第117話

「はい、さような、らっ!」


 俺は悪魔くずれの背後に回り込むとその頭を掴み地面へと叩きつけると同時に魔力を内部に押し込み破裂させる。


 パンッ!!


 迷宮内にちょっとしたクレーターを作ってしまったがまあいいだろう。


「こんなもんか……」


 悪魔くずれは綺麗さっぱり消滅して黒い水晶だけを残した。

 


『ぁぁ……また……陥没……る』


 またもやグウの声が聞こえてきたような気がしたが、気のせいだろう。

 何かあればはっきりと言ってくるだろう。

 それよりこの黒い水晶が悪魔神が言っていた邪魔水晶だ。


「こいつは忘れないうちに潰しとかないとな」


 その邪魔水晶を、俺は靴の踵を使って踏み潰し細かく砕いた。

 砕けた水晶からは黒い煙が上がり消えていく。


「よし」


 砕けた水晶は透明になっている。こうなればもう問題ない。あとは迷宮にでも吸収してもらおう。


 実はこの邪魔水晶、はじめこそドロップアイテムだろうかと思い何の気なしに拾って痛い目にあった俺は、その後はすぐに踏み砕いている。


「ほんと、厄介なもんを持ち込みやがって……」


 この邪魔水晶は本当にマズかった。何がマズイかと言うと、触れた瞬間に俺の身体に侵食し始めると同時に邪な感情を湧き立てる。


 自分じゃない何かが俺を呑みこもうとして来るんだ。


 すぐに手首から先を切り落として難を逃れたからよかったもののこれは本当に危険な代物なんだ。

 あ、切り落とした手首は勝手に再生してる。悪魔の身体って本当に頑丈だな。

 

『グウ、俺の感覚ではこの二十階層の悪魔くずれは全て処理したと思うんだが、どうだ?』


『うん。大丈夫』


『よし、じゃあ次だな。十九階層に向かうから……グウ案内してくれ』


『うん』


 このドの迷宮内の壁は、ゴツゴツした岩肌がむき出しになっており、まるで洞穴の中を進んでいるかのような迷宮だ。


 構造も非常に複雑でこれはもう迷路と言っていいだろう。しかも、この迷宮、階段がなく緩やかな斜面や起伏があり自分が何階層にいるのかさえ判断がつない超難易度の高い迷宮のようだ。グウは何気にすごいぞ。


 この迷宮、自力で攻略しようと思ったらどれだけ時間がかかるやら……


 ――ニワの迷宮だってここまで複雑には……あー、そうだった。ニワの迷路は途中までしか攻略してないんだったわ。


 ニワも迷宮主としては何気にすごかいのか?


 ただ、有り難いことに、このドの迷宮は地下二十五階層までしかない。ニワの迷宮なんて地下八十二階層まであるらしいからな。


 もし、この迷路が百階層もある迷宮だったら……多分俺は泣いていた。


 でも、なんでだろう。迷宮に一人でいるとつい妻たちが恋しくなる。


「あ〜、広い、広すぎるわグウ。よくこんな広い迷宮を作ったもんだな」


『むふふ……』


 グウの笑う声が念話に乗って漏れてきた。ニワもそうだが、グウも褒められると嬉しいらしい。ニワの場合はちょっとツンが入っているが……


 ——しかし……グウに不純物ポイントが残っていれば、通路をちょっといじってもらって、悪魔くずれへのルートを作ってもらうんだが……はぁ、ポイントないって嘆いているくらいだもんな。グウの迷宮が、俺の支配下にあれば不純物を目一杯出してやるんだけど……


 ニワの迷友だからもう少し柔軟に対応してやってもいいと思うが、相手はこの迷宮を支配する主。

 その不純物ポイントの能力がどれ程のものなのか検討もつかないからリスクの方が大きいんだよな。


 妻や配下がいる身としては、完全に信用するわけにはいかない。


 それに悪魔くずれ化しているとはいえ今駆除しているのは悪魔だ。俺自身も悪魔。これだけの損害だ、悪魔に対しての恨みだってないはずない。


『そこ右に進む。そこからが地下十九階層になる』


『分かった。でも、ほんとグウの案内は的確で助かるよ』


『ふふ……こんなの序の口』


 またもや、グウの愉快そうな声が聞こえてくる。ちょっと褒めるとこうだ。もしかしたらニワのハニワ姿の時のように仰け反って身体全体が斜めに傾いているかもしれない。


 ――ぷっ!


 想像したら笑いがこみ上がってきたが、今は笑うわけにはいかない。

 もし機嫌を損ねて案内はもうしないと言われでもしたら俺の方が困る……


 まあ、ぶっちゃけ俺にはナビ魔法があるから一人でもどうにかできるんだが、疲れるからパス。


『まだまっすぐ進めばいいのか?』


『うん』


 十九階層に入ったと聞いてからも、かなり進んでいると思うが、全く代わり映えしない光景にそろそろ飽きそう。

 

 それでも歩き続けているとすぐに二体の悪魔くずれの気配を感じた。


『近くに悪魔くずれが二体いるな、どっちだ?』


『繋がってるからどっちでも大丈夫……けど、右からの方が背後をつける』


『了解』


 グウに案内され、もうすぐ悪魔くずれのいる場所にたどり着くというところで聖騎士の気配を感じた。


「ん?」


 ――悪魔くずれの気配の中に聖騎士の気配が……どういうことだ?


 その気配は一人だけだった。しかも、その気配は聖騎士にしてはかなり弱い。本当に聖騎士なのかと疑うレベル。そんな聖騎士では逆に悪魔くずれの餌食になってしまうだろう。


『グウ。聖騎士の気配が突然現れたが、どうしてか分かるか?』


『うん。聖騎士たち転移トラップ踏んだ』


『転移トラップ? トラップは全部解除してたんじゃないのか?』


『した。でも迷宮の魔物を逃すのに転移トラップだけは残してた』


『そうか。で、先の気配は一つだけだが……ふむ。転移トラップで聖騎士たちはバラバラになっているようだな』


 意識して気配を探ればすぐに分かった。


『うん。みんなバラバラ』


 ――地上の方から下に向かって悪魔くずれを片付けてくれていたから、少しは楽できると思ってたんだけどな……


『そうか……残念だな』


 どちらにしても、悪魔くずれは駆除しないといけないわけだし、転移してきた聖騎士では悪魔くずれを倒せそうにない。


 ――こんなに弱く感じる聖騎士なんてどんな奴なんだ。逆に興味がでるわ……


 悪魔くずれと聖騎士の方へ向かっていると、


 ——おっ。


 交戦している気配を感じる。ただその聖騎士からは気合の入った声ではなく、悲鳴ともとれる甲高い声が聞こえてきた。


 ――いた!


 その聖騎士は髪の短い(ショートカット)可愛らしい感じの女聖騎士だ。


「く、来るなっ、来るなよ!!」


 ガァア!

 ガルル!


 その女聖騎士が身を小さくして聖盾だけを前に突き出し悪魔くずれの攻撃を必死に防いでいる。


「た、隊長!! セイル様! みんな!!」


 ――……ん??


 ギガァァァ!!

 ギガァァァ!


「きゃぁ……やめ、やめて」


 襲っている二体の悪魔くずれは、相変わらず知性のかけらも感じられず、醜くよだれを滴らせ血肉を求めているだけだ。悪魔神様がクズというはずだ。


 血走った赤い目は目ん玉が飛び出しそうなほど見開き、力任せに聖盾をガンガン殴りつけているだけ。


 グガァァァ!!

 グガァァァ!!


「いや、いやぁぁ、来ないで」


 ――こいつは、たまげた。


 女聖騎士は腰が引けておりすぐにでも吹き飛ばされそうに見えるが、よほど運がいいのだろう悪魔くずれの単調だが激しい攻撃を聖盾でうまく捉えている。


 だが、ちょっとでも当たりどころが悪ければ、すぐにバランスを崩し聖盾は簡単に破られてしまうだろう。


「来ないで、来ないで、来ないでよぉ!! た、隊長! だ、だれか、た、助けて……」


 ――しかもあの女聖騎士泣いてるし、ほんとうに訓練を受けてきたのか、まるで素人だぞ。このままじゃ喰われてしまうだ……ん? 女聖騎士……女聖騎士……?? 女性聖騎士……あ!


 ふとセリスが契約した時に言った言葉が頭を過ぎる。


 ――『女性聖騎士の鎧下は皆こんなモノだぞ』


 セリスのおっぱいは正直すごい。俺のお気に入りだから当然だ。

 そのセリスが自分のおっぱいをこんなモノだと言っていた。つまり聖騎士時代のセリスにとっては普通で見慣れたものだったのだ。

 と言うことはセリスと同レベルのおっぱいの持ち主が女聖騎士の中にはごろごろいるという意味なのだ。俺はしっかりと覚えているぞ。


「……」


 ――もったいないな……


「おい、そこの聖騎士、助けてほしければ俺と……!?」


「だれっ! ……きゃ!!」


 ――あ!


 なんてことだ。間の悪いことに、俺が声をかけ女聖騎士がこちらに振り向いた拍子に、突き出していた聖盾に悪魔くずれの長い爪が少し引っかかった。


 だったそれだけで、女聖騎士は聖盾と一緒に吹き飛ばされ岩肌の壁に全身を打ちつけた。


 ゲガァァァ!

 ゲガァァァ!!


「ちっ……」


 頭を激しく打ったのか、打ちつけられた女聖騎士はピクリとも動かない。

 そんな聖騎士に向かって奇声を上げた悪魔くずれが襲い掛かろうとしている、が……


「……汚い牙を向けるな」


 その牙が女聖騎士に向くことはなかった。


 なぜなら俺の両腕が悪魔くずれの二つの頭をすでに掴んでいたから。


 ゴガアァァァ!

 ゴバッ!


 俺はいつもと同じように、掴んだ二つの頭を力任せに地面に叩きつけ圧縮させた魔力を流しこみ爆発させた。


 パ、パンッ!!


 風船が破裂したような小さな音だっが、しっかりと魔力を流し込んでいるので、大きなクレーターを二つ作ってしまった。


『ぁ……グウの迷宮が……』


 グウが何やらぶつぶつ呟いているが、今は気を失っている女聖騎士が先だ。女聖騎士はおっぱいだからな。


「おい、起きろ」


 回復魔法をかけて何処にもケガがないことを確認してから、ぺちぺちと頬を軽く叩いてやる。

 だがしかし、一向に起きる気配がない女聖騎士。

 それどころか息が荒くなっていてどこか苦しそう。


 ――どういうことだ? ケガはちゃんと治したはずだが……魔力枯渇か?


 デビルスキャンして状態を確認すると、彼女の名前はアン、年齢15歳。状態が魔力枯渇となっていた。


 ――ビンゴ。


 限界以上に魔力を消費していたってことか。魔力枯渇は魔力譲渡してやるか、しばらく安静にしていれば回復する。


 ただ、今回の相手は聖騎士だ。魔力譲渡までしてやる義理はない。かといって、気を失っている者をこの場に置き去りも人としてどうかと思う。人じゃないけど……


 ——しかし、若いと思ったが15歳……か。


 結果、俺が肩に担いで連れて行くことにした。


「よっと……ん? 軽いな……」


 決して、鎧を着てて残念だとか、鎧下のおっぱい事情が詳しく知りたいなぁとか思ったわけじゃない。


 ほら俺の感覚では15歳ってまだ学生で子どもだし、しかも、俺が声をかけて振り向かせたせいでこうなったわけだし、まあ、そんなところだ。


 悪魔くずれのキモ顔に飽き飽きしてきたとか、そろそろ癒しが欲しいなぁとか思ったわけじゃないぞ。


 言い訳じみた自問自答を繰り返しながら歩いていると、再びグウの声が聞こえてきた。


『そこ、右曲がってまっすぐ行ったところ。一体いる』


 ぶつぶつ言っていたがもう大丈夫なようだ。


『了解』


 心なしかグウの声のトーンが少し低い。何かあったのだろうか……ラットにグウの様子を確認してくれと頼むも、返ってきたのは何も変わりないと返事。まあいい。


 俺はその一体の悪魔くずれを同じように手早く処理するとグウのトーンがまた下がった。

 気絶してる女聖騎士を担ぎながらでも悪魔くずれの動きは単調だから簡単に処理できるんだ。


『グウ大丈夫か?』


『……大丈夫』


 俺の知らないところで他の悪魔くずれが良からぬことでも始めたのだろうか……

 俺はグウのためを想って歩くペースを少し上げることにした。

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