第132話 閑話 セリスと一日

「主殿」


「おっ、すまん。もうそんな時間か?」


 いつものように迎えにきたセリスに手を引かれ屋敷の外にやってきたはいいが、


「ん、セリス? 模擬戦、始めないのか?」


「あ、主殿……」


 いつもなら嬉しそうに距離を取り、すぐに魔法剣を構えるのだが今日のセリスは少し様子が違う。


「ん?」


 握ったままの手を離さずちらちらと俺の顔を見てはすぐに俯いている。


 ――はて? どうしたんだ?


 不思議に思いセリスの顔を覗き込めば顔を真っ赤にして、口を閉じたり開いたりと何やら物言いたげだ。


「あの……その……」


 ――なんだ、この可愛らしい生き物は。


 いつもの自信溢れるセリスとのギャップに庇護欲が唆られ、つい――


「どうした、抱きしめてほしいのか?」と言いつつも、すでにセリスの身体を抱きしめている。


「ぁっ……」


(むにゅん)


 セリスはいつも美綺の鎧を着用しているが、露出部分が多いので直にその柔らかさを堪能できる。

 なんとも主思いの優れた鎧だ。背中に回した両手でセリスをぎゅっと引き寄せる。


「遠慮はしなくていい(むにゅん)」


 とか言いつつながら、俺の方がセリスの柔らかさを堪能して癒されているんだけどな。


 ちなみにセリスはいつでも見えない障壁を展開でき、誰でも触れることができるわけではない。安心機能付きだ。


「……ち、違う……こともないが、今は違うのだ」


「なんだ違うのか?」


「……違うのだ」


「そうか……」


 セリスは顔を赤らめながらそう言ってはいるが、決して自分からは離れないから可愛い。

 妻とはいえセクハラ紛いのことは毎日やっている自覚はあるから少しは心配もするが。


 しばらくセリスの柔らかさを堪能してから俺はゆっくりとセリスを引き離した。

 なんか話したそうにしてるからちゃんと聞かないとな。


「ぁぁ……」


 少し名残惜しそうにするその顔がするまた可愛いんだが。


「何かあったんじゃないのか?」


「その、主殿に……お願いがあるのだ……」


「俺にできることなら構わないぞ」


 ちなみに対価は妻契約しているので必要ない。俺が契約時にそういう認識だったからな。


「……みたい」


「ん?」


「私もアースレンジャーみたいに変身してみたいのだ」


「へんしん?」


 セリスがこくりと頷いた。


 アースレンジャーに憧れるセリスはどうしても、アースレンジャーみたいに変身して戦ってみたいのだと真剣な表情で俺を見る。


「……どうだろうか? やはり無理があるだろうか?」


「問題ないぞ」


「へ?」


「だから、問題ないと言っている」


 俺の言っている意味を理解したのか、セリスの顔がパーっと明るくなった。


「……本当か!!」 


 セリスが先ほどのもじもじモードから嬉しさ全開モードに切り替わる。


「ああ、本当だ」


「そ、そうか。それでは頭はこの猫のお面のような感じにしてくれないだろうか」


 セリスが収納リングから赤色の猫面を取り出した。その猫面はデフォルメ調の可愛らしい感じのお面だ。


「こ、これをか……??」


「うむ。赤にゃんこだ。後は特に希望はないからな、主殿に任せたい」


「……分かった。ちなみに武器と色の希望は?」


「色はもちろん赤だ。武器は……レッドアースと同じバスタードソードがいい」


「なるほど……ブラックではなくレッドなのだな……」


 ――どうせ遊びだしな。ふふふ。


『我は所望する』


 俺はイメージを固めると手袋型の変身キットを出すと、セリスに手渡した。


「できたぞ。ほら」


「お、おお! こ、これで私も……」


「ああ、それを両手に嵌めて好きなポーズで“チェンジレッド”と口にすればいい。

 着用している装備品を統合して新たなパワードスーツにする不思議機能とキラキラと輝く演出機能付だ。さあ、試してみてくれ」


「分かった!!」


 セリスは目をキラキラ輝かせながら大きく頷くと両手に変身キッドになっている手袋をはめた。


「では、主殿」


「ああ」


 セリスが子どもみたいに無邪気な笑顔を浮かべ「チェンジレッド!」と叫んだ。


 赤い光の粒子がセリスの身体全体に集まり激しく光り輝いた。


 光が収まるとそこに赤色のパワードスーツを着たセリスが立っている。


 にゃんこレンジャーことレッドにゃんこだ。猫面とアースレンジャーをモチーフにしたからこうなった。他意はない。


 ――うはっ。


 頭部は猫をイメージしためツンと立った耳に、黄色く光る瞳が凛々さを感じさせる。


 ただ、全体的に赤を基調としたシンプルデザインで身体には白いラインが少し入っているだけのもの。


 ご愛嬌としてゆらゆらと気分で揺れるしっぽがついている。


 ——ふむ。赤ではない部分の白いグローブと白いブーツがより目立つが……しかし、これは……なかなか、けしからんな……


 そのにゃんこレッドスーツ、俺の欲望が混じったようで、セリスの身体にぴったりフィットのエロ仕様になってしまった。


 ――すばらしい。


 おっぱいやらなにやら色々くっきりはっきりと身体のラインを浮き彫りにしている。


「主殿? 私はちゃんと変身できているのだろうか? まるで何もつけていないように軽いのだが……」


「あ、ああ。それが統合不思議機能によるものだ。

 身につけていた装備品を全て今身につけているパワードスーツに統合しているんだ。だから性能はグッとよくなってるはずだが、そうか自分じゃ分からないか」


 ――エロ仕様……残念だが、これで見納めになるだろうな……


 俺はセリスの前に姿見を出してやった。


 俺の欲望が混じったエロ仕様のパワードスーツ。

 セリスが気にいるなんて思うはずもなく、謝って次こそはまともなパワードスーツを出してやらねばとイメージを固めようとしていた。その時、


「さすがは主殿だ!!」


「は?」


「これならば空気の抵抗を受けない! 今ならブレイブスラッシュが使えそうだ」


 そう言っているそばから、魔法剣と統合しているバスタードソードを両手で構えた。


 演出機能を付与しているため、キラキラ輝く赤い粒子のようなエフェクトがバスタードソードから溢れ始めている。


「ブ、レ、イ、ブゥゥスラッシュー!!」


 赤い閃光が走り、セリスは遥か先にまで移動していた。

 そのスピードにはさすがの俺も目を見張るものがあった。


 ――ほう。


「で、できた!! 主殿できました!!」


 ――ぶほっ!


 セリスが喜びの声を上げながら駆け戻ってくる。

 おっぱいをばるんばるん揺らしながら戻ってくる。


 時折右手を大きく振ってくれるが、ブラなんてないこの世界、パワードスーツにも当然そんな機能をつけていない。


 セリスのおっぱいがさらに揺れていた。


「お、おう。そうかそうか。それはよかったな」


「はい!! これで心置きなく、悪意ある悪魔の討伐ができます」


「へ?」


「ただのハンターが魔法を使えるとバレた時色々と面倒なのです。

 今までも猫面と主殿の付与魔法のおかげで見つかることがなかったのですが、これならば、もっと誤魔化しがつくと思うのです」


 弾んだ声でそんなことを言うセリスは拳をグッと握ってやる気をみせる。


「ちょっと待て、それを装着して悪魔討伐するつもりか?」


「はい、そうです。あ、そうそう。あとエリザ殿とマリー殿の分もお願いしたいのだが……」


 ――じょ、冗談じゃないぞ。こんな格好で他の男ハンターの前や、性欲の強い悪趣味な悪魔の前にでもでたら……


「そ、そうだセリス。その変身には追加オプションがあってな……これなんだが……」


 俺は慌てて胸部と腰部、肘や膝、肩の部分に装着する金色のプロテクターを所望した。


「主殿……それをつけると空気抵抗が……」


「ほ、ほら。アースレンジャーだって敵が強くなるとレジェンドモードに切り替わるだろ? それと一緒だ。

 ちなみに疲労感は増すが、全体的な能力アップを付与してある。どうだカッコいいだろ?」


「レジェンドモード……」


 セリスがにんまりと口元を緩めると俺が差し出したプロテクターを受けとり、すぐに統合させた。


 色々くっきりはっきりと見えていた部分が見えなくなって残念ではあるがこれは仕方ない。


「主殿! これはすごいです。先ほど以上に身体中から力が溢れてきます。ふふふ……解除」


 セリスの解除の声におっぱいやらあれやらがくっきりはっきりと露わになった。


「へ? ……セリス? なぜ解除する?」


「これは思ったより疲労感が増すようですし、やはり、レジェンドモードはトドメや、ピンチの時に使うべきです」


 アースレンジャーもそうしてましたからと嬉しそうな声がセリスから聞こえてくる。


 ――しまった。アースレンジャーの設定に合わせ過ぎたか……どうする。一層のこと使用許可を出さないことも……


「レジェンドモォードッ!!」


 セリスが嬉しそうにレンジャーモードから通常モードへ、通常モードからレジェンドモードへと繰り返している。


 ――あんな嬉しそうにされたら、ダメとは言いづらいじゃないか……くぅ……だが、このまま使われたら……セリスの身体を……認識阻害を付与して分からなくすればいいと思うが、なんか気に入らん。

 しかしな……うむ。残る手はこれしかない……


「セリス、これは俺が今思い付いたプレゼントだ。

 これを装着していれば飛翔モード、つまり飛ぶことができる」


 俺は赤いマントを手渡した。


「これでスーパーレッドとなるんだ」


「スーパーレッド……」


 セリスはプルプル震えながら俺が差し出すマントを手に取った。

 するとすぐに統合されセリスの手にあったマントが消え、次の瞬間にはセリスの身を包むように装着されていた。


「それならば空気抵抗を0にしているからブレイブスラッシュへの影響もないだろう」


「主殿の心遣いが……ぐす……ありがとう……ぐす……ございます……ぐすぐす」


 セリスは感極まったらしく猫顔(レッドにゃんこ面)からすすり泣く声が聞こえてきた。


「気にするな」


 ――これでも動く度にチラチラ見えてしまうが、まともに見えていた先ほどよりは随分とマシだろう……え、なに! チラリズムだと!?


 俺が飛び回るセリスを眺めていると、飛翔モードを堪能したセリスが興奮しながら帰ってきた。


「主殿!! これはすごい!! すごいですよ」


「お、おう」


 結局、セリスの勢いに押される形でエリザとマリーの分まで出してやった俺はお疲れモードで執務室に帰ってきた。


「ん? 隣の部屋から何やら聞こえるぞ……」



「エリザ殿!! マリー殿!!」


「きゃっ!! だ、誰ですか!?」


「私だ……」


「セリスさん?」


「違うレッドにゃんこだ。さあ、エリザ殿とマリー殿も……」


「あっ、セリスさん何を……手袋?」


「いたたた、手が痛いです。セリスさん。落ち着いて、ね。自分で嵌めますから、落ち着きましょう?」


「うむ。それでよし。二人とも心配するな。私は常に冷静だぞ……さあ、二人ともブルーにゃんことホワイトにゃんこに変身するのだ」


「「セリスさん?」」


「さあ、叫べ。心の奥から叫ぶのだ。変身ワードは、チェンジブルーとチェンジホワイトだ」


「セリスさーん」


「セリスさんじゃない。レッドにゃんこだ。さあ、チェンジブルーとチェンジホワイトと叫ぶのだ」


「あ、ああ。セリスさんわかった。わかりましたからそんなゆすらないで……め、目が回ります」


「さあ、さあ」


「ち、チェンジホワイト」

「ちぇん、チェンジブルー」


「おお!! ホワイトにゃんこにブルーにゃんこ。会いたかったぞ。はははは」


 今日も楽しそうな妻たちの笑い声が隣の俺の部屋から聞こえてくる。


「はは……ははは」

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