第130話 閑話 エリザとの一日

 グウの迷宮に向かう少し前、そんなある日のこと。


「おまたせしました」


 薄化粧したエリザが流れる動作でカーテシーをしてみせる。


 今日はいつものワンピースっぽい服装ではなく、質の良いドレスを身につけている。

 知らない人が見れば貴族令嬢と勘違いしてもおかしくないレベルだ。


 ――ほお。


 エリザのキレイな脚が見えないのは残念だが、相変わらず質の良いドレス特有の開いた胸元からおっぱいが溢れそうで心配になるが、


 ――すばらしい。


 貴族令嬢として振舞っていた頃は、もっと派手なドレスを着ていたそうだが、さりげなく俺のプレゼントした認識阻害のついた装備品をアクセサリーのように身につけてくれる気遣いが嬉しい。


「ニコちゃんとミコちゃんに手伝ってもらって、着てみたんですけど、どうですか?」


 久しぶりのドレスだからと少し照れた様子のエリザが上目遣いで尋ねてくる。


「よく似合ってるぞ。いつもキレイだが、今日は一段とキレイだ」


 いつものように腰かけていたソファーから立ち上がるとエリザをぎゅっと抱きしめる。


 この行為(抱擁)は夫婦として大事な朝の挨拶で毎日欠かさず行っている。

 決して朝から妻たちの柔肌を堪能したいと思いつきで始めたわけではない。


「(むにゅん)」


 ――うはっ。


 ぎゅと抱きしめると、エリザのおっぱいが当たり最高の気分になる。


「幸せよ」


 エリザも嬉しそうに抱き返してくれるが、この日はいつものように俺の胸に顔を埋めてくることはない。


 流石に薄いとはいえ、お出かけ用の化粧をしているので自重したのだろう。


 ゲスガス国は新たな王が即位してお祭りモードなのだ。周辺国から招待された来賓客やら、商機とみて流れてきた商人やら大変賑やかなのだ。


 人が集まるのはいいことだ。予想外に高まる感情値。カマンティスのちょっかいもないし、ハの迷宮を支配下に置いてからいいことが続いている。


 そして、今日はそんなお祭りの中エリザと二人でデートなんだ。順番はみんなで決めたそうだ。

 でも何故か配下たちともデートすることになっていて不思議に思う。

 

 ――むぅ。


 エリザを抱きしめていて、少し物足りなさを感じた俺は、背中に回していた両手をそのまま下にずらしエリザのお尻を軽く揉む。


「(むにむに)」


「ぁん……もう、クローったら……」


 毎日こりもせずセクハラ紛いのことをしてしまうのだが、寛容なエリザはそのまま今日の予定を話してくれる。


「あのねクロー。今日の舞台の演目は『シン、デレた』というの。

 ある事件をきっかけに笑えなくなった少女のシンを周りのみんなが溺愛するっていうお話」


「そ、そうか……」


「ふふふ、それでね――」


 そう、今日はエリザが楽しみにしていた舞台を観に行くことにしたのだ。


 なんでも潰れかけていた、底ソコ歌劇団に支援した物好きがいたらしく、その歌劇団は、うまく再建することができた。


 それで本日から公演が再開されたのと、エリザが嬉しそうに教えてくれた。


 ――まあ、その支援者(パトロン)って俺なんだけどね。


 俺は支配地に人が集まるようにあちこち支援している。

 お金で何とかなりそうならやった方がマシだからな。


 お祭りも重なりその成果が出てきて自分でもびっくりしている。

 底ソコ歌劇団もその結果の一つだ。


 底ソコ歌劇団には、一ファンであるクロード・マクアです。活動資金にして下さい、って手紙と一緒にお金をイオナに持たせて渡しただけ。

 初めは警戒していたが、契約書もなにも交わさずお金だけ置いてサッサとイオナが退散したから唖然としていたっけ。


 エリザのお尻を堪能し終えた俺を待ってましたとばかりに、するりと俺の抱擁から抜け出したエリザは、俺の左側に回り右手を絡めて左手を添えた。


「クロー、そろそろ行きましょう」


「そうだな。そろそろ手配した馬車が到着する時間だろうから、人界の外で待っていよう」


「え? 馬車?」


「エリザがドレスを着ると聞いていたからな、歩きはどうかと思ったんだ」


「まあ嬉しいわ」


 上機嫌になったエリザがおっぱいをぐいぐい押し当ててきて思わず口元が緩みそうになるが、せっかくなら今日一日、最後まで格好良く決めたい。

 そう思った俺はガラにもなくエリザを横抱きにすると人界の家の中に転移した。


 ――――

 ――


 俺が手配した馬車はこの街でも一番グレードの高い馬車だ。

 俺は他国の貴族で爵位は伯爵。ここは知り合いを通じて買った別荘だと伝えている。

 一応、この国の貴族と接触したら面倒そうなので認識されないようにはしている。


 家から出るとすでに豪華な馬車が家の前で停車しており、そのまま横抱きで馬車の近くまで歩き、業者の人がすかさずドアを開けてくれたので、エリザを一旦下ろして、エスコートしつつ馬車の中に乗り込む。


 貴族の真似事をしてみた俺だが、エリザは相当嬉しかったらしく、その顔は緩みっぱなしだった。見ていてこちらまで嬉しくなる。


「マクア様、ではご案内いたします」


 上品な礼儀作法を身につけた御者が豪華な馬車を動かし舞台劇場まで案内してくれる。

あ、マクアとは俺の偽名で正式にはクロード・マクアって設定にした。

 

 だからエリザはエリザ・マクアだぞって言ったら、


「ふふ」


 エリザはおかしそうに笑って頷いた。


 さすが豪華な馬車は値段が高いだけあってシートのクッション性もよく走り出してもガタガタ振動が少なかった。


 しばらく二人寄り添うように座っていると――


「懐かしいわね」


 そう言ったエリザが俺の顔を見ていた。


「ん? 俺は馬車には乗って……」


「ほら、あれよ。クローと二人で乗ったあの馬車のこと。ふふふ」


 そう言ったエリザは少し恥ずかしそうにしながらも、俺の身体をくいっと引っ張り、


「エリザ何を……」


「いいから、ね」


 そのまま俺の頭をエリザの膝の上に倒した。


 ――膝枕!?


 エリザはドレスを着ているため、直に肌を感じることができないが、エリザの柔らかな太ももはしっかりと伝わり気持ちがいい。


 ――ふおっほ。膝枕もなかなかいいではないか。


 俺はすりすりエリザの膝枕を堪能していたら、エリザは俺の顔をじっと覗き込んでいる。


「ん? どうしたエリザ」


「えっと……クローの出してくれた、でぃーぶぃでぃーのあにめ? それを観たら、こうされていた男の子が喜んでいたの…… ダメだった、かな?」


 ——そうか、俺の反応が気になっていたのか。


 エリザは自信なさげに眉尻を下げている。俺は単に気持ちいいを満喫してて言葉を失っていただけだが、これは何か言わねば、今後、エリザの膝枕が無くなってしまいそう。それは困る。


「エリザ、素晴らしいに決まってる。ただ、これが劇場までしか味わえないと思うと悲しいがな」


「……そ、そうなの」


 エリザの顔がみるみる真っ赤に染まっていくがまんざらでもない様子。


「じゃあ、このまま……」


 エリザは気持ち良さげに俺の髪を撫で始め、しばらくすると鼻歌まで聞こえきた。


 俺も十分に膝枕を堪能し満足して舞台を鑑賞したのだが、その舞台感想は言うまでもない。

 底ソコ歌劇団と言うだけあって内容はそこそこだった。今後に期待しよう。

 その後は劇場に併設されていた軽食屋で軽くお茶をして(この軽食屋にも支援しているからVIP対応)、


 待たせていた馬車に乗り込み帰路に着いたのだが、当然、その帰りも膝枕。エリザの太ももをしっかりと堪能させてもらった。


 ――――

 ――


 家に戻ると顔を真っ赤にしたエリザが――


「クロー…いえ、クロード様。今日は楽しかったわありがとう。ふふ」


 小さく手を振り家の中に戻るエリザ。貴族令嬢っぽく屋敷まで送られた気分を味わうのだと。可愛いねエリザ。


「俺もだ。エリザ」


 そんなエリザはゲートを使い悪魔界の屋敷に戻るのだ。


 ちなみにこの人界にあるゲートは俺が許可した者しか使えないようにした設定しているので大丈夫。


 俺がエリザの背中を見送ると、二匹の子狼のチビスケ、チビコロがひょこっと出てきた。


「お、チビスケにチビコロ、元気か」


「がう」

「がぅ」


 チビスケとチビコロが俺の声に返事するかのように高い声で吠えたかと思うと俺の側までひょこひょこ歩いてきてころんと横になりお腹を見せてくる。


「なんだ遊んでほしいのか?」


「がう」

「がぅ」


 しっぽがブンブン振られ、小さな小石が脇へと弾かれていく。


「遊んであげたいが、今日は仕事が少し残っているんだ」


「がう…」

「がぅ…」


 目に見えてしょんぼりとしたチビスケとチビコロを少しかわいそうに思えた。


「あー、もう。少しだけだぞ、ほれ、ほーれほれほれ……」


 もーふ、もふもふもふ……


 チビスケとチビコロは、気持ちがいいのだろうか、うれしそうにしながらも俺の手から逃げるようにもぞもぞ身体を逸らしている。


「気持ちいいか? じゃあもっとだな。ほら、ほーれ、ほれ。ほれほれほれ……」


 もーふ、もふもふもふ……


「あ!?」


 俺が手加減を間違えたのか、やり過ぎたのか分からないが、もふもふしてやっていたチビスケとチビコロがまたしても失禁し気を失っている。


「あちゃあ、またやり過ぎか……ん?」


 急いでいたとはいえ、手加減を間違えたことに反省していると背後に獣の気配を感じた。


「お前は、この町までついてきていたのか?」


 迷宮で見た大きな銀狼がうーうー唸っていた。

 殺気を感じないので怒ってるわけではないようだが……


「なんだお前、チビスケとチビコロと遊びたかったのか? 悪かったな」


 そう言ってから大きな銀狼の頭に手を伸ばすと、その大きな銀狼が猫パンチのように両前足でぽくぽく叩いてくる。


「お前な。それ普通の人族にやったらシャレにならんぞ。ったく。仕方ない、俺が少し遊んでやるよっと、ほれ」


 その銀狼の両前脚を掴むと素早く足払いをする。


「キャウ!」


 銀狼の両後足を払ったため、俺の思ったとおり銀狼はすてんと横に倒れた。


「おお、思ったとおりお前のお腹はふっさふさだな。どれどれ……おお、気持ちいいわ。ほれ、ほーれほれほれ……」


 もーふ、もふもふもふ……


 あまりの気持ちよさに我を忘れてもふり尽くした時には、大きな銀狼もヨダレを垂らしていてチビスケたちと同じように失禁しながら気を失っていた。


「あちゃー、また、やり過ぎか」


 その後、悪いと思った俺は、銀狼とチビスケたちを家の中に移動させて、お詫びに分厚いお肉を数枚置いてから執務室に戻った。


 ————

 ——


「ん? もう俺の部屋にいるのか?」


 舞台から戻り執務室にいると妻たちの声が聞こえてきた。


「わぁ、エリザ綺麗。今日はそのドレス姿だったんだ」


「うん、そうなの。このドレス着るのは大変だったけど、脱ぐのは簡単なのよ。ほら」


「わぁ、簡単に脱げたね」


「それでエリザ殿。あれはどうだったのだ? 舞台で試すと言っていたあれは?」


「うん、舞台じゃなかったけど、馬車の中で試したわ」


「それで、それで?」


「あのでぃーぶぃでぃーのあにめ? 間違ってないかもしれないわ」


「なんと…では?」


「うん。クローったら私の膝枕を凄く喜んでくれたわ」


「おお、主殿は膝枕も好きと」


「なるほど、なるほど」


「では、次は――」


 今日も隣にある俺の部屋では妻たちの会話が盛り上がっている。

 

 ――――

 ――


「イチ様、申し上げたいことが……」


「ほう、なんだ、ヨーコよ。言ってみろ」


「はっ、もう一度、番の候補を見直したいのです」


「は?」


「ですから、もう一度、番の候補を見直したいと申し上げました」


「おい、ヨーコよ。お前は一体なにを……」


「報告は以上です」


「こら、待て、待たぬかヨーコ」

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