第127話

 体感にして二、三分くらいだろうか、邪魔する者もいなかったため、俺たちは思った以上に早く安全部屋の前にたどり着いた。


「よし、ここだな」


 安全部屋の中の破片は綺麗にした、とすでにグウから念話が届いている。グウは仕事が早くていいな。ニワはもう少し遅い。何気にポンコツ臭がするしな。


 ただ、不純物ポイントがグウの思っていた以上に使ってしまったようで、かわいそうだと思えるほど弱々しい念話だった。


 ――ほんとは、中の状況をもう一度確認してもらいたかったが……無理だろうな。今後の付き合いもあるし、あとで不純物を多めに贈ってやるか。


「よっと」


 そんなことを考えつつ、俺は尻尾で掴んでいたアンを地面に降ろすと、そのついでに、俺の睡眠魔法で未だにアウトドアワゴンの中で寝ているアルを尻尾を使い降ろす。


 ――これ(アウトドアワゴン)は収納しとかないとな。


「……」


 俺がアウトドアワゴンを収納する様子を見ていたアンは、何か物言いたげにじーっと見ている。


 寝ている少年からなぜ取り上げるか、とでも言いたいのだろうが、この世界にない物を聖騎士団に渡したくないのだから仕方ない。


「!?」


 不意に俺と視線の合ったアンが慌てたように口を開いた。


「……こ、こ、この部屋に隊長たちがいるのね?」


 不満でも言ってくるのかと思い少し身構えていたが、その内容は思っていたのと違った。


 少し拍子抜けしてしまったが、そんなアンの表情は、嬉しいそうにも見えるが、悲しそうにも見えた。


「……だぶんそうだろうな」


 俺の回答に、何をおもったのかアンが少し顔を赤らめるともじもじしながら身体を揺らし始めた。


 ――んん?


「そ、その……対価、だよね……」


 ――ああ、なるほどな。対価を払うのが土壇場にきて嫌になったか……


「そうしたいところだが、アン。お前はここでその少年と待っていろ。俺は少し中の様子を確認してくる」


 ――邪魔水晶の破片を吸った聖騎士たちがどうなっているのか分からないからな。最悪、悪魔くずれみたいに人族を襲うとも限らんし、ここまできて契約不履行になっては俺が困る。


 だが、そんなことだと知るよしもないアンは、すぐ目の前の部屋の中に聖騎士団の隊長がいると教えたばかりなのに、ここで待機させようとする俺の提案にうたがうどころか、顔を真っ赤に染めている。


「な、なまぇ……初めて……呼ばれた……」


 そんなアンは蚊の鳴くような声で何やら呟いた後、こくこくと頷き返してくれたが、頬のあたりがぴくぴくと動いている様子からも、内心は腹が立っているのでかもな。


 ――まあいい。でも対価はもらうからな。


 見て分かるほどに顔が真っ赤になっている様子からも相当頭に血が上っているのだろう。


『コツン』


『おう?』


 ここで変な行動でも取られては困ると思った俺は、使い魔になったばかりだから着いて行きたいとゴネるコツンを、なかば無理矢理連絡要員としてこの場に残し、俺だけ安全部屋の中に入った。


 ――――

 ――


「うっ」


 トビラを少し開けてゆっくりと部屋に入った俺は中で充満していた鉄っぽい匂いに顔をしかめた。


「……これは、酷いな……」


 部屋の中を見渡せば悪魔くずれに似た風貌の奴が八体倒れていた。


 しかも、人族ではあり得ないほど、大きく膨れ上がった身体は、身につけていた衣類をも引き裂き、変わり果てた聖騎士たちは皆全裸の姿だった。


 ――迷宮に入って来た聖騎士団の数と一致するな。


「……」


 ただ、その内の六体は己の爪で胸を貫きおびただしい量の赤い液体を流していた。


 ――気が狂う前に自分で胸を刺して自害したか……


 前世の記憶に引っ張られているせいなのか、それとも敵だと思えるほど脅威に感じていなかったのか、そんな聖騎士たちの姿を、憐れだと見ている俺がいた。


「さすがに手遅れ、だよな……これはいよいよ……」


 俺の危惧したことが現実味を帯びてきて、これは面倒なことになる(迷宮閉鎖)と思った、そんな時――


「……!? 動い、た?」


 それは本当に偶然だった。


 俺が、赤い体液を流していない聖騎士のひとり、女聖騎士のおっぱいを眺めていたら、その女聖騎士の胸部が僅かに動いていたのだ。


 その隣の奴もそうだ。そいつは男の聖騎士だが、この二人をデビルスキャンで確認すると、状態が狂人、精神崩壊となっていた。


 気づかなければ、いずれ餓死していたかもしれないが今は息をしている。


 ――ならば、こっちの奴らは……


 念のため、自ら胸を貫いている奴らにもデビルスキャンで確認してみると、状態が狂人、瀕死となっていた。


 ――瀕死!? だと!


 俺は瞳に魔力を込め、奴らの身体を凝視して見ると、浮き出た血管が弱々くも僅かに脈を打っている。


 ――そうか、悪魔くずれも頭は狂っていたが、身体は異常なほど頑丈になっていたな。


「生きていたのなら話は早い」


 まずは、一番強そうにみえた隊長らしき人物(ラグナ)から全ての状態を戻すよう所望魔法を展開しよう。ただ、しばらくは眠っていてもらおうか。


 ん? 悪魔くずれ? ああ、言っておくが、悪魔くずれも元に戻そうと思えば戻せた。

 ただ悪魔神様から処分するよう直々に言われてしまえば俺にはどうしようもできない。従うだけだ。


 冷たいようだが知りもしない悪魔のために危険は犯せない。

 まあ、これが俺の配下たちだったら許してもらえるまで何度だって頭を下げていたがな……


『我は所望する』


 俺の魔法に、ラグナという奴は、みるみる傷が癒え、どこかで見たことある人族の姿に戻っていく。ほんと所望魔法様様である。


「よし」


 ——対価はこれで問題ない……ないよな。


 だが、こいつがほんとうに隊長なのか不安になった俺は、


「こいつ、やばいな……」


 そいつの名前はガラルドとあった。能力も高い方で隊長が務まりそうな人物に思えたが出血が一番酷い。胸を深く突き刺したのだろう。

 一番初めに命を失うとすればこいつだろうと思い念のため回復させてやることにしたが、


「ん? あ、れ? こいつ……女?」


 ただ、この女は傷がある訳でもないのに、片方のおっぱいしかない。


 髪も短いから片方の胸部だけが異常に腫れ上がっているだけなのかとも思ったが、あるモノが付いていなかったので間違いなく女だと分かった。


 俺は不思議に思いながらも所望魔法を展開した。


『我は所望する』


 ガラルドという奴も、みるみる傷が癒え、どこかで見たことのある人族の姿に戻っていく。


「こいつ!? ナナを傷つけた奴か」


 当時の記憶が、不意に蘇り怒りが込み上げてくるが、所望魔法を施したはずなのに、治っていない片方のおっぱいの原因が気になり急速に怒りが萎んでいく。


 ――どういうことだ……ん、これは……悪因なのか?


 どうやらこいつは非常に強力な、身体が一部欠損する、という悪因を受けていたようだが、直接こいつが受けた悪因ではなく、親から子へと移りゆく質の悪い悪因だった。


 それも、俺でも凝視しなければ分からないほど巧妙に隠すように刻まれていたのだ。


 ――気に入らんな。


 本来なら放って置くのだが、女聖騎士だけあってこいつのおっぱいはけしからんほど立派だった。片方だけだけど……

 だから、尚更それが元の状態に戻せばどれほどのものになるか、とても気になった。


 ――ったく。けしからんぞ。


 それに、この悪因はこいつが直接刻まれたものでもないため解呪しても問題ないと判断した俺は、ムカつくやり方の悪因をすぐに解呪した。


「おお……これは、けしからん。が素晴らしいではないか」


 セリスに勝るとも劣らない、とても立派なおっぱいだった。

 満足した俺は、後ろ髪引かれる思いで、布切れを一枚身体にかぶせ、次の隊長らしい人物に所望魔法をかける。


「こいつは、セイル、か……」


 セイルという奴も、ラグナに次ぐ能力の高さを示していた。

 だが、こいつもよく見れば違和感を感じる。


「こいつにも……悪因か?」


 そう思ったが俺はすぐに首を振った。


「いや、これは悪因に似ているが、悪魔の仕業じゃないな。だが呪いに間違いない。しかもまた、かなり強力な奴だな」


 デビルスキャンを使い詳しい詳細を求めてみて俺は驚いた。


 ――な、なんとこいつも女!?


 その呪いは支離滅裂とあり、望まない結果を長い時間をかけ全て呼び込むという最凶最悪な呪いだった。


 今は性転換と弱体のみだが、薄っすらとだが、醜悪、不運、短命、異臭などの顔を顰めたくなるよう内容の呪いが今にも発動しそうな状態になっていた。


 この呪いは悪魔ではなく、どんな奴が施したのか分からないため、解呪ができそうにない。


 ――取り敢えず困った時の所望魔法に頼ってみるか。


 女と分かれば、是非とも拝んでみたいおっぱい。元の姿も興味がある。正直かなり見たい。こいつの以前の姿が見たいのだと俺は祈るような気持ちで所望魔法を展開した。


『我は所望する』


 俺の魔法に、セイルという奴は、みるみる傷が癒え、またもや見たことある人族の姿に戻っていく。


「え、こいつ。あの時俺と契約書を交わした奴じゃないか」


 セイルの身体が丸みを帯びきたかと思えば、すぐに女性っぽい身体に。当然ながら立派なおっぱいも姿を現していた。


 ――おお、やってみるもんだな。しかし、女聖騎士のおっぱいはやはりけしからんボリュームだな。


 なぜだかうまくいった解呪に、気をよくした俺は、見事なおっぱいに後ろ髪引かれつつも、布切れ一枚をかけてやり、次なる隊長らしい人物の側にいく。


 そいつは年齢が一番高いソートというヤツだ。

 俺はすぐに所望魔法を展開して元に戻してやった。男だからな、さっさと済ませる。


 ここまでやると、中途半端で終えるのに抵抗が出てきた俺は、ラーズ、アクス、カイト、最後にサラと所望魔法を展開して満足した。


「やはり女聖騎士のおっぱいはけしからんわ……セリスサイズの見事なおっぱいが三つだもんな」


 ――くくくっ、これはアンの対価も期待できるぞ。


 俺はひとりほくそ笑むと安全部屋からゆっくりと出た。


 ――――

 ――


「待たせたな」


 俺が安全部屋から出ると、見習い女聖騎士のアンとコツンは寄りかかっていた壁際から立ち上がり、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「あ、あの、どうでしたか?」


『主、コツンこいつ嫌いなの』


 意味の分からないことを言うコツンは無視して、俺は中でのことを簡単に伝えた。


 もちろん悪魔としての威厳もあるため、狂化して死にそうになっていた奴らを元に戻したことは伏せておく。


「ああ、大丈夫だったぞ。疲れて果てて寝ているようだが、お前の聖騎士団は皆揃っていた」


 するとアンが嬉しそうな顔を見せたかと思えば、次の瞬間にはしゅんと暗くなる。かと思ったら今度は真っ赤にその顔を染めた。


「じゃ、じゃあ……」


 何を言いたいのか察した俺は、出来るだけ彼女を怯えさせないよう紳士の笑みで応える。


「ああ、そうだな。俺も時間がないからな。お前は不本意だろうが、対価をもらうぞ。これはそういう契約だったからな」


「へ? あ、ああ。う、うん……」


 彼女の目は泳ぎ、俺と一切合わせようとしなかったが、寧ろ俺はそれでよかったとも思う。


 なにせ、俺の見た女聖騎士は、セリスが言っていた通り、全てけしからんおっぱいをしていたのだ。

 はやる気持ちを必死に抑えれば抑えるほど作った紳士の笑みが崩れそう。


「……」


 期待した眼差しでアンを見ていると、顔を背けたままの彼女は恥ずかしそうにしながらも上体部分の鎧に手をかけて、ゆっくりと外し始めた。


「……ゆっくりでいいぞ」


 震えている手で鎧を外していくアン。そんなアンに紳士的に振る舞う俺だが、でも内心では穏やかじゃなかった。


 ――けしからんおっぱいか……ふふ、その鎧を外し終えると、突然くるんだよな……ぼよ〜んって。くく、ぼよ〜ん。


 ガランッ。


 俺がそんな邪な思いを抱いている間に、彼女の上体部分の鎧が外れて地面に置いた。


 ――あ、れ?


 だが、そこで飛び出してくるはずのボリュームが出てこない。


 俺は困惑し首を傾げている間に、彼女が恥ずかしいそうにペロンと上着をめくり上げた。


 つぅるん。


「は、恥ずかしいから、なるべく早くお願いします。あ、でも、望むなら……いいですよ」


 真っ赤に染まった顔を背けて、恥じらいながらそんなことを言う彼女は可愛らしいのだろうが、こんな展開を望んでいなかった俺は、彼女が上着をめくり上げた辺りから思考が停止していた。


『主、コツンこいつ嫌い。早く契約履行して、こいつと別れるの』


 動かない俺を見かねたコツンが俺の指を一本だけ掴み持ち上げると、パタパタと彼女の胸に持っていき、ちょいと触れた。


 ぷにっと、少し柔らかな感触の後に、


『主、重いの』


 そう言ってから手を放すコツン。俺の指は彼女のちっぱいよりも小さな、つるぺたからすぐに離れ悪魔神様から契約履行を知らせる悪魔の囁いが届いた。


【契約が履行されました】


「え?」


 俺はその囁きで正気に戻ったが、時すでに遅く。契約は履行された後だった。


 ――ウソだろ。


 思わず全身の力が抜けそうになるが、


「あ、あの、もしかして今ので終わりですか」


 少し期待外れというか、不満げな顔の彼女が俺を見ていることに気がついた。


「あ、ああ、そうだな。あ、アン。お前の成長を楽しみにしているぞ」


 癒されるどころか、逆に擦れてしまった俺の精神状態ではそう返すのが精一杯だった。


「え? あ、は、はいっ! ってもういないよ……」


 俺は彼女の元気な返事を聞くことなく、逃げるようにグウの部屋に転移した。

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