第125話

 掴んでいた元邪魔族のコツンを地面に置くと、コツンは骨だけの翼をパタパタと羽ばたかせてから浮かび上がると、俺の周りをくるくる回り始めた。


「ふーむ」


 改めてコツンの姿を眺めて見る。


 コツンは使い魔になると同時に二等身大の姿に変わってしまった。

 元々小さい奴だなあと思っていたが30センチくらいだろうか。ちょっと大きくなっているのかもな。


 そんなコツンは、俺の肩に座りたいようで俺の左肩付近をふらふらと漂い、俺の顔をじーっと眺めてくる。


「お前は俺の使い魔だ。座りたきゃ好きに座れ」


『うん。コツン座りたいの』


 自分のことをコツンと呼ぶコツン。名前も気に入ったらしい。ただ意外にもコツンの声は女の子っぽい高い声だった。


 そんなコツンが、嬉しそうに俺の左肩にちょこんと腰掛けたのだが、その仕草も妙に女の子っぽく可愛らしい。骨だけど……


 ――ふう。邪魔族を使い魔にしたりとか、妙なことになったがようやく問題も解決か。


「よし、あとはお前を聖騎士の隊長って奴のところに連れて行くだけだな」


 そう言って振り向けば、逃げるコツンに追いつくためにかなりの速度で駆けたせいか、顔色の悪いアンは口元を押さえている。


「う……ぅっぷっ」


 涙目のアンは言葉を発することができず、こくこくと頷くだけで精一杯のようだ。縦に振ってるから肯定ってことだよな。


「ふむ。迷宮内に気配はない……ということは安全部屋から動いていないようだな。ちょうどいいな。少し戻って、お前を安全部屋まで送って行ってやる」


 涙目のアンが、こくこくと頷いて肯定すると、コツンが思い出したように口を挟んできた。


『主。安全部屋にいた人族なら、もう手遅れと思うの』


『ん? それはどういう意味だ』


『それは……』


 コツンが少し前の出来事を語り出した。


 ――――

 ――


 コツンが、得体の知れない人族と共に部屋に戻ってきた時、ヤブキリは数名の人族の手にかかり虫の息だった。


「ん? そのヤブキリってのは誰のことだ?」


『あ、はいなの。コツンの支配下に置いた悪魔族の中でも一番格が高かった悪魔族なの。その悪魔格はなんと第五位格だったの』


 コツンから楽しそうな弾んだ声が聞こえてくる。


「ほう」


『あ、でも主より全然弱いの』


 ――第五位格悪魔と言ったら俺より格上なんだが、そいつを支配下にね。こいつ本気になったら強かったのか?


「……そうか、続けてくれ」


『はいなの』


 ――――

 ――


「くっそ、て、手数が足りん、おいっ! アクスまだか早くしろっ!」


 徐々に押し込まれ始めているガラルド。焦りと苛立ちからかアクスに対して怒声が頻繁に飛ぶ。


「もう少しです」


「ぐっ……うっ」


 それもそのはずだ。ガラルドの纏う聖騎士の鎧には細かなキズが無数にあった。


 中でも、腕や脚などには深くキズつけられたらしい跡があり、そこからは傍から見ても分かるほどの赤い液体が滲み出ていた。


『グギギ……』


「あー! このクソやろうがっ! 俺は堪えるだけってのが一番苦手なんだよ……つーか、その顔だよ! その顔ムカつくんだよ!」


 致命傷になるモノを優先的に捌くが、物理的に手数の足りないガラルドは、身体中にキズを増やしていく。


「くそがぁっ!!」


 ガラルドの形相は凶魔にも劣らぬほどの怒りを露わにしていた。それにも理由があった。


『ウメー、ヂダ……グゲゲ……』


 この凶魔はガラルドの血、肉が鉤爪に付着する度に、攻撃の手を止めて、その鉤爪を口元に運びペロリとする。

 そして、ムカつく笑みを浮かべているのだ。


「(……ムカつくヤローだ!)」


 舐められているのは分かっているが、ガラルド自身も余裕がない。それどころか限界を感じ始めていた。

 そんな時、


「ガラルドさん、お待たせしました」


「すまないガラルド」


 ソートに回復魔法を施し終えたアクスが聖剣と聖盾を構えた姿勢で凶魔の背後へと回り込んでいた。


 一方、回復魔法を受けたソートも動けるようになっていたが、全快ではないので無茶はできない。

 それに元々残りの聖力が少ないソートは細い聖剣しか発動できないのだ。

 それでも牽制になればと凶魔の側面に回り込む。


「遅えんだよ! いつも言うだろが、遅えことは誰でもできるってなっ!」


 悪態をつくガラルドだが、やっと反撃に出れることの喜びで、その口元はにやりと弧を描いていた。


「いいか、こいつは硬ぇから俺が関節を狙う。お前たちは援護しろっ!」


「ああ」

「はいっ」


「くくく、先ずは、散々俺を苦しめたお前の手脚から切り落としてやるぜ」


『ギギッ……ニク……ダベル……』


 そこから防戦一方だったガラルドの形勢が逆転した。


 いくら第五位格悪魔だと言っても、狂気に侵され大振りで単調な攻撃しかしてこない悪魔などガラルドの相手ではなかった。


 さらにそこへ――


「ソートっ!」


 血相を変えて部屋の中に駆け込んできたラグナとラーズが加わり、負ける要素がなくなった。


「無事だったか」


 ガラルドに向けられた鉤爪の一本を、器用に弾いているソートの姿を見て、安堵の表情を浮かべたラグナとラーズが口を揃えて声をかける。


「ガラルド、アクス! お前たち、いつこの部屋に?」

「全く気づかないかったぞ」


「あ、はい。どうもこの安全部屋は、入ることだけできる一方通行の入り口が無数にあるようです。

 俺たちはあの辺りから入ってきました」


「ほう」


 アクスから答えを聞いた直後、別の気配を感じたラグナはそちらに視線を向けた。


「なるほどな」


 その先には、ちょうど安全部屋へと入ってきたセイルたち四人の姿があった。


「セイル様!」


 セイルたちが部屋の中に入ると、入ってきた扉が見えなくなりそこには何もないただの壁へと変わった。


 ――――

 ――


「(な、なんでだ! 人族が増えていやがる)」


 この安全部屋へと案内したのはもちろんコツンだった。

 コツンはヤブキリを完全にとは言えないが、一応支配していたのだ。


 そのため、ヤブキリの居る位置はおおよそであるが理解でき、途中で見つけた通路からこの部屋へと最短距離で戻って来たのだった。


 この規格外の人族(聖騎士たちのこと)をヤブキリになすりつけようと思っていたのだ。

 そして自分はその隙に地上へと逃げる、なんて完璧な計画なんだと自画自賛したほどに。それなのに、


「(な、なんてことだ)」


 ほかに支配していた悪魔族はすべて倒されて残っていないことを把握していたコツンは、この場をどう切り抜けようか必死に考える。


 コツンの憑依した人族はすでに生き絶えているため、触れられるだけでもバレてしまう危険性があるのだ。

 もたもたしている訳にはいかないのだ。


 だが、ここに来てもう一つの誤算が。それはコツンの同行者(セイル)であった人族も規格外だったのだ。


「皆さんと合流できて何よりです。私もお手伝いいたします」


「せ、セイル様、危険です」


「私のことは大丈夫です。それよりもアンとアルがここにもいません。急ぎますよ」


「!? はっ」


 セイルと呼ばれた者が、そう口にすればひとりヤブキリに向かって歩き始め、


『ニ、グ……』


 ヤブキリの胴体をあっさりと真っ二つにしてしまった。


「なっ!(な、なんでだよ……あんな優男まで……!?)」


 これは、いよいよ覚悟を決める(玉砕覚悟での逃亡)しかない、そう思い至った時、


「さすがセイル様」


「ああ、ラグナ隊長もやっぱり凄え!」


 隣に、緊張感のかけらもない若い男女の二人がいることを思い出した。

 こいつらは規格外たちより明らかに弱そう。


「(……)」


 今なら規格外の奴らは二つに別れてもなお暴れ回るヤブキリに留めを刺そうと夢中でこちらの動きを見ていない。


 この状況から逃げ出そうと必死になっていたコツンの行動は早かった。


「(せっかく感情値が溜まっていた。砕くには惜しいが、これも俺様が逃げるためだ)」


 邪悪神様からの評価されることを諦めたコツンは持っていた邪魔水晶を全て粉々に砕き、その破片を邪気でコーティングして部屋中の上空に舞い上げる。

 投げつけても防がれては意味がないと思ったコツンは粉々にすれば全ては防げないと思ったのだ。

 部屋中に砕かれた邪魔水晶の破片が広かった。


 悪魔族でも触れるだけで侵食し狂わせるほど強力な邪魔水晶。


 粉々でかなり小さくなったが、生身の人族だからこれでも十分効果があるだろうと思ったのだ。

 

 でも実際はコツンにも想像ができなかったのが本音だ。逃げる隙さえ作れればいいと。


「(……狂気に呑まれてくれよ)」


 上空に舞い上げる時に多めに吸い込んだらしい男女の二人は、すぐに頭を抑えて座り込んだ。


「か、カイト、頭が……割れそう」


「ぐぅ……さ、サラもなの、か。お、俺も……だ」


「(よし)」


 幸いコツンが憑依した人族はすでに生き絶えているため邪魔水晶の破片の影響を受けることはなかった。

 悪魔くずれに憑依したままだったら影響を受けていただろうが、もちろんこれはコツンの知らぬところ。


「(……い、いまだ!)」


 コツンはそれから憑依した人族を必死に走らせて部屋を出たのだった。


「お前なあ……そんなことをしてきたのか」


『そうなの。コツンも破片が怖かったの。それで、ヤブキリはパスが切れているからもうやられちゃってると思うの……

 人族の方は邪魔水晶の破片を吸い込んでいるはずだから正気なんて保っていれるはずないの。もしかしたら狂って殺し合っているかもしれないの』


 ――それでグウが人族の様子が変だと言ったのか……


「はあ、お前、なんて面倒なことを……」


 俺は、楽しげに笑っているコツンの頭を軽く指で弾いた。


『あうっ』

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