第119話

 ラグナたちは聖騎士隊は、見習い聖騎士の不注意で発動させてしまった転移トラップにより離れ離れになっていた。


「くそっ!」


 ラグナは自身の聖力を解放しつつ、感知した聖力に向かって迷宮内を全力に近いスピードで駆けていた。


 走りながらも聖力を解放しているこの行為は、自身の位置をはぐれた仲間たちに知らせるため、凶魔にも自分の位置を知られてしまうというリスクはあるが、今は合流することを最優先としていた。


 ――転移トラップとはやられたぜ。だがまあ、ここからなら奥に進むことだけを考えればいい……


 そう、幸か不幸か、ラグナは迷宮の出入口付近に転移していた。戻されたとも言うが。


 もちろん、迷宮やダンジョン内の探索において、このようなトラブルはよくあることだ。


 いつもならば聖力を解放しつつも極力一人での戦闘は避けて、近くの者と合流を急ぐ。ただそれだけ。各々がそうやって行動するだけで誰一人欠けることなく自然と態勢は整うのだ。


 だが今は違う。新たに加わった見習い聖騎士たちがいる。


 ――……ここから感知できる気配は五つ、か……


 見習い聖騎士たちが皆と同じように聖力を放つことができるのかと言えば、もちろん厳しく指導してきていたので、できると思いたい。


 心配は迷宮内でただ一人となって実戦経験の乏しい見習い聖騎士が、冷静な判断のもと行動を起こせるか、そこまで考えてラグナは首を振る。不安しかないと。


 ――この聖力の気配は……くっ、ソートと……ラーズかよ……


 ラグナは嫌な予感を振り払うかのよう、また首を振る。


 ――ひよっこ。俺たちが行くまで……死ぬんじゃねぇぞ。


「隊長!」


「ソート、ラーズ、お前たちは無事のようだな」


「はい!」


「すみません隊長。私がもう少し見習い聖騎士たちの行動を注視していれば、このようなことには……」


「いや、それを言うなら俺もだ。早く見つけてやってひよっこ共とは合流するぞ」


「は! しかし、どうしますか隊長。その……見習い聖騎士たちの聖力がまったく感じとれませんが……」


 すでにセイル様、ガラルド、アクス、の位置は、おおよそであるが把握できていたラグナも、それは分かっていた。


 それでいて、見習い聖騎士たちの聖力が感じとれないのは聖力の扱いが拙いから、もしかしたらその三人の誰かと見習い聖騎士たちは合流しているのではないかという一瞥の望みを抱いているのだ。


「……とりあえず俺たちは俺たちのできることをやる。

 少しきつくなると思うが凶魔をこちらに誘い込み、狩るぞ!」


 ――そうすれば、そのだけひよっこ共(見習い聖騎士たち)の危険性が減る。


「はい」

「了解」


 ――――

 ――


 セイルは光輝く聖剣を手すると凶魔に向かって駆けた。


「滅びなさい!!」


 その姿は後方で聖域結界を張っていたセイルの姿とあまりにもはかけ離れていた。


 右手に聖剣、左手には聖盾を構えて駆けるセイルは、ラグナにも劣らぬ速さで凶魔に肉薄する。


 グルッアアァア!!


 凶魔はセイルを拒むかのように鉤爪を横に払ってきたが、身体だけ晒して躱すと、素早く腰を落とし聖剣に力を込める。


「聖剣術其の参っ、破悪聖光剣」


 グァァッ……


 目にも留まらぬ速さで払うセイルの聖剣術は、凶魔の赤黒く脈打つ皮膚に、細い光の線をいくつも走らせる。


「はあ!」


 セイルが聖剣を振り抜く度に細い光の線が何十、何百と走っていく。


 グァァァァァア!!


 光の線が走る度に、苦痛の叫びを上げる凶魔。敵わないとみると身体を翻し逃げ出そうとするが、


「逃しませんっ!」


 セイルがさらに一歩踏み込み聖剣を突き出す。


 グルァァァァア……


 聖剣は凶魔の背中から身体を貫き、その身体に光の亀裂を走らせる。


 ガッ、ガァァアッ!!


 さすがに、これには感覚が鈍くなっていた凶魔でさえも堪えたらしく、口から粘り気混じりの泡を吹き出し転げ回る。


「はぁ、はぁ……あなたはこれで終わりです」


 セイルは仕上げにと転げ回る凶魔に向かって聖剣の剣先を向ける。


「滅聖!!」


 その瞬間凶魔の内部から爆発が起こる。


 グアアァァア!!


 それが断末魔の叫びとなり凶魔は黒い水晶を残して消滅した。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ……」


 セイルは素早く息を整えると、壁の片隅で身を小さくする二つの人物に近づいた。


「……もう、大丈夫ですよ」


「せ、セイル様、ありがとうこざいます!」


 見習い聖騎士のサラは座り込み腹部から血を流すカイトを庇うように抱きしめていた。


 ――どうやら、間に合いましたね……


 カイトの出血は酷いが意識はしっかりしている。サラの方はすり傷程度だ。


 ここでようやくセイルは安堵の息を小さく吐いた。


「サラ、カイトをそのまま動かないでくださいい。今、回復魔法をかけます」


「……す、すみませんセイルさ、ま」


 上体を起こそうとしていたカイトを制したセイルは、カイトとサラに向かって回復魔法を施した。


 カイトのキズは騎士の鎧を貫いていて身体の側面を抉っていた。先ほどの凶魔の鉤爪によるキズだろう。セイルの回復魔法がなければ命はなかったかもしれない。


「カイト危なかったですね。サラも念のために魔法をかけましたが、体調はどうですか?」


「はい、セイル様。もう大丈夫ですありがとうございました!」


 腹部のキズを確認しつつゆっくりと上体を起こしたカイトは、セイルに向かって頭を下げた。


「はい、私も大丈夫です」


 続いてサラもカイトに倣って頭を下げた。


 優しく頷き返したセイルはゆっくりと立ち上がり辺りを見回した。


 ――ん? この聖力は……


「あの〜セイル様……?」


「はい、どうかしましたか?」


「セイル様はどうして普通に聖剣が使えるんですか、セイル様は司教ですよね? 司教様は魔法効果を高める聖杖を使うと習いましたが……」


 サラとカイトは疑問にもにた表情を浮かべているが、その眼差しは憧れに近いもののように感じた。


「……よく覚えてましたね」


「「はい」」


 少し照れるサラとカイト。自分の思いとは裏腹に助祭、司祭、司教と昇格してしまったセイルは妬まれることはあっても憧れの視線を向けられることはなかった。


 ――こんなこと……


 セイルは聖騎士時代を思い出し口元を少し緩めた。


「ふふ、それは私が元聖騎士だったからですよ」


「ええ、セイル様は聖騎士だったのですか!?」


「はい、とは言ってもBランクまでです。

 その後は結界魔法の適性が発現して助祭にされてしまったのですよ」


 ――まあ、そのせいで上層部から嫌われているんですよね。


 助祭からは幹部候補との位置付けになる。そのためSランクの聖騎士よりも立場が上になった。


 助祭になると聖騎士のように前衛を務めることはなく、司祭、司教、大司教の補助のほかにも、戦闘では聖騎士団の指揮と、聖域結界による後方支援がメインとなる。


 だが元聖騎士だったセイルは前衛としても優秀だった。

 そのため自身の地位を脅かす存在になりうるセイルは早々に上層部から疎まれてしまった。それが今でも尾を引いている。


「そうだったんですか。でも、ラグナ隊長よりもすごいと感じましたが」


「いえいえ、さすがにそれはないですよ。本気になったラグナの相手など私ではとても無理です」


 ――魔力が増えた分、後方支援に回り体力は随分と落ちてしまいましたからね。


「そうなんですか」


「そうですよ……む!?」


 感じ取っていた聖力が突然大きく膨らむんだ。


 ――これは……ラグナ……そうですか、凶魔を誘っているのですね。他には……ソートとラーズですね。


 セイルはその意図をすぐに理解した。


「どうやらラグナが凶魔を誘っているようですね」


「隊長が!?」


「はい、私たちもそちらを目指しますよ」


「「え」」


「ほら、グズグズせず歩いてください」


 セイルはその理由を見習い聖騎士に説明しつつ、三人でラグナたちの方に向かった。


 ――――

 ――


「なあ、お前の仲間がわざとらしく聖力を強めに放っているが、なぜか分かるか?」


「分かるわけないじゃない、です」


「はあ」


 ――まあ、見るからに優秀そうな顔、はしてないもんな……


「……な、なによ、その顔……」


「いや、別に……」


 俺が無視して歩き出すと見習い聖騎士が慌ててついてくる。

 そして、またもや後ろの方で勝手に話し始める。


「あーもう、ちょっと……あのね。いくら私が優秀でも、私、見習い聖騎士になって一年も経ってないんだよね」


 この見習い聖騎士は何か話してないと不安なのだろうか、先ほどからずっとこんな調子なんだ。

 仕方なく俺も付き合ってやるんだが、もちろん興味が湧いた話題にだけだけど。


「ほう、そうなのか」


「そうだよ。それに私はもうヘトヘトで聖力を感じとる気力もないんですよ。だから誰かの聖力だって感じとれないのです」


 見習い聖騎士がなぜかそこで胸を張る。


 そこは威張ることじゃないと思うが、胸を張ってるからこそ俺は、見習い聖騎士が着ている鎧が邪魔で仕方ないと思ってしまう。脱いでくれないかな。


「ふーん……それで」


「むう……また呆れた顔してる」


『悪魔くずれもうすぐ。人族もいる』


 グウのナビで進んでいるが、話し込んでいたから早く感じる。

 いつの間にから、悪魔くずれの近くまで来ていたようだ。だが、


 ――人族は、聖騎士だろうけど……気配が弱々しいな。


『悪魔くずれ移動する』


『了解、とりあえず行ってみる』


「おい、そんなことより悪魔くずれがの近くまで来た。

 お前の仲間の聖力に誘われてそっちに行きそうだから急ぐぞ」


 ――逃げられたら面倒だからな……


「ほえ、ええ! 悪運くずれって凶魔でしょ、なんでこっちからわざわざ向かって行く必要があるのっ!! 行くならそっちの聖力の方じゃないの……」


「うるさい。とっとと走らないと、お前一人置いて行くぞ」


「はい走ります! 走りますから置いて行かないでください、です」


 数メートル軽く走っただけで見習い聖騎士がもう離れている。


「待って、待ってください」


 その顔は今にも泣きそうだ。


「ったく、お前は遅いぞ」


「え、え、ぎゃああぁぁぁ……あ、あれ?」


 見た目は割と可愛らしいがその悲鳴はまったく可愛らしさのカケラもない。色気もない。


 俺は足の遅い見習い聖騎士に尻尾を伸ばし絡めてから持ち上げるとそのまま迷宮を駆けた。


「……な、なんか楽、これいいかも……」


 ――こいつ……


 全力で駆けること数分、赤い液体を口から滴らせている悪魔くずれを捉えた。


「いたっ!!」


 その悪魔くずれは聖力に誘われて上の階を目指していたようだが、うまく先回りできたようだ。


「ひぃぃ、で、出たぁ。私あいつ嫌ぁ!」


 背後から悲鳴が聞こえてくるが、俺はそれを気にすることなく悪魔くずれとの距離を詰める。


「逃がさんよ」


 素早く悪魔くずれの正面に立った俺は、そのまま顔面を鷲掴みにして後頭部から地面に叩きつけた。


「終わりだな」


 口から赤い泡を吹き意識のない悪魔くずれの頭に圧縮させた魔力を押し込み内側から爆発させる。


 パンッ!!


 いつものように迷宮の地に大きな陥没をつくってしまったが、悪魔くずれはちゃんと仕留めてやった。


「これでよしっと……」


 俺にとっては、もはや作業でしかないが、悪魔くずれも痛みを感じることもなく消滅したと思うからきっと感謝しているだろう。


 俺は転がった邪魔水晶を踏み潰した。


「さてと次は……んっ」


 人族の僅かな気配を感じた。


 ――その言えば……人族の気配もあったな……


 俺は後ろ目に尻尾に巻き付けたままの見習い聖騎士を見た。


「な、何よ」


 口は悪いが涙目のまま大人しくしている……


「人族の気配が僅かにある……多分お前の仲間だ」


「え、ほんと! 誰かな」


 見習い聖騎士は、涙目の顔から一転。笑顔になった。けど、そいつが男の聖騎士ならば……面倒だと思った。


「さてと……『グウ』」


『次は一回戻る』


 俺が次の悪魔くずれの位置をグウに頼んだところで、


「ふふ、もしかしてサラかな……」


 呟くように見習い聖騎士が女性の名前を言った。女性ならば話は別だ。


「他にも女聖騎士が来てるのか?」


「そんなの普通にいるに決まってるじゃない。何言ってるの……」


「ふむ。それはけしからんな……」


 ――けしからん女聖騎士が、この迷宮にもう一人……ふふふ。


「けしからんって? あー、その顔……」


 見習い聖騎士がジト目を向けてくるが――


 ――ん? あれ、気配が今にも消えそう……?


「うーん。そいつ、死にかけてるぞ」


「ちょ、ちょっと、それを早く言ってよ。サラかもしれないし、お願い」


 ――うむ。それは俺も困る……


「ああ」


 小さな気配を探りつつ進むこと数分。袋小路で横たわる聖騎士を見つけた。


「こ、こいつは……」


「きゃっ……」


 その聖騎士は先ほどの悪魔くずれに喰い荒らされて酷い有り様だった。

 見習い聖騎士は思わず両手で顔を覆い隠した。


 見れば見るほど酷い有り様だと思う。息をしているのが不思議なくらいだ。


 ――ん? こいつ……回復魔法が使える? いや違う再生スキルか……だが、そのスキルの力は微々たるものだな……このキズ、自力ではまず助からないぞ……


 恐らく先ほど俺が処理した悪魔くずれだな。食事中だったにもかかわらず、大きな聖力に誘われてそちらに向かったのがよかったのだろう。だから辛うじて生き残れている。


「あああ、アル……あなたアルね!!」


 先ほどまで両手で顔を覆っていたはずの見習い聖騎士の脚が空を泳ぐ。


 恐らく俺の尻尾に掴まれていることを忘れ駆け寄ろうとしたのだろう。けど今は……


 ――こいつ、どこかで……見たことある。どこだ?


「……ィナ……」


 ――ん?


 すでに意識もないはずなのにその聖騎士は何かを呟いていた。


「ァ……ィナ……ま……ろ……」


 ――あ、い、な? ……アイナ……?


「……むかえ……いく……アイナ……」


「アイナ!?」


 その名前を耳にした途端に、あの日あの時の情景、ギルド内で交わした約束を思い出す。


 ――「ハンター様……お願いお兄ちゃん……助けて」


 ――「クロー、私たちからもお願い!」


 そうハンターの真似事を始めたばかりの頃、俺は女性三人から少年を助けてくれとお願いされた。


 二人は俺の妻であるエリザとマリー。そしてもう一人の少女の名が……アイナだった。


 で、この少年は間違いなくあの時、悪魔に呑まれそうになっていた少年だ。


 別れ際にも、俺はガラにもなく「何かあれば呼べ」そう伝えた。


 今思い出してもなぜその時は、そんな言動をしてしまったのか理解できないが、結局あの時もあの後も、約束はしたが俺は何もしていない。


 ――……アイナ、か……


「……今回だけだ」


「え、何を……」


 俺は誰に伝えるでもなくそう呟くと所望魔法を使った。


『我は所望する……』


 これは至る所にある欠損があまりにも酷く、いつ事切れてもおかしくない状態だったため、本人の体力を消費して回復する回復魔法の使用を避けたのだ。


 俺が右手をかざすと聖騎士の少年の身体は眩い光に包まれた。


 身体にキズや欠損が酷かったせいか、青白い光は細かい粒子になりしばらく少年の回りをぐるぐると回っていた。


 そして、青白い光の粒子が全て少年の身体に吸い込まれれば完治の合図。少年は元の姿へと戻っていた。


「え! ええ!! な、なんで!?」


 見習い聖騎士が俺と少年を何度も見比べて理解できないと首を振る。


「たまたま、こいつの知り合いと約束したことがあった。だからだ」


 見習い聖騎士にはそう言って誤魔化したが、


 ――ラット?


 そう、先ほどからラットからも謝罪の思念がばんばん送られてくる。


 ――『主……』


 ラットは悪魔時代、この少年と契約をしたがセリスによって遮られ履行できなかった。


 その無念の念がラットの思念によって送られてくる。が、そのラットからの思念は少しずれていた。


 なんでもラットの思念によると、その時の浅はかな行動が、俺の使い魔として相応しくなくて許せないらしい。


 これは何というか……俺のことをラットがどう思っているのか聞くのが怖くなったが、これはラットのためだと思えば俺のもやもやしていた気分も晴れそうだ。


 ――『心配するな。俺がラットの主として、その借りを返しといてやる』


 背後にいる見習い聖騎士にバレないよう、俺はまだ意識のない少年の額に手を置き、さらに悪魔法:悪運を刻んでやった。


『悪魔法、小悪運……』


 悪因は小さなものにしたから、よほどのことがない限り気づかれることはないだろう。


 ちなみにこの悪運とは、運がめちゃくちゃよくなってしまう悪魔が刻むには、らしくない悪因で、悪魔はほぼ使うことはない。小悪運は悪運の弱いバージョンだ。


 悪魔なのに運をよくしてやるってどんな悪因だと今までは思っていたが。


 ――『主、ありがとう』


 ――『主として当然のことをした。ラットは俺の大事な使い魔だからな』


 ――『主、ラットもっと頑張る』


 ――『おう』


 無念の思念から感謝の思念に変わったラット。


 たまには使い魔のために動いてやるのも悪くないと思った。

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