第118話

 パキンッ!


『よし、グウ次はどっちだ』


 俺は転がっている邪魔水晶をぐりっと踏み潰すと次に向かう悪魔くずれの位置を尋ねた。


『そのまま真っ直ぐ。突き当たり左』


『了解』


 なぜか不機嫌そうにしているグウ。でも案内は的確でその声に従い進んでいると、すぐに次の悪魔くずれの姿を発見する。


 グウが言うには、今は地下十五階層の位置にいるそうだ。


 気づかないうちに三階層も登っていた、これはかなりいいペースじゃないだろうか。


「お、こっちに気づいたか……」


 悪魔くずれは、ほんとくずれだけあって俺の気配に全く反応できない雑魚ばかり。俺が気配をうまく消せてるってこともあるかもしれないが、そこまで意識していないので悪魔くずれが雑魚すぎるのだろう。


 だが今は状況がちょっと違うからな。


 昆虫みたいな悪魔くずれは俺ではなく、俺が担いでいる女聖騎士に反応している。


 美味そうなエサを見つけたとでも思っているのだろうか、ヤツの血走った目が女聖騎士を捉えて離さない。


「ほう」


 口元からは絶えず粘り気のありそうなよだれが糸を引いて汚らしいが、これは思考能力の低下した悪魔くずれに見られる現象で、手遅れの証でもある。

 仮にヤツが格の高い悪魔だったとしても単調で直接的な攻撃しかしてこないので、処分する方としては楽でいい。


「汚い奴だ。そんなに物欲しそうに見てもダメだぜ。こいつはやらねえ」


 俺だって楽しみにしてるんだよ。女聖騎士のおっぱいトラップ。鎧を脱いだ瞬間に弾けるようにボンっと飛び出すあのトラップ。


 ——ふふふ……


 ギェェェッ!!


「おっと、お前、煩い」


 こちらの都合も考えずに勝手に襲い掛かってくる悪魔くずれの鉤爪を上体を晒すだけで躱し、空を斬ったその手首を素早く掴んで、軽く握り潰す。


 バキッ!


 ギィィィヒィーッ!!


 悪魔くずれに痛みを感じる感覚が残っているのかは知らないが、俺が握り潰した瞬間に奇声を上げて右腕を引っ込めたので、今度はこちらから隙だらけになった悪魔くずれの頭に手を伸ばす。


 毎回同じ手口で処理しているが、これがなかなか効率がいいんだ。


「お前もこれでおしまい……っ」


 後もう少しで悪魔くずれの頭を掴むというところで……


「う、ううん……」


「おわっ、急にっ動くと、危ないだろ」


 肩に担いでいた女聖騎士がもぞもぞと身じろぎした。今度は俺の方がヤツに隙を与えてしまう。

 体勢を整えた悪魔くずれが両鉤爪を前にして突っ込んでくる。


「おっと」


 危うく聖騎士に当たりそうになってちょっとだけ焦ってしまったが、鉤爪を左手の甲で弾き、今度こそ右手で悪魔くずれの頭をしっかりと掴む。


「やっと掴まえた」


「みんな〜ごめん。私気を失って……た……え?」


 メリメリッ!


 ピギャャャャ!!


「気がついたか……すぐ終わるから少し待ってろ」


 俺に頭を掴まれジタバタ暴れる悪魔くずれの頭に指をめり込ませてガッチリ掴んでから女聖騎士に一声かけておく。


 ――邪魔でもされたら面倒だからな。


「え? ぅそ……なんで、ぁ、ぁぁ、あくま……悪魔!? ぃぃぃ……は、はなせ、離してよ」


「おわっ、ちょっ、こら。動くな!」


 一声かけてやったのに、突然暴れ出した女聖騎士に尻尾を巻きつけ身動きできないように固定する。


「少し大人しくしとけ」


 それから、掴んでいた悪魔くずれの頭を力任せに地面に叩きつけいつもの処理をする。


 パンッ!!


 小さな風船が破裂するような音が迷宮内に響き地面に大きな陥没を残した。


「ふう」


『……あぅ』

「……き、凶魔が……い、一撃……ぃぃぃ……」


 グウの声と、女聖騎士の悲鳴に似た呟きが背後から聞こえてくるが、それよりも今は先にやることがある。


 俺は慣れた手つき、じゃなく足つきで転がっている邪魔水晶を踏み砕く。


 パキンッ!


 漏れ出した黒い煙が消えると、透明になった破片は迷宮へと吸収されていく。


「よし……?」


 先ほどまで背後で暴れていた女聖騎士がウソのように大人しくなっている。


 ま、そうは言っても尻尾を巻き付けてしっかりと固定し宙に浮かせているので、いくら力を入れて暴れようが、この女聖騎士程度の実力では抜け出すのはムリだろうが。


「さあて」


 これでゆっくり話ができそうだと思い俺は、尻尾を動かして巻き付けたままの女聖騎士を俺の目の前に移動させる。その際暴れられても面倒なので女聖騎士を地面に下ろすことはしない。


「ひぃぃぃぃ……」


 しかし、顔面蒼白になっている女聖騎士は女性とは思えない可愛くない悲鳴を上げたかと思えば、


「おい」


 俯きぶつぶつと呟くだけでこちらを見ようともしない。


「……さい。ごめんなさい、ごめんなさい。食べないでください。私はおいしくないです。おいしくないんですよ〜」


「おいって」


「ひぃぃぃ、ごめんない、ごめんなさい」


 ――これは、もしかして、怯えてる? この俺に?


 召喚当時、ただの貴族令嬢にすぎなかったエリザでさえも俺を見て怯えることがなかったというのに……


 ――信じられん。


 多少姿が変わったと言っても元々地味だった俺が、少し身長とツノが伸びて、ちょっと人相が悪くなって、強制的に上半身裸されて、黒くて大きくなった翼を広げたところで……


「おい、こっちを見ろ」


 試しにそう呼びかけて、じろりと女聖騎士を睨んでみる。


「ぃぃっ!?」


 ちらりと俺を一瞥した女聖騎士の顔色が青から白へと変わり身体をブルブルと震わせ始めた。


「ぃぃぃ……さい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


「……」


 やはり俺に怯えている。そんなに変わっていないはずなんだけど、こうも怯えられると……


 ――ふふ……ふふふ、ちょっと嬉しいかも。ふふふ、そうか、俺が怖いのか……ふふ、ふふふ。これはなかなか楽しいぞ。


 おっと、いかんいかん、初めて怯えられたのが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。


 せっかく怯えられて気分がいいが、このままってわけにのもいかないよな。


「おい、おま……ぇ!?」


 俺の尻尾で宙ぶらりん状態の女聖騎士は、俺の睨みがそうとう怖かったらしく……


「ごめ……な……さい、ゆるして……ください、どうか、食べないで……ください、おねがい……しま、す」


 ぐすっ、ぐすっと鼻を垂らし泣きじゃくりながら……失禁していた。


 ポタポタと女聖騎士から出てはいけない水分が落ちていく。


「お前……おしっ」


「ちが……ちがう」


 女聖騎士は俺が何を言いたいのか分かったらしいが、その言葉とは裏腹に、さらに落ちていく水分の量が増している。


「ちがう……こんな……つもりじゃ、ごめんなさい。ごめんなさい」


 認めたくない女聖騎士は俺に謝りながらも、ぶんぶんと首を振る。それはもう必死に。羞恥と恐怖、女聖騎士がちょっと可愛そうになってきた。


「……ぅ、ぅぅ……」


 ――やりすぎたか……


 俺はゆっくりと女聖騎士を地面に降ろしてやった。


「……な、なに、私をどうするき」


 ――……ふむ。どうしたものか。


 女聖騎士が一人でいた理由もグウに聞いたから知っているからな。

 面倒だし女聖騎士の方から交渉を持ちかけてこないかな……


 ——うーむ。


 ちらりと見た女聖騎士は俺に訝しそうな目を向けているが、その身体は小刻みに震えている。


 ――あんな状態だからな……恐ろしすぎてそれどころじゃないかもな。


 そんな事を考えていたら、


「ご、ご、ご、ごめんなさい。生意気いいました」


 俺はいつの間にかしかめっ面になっていたようで、女聖騎士は俺が機嫌を損ねたとでも思ったのだろう。


「ごめんなさい。ゆるしてください」


 女聖騎士が両手と額を地面につけながら再び謝り始めた。


 これではいくら待っていたとしても、女聖騎士の方から交渉したいと持ちかけてくることはなさそうだ。


「何度だって謝ります。どうかお怒りをお納めください。そして許してください。できれば食べないでください。私は美味しくないのです。お願いします」


 とても聖騎士とは思えない言動に少し呆れてしまうが、それでも本人は真剣なのだろう。ずっと頭を地面に押しつけている。


「はぁ……喰わねえよ。あのな、俺をあんな悪魔くずれと一緒にするな」


「……あくまくずれ?」


 俺の喰わない、と言う言葉にすぐに反応してみせた女聖騎士は、がばっと頭を上げ俺の姿をじーっと眺め始めた。


 ——おや? 


 もう震えが取れてるじゃないか。ちょっと残念に思うがまあいい。


「悪魔くずれは、お前たち教団が呼ぶ凶魔のことだ。今始末した奴らのことを、お前たちは凶魔って呼んでるんだろ?」


「うん」


 ——ほう。


 実力は別として、さすが聖騎士になっただけのことはあるか。肝が座ってる。


 あれだけ取り乱していた姿がウソのようだ。失禁して、鼻水と涙を垂らして何事もなかったかのように振る舞うその態度。なかなか真似できないぞ。


「あ、貴方は凶魔じゃないの?」


「違う。あんな悪魔くずれと一緒にするな」


「そうなんだ。あービビって損した。それで貴方は強いようだけど何者なの」


 女聖騎士が立ち上がりながらそんなことを言う。俺は耳を疑った。空いた口が塞がらない、という言葉をどこかで聞いたことがある。


 俺が凶魔じゃないというだけでこうも態度が変わるなんて……


 もしかして悪魔を舐めてる? いや、やっぱり俺に迫力が足りてないから舐められた?


「お前聖騎士だろう、見て分からないのか?」


 俺は気分が悪くなり女聖騎士を睨みつけた。


「ぇぇ……」


 女聖騎士がビクリッと肩を震わせると一歩だけ後ずさりした。


「俺は悪魔だよ」


「……ぁ、あく、ま?」


 女聖騎士が何度も悪魔と口ずさむ。まるで記憶にある何かを思い出そうとしているかのように……


「っ!?」


 そして何か思い出したらしい女聖騎士の戻っていた顔色がみるみる悪くなっていった。


「え、だって、ぐす。聞いてないよそんなの、ごめんなさいゆるして。ぐすぐす。だって私見習いだもん。本物の悪魔だって見たことないんです。ぐす」


 目尻に涙を浮かべえ鼻水を垂らし始めた女聖騎士の態度にはちょっと困ったが、俺はそれを聞いて納得した。


 ――こいつ見習いだったのか……


「私孤児で、ぐす。でも運よく聖騎士になれたから、これからはお腹いっぱい食べれると思っていたのに……ぐすぐす。私が食べられるなんて……ぐす。いやだよ。お願いですゆるしてください。食べないでください」


 ――また、こいつは……しかしなるほどね。こいつ孤児だったか、変に図太いと感じたのはそのせいか……


「だから俺は喰わないって言っただろうが。俺は悪魔だが、人族の血肉に興味なんてないんだよ」


「ほ……ほんと?」


「ああ、俺はお前が倒れていたから連れてきてやっただけだ」


 ――まあ、その原因をつくったのも俺だけど……


「俺は聖騎士たちの気配くらい分かる。どうする。対価を払えばお前の隊長の所までは連れて行ってやるが」


 悪魔くずれを、処分しながらになるけどな、と続ければ見習い女聖騎士が、俺を探るようにじっーっと眺めている。


「まあ、いやなら別に……」


 見習いだけあって、この女聖騎士の実力では、到底地上にたどり着くのは難しいと分かってて言う俺も卑怯だと思うが、だって、ねぇ……


 俺は女聖騎士の輝く胸部に視線を向けた。


「待って。そ、その対価って何、ですか。はっ!? もしかして私の純潔……」


「ちが」

「でも、命には変えられない、よね……純潔ていどですむなら……安いもんよ。うん、安い。いいわ。私の純潔……貴方にあげる」


 一人でぶつぶつ言いながら考え始めたかと思えば、突然、何やら決意したような目を俺に向けてくる。

 

 そしてあっさりと純潔を捧げると言うではないか、俺の方が逆に戸惑うんだが。


 ――俺はただ鎧下のおっぱいを揉ませてもらいたかっただけだが、この女の純潔を俺がね……悪くないかも。ん? いやまてよ、冷静になれ俺よ。これは女聖騎士による籠絡術の一つではないのか。だからあっさりと受け入れた。そうだ、そうに違いない。ふふふ。危なかったが、俺は気づいたぞ。逆に俺を術に嵌めようとした報いをその身に刻んでヤるよ。くくく、その時が待ち遠しくて気持ちが昂るわ……ん?


 そこまで考えて、ふと、遠い記憶の中で夫の浮気で悲しんでいた母親らしき姿が頭をよぎっていき、続けてエリザに、マリー、セリスと続く。さらにはナナやセラ、マゼルカナ、イオナに、ライコ、と続き、ニコ、ミコ、ニワの顔まで……俺って見境ない……


 昂ぶっていた気持ちがなんだか萎んでいく。


 ——やっぱりやめよう。籠絡術も知らんわ。


「ふん。誰がお前の純潔など……いるか」


「ええ、だって私の身体を舐めるように見てたし、今だって泣きそうな顔をしているようだけど……」


「うっ。そんなことはない。あ、あいにく、俺には愛する妻がいるんだ。だからお前のおっぱいを揉ませてもらうだけで勘弁してやる」


「へ? つま? 貴方に?」


 見習い女聖騎士が目をパチクリしている。そんな姿を見ると年相応に、少し幼く見えてしまう。でも……


 ――女聖騎士のおっぱい事情だけは堪能しとかないとな。


「そうだ。妻がいるから、おっぱいだけで勘弁してやる」


「妻……愛する妻がいるのに?」


「そうだ」


「それって、おっぱいもだめなんじゃ……」


「おっぱいはいいんだ。俺にとっておっぱいは癒しも同意。無理ならお前はここに残していく」


「待って、待って。おっけ。おっけいよ。私のおっぱい揉ませてあげる。だから置いてかないで……」


「ふっ、いいだろう契約成立だな。お前を聖騎士の隊長の所まで連れていってやる」


「う、うん……お願いします」


 そう言った女聖騎士は不思議そうにじーっと俺のこと見ていたが、俺が歩き出すと後ろを黙ってついてきた。


「っと、忘れてたわ。ほらよ」


 俺は後ろに向き直ると、後ろをついてきていた見習い女聖騎士に向かってクリーン魔法をかけてやった。


「お前おしっこ漏らして、少し臭って……」


「ああ〜聞こえなーい。何も聞こえな

〜い」


「お前、ほんといい性格してるわ」


「聞こえないも〜ん」

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