「クロー」」
旋風がおさまったその後には、メイドの姿ではなく、まるで忍者のような格好をしたニコとミコが……
すちゃっ。ビシッとキメ。
「きたがぅ」
「がう」
アースレンジャーの決めポーズを綺麗に決めていた。二人はセリスの影響をモロに受けているらしい。
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