第115話

「ナナちょうどよかった」


「なになに眷族作るの?」


 ナナが両手を大きく振りながら駆けてくる。


「け、け……」


「眷属って、お前なぁ、まだ言ってるのか? ライコだって呆れているぞ、なぁライコ?」


 冷静さを装い何でもないように答えるが内心では心臓がバクバク。俺はまだそのつもりがないのだ。

 早急に話題を晒すべくライコに話を振ってみたが、そのライコは口をパクパクさせながら顔を真っ赤に染めているだけだったので、予定変更。

 ナナから話を振られる前にこちらの要件をさっさと伝える。ニワから頼まれた件だ。


「あ、実はなナナ……」


 ナナもちろんお留守番。俺の代行を頼むんだ。


「ええ〜、それならあたしもクローさまに着いて行きたい」


「ナナは俺の伴侶なんだろ?」


「ぅぅ……そうだけど、でも……」


 ――――

 ――


 数日前、俺はシュラルからの『認めてやる』という俺には意味の分からなかった言葉をナナに伝えた。


「シュラルさまが、認めて、くれた……」


 ――シュラルさまね……ふむ。やはりナナは眷属だがシュラルの子どもって線は薄そうだな……


「そう伝えろと言っていたぞ」


 伝えてすぐに、ナナはなぜか泣きながら笑っていた。


「……ぐすっ……ぅ……しい……」


 流れ落ちる涙を何度も払いながら笑顔をむけてくるのだ。

 その時は不覚にも少し可愛いと思ってしまったが、すぐに、いつもの調子に戻り、元気に俺に抱きついてきた。


「クローさまぁぁ、あたしうれしいよ〜」


「ちょっ、こら、離れ……なくてもいいけど」


 おっぱいをぐりぐり押し付けてくるその行為は、いつもと変わらない行動だが、ナナの背後関係を知った俺に恐れるものはない。

 こういうのは背後に誰がいるかわからないから怖いのだ。それにナナの血統スキルについても分かったしな。

 

 ——ふふふ、好きなだけ引っ付いてくるがいい。その分おっぱいを楽しませてもらうがな。


「クローさま! クローさま! クローさま!!」


「うわっ、ちょっ、な、な、なんだ?」


 おっぱいを押し付けていたはずのナナが突然、俺の胸ぐらを掴みぐらぐらと頭を揺らす。


 ――な、何なんだ、このテンションの高さは。情緒が不安定なんだが……あの日か? って悪魔にそんな日はなかったな。


「あたし決めたよ!」


「何を?」


「あたしクローさまの伴侶になる!!」


 ガシッと抱きつき直したナナが俺の胸に頭を押しつけてくる。


「は、はんりょ? ……伴侶!? 伴侶おぉぉ!! 何バカなこと……」


「だってシュラルさまも認めてくれたし、あたしの超直感もそれがいいって言ってる。えへへ、じゃあ権力を行使するね」


「権力行使って……あれか。って、ちょ、ちょっと待て」


 悪魔の囁きが頭に響いてくる。


【*権力行使強制*ナナはクローの伴侶になった】

【配下契約から伴侶契約に変更された】

【伴侶契約により、悪魔格は同格となり伴侶ナナの納値額は半分となる】

【伴侶ナナと眷族を作ることが認められた】


「ま、マジか……」


 まさか、言ったそばから本当に血統スキル〈権力〉を行使してくるとは思わなかった。というか、これ分かってても回避できない。


「えへへ。いい匂い。これであたしはクローさまの伴侶だよ。やったね」


 もう離れないと俺の胸で顔をこすりつけながら匂いを嗅いでくるナナ。

 時折見上げてくるその顔を満面の笑みだった。


「ナナ……伴侶だよって、お前……意味わかっているのか」


「うん。あたしはずっとクローさまの傍にいるよ」


「……はぁ、だからって、なぜ伴侶契約なんてものをした。傍にいるだけなら配下契約でも十分だろうが」


 自分勝手なほとんどの悪魔は、縛りの多い伴侶契約を結ぶことはしない。


 伴侶契約は、お互いが同意することで契約解除できる配下契約と違い契約を解除できない。


 それはつまり、契約相手(俺かナナ)が消滅した時のみにしか解除されないことになる。


 共に行動すると誓っていたとしてもかなり長い悪魔人生、先のことなんて何があるか分からない。


 何かの拍子に相手が憎くなったり、煩わしくなる場合だってあるかもしれない。

 そんな感情がエスカレートして相手を殺したくなったりだってあるかもしれない。

 それなのに主には一切危害を加えることができないのだ。


 つまり、俺はナナに危害を加えることができるがナナはできない。

 虐待を受けようが殺されようが一切反撃できないのだ。救いは悪魔格が主と同じ階位になるってことかな。だから一方的にやられるってことはないが。


 でもそれだけだ。ほとんど自分にメリットが少なくリスクの大きい契約なんだ。


 協力して眷族が作れるってだけで、ナナのことを考えてやれば、結ぶべき契約ではないのだ。


 ちなみに、悪魔の伴侶契約はお互いに同意の上で性別関係なく誰とでも結べる。

 夫婦と言うより悪魔人生の連れ(パートナー)運命共同体といった意味合いが強い。


 ん? 眷族?


 眷族は、伴侶契約した者のみ儀式の間で互いの魔力と血液を合わせると小さな魔力繭ができる。

 その魔力繭に10日間、絶やすことなく毎日どちらかが魔力を注ぎ続けることで眷族は誕生する。


 種族はハーフになることはなく、先に血液を注いだ方の種族が誕生するらしいが、これはもう子どものようなものだ。


 シュラルは色々と謎が多いからどうやってるかは知らないがね。


「実はね。あたしシュラルさまからの命令を受けていたけどそれが嫌で、セバスとある約束をして先延ばしにしてもらっていたの。

 でもその約束をあたしは反故にしてクローさまの配下になったんだ」


「約束を反故……」


 ふと、当時の状況が頭をよぎる。


 ――そうだ、あの時ナナは、執事悪魔のセバスと揉めていた。考えないようにしていたが……やはりあれはナナの方が悪かったのか。


「だから、あたし……いつ連れ戻されるかヒヤヒヤしてた。毎日不安でもう物理的に眷族を作ってしまえ、とも思ったりもしたんだよ」


「……ん?」


「それなのにクローさま肝心なところで相手してくれないし……クローさまに懐いた子狼には邪魔されるし……」と俺の身体に抱きついたままのナナが両腕の力を強める。


「物理的に……眷族……」


 ――……あれ、それって……??


「あ、でも、もうクローさまがシュラルさまに認めてもらえたから大丈夫になったんだけど……でも、やっぱり無しって言われたら嫌だし、クローさまとは眷族作りたいしで思い切って伴侶契約しちゃった。

 えへへ、でもこれでもう安心。あたしがクローさまの一番」


「はぁ、まったく……」


「ねぇ、クローさま……」


 自分の方がリスクの高い伴侶契約を結んだにもかかわらず、素直に喜んでいるナナの姿を見ているとぐだぐだ考えている自分が情けなくなってきた。


 ――ああ、やめだ、やめだ。シュラルとの関係だって血統スキルだって俺が気をつけていればすむことだ。


「クローさま?」


「……なんだ?」


「せっかくだし、あたしたちの眷族を作ろうよ」


「……いやいや」


 ――それはまだ早いだろ? やったとしてもエリザやマリー、セリスたちの方が先な気もする。


「大丈夫だよ。あたしがクローさまの代わりにちゃんとこ・こ・で魔力を注ぐから。あ、でも二日に一回くらいはあたしの身体に触れて魔力を注いでくれるといいかな……エリザたちみたいに、ね」


 実際、悪魔同士ではえちえち行為は必要ない。

 悪魔同士は肌と肌が触れ合うのを嫌ってるというか、変にひっつき過ぎると寝首をかかれる心配の方が強くなるんだ。

 その点、ナナは初めから俺に引っ付いてきていたが、ほんとに後がなかったのだろう。

 俺みたいに悪魔らしくない変な性癖でもない限りね。あとはそういう行為を好む種族とかね。


 ナナは俺から離れると、ぽんぽんと自分の下腹部に手を当てた。

 

「……ダメだ、ダメだ。俺には妻たちがいる」


「エリザたちは人族だもん。じゃあ、四日に一回でもいいよ」


 ――そりゃあ、俺は悪魔だが、それでもエリザたちは俺の妻だし……でもナナは悪魔でその伴侶? ああ、もう……


「人族もなにも……悪魔には別に必要ない行為だろ?」


「クローさまがえちえち好きなのはみんな知ってる。あたしもクローさまを喜ばせたいもん」


 もうね、配下たちには俺の性癖はバレてるんだよね。人族が好むえちえちが大好きってことが。

 

 次の瞬間にはすっぽんぽんになっているナナが俺にずいずい迫ってくる。


「ぬっ……」


 何度も言うが悪魔に夫婦の営み(えちえち行為)は必要ない。


 必要ないのだが、伴侶契約している女型はお腹の中に魔力繭を植え付けることができる。

 10日間と短いが、人族の子づくりの真似ごとができるのだ……

 ナナは俺のためにそれをしたいと言っているのだ。


 目の前にはナナの理想的な身体が目に入る。


「ぐぬぬ」


 今にも胸の奥で理性のフタが外れそうな気配。


 ――ナナもこう言ってる。それにナナはもう俺の伴侶だ。このままやるか? やっちゃう? やっちゃうよ? よし。


 そう思った、そんな時だった。


「クロー様、ご報告があります」


 いつの間にか俺の横に立っていたセラが俺とナナの間に割り込んできていた。


「あうぅぅ。また出たなセラバス」


 突然目の前に現れたセラを見たナナがぷくっと頬を膨らませると、


「掃除するがぅ」

「出ていくがう」


「あ、あ、あぁぁぁニコスケ、ミココロ、な、なんで邪魔するのよ」


 ニコとミコがナナを一瞬で簀巻きにしたかと思えば二人で担いで出ていった。


「クロー様、またカマンティスから親睦を深めたいとの誘いの書簡がきてます」


 何事もなかったようにセラは報告をしてきた。


「……そうか。また今度って返事してくれ……」


「畏まりました」


 余談になるがニコたちの言う番い(つがい)は、種族特有の呼び方で伴侶契約とはまた意味合いが違うらしいのだが、怖くて二人には聞いていない。


 ――――

 ――


「そろそろニワも準備ができている頃だろうから、ナナ後のことは頼んだぞ」


「ええ!! 待ってよクローさま。クローさま!」


 俺は、まだ仰向けになっていたエリザとマリー、セリスを抱えてそれぞれの部屋のベッドに転移した後にニワの居るエントランスに向かった。


「お、ちょうどクローカナよ」


「おお、それは僥倖。ちょうど準備ができて念話を送ろうかと思っていたところなのじゃ。クローよ、早速向かうかのぉ?」


 お腹だけがぽっこりと膨れているマゼルカナとニワが上機嫌に手を振り俺を迎えてくれる。


「ああ、いつでもいいぞ」


「クロー様、本当にお一人で?」


「心配するなセラ。時間がかかりそうなら一度帰ってくる」


「しかし……」


「大丈夫大丈夫。セラ後は頼んだぞ。ほら、ニワ早くしろ」


「そう急かすでない、ほれ」


 みんなの気配がエントランスに集まりそうだと判断した俺は、心配するセラを制して、さっさとニワに迷宮魔法をかけてもらった。


 視界がぐにゃりと歪み、戻った時には迷宮主(ニワ)の部屋とよく似た部屋に中で立っていた。



 ――――

 ――



 ラグナとセイルが机の上に並べられた六つの黒い水晶を眺め眉間に皺を寄せた。


 その黒い小さな水晶は今も邪な気配を漂わせている。


「これで六つ目ですねってセイル様! 直接触れては危険です!!」


「分かってます。ですが、何も分からない以上、致し方ありませんよ」


「セイル様!!」


 慌てて止めに入るラグナを手で制すると、躊躇することなくセイルは黒い水晶に触れてみた。


「ぐっ! これは……聖の魔力を覆っていても、この感情をかき乱す感覚……ぐぅぅ、これは危険ですね。

 やはり直接触れるのは避けた方が良さそうです。皆にもそう伝え徹底させましょう」


 そう言ったセイルはすぐに黒水晶から手を離し、触れた右手をぷらぷらさせた後にその手のひらを見て小さく首を振った。


「はぁ、だから言ったでしょうが」


 無事だったセイルを見て安堵の表情をしたラグナは、額に脂汗を浮かべているセイルに回復魔法を使う。


「やはり結界に包んで運んで正解でしたか……しかし、凶魔を倒してなぜこのような物が……まるで魔物と一緒だな」


 これは凶魔を消滅させた後、現れた物(黒水晶)だった。


「いいえ、全くの別物ですね。魔物は魔石を残しますが、それはエネルギー源として利用できるものですが、これは利用できそうにありません。

 それどころか、下手に触れたら邪な感情に呑み込まれてしまいます」


 実際に触れたセイルがそう言う。黒い水晶からは今も邪な何かが漏れ出していて、嫌悪感を感じるラグナは納得して頷いた。


「では、これは一度鑑識に回しますか?」


「……そうですね。本当ならば危険ですので、この場で破壊してしまった方がいいのですが、凶魔を討伐するにも情報が必要です。

 一つを本部の鑑識に回しましょう。他の五つは私が結界を張って保管します」


「はい、では早速」


 ラグナはセイルの結界に包まれた黒水晶の一つを受け取ると早速鑑識に回すよう手配する。


 このサイズならば、転移魔法陣に乗せて送ればすぐにすむことなので、その手続きはあっさりと終わった。


「しかし、被害が出てからでないと奴らを追えないというのは辛いところですね」


「何か手がかりでもあればいいのですが……」


 広げられた地図と黒水晶に視線を向けたままの二人に、トビラを激しくノックする音と、


「セイル様!!」


 慌てた様子の若い侍祭の声が届く。


「どうしましたか?」


 返事をするとその若い侍祭は、セイルの目の前まで急足で入ってくる。


「セイル様、凶魔です! 凶魔が迷宮に現れたとハンターギルドより連絡がありました!」


「!? 被害はどうですか!」


「分かりません」


 迷宮と聞いてセイルは嫌な予感がした。今まで迷宮内で討伐してきた悪魔のほとんどは強力な悪魔だった。

 それが凶魔にも該当するのかと言われれば、正直分からない。

 ただ今までの経験からなのか、それとも何かしらの知らせなのか、迷宮と聞いてからずっとセイルの頭に警鐘が鳴り響いている。


「それで凶魔の数は、いや、他に何か聞いているか?」


 少しでも多くの情報を仕入れようとラグナが問うが、若い侍祭は首を振った。


「すみません。他には何も分かっておりません」


「そうか……」


「ただ、十日経った現在も迷宮に入ったほとんどのハンターパーティーが帰還していないそうです」


「そうですか、分かりました。ギルド長は迷宮の前にいるのですね?」


「はい」


「すぐに準備して向かいます。ラグナ、皆を」


「はっ」


 セイルはラグナに指示を出すと迅速に行動した。

 その動きには無駄がなく数分もしないうちにセイル率いる聖騎士隊は支部の前に集合し迷宮へと向かうのだった。

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