第135話
「よ、よう」
俺の目の前には爽やかな笑顔を向けてくるイケメンの悪魔がいる。俺はこいつを知っている。
「……グラッドか。久しぶりだな」
「おう」
久しぶりに見たグラッドは、共に行動した頃(ディディスの屋敷にいた時)と変わることなく元気そうだった。
「お迎えしたがう」
「褒めるがぅ」
そんなグラッドは、ニコとミコから手厚い歓迎を受けたらしく俺の目の前で簀巻きにされ転がされている。
「お前、何かしたんだろ?」
「いや、俺は別に……ただ珍しい建物があったから観ていただけだって……」
「違うがう。待合エリアからはみ出してクローの敷地内の建物をじろじろ見てたがう」
待合エリアとは、来客用のゲートの周辺に設けているエリアのことで、俺の使用空間では石畳を敷いて長椅子とテーブルが設置してある。
テーブルにあるボタンを押せばお茶だって出てくる。
そんな待合エリアから許可なく出れば、不審者と思われ目の前にいるグラッドのような扱いをされてもおかしくない。
「そうがぅ。てっきんこんくりーと? とかなんとか口にしてたがぅ。クローの情報を盗んでいたがぅ」
―― てっきんこんくりーと? ……ああ、俺が所望したあの建物のことか……そうか、グラッドは転生者だったな。
この世界ではまだない鉄筋コンクリート造りの建物を見れば、不思議にも思うか……
「いやいや。情報なんて盗んでないって」
「ウソつきは泥棒のはじまりがう」
「そうがぅ、泥棒がぅ」
ニコとミコが簀巻き姿のグラッドに馬乗りになるとポンッポンッとその上で弾んで見せる。
「ちょっ、ぐえっ。くる……うおっ……」
飛び跳ねられて苦しそうなグラッドは、芋虫のようにモゾモゾ逃げだそうとしているが、
「逃がすわけないがう」
「白状するがぅ」
「ぐはっ……ちょっ、ぐおっ、く、クロー、この子たち、ぐえっ、なんとかしてくれ……」
ニコとミコが器用に飛び乗っているから、グラッドは動けずその場でゴロゴロもがいているだけだ。
なんだかグラッドのその姿が、子狼に遊びなぶられる小動物の姿と重なってさすがに少しかわいそうに思えてきた。
「ま、まあまあ、今回は許してやろうじゃないか。知ってる顔であるし……」
「クロー……」
「むう。分かったがう」
「がぅ」
――――
――
「ああ、やっと動ける」
簀巻き状態から解放されたグラッドが、肩をコキコキ鳴らしながら応接室のソファーに寄りかかり背伸びをしている。
「それで、なんのようだ」
俺がそう尋ねると、グラッドは急に姿勢を正した。
――ん?
グラッドのらしくない態度に、俺は悪い予感しかしない。
「……実は……頼みがあってきたんだ」
言い淀みがらもなんとか声を絞り出したグラッドがバツが悪そうな顔を向けてくる。
――やっぱり。しかし、頼みねぇ……
「……それで」
「……大悪戯書を突きつけられた」
「はい?」
俺は意味が分からず反射的にそう返す。
「大悪戯書だよ」
「それは分かる。だからなんでお前にそれが突きつけられるってことだよ。
グラッドお前は、ついこの間、第十位格悪魔に戻されたばかりで支配地持ちじゃないだろ?」
「……俺、今支配地持ちなんだ」
「はあ?」
「第七位格にもなってる」
「……」
――意味が分からん……
俺はお手上げだと思いソファーの背もたれに寄りかかると、タイミングを見ていたらしいグラッドが自分のことを語り出した。
「俺さ、おまえと別れてから記憶を頼りに島国を探したんだ」
(詳しくは89話のグラッドのその後に)
「……と、いうことがあって……」
――なんだそれ、ハーレム王国じゃねぇか……だが、村のためとはいえ、村人全員と契約して毎日子作り……羨ましいというより……引くかもな……
「な、なんだよその目。俺はちゃんと村のみんなを愛しているんだ、家族も同然なんだよ。あ、でもな一番群を抜いて愛しているのはアネスただひとりなんだぞ」
なんかグラッドがアネスLOVEと言って、これからもずっと俺が島国を守ってヤるんだ、と力説しているが……なんの説得力もない。
「そうは言ってもな……」
悪魔が人族と子作りをしたところで、人族に子種は与えるが悪魔自身の遺伝子は人族にはいかない。ただし、魔力やスキルは母子共々与えることができる。
つまり人族に子供ができたとしても、自分(人族側)そっくりのクローンが生まれてくるようなものだと思ったほうがいいだろうが、人格は育った環境によって変わるので、似てはいるがまったくの別人(子ども)に変わりない。
――はあ……いくら近親相姦にはならないとはいえ……引くわぁ。
「それで、ここからが本題なんだ」
「はいはい……ほら、早く話せよ(このハーレム王め)」
「お前、今、絶対変なこと考えていただろ……」
「ふん」
それから詳しく聞いた話を簡単にまとめると。
グラッドは、村の友だちがまだ帰ってこないと心配するアネスに代わってその友だち(五人)を捜しに行ったそうだ。
俺が、なぜ、その見たこともない友だちが分かったのかと尋ねると、アネスたち一族は普通の人族と違い、独特の気配を持っているから分かるのだとグラッドが言う。
これはアネスたち一族が、女性だけしか生まれない種族だということと関係があるのかもしれないが、その辺りは俺には関係ないことなので、それ以上深くは聞いてない。というか聞く気にもならない(ただの嫉み)。
それで、その気配を頼りに探っているとグラッドはスティール王国の、ある街でその五人をすぐに見つけたそうなのだが、なんとその五人には悪因が刻まれていたそうだ。
『ごりごり霧中』というなかなかレアな悪因が。
これは、街から出ようとしても迷って気づけばその街に帰ってきているというなんとも質の悪いもの。
考えるまでもなく、そこを支配する悪魔が人族を逃がさないように刻んだものじゃないかと推測できるが、グラッドは深く考えることなく、その悪因を解除して村に連れて帰ったそうだ。
「それで、そこを支配する悪魔が、お前に大悪戯を……あれ、違うな」
「ああ。この時はまだ、感情値は十分にあったが、第八位格悪魔のままだった。
俺は前科があるからな、第七位格悪魔になるのに抵抗があったんだ」
「それにしても早い……ああ、村人全員と契約すればそれも可能か……みんな好意的だったんだろ?」
「ま、まあな」
――ちっ……
「そ、それで、俺はその時、少女たちを連れ戻して安心していてまったく警戒していなかったんだが、ある日、その悪因を刻んでいた悪魔が俺を追ってくるのが分かった。
これは格が上がった時に身についたスキルのおかげなんだけどさ……」
「ふーん、それで……」
「で、そいつがまた第六位格悪魔であり配下もいたんだ」
「配下がいるのは普通だろ」
「ま、まあ、そうなんだが。俺は、あんな質の悪い悪因を刻むような悪魔なら、報復とばかりに俺の居る島国を支配地にするんじゃないかと危機感をもったんだ」
「なるほど。それでお前は慌てて第七位格悪魔になり、その島国とやらを支配地とした。
その結果、お互い支配地持ちだからと……ご立腹だったその悪魔に大悪戯書を突きつけられたってことか」
「ま、まあ、そんなところだ。だから配下をつくる暇もなかったんだ」
「でも。ある意味自業自得なんじゃないのか?」
「うっ」
「お前が悪因を刻まれた人族を勝手に解呪したから悪いんだろ……」
――あれ……俺もついこの間……
ブーメランと言う言葉が頭に過ぎるが、頭を振って振り払う。
「分かってる。分かってるけど、頼む。俺を助けてくれ」
頭を深く下げたグラッドに俺はつい疑問に思ったことを尋ねてみる。
「大悪戯に助っ人って、そんな制度あるのか?」
――俺、知らないんだけど……
「ああ。第三者の介入は、攻められる支配地の主、つまり俺にその権利があるらしいんだ。
俺の使用空間を管理してくれる執事悪魔のアクトバスに聞いたから間違いない」
悪魔界のゲートを使えばここ(クローの使用空間)に来れるということも執事悪魔のアクトバスに聞いたらしい。
――なるほど……セラもだけど、さすがは執事悪魔。なんでも知ってるな。
すると、俺のすぐ後ろに控えていたセラが口を開いた。
「クロー様、口を挟むようで申し訳ございませんが、たしかに、介入するにはグラッド様の許可が必要ですが、クロー様には助っ人として介入するだけの理由があるのですよね?」
――うーむ。同郷であって、少しの間行動を共にしたが……
「いや、ないな」
「うっ。クロー……」
俺の返事に項垂れるグラッド。少し哀れに思い、
「だがまあ、貸しをつくるのも面白いかもな……」
つい、そんなことを口にしていた。俺の悪いクセだ。なんとかなりそうなら首を出したくなるのだ。
「本当か!?」
勢いよく顔を上げたグラッドだったが、それを遮るかのようにセラが割って入ってくる。
「クロー様、私はオススメできません」
「そうなのか? 何か理由でも?」
「はい。まずクロー様にはメリットがありません」
セラにそう聞き、グラッドに視線を向ければ顔を背けられた。
それはグラッドも分かっていたらしい。ほんとに貸ししかないことを。
「なるほどな」
「詳しく申しますと、仮にクロー様が介入して相手を倒しグラッド様が勝利を収めたとしてもクロー様にはその権利がまったくありません。何も得るものがないのです。それに……」
「それに……?」
「クロー様にもしものことがありましたら、この使用空間や支配地は代理人であるナナ様へと移りますが、契約者(エリザたち)はクロー様を倒した悪魔に奪われてしまうのです」
「何っ」
――それは、考えてもいなかった。そうだったな。俺がもし他の悪魔に殺られたらそうなる危険性が常にあったんだ……忘れていたな。ということは、考えるまでもないな……妻たちとグラッドを天秤にかけたら、俺は迷いなく妻たちを選ぶ。
「グラッド、聞いていたよな。俺は妻たちが大事だ。もちろん配下たちもな。悪いが今回は力になれそうにない」
そこでガクリと肩を落としたグラッド。断られることも想定していたのだろう。
「そうだよな。アクトバスからも、無理ですおやめになったほうがいいです、って止められたくらいなんだ。
初めから分かっていたんだ。変なこと頼んで悪かったなクロー」
諦めたように立ち上がるグラッドだが、そこで意外な人物が待ったをかけた。
「グラッド様、少々お待ち下さい。最後までお話を聞いていただけませんか?」
セラだ。セラが待ったをかけた。俺は意図が分からず首を捻る。
「は、はい」
戸惑いながらもセラに返事をしたグラッドがもう一度ソファーに座り直すと、何かを期待するような目を向けている。
「クロー様、私に少し試したいことがあるのですがよろしいですか? うまくいけば今後も使えます」
そう言ったセラが、しばらくお待ちいただけますか、と言い残し忽然と姿を消した。
「セラが試したいこと……なんだろうな?」
「さあ。でも俺は、期待していいのかな」
「どうだろうな……」
藁にでもすがりたいグラッド。気持ちはわからないでもないが、いい返事ができるとも思えなかった俺は、曖昧に返す。
「お待たせしました」
「セラッ早かっ……おわっ!?」
セラは数秒ほどで戻ってきた。だが、そのセラが抱きつき持ってきたものがなんと、等身大の俺の人形だった。
「おおっ……? クロー、の人形?」
さすがのグラッドも首を捻っている。俺もだ。
「クローがぅ」
「がう」
大人しかったニコとミコはわーわー喜んでいるが、
「ふふふ、そうです。これはクロー様を似せて作成した魔導人形です」
少し自慢しているようにも見えるセラはちょっと得意げに見える。
でもそれもそのはずった。素材が何かは不明だが、その等身大の魔導人形はよくできていて俺自身でも、一瞬、分身を作ったっけ? と錯覚してしまうくらいよく似ているのだ。
だが、そんな魔導人形にも一つだけ気になる点があった。
「なんで裸なんだよ」
よくできていて本物そっくりだからこそ、色々とリアルだった。特にアレとか。いつ見られたのかと疑問に思うくらいそっくり。やめてくれ。
「これいいがう。ニコもほしいがう」
「ミコもがぅ。ほしいがぅ」
ニコとミコ、今度はくれくれと急に騒がしくなった。
俺自身も、この気持ちをどう表現すればいいのか、
――……恥ずかしい?
久しぶりに感じた感情に、少し戸惑いもするが、とにかく今はこの魔導人形の前を隠してやりたい。
『我は所望する』
俺はすぐにバスタオルを所望し魔導人形の腰に巻き付けた。
周りから不満の声が漏れてきたが、これはだけは譲れない。だが、
「クロー、お前便利な魔法を持ってるのな」
――やばっ。
迂闊だったな。力の一部をグラッドに見られてしまった。
いくら同郷であるとはいえお互い支配地持ち。すべてを教えてやる義理はないのだ。
「ん、そうか。ちょっと取り寄せただけだ。バスタオルはすぐ隣の部屋にあるからな」
ウソじゃないけど本当のことも言わない。
どうも俺は、悪魔になってから気を抜くと本音を漏らしてしまうクセがある。
だからウソじゃない程度に誤魔化して話すくらいがちょうどいいんだ。
「へぇ、そうなのか。まあ、取りに行かなくていい分、便利だよな。それスキルなのか?」
「ふ、教えるわけないだろ」
「ははは、そうだよな」
「それでセラ。この魔導人形をどうする気だ?」
グラッドの大悪戯の話と魔導人形、どう繋がりがあるのか俺にはさっぱりだった。
「はい。これはもともと、有事の際に、クロー様の囮りにしようと思って私が作成したものです」
「俺の?」
「はい。あとはクロー様の髪の毛や爪などの身体の一部を入れていただくか、直接クロー様が魔力を注いでいただければ、この魔導人形自身からクロー様そっくりの魔力を放つことができるようになるのです。
そこまですれば、これが偽物だとそう簡単には気づかれることはないでしょう。いい時間稼ぎができるのです」
セラは必要以上に俺の身を案じてくれていたらしい。何か理由がありそうだが、セラは笑みを浮かべるだけで俺には教えてくれない。
「ですが、今回はこれをクロー様の新しい使い魔のコツンに憑依させてみたいのです」
「コツンに……」
「はい。あとはクロー様がその使い魔と意識をリンクすれば、直接この魔導人形を動かすことはできませんが、指示は出せます。
当然、魔導人形の身体ですので100%の力は出せないでしょうが、これならば、ヘマをしたところで壊れるのはに魔導人形のみ。
使い魔のコツンは憑依しているので、少しくらいはダメージがあるかもしれませんが、クロー様に魂の一部を預けているのでクロー様が無事ならば、コツンも死ぬことはありません」
「ほう。それはなかなか面白そうだな」
「はい。会話も念話を送ればいいだけですので、グラッド様との会話も問題ありません」
「なるほどな。では俺たちはほぼリスクゼロでグラッドに貸しを作ることができるってことか」
「はい。クロー様も危険はありませんし、もしものことがあったとしても契約者(妻たち)が奪われる心配もありません」
「と、言うことだグラッド。これなら直接、俺は行けないが間接的には協力できるぞ。どうする?」
「いい。それでいい。ありがとう」
涙を流して感謝してくるグラッドに、少し流された俺は他の使い魔も、全て連れて行ってやると言ってしまった。これも俺の悪いクセだ。
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