第128話
「みんな、グウ待たせたな」
何事もなかったようにグウの部屋に転移して戻った。
『主』
『あるじ』
『ヌシヨ』
使い魔のラット、ズック、ニルが嬉しそうに駆けて寄ってくる。とはいってもラットとズックに至っては、大きなニルの頭の上で二足立ちしているだけなのが……
ニルはニルで、まんざらでもない様子。
そう、使い魔たちにはすでに序列がある。ラット、ズック、ニルの順だな。
まあ、ラットは賢く魔法の使い方が上手いからなんとなく分かるが、ズックはまだまだ力が弱く、悪魔獣のニルに敵うはずはないのだが、これは持って生まれた性格なのだろう。
ニルは、気が強くプライドが高そうな見た目と違い穏やかな性格だ。
だから変な拘りもなく、ズックに序列を譲ってやったのではないだろうか。
「グウを守ってくれたようだな。えらいぞ」
使い魔たちの頭を順に撫でていく。目を細めて気持ち良さげにしていたラットが、不意に俺の右肩に飛び移ってきた。
――ん?
それから左肩に座っていたコツンに顔を向ける。
「ああ、そうだった。こいつはコツンと言う。成り行きで使い魔にしたが、これから仲良くしてやってくれ」
俺がそう言うと、ラットとコツンは無言で向き合い、しばらくするとコツンの方がぺこりと頭を下げた。
『コツンなの。ラット隊長、ズック、ニル、よろしくなの』
意外にもコツンはラットとズックとニルに向かって丁寧に挨拶した。
ラット隊長って言ってたからもう序列が決まったのだろう。
——コツンは邪魔族だったんだが、使い魔になると性格が変わるのかね? それとも、元からこんな感じで、ただ単に強い奴に従ったってところか?
「ふむ」
俺はそんな光景を黙って見守っていた。ラットがうまくやってくれると信じてるから。
「クロー……」
そこへ、迷宮主のグウが、ふらふら、よろよろ、しながらゆっくりと近づいてきた。
「おうグウ……ふらついているようだが大丈夫か?」
「うー」
グウは大丈夫だと言うが、安全部屋内のことで不純物ポイントを沢山使わせたことが、そうとう堪えているらしい。
「そうか。なら早速で悪いが……蔓延っていた悪魔くずれは約束通り始末した。この迷宮を俺の支配地として感情値をもらってもいいか?」
「いい。グウ約束守る。感情値やる」
グウはまだ、元気には見えないが、まあ、土偶だから無表情なんだけど、その言葉がグウから発せられたことで、俺の頭に悪魔の囁きが聞こえてきた。
【ドの迷宮の意思を受理。ドの迷宮は悪魔クローの支配地となった】
――おお。
「うまくいったようだ、ありがとうなグウ。帰る前に不純物をたっぷり置いて行ってやるからな」
「ほんと」
「ああ。ほんとだ。それで、あの辺りにゲートを設置してもいいか?」
俺は、迷宮内部へと続いているだろうと思われるトビラの横辺りを指差し、そのゲートを設置する意味を説明した。
「それなら大丈夫」
すこし元気が戻ったらしいグウの許可も取れたので、俺は早速ゲートを設置する。
「……これで、よしっ、と!」
――ふむ。これで俺の使用空間から迷宮までの通路を確保できた。帰りはこれで帰るか。
「あ、そうそう」
「何?」
「安全部屋にいる聖騎士たちには魔物を仕向けない方がいいぞ」
「もちろん、分かってる」
無表情のため、その意味をどこか分かっていないような感じがするので、念のためグウに伝えておく。
「分かっているならいいが、奴らは普通のハンターより強いから迷宮魔物の無駄遣いになるだろうし、それに、無事外に出て迷宮内部で暴れていた悪魔くずれ、えっとやつらにとっては凶魔か。
その凶魔を全て片付けたと大々的に触れ回ってもらわないといけないからな」
「ん。大丈夫」
どうやら本当に大丈夫のようだ。疑って悪いと思ったが、グウは土偶だからほんとに感情が読みづらいんだ。
逆に人型になったニワは分かりすぎるくらい顔に出ている。腹芸は無理だろう。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るが、グウもたまには遊びに来いよ」
「ん。ニワから聞いてる。落ち着いたら必ずいく」
「おう」
それからすぐに不純物をグウの部屋半分くらいにたっぷりと出し、くるくる小躍りし始めたグウの姿をしばらく眺めたあとに、俺はゲートを使って屋敷へと戻った。
――――
――
時は少し遡る。
「はふぅ〜。……悪魔さま、行っちゃったよ」
クローがグウの部屋へと転移したあとを、名残惜しそうに眺め続けていた見習い女聖騎士のアン。その表情は、まさに恋する乙女そのものだった。
「そうよ。これこそが神の与えた試練なんだわ……」
そんなアンなのだが、少女とは思えないほど艶っぽい表情を浮かべたかと思えば――
「ふふ、ふふふ……」
想像力豊かな妄想が止まらない。
「ああ……悪魔さま……」
この妄想に浸る行為は、一見無意味にも感じるが、ことアンに限っては違った。
まだ孤児院に保護される前(7歳くらい)、ひとりで過酷な環境を生き抜いていた時期は毎日が辛く、楽しいことを妄想して辛い現実から逃避しなければ生きていけなかったのだ。
それによって身につけたのが、この妄想体質スキルというもので、意図せずすぐに妄想に浸ってしまうこの行為も、このスキルの影響である。
このスキルは、心の安定を保ち、都合のいい妄想が現実になったらいいね、という気持ち適度の力しかないのだが、ごく稀に、思い描いた妄想を引き寄せ現実のものにしてくれるラッキーなスキルでもある。
「そ、そんなこと……私にはまだ……」
周囲に止める者などいないアンの妄想はさらに膨らみ、徐々に一人で勝手に興奮していくアンの表情はすでに真っ赤で女の顔。
「もう、悪魔さまったら……じゃあ、すこしだけ……だよ」
ついには、指に嵌めた指輪(クローに貰った)を、潤んだ瞳で愛おしいそうに眺めたかと思うと、そっと唇を近づけた。
「ん、んん〜……ぶっ、ちゅぅぅぅ〜……、……、……ぷはっ、ぁん、悪魔さまって意外にだ、い、た、ん……」
妄想の世界にどっぷりと浸かり、自らの身体に手を伸ばそうとした、そんな時――
「あいなっ!」
「ひぃっ!?」
ビクッ!
「すー、すー、……むにゃ、むにゃ」
「……」
「かわいい……ふへっ。むにゃ、むにゃ……」
「……むっ!」
傍で気持ち良さげに寝ているアルの存在に気がついた、というか、突然、大きな寝言を発したアルの声に驚かされ現実に引き戻された。
「……アル」
少し幼さの残る可愛らしい顔をしたアンの表情は一転。
わなわなと身体を震わせたアンの目がすーっと座り片眉がくいっと吊り上がった。
「もう少しで……いいところだったのに」
妄想にどっぷり浸かりかけていたアンに自慰行為を誰かに見られていたかもという考えはない。
そう言うが早いか、アンの右手が気持ち良さげに寝ているアルの頭を遠慮なく引っ叩く。
「痛っ! うわ、なに? なに、何があった!」
驚き慌てながら勢いよく上体を起こしたアルが、きょろきょろと辺りを見渡す。
だが、悪魔様との時間(妄想)を潰されたアンはそれだけじゃ腹の虫が治らない。
「ふんっ!」
不機嫌さを隠そうともしないアンの頬はぷくっと膨らみ、額には少女らしからぬ青筋が浮かび上がっている。
それは、とても先ほどまで恋する乙女の表情を浮かべていた人物とは思えないほどの迫力があった。
「ひぃっ」
この切り替えの早さもまた幼かったアンが、過酷な環境を生き抜くために身につけた術でもあった。
「アル。起きたなら早く立てば」
「え、え……えっと、アン?」
状況が分かってないアルはきょろきょろとしながらも、挙動不審な態度をとる。
「そうよ。なに、ほかに誰がいるっての」
「へ、いや、あはは……俺、まだ寝ぼけていたわ(……魔物が襲ってきたかと思った、なんて口が裂けても言えないな)」
「ふーん。じゃあ、さっさとあの、部屋に入るよ」
「……部屋って何。え? ここって、どこなの?」
少しだけ冷静さを取り戻したアルだが、アンの言葉の意味が分からず首を傾げて疑問符を頭の上に浮かべる。
「もう! ここはドの迷宮だよ。私たちは隊長たちと凶魔討伐にきた。正式には悪魔くずれって言うらしいけど、それで部屋はそこ。目の前に見えてるトビラの先。そこは安全部屋らしいのよ」
そこまで話してからアンが安全部屋のトビラに向け指差した。
「あ、あ……そうか。そうだったね」
そして、ゆっくりと立ち上がったアルだが、ふと身体の違和感に気づく。
「……あれ? なんで? 俺の鎧、腹部が無いし、ボロボロなんだけど……あ、右腕に、右脚のパーツも欠けてて無い?」
不思議そうにするアルは、ボロボロになった聖騎士の鎧に触れてから首を傾げた。
「アル。あんた覚えてないの? あんたは凶魔にやられて酷い状態だったのよ」
「凶魔に、やられてた……」
「そうよ。あんたは死にかけていたの。私がパッと見て死んでると思ったくらい酷かったの」
そう言ってからうんうんと頷くアンを見るが、自分の身体にキズ一つないため、アンの言葉を素直に信じきれないアルが首を振る。
「あはは……死にかけてたって、そんな大げさな……だって俺、どこもケガしてないぞ」
「ほんとだって。悪魔さまが居なかったらあんたは本当に死んでたから」
「死ん、でた……俺が……」
「そうよ。キズが酷すぎて、私なんて見てられなかったけど、悪魔さまがあっと言う間に治したんだから」
「俺……俺は……ぁ」
得意げに話すアンの言葉に、だんだんと自分の身に起こった出来事を思い出したらしいアルのその表情は、だんだんと悪くなる。
「……そう、だ。なんで、今まで忘れていたんだ。俺はあの時、突然凶魔から襲われて……」
己の右腕を抱き寄せるようにして震え始めたアルを見て、これはマズイと思ったのか、アンが急に話題を変えようとする。
「はいはい。もう過ぎたことだからね。アルは無事だった。もちろん助けてくれた悪魔さまには感謝だね。
じゃあ私たちもさっさと隊長たちと合流しようか。もう目の前なんだし」
そう言うが早いか、アンは頭の中を整理しきれず困惑しているアルをわざと置いて、さっさと安全部屋へのトビラの方へ向かった。
そうすれば考えるのをやめて、慌ててアルがついてくるだろと思ったからだ。
これは、アルが一人になるのを嫌がるのを知っているからこその行動だ。
「……俺、必死に対抗してたけど、ダメで、死にかけて……で、悪魔さ、ま? に感謝? ん? ……悪魔に感謝ってなんだ! 仮にも俺たちは聖騎士だぞ!」
「え、な、なによ急に……怒って……」
悪魔さまに助けられたから感謝するよう言ったのに、そう言った途端に豹変したアルの態度に今度はアンが困惑するが、それも一瞬のこと。
アンは見ていたのだ。死にかけていたアルが治療される一部始終を。
助けられたにも関わらず、感謝すらすることなく、怒りを露わにするアルにだんだんと腹が立ってきた。
「うるさい! あの悪魔さまは特別なの。ほかの悪魔とは全然違うんだから。
ここまで連れてきてもらうのに私は契約したけど、結局、対価なんて払ってないし(アンはそう思ってる)あんたのキズだって何も言わずに治療してくれた。
アル。あんたほんとは手も足も命も無くなってたんだからね。それを、そんな言い方して私は許さない!」
「うっ……しかし、だな……俺は、立派な聖騎士にならなきゃ……アイナを迎えに行けないし。ほ、ほら。お前も神父様に教わっただろ……悪魔にいい奴なんていないって」
アンは知らないが、アルは一度、悪魔大事典を召喚して苦い経験をしている。
そのためアンの話は、受け入れ難く、信じたくもない話だったのだ。
「いるよ! 悪魔さまは特別だもん」
その後、何度説明しても引き下がる様子のないアルに、辟易したアンは、
「はいはい。もうそれでいいよ、この恩知らず」
べーっと舌を出したアンは、アルを睨みつけてから、さっさと安全部屋に入っていった。
「うっ。いや、そんな怒らせるつもりで言った訳じゃ……
お、おい、ちょ、お前、待てって……俺を置いて行くなよ」
そして、アルも追いかけるように部屋へと入っていった。
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