第116話

 視界がぐにゃりと歪んですぐに迷宮主(ニワ)の部屋とよく似た部屋に立っていた。


 辺り一面、土壁で覆われて奥にはニワの部屋で見たことのある大きなモニターがある、その前に30センチくらいの土人形がぷかぷか浮いている。


 その人形の気配はどこかニワに似ていて、たぶん弱い。

 どこの迷宮主も主自身は強くないのだろうか? と、つい余計なことを考えてしまう。


 その人形が俺の気配に気づいたのだろう。振り返り俺のことをジーっと見つめてくる。


 ――……土偶か。


 迷宮と主の名前からして予想していたが、振り返ったその姿はまさに土偶。顔はあるが表情なんてない。


 その無表情の土偶が、ぷかぷか浮かんだ状態でこちらに移動してくる。ちょっとホラーだな。


 おっと俺も人化を解いて悪魔の姿にならないとな。


「ドの迷宮主のグウなのか?」


「……グウはグウ」


 その土人形が俺の問いに、コクリと身体全体を使って肯定の意思を伝えてきた。


「おまえが悪魔のクロー?」


 見た目に反して子どもっぽく可愛らしい声だが、覇気がなくどこかのんびりとした口調だ。

 そんはグウが身体を傾けつつ俺に尋ねてきた。


 ニワのハニワ姿とそう変わらない土偶のグウは、身体に関節なんて見当たらないから、身体の傾け具合で相手の意図していることを察してあげないといけないようだ。


 ——あの角度は首を傾げているつもりだよな。


「そうだ俺がクローだ。悪魔のクローな。それで早速で悪いんだが悪魔の俺に話とはなんだ?」


「うん。あれ……」


 そう言ったグウは大きなモニターの方に身体ごと向き直ると、モニターの画面をいくつにも分割させた。


「みて」


 土でできた指示棒をズズッと創り出したグウが、その指示棒を操り画面の方を指した。なかなか器用だな。


「ん?」


 画面一つ一つには、迷宮内それぞれ別々の場所を映し出しているようだが、そのすべての画面に、思わず眉を顰めてしまいそうになるほど異形な姿をした存在を映し出していた。


「……困ってる」


「こいつら……悪魔か!?」


 そう、すべての画面には、俺が今まで見たこともない、全身が赤黒く脈打つ異形な姿をした悪魔を映し出していた。


 グウがコクリと身体全体を使って肯定してみせる。


「しかもこいつら……」


 ――ぅげっ!


「喰ってやがる」


 その映し出された異形な悪魔たちは、ハンターだったらしき物体や、迷宮の魔物らしき物体に、まるで獣のように貪りついていた。


 何かに取り憑かれているかのように夢中で喰らっている。とても知性のあった悪魔の行動とは思えないほどに。


 そりゃあ、中には血肉を欲しがる悪魔もいるだろうが、あくまでも対価として血肉を求めたに過ぎず命までは獲らないだろう感情値の源だからな。


 魔物はどうか知らんが……


 ――……あり得ない。


 俺は意図せず首を振った、そんな時だった。


 ――ん!?


【やられたよ】


 悪魔の声が突然聞こえてきた途端に、周りの空間が色あせていく。

 すべての音が止み動きが止まる。俺自身も指一本動かすことができなくなった。


 ――……これはどういうことだ?


【秘密。それよりも今は邪魔だ。邪魔神が僕の悪魔界域に干渉してきたんだよ】


 ――邪魔……神が干渉? 


【そうだよ。舐められたもんだ。僕が気づかないとでも思ったのかね。あ、ちなみにボクも神だよ。もう分かってたでしょ?】


 ――……そんなこと知らんがな……


【あれれ、もしかして気づいてなかったの、今だって時間止めてるよね?】


 俺は思わず天を仰いだ。と言っても身体は動かないので気分だけ……


 俺としては、神に近い存在だろうとは思っていたが深く考えることはしなかった。だって面倒そうだから。スキルだし大丈夫だろうとも。なのに……なんてこった。


 悪魔の声スキルの主が、この悪魔界のトップだったよ……なんでだよ。ありえないだろ。


 そこのところ色々と尋ねたい気もするが、逆に墓穴を掘りそうな気もする。


 ——やっぱりやめとこう。


【あれ反応は、ないね? まあ、いいや。それで、そいつら異形の姿になった悪魔はいいように利用された成れの果てなんだよね。

 人族は凶魔と大層な名で呼んでいるようだけど、あれは悪魔くずれ、つまりクズさ。ほんと情けない。あーあ、感情値も随分と無駄にしたよ】


 ――クズ、れ? 感情値を無駄にした? どういうことだ?


【邪魔水晶さ。邪魔神もよく真似たもんだよ。お陰で気づくまでに時間がかかった】


 ――す、すまないが、俺にはなんのことやら、非常に分かりずらいんだが……


【そう? 屋敷に魔水晶があるでしょ、あれとよく似た小型版の水晶なんだよね邪魔水晶って。

 それを持っていれば自分の稼いだ感情値は独り占めできるとか、このならバレないとかなんとか。口車に乗せられて都合よく利用されたってわけだね】


 ――そのいいようだとこれは解決済なのか?


【いいやまだだよ。もちろん手は打ってるけどね。あーそうそう。邪魔水晶は持っていると魔力を吸い上げつつ肉体に侵食するようだからさ、今度から定期的に配下をスキャンさせるようにしようかな。うん。そうしよう。その方が僕の仕事も減りそうだし……いつまでも好き勝手やらせるわけには……イカナイカラネ】


 悪魔の声スキルを通しているだけのはずなのに、思わず背筋が凍りついた。本能的に逆らったらマズイと感じた。


【それで受けるよね? 迷宮主の要求。いや〜、よかったよ。みんな迷宮内は複雑やら、ややこしいやら、なんだかんだで、面倒だと言ってさ、なかなかいい返事をくれなかったんだよね。クズは残さず駆除しないといけないのにさ。

 君なら迷宮主と面識があるわけだし迷宮主の力を借りれば一匹残らず駆除できるでしょ。駆除してよね。任せたよ】


 ――……ふぅ、行ったか? まあ、この迷宮内のことは初めから片付けて殺るつもりだったからいい……ん?


【そうだった。この迷宮に邪魔族が一匹潜りこんでるからさ、そいつも片付けといてね】


 ――邪魔族……


【うん。邪魔神の駒だよ。悪魔神の僕が君たち悪魔族を使ってるのと一緒さ】


 ――……


【ん〜そうだね、分かりやすく言うと、邪魔神はさ、過去に僕の悪魔族にバカな真似をしてくれた神なんだよ】


 ――……あ〜過去とか神とか、俺には関係ないからもう何も教えてくれなくていいぞ……です。


【くくく。もう遅いよ。それで邪魔神の駒である邪魔族は魔力をエサとしている一族でね。人族の魔力持ちが少ないのは邪魔たちが見境なく喰らった結果なんだよね。

 それでエサがなくなり困った邪魔族はこともあろうに悪魔族を襲ってくるようになってさ、逆に返り討ちにしてやったんだよ。

 つまり人界から追い出したわけさ。追い出された邪魔神は当然僕を怨み反撃の機会を狙っていたってわけだよ】


 ――絶対わざとだろ……わざと聞かせたな。


【くっくっく、さあね。でも少しは理解できたよね邪魔族とクズは徹底的に潰さなきゃ。あんな骨だけになった一族なんて、すり潰して界域の狭間に棄ててやる】


 ――……骨だけになったって邪魔神のことか?


【そうさ。駒である邪魔族もそう。触覚の生えた人型の骸骨だと思えばいい。消費魔力を抑えようと身を削った結果骨だけになったってわけさ。笑えるよね。だからその怨みが邪魔水晶に宿っていて血肉を求めるクズと化してるんだろうね。まったく。

 あ、たまに仮面をつけて人族や悪魔に紛れ込む厄介な奴もいるから騙されないようにね。おっと、そろそろ時間だ。今度こそ任せたよ】


 悪魔の声が聞こえなくなると、周りが色づき時間が進み出した。


 ――はぁ。


 もうため息しか出ない。


「……ポイント……もうない」


 ニワと同じことを言ってるグウだが、グウの可愛らしい声が癒しに聞こえるなんて重症かも。こいつ土偶なんだぜ……


 なにも知らないグウは、モニターを眺めつつのんびりとした口調で呟いている。


 その姿はどこか諦めにも似た哀愁感を漂わせていた。


「……そうか」


「うん。それで――」


 グウが言うには、悪魔くずれが迷宮に入り込んだ当初は不純物ポイントになると嬉々として放置していたらしいが、その悪魔くずれは、次第に勢力を広げ迷宮内の魔物やハンターを喰らいだした。


 その悪魔くずれたちは一見、バラバラに活動しているようにみえるが、そうではないようだとグウが言う。でも目的は分からないのだと身体を振る。


 邪魔族とやらが潜んでいることは間違いないだから、そいつが何かをさせているのだろうな。


「ふむ」


 さすがにこれはマズイかもと感じたグウは、どうにかして悪魔くずれを迷宮から排除しようと、すべてのポイントを使って魔物をけしかけたそうだが、時既に遅く、勢力を広げていた悪魔くずれに、返り討ちにされ餌食にされてしまったのだと語ったグウは、しょんぼりと肩を落としたように感じた。土偶だけど……


 それで、いよいよ残り少なくなった魔物には、悪魔くずれに手を出さないように指示をだし魔物を産み出す迷宮渦は活動を停止させてしばらく様子を見るだけにしていたそうだ。途方にくれていたとも言う。


 そんな時、たまたま人化ができたことを自慢してきたニワから俺の存在を知ったそうだ。


「そうだったのか……」


「うん……」


 ――まあ、どちらにしても俺に選択肢なんてない。

 悪魔くずれは処理しなければならないんだよな。


「では、グウの要求とは、こいつらをどうにかすればいいのか?」


「うん……できる?」


「そうだな……対価はニワと同じように、迷宮内の感情値を俺がもらうってことでいいんだよな?」


 ――騙すようで悪いが、俺にも都合があるからな。


「うん……それでいい」


「よし、決まりだな。人族も居ないようだから、手っ取り早くすませてやるよ」


「ん? 人族……一組動いてる」


「一組?」


「うん……いま、地下三階にいる」


 グウは頷くと、その人族の姿をモニターに映し出した。

 モニターに映る人族が二体の悪魔くずれを相手に奮闘している。


「ほう。こいつら悪魔くずれを前にして……なかなかいい動き……? ……って、こいつら聖騎士じゃねぇか」


「聖騎士?」


「ああ、それにこの聖騎士たち……どこかで見たことあるような気も……しないでもないが、まあいい、それより――」


 俺は使い魔のラット、ズック、ニルを召喚した。


 エリザたちは屋敷で大人しく寝ているから必要ない。

 ポイントのない迷宮主(グウ)を一人にする方が危険だと判断しここに召喚した。


 ニルは悪魔獣(デビルホース)。シュラルに貰った使い魔の卵から孵った六本足で空を駆けることができる大きく真っ黒な悪魔馬だ。

 特徴としてユニコーンみたいに額に大きく立派なツノに真っ赤な鬣、背中にはペガサスのような翼がある、色は黒色だけどね。


 有難いことに、ニルの巨体はエリザ、マリー、セリスの三人をいっぺんに乗せてもまだまだ余裕があるが、小さくなり普通の馬のように振る舞うこともできる。優れた悪魔獣だ。


「俺の使い魔だ。右からラットとズックとニルという。

 お前たち俺が迷宮内の掃除をしている間、迷宮主のグウを頼む」


『主、任せて』

『あるじ、まかせる』

『ワカッタ』


「……」


 グウは慣れない使い魔に怖々と接していたが、大丈夫だろう。


「それじゃあグウには悪魔くずれの居場所を頼むな」


「……分かった」


 グウからの返事は泣きそうな声にも聞こえたが大丈夫だろう。


 俺はグウに念話で指示をもらいながら、最下層から悪魔くずれを掃除して行くことにした。

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