第120話

『あいつらはいったいなんだ。こんなの聞いてない。なぜあの人族は強い。人族は俺様たちに喰われるだけの餌じゃないのか?』


 時間とともに俺様の言うことにも従わなくなった下等な悪魔族。


 追跡して様子を見れば、すぐに原因は分かった。


『おい、ヤブキリっ。お前まで俺様の命令に背いて、なに勝手な行動をしようとしてんだよっ!!』


『クケケッ……チ、ニク、ウマソウ……スグソコ……アル、クケケ……』


『チッ、これだから知能の低い悪魔族は……』


 俺様は下等な悪魔族に向かって邪気を放った。


『クケケッ……ニク……ニククウ』


『あ〜クソッ。これでも言うこと聞かねえのか……』


 邪魔神様の邪気がうまく侵食し理性を失なっている悪魔族とはいえ、俺様の邪力程度では格の高い悪魔族を従わせることはできなかった。


 力をつけるには魔力を奪うしないが、俺様一人で、この世界で行動するには心もとない。それで魔力をすべて奪うことなく下級悪魔族を使ってやっていたというのに……


(下級じゃない強い配下だってそのうちに……)


 そんな時だ。ぼろぼろで死にかけていた第五位格の悪魔を見つけた。

 そいつが今目の前にいる俺様一番の気に入りの駒で傀儡化に成功した悪魔族だった。


 運がよかった。こいつはすでに邪気に侵されていたのだ。


 弱ってる悪魔族など俺様たち邪魔族にとっては格好の餌食。息があるうちに憑依してすぐに傀儡化を開始した。


 まあ、俺様の実力をしても丸一日かかってしまったが、どうにか第五位格の悪魔族を従わせることに成功した。


 格上の悪魔族をこの俺様が……高位邪魔族から散々、鬱陶しい、戦力外だ、こっち来るな、といいように言われてきていた俺様がだ。笑いが止まらなかった。


 これで邪魔神様も俺様の優秀さに気づくだろうと……

 笑い過ぎて顎の関節が外れそうになり慌ててしまったのも、もう遠い昔のように感じる。


 それから俺様は、邪魔神様の邪気に侵された下級悪魔が魔力を奪いつつ傀儡化を続け、悪魔族の餌である人族を喰らい感情値を奪っていった。

 これは邪魔神様が交渉に使うからと全邪魔族が命令されていること。

 でも傀儡化した悪魔族を使わないと感情値が集まらない。


 悪魔族に人族を喰らわせて獲た感情値が邪魔水晶を通して邪魔神様に送られる仕組みになっているのだ。その際、俺様のナンバーまでも伝わるらしいので不正はできない。


 俺様としては傀儡化よりも先に悪魔族の魔力を根こそぎ奪ってしまいたいのが本音なのにな。俺様は早く強くなりたい。


 でも感情値を喰わせて悪魔族の格を強制的に上げてやると魔力も回復しているから、俺様にもうまみはあるんだけどな。


 そんなとき、俺様は見つけた。みなが面倒だと敬遠していた迷宮という存在を。しかもここは辺境ときた。


 ここで俺様は力を蓄える。蓄えて高位邪魔へと上り詰めるのだ。


 少しずつ俺様の勢力が増え確かな手ごたえを感じていた。それだというのに……


『俺様は邪魔神様から直に送られた優秀な邪魔族だ……(ほんとは違う)

 悪魔族は黙って俺様に従っていればいいんだよ、ヤブキリッ!』


『クケケ、ニク、アッチアル、ウマソウ……ケケッ』


『無視するなクソがっ!! おのれぇぇ、こうなったら……』


 ――――

 ――


「ね、ねぇ悪魔様……私はいつまで、この、なんというか……尻尾に巻き付けられたままなのかな〜と……思うのです」


 先ほどから見習い聖騎士の女がちらちらと俺の顔色を窺ってくる。この見習い聖騎士の女、あの少年を元に戻してやってから俺のことを様付けで呼び始めた。


 決して俺が強制させてわけじゃないのだ。


 そして、未だに尻尾で固定しているのも、俺が目を離すとふらふら寄り道したと思えば、ペタペタと迷宮の壁を意味もなく触り、迷宮トラップを発動させる。ま、すべて未然に防いでいるから、本人は気づきもしていないんだよな。

 説明も面倒なんで無視するけど。


「あ〜、ひょっとして私のこと気に入ってたりしてません? 悪魔様〜」


 そう言った見習い聖騎士がにこりと笑顔を向けてくる。


 ――ぶっ!


 どこにその自信があるのかと思ったが……


 ――あ〜おっぱいか。今は鎧を着ているから見えないが、セリス並みのおっぱいがその自信の源か。実際、セリスのおっぱいは凄かったもんな。俺も一瞬、いや、ずっと目を奪われてしまっていたからな。ふむ。主導権でも握りたいのか?


 すぐに見習い聖騎士の意図に気づいた俺は無愛想に返事する。


 ガラガラガラッ……


「お前は歩くのが遅い……それだけだ」


「ええっ〜……それだけ? 本当に? あ、それでも否定できのが悔しい……」


 ガラガラガラッ……


「……」


「ねぇねぇ悪魔様〜。アルは……あ、アルはこいつのことで……あ、私の名前もまだだ。私はアンだよ。アンね。それで、こいつも一応見習い聖騎士なんだけど……そのアルが寝ている気持ちよさそうな乗り物、これは何?」


「ん……?」


 一応、こんな見習い聖騎士でも女だし窮屈だろうと思って両腕は自由にさせてやっている。


 まあ、それでも宙に浮いている状態だから迷宮の壁に触れることはできないんだけど……


「これだよ。これ」


 アンがある乗り物を指差す。


「これか? これは……」


 少年を回復させてからしばらく経つが、損傷の酷かったアルは、身体は回復しているが、意識はまだ回復していなかった。


 助けてやったが自分から男なんて触りたくない俺は、人が乗せれるサイズのアウトドアワゴンを所望した。

 クッションなんて敷いてやってないからガタゴト小刻みに揺れれば背中は痛いかもしれないな。


「秘密だ」


「ええ、教えてくれても……あー! 私分かっちゃった。これって悪魔界の物でしょ」


「……」


 ガラガラガラッ……


「だんまり、ということは……ふふ、正解ですね。見たことないから凄いなぁと思っただけですよ。あ、だんまりが悪いってわけじゃないですよ。私、寡黙な人はステキだと思し……大人って感じもするし」


 腕を組み何やらうんうん頷いている彼女を見て思う。


 ――何を言いたいのかよく分からんが、俺は人じゃなくて悪魔だぞ。


『クロー。そこ右、悪魔くずれいる』


『了解』


 悪魔くずれが、聖騎士に釣られて上の階に向かっていると言ってもその足並みはバラバラ。自我のほとんどない悪魔くずれに至ってはゾンビみたいにふらふらしてて牛の歩だ。


 だから俺が普通に上の階に向かって進むだけで……


「いたな」


「えっ? ひぃ、き、き、き、凶魔だぁ!」


 俺の背後から悲鳴が聞こえてくるが、すぐに済むしそんなの無視だ。構わず悪魔くずれの前に進んでいく。


 ゲァァァッ!


 悪魔くずれはすぐにアンとアルの存在に反応し、口を大きく開けたかと思えば喜びの奇声を発した。


「ふんっ!」


 ま、俺はそんな悪魔くずれを遠慮なく殴りつけて魔力を叩き込むんだけどね。


 もちろん一度で済むように魔力はたっぷりとだ。


 パンッ!


 悪魔くずれは断末魔の叫びすらなく消し飛んでしまった。これは失敗だ。

 悪魔くずれを地面に叩きつけていなかったから後に残った邪魔水晶が大きく吹き飛び転がっていく。


『おお』


「ちっ」


 ――これだから……


 思わず舌打ち。俺はその邪魔水晶を慌てて追いかけるとしっかりと踏み潰した。


『クロー。グッジョブ』


 なぜかグウは機嫌良さげだった。労いの声まで届いたし。


「……ね、ねぇ」


「なんだ」


「どうして悪魔様は……えっと、その〜凶魔を倒しているのかな〜と……もしかして悪魔様はいい悪魔なのかな〜とか思ったりして……あは、あはは……」


「……」


 ――悪魔神様に頼まれているとか、迷宮主に頼まれた、とか言えるわけがない……

 あー、でも感情値のためといえばそれが一番だから……自分のため?


「教えるわけないだろ……というか、俺は別にいい悪魔とは限らんぞ」


 尻尾で掴んでいるアンをわざと俺の顔の近くまで引き寄せると、鎧の上から胸部あたりをツンツンと軽く指でつつく。


「……っ!?」


 案の定、彼女は顔をかーっと真っ赤にして、俺からすぐに顔を背けた。


「ふふ、対価を忘れていたのか? 腹が立つだろ? 人の弱みにつけ込むのが悪魔だ。悪魔にいい奴なんていないんだ。気をつけろ」


 ――こいつは大事なおっぱいなんだ。勘違いして下手な悪魔の餌食になんてことになれば損失は大きい。俺の気分も悪いしな。


 アンが黙ってこくりと頷く姿を確認した俺は彼女を元の位置まで戻した。


『そうだったグウ。悪魔くずれとは別に邪魔族が一体紛れ込んでいるらしいんだが、見当たらないか?』


『ちょっと待つ……ダメ。分からない。悪魔くずれしかいない』


『そうか……』


 ――ということは、悪魔くずれに扮しているってことなのか……そんなこと悪魔神様が言っていたもんな。

 そうなると、このまま一体ずつ悪魔くずれを処理していく方が確実か……邪魔族、名前からしてほんと迷惑なやつだよ。


 ――――

 ――


「た、隊長。さすがにこれだけの凶魔を相手に、私たち二人は無理です。これ以上はもちません」


「はぁっ!」


 ラグナは目の前に迫っていた凶魔を力任せに両断し部下たちを横目に見た。


 ソートとラーズは互いに背中合わせになり大きく肩で息をしている。


 お互いにカバーをしてはいるものの、聖騎士の鎧は傷だらけで、その鎧がいつ破損してしまってもおかしくないほど酷い有り様だった。


「分かった。お前たちはそこの安全部屋に入って休んでいろ」


 ラグナは不測の事態に備え、迷宮にある安全部屋を背後にして戦っていた。


「はぁ、はぁ、し、しかし、それでは隊長一人を残すことに……」


「なあに、もうしばらくの辛抱さ……っ!!」


 そう言いつつも、ラグナは大きな聖剣を乱暴に振り回す。

 ソートとラーズが安全部屋へと入る時間を作ったのだ。


「おら、何をもたもたしている。さっさと入れっ!」


「しかし……」

「隊長!!」


「ぃいから、早くいけぇぇ! セイル様たちがこっちに向かって来てんだよ! 疲労で視野の狭くなったお前たちなど足手纏いだ!」


 続け様に振り回したラグナの大きな聖剣が凶魔を吹き飛ばした。


「!? ははっ、本当だ」


「はぁ、はぁ、隊長。すぐに、すぐに回復したら……代わります……はぁ、はぁ、だから……」


「バーカ、しっかり休まねぇと、お前たちは使えねえ、よ!!」


 大振りで凶魔をいとも簡単に切り捨てていくラグナだが、その額にはポツポツと大粒の汗が吹き出し始めていた。


「……はぁ、はぁ……ふぅ……」


(くっ……調子に乗って少し聖力を解放しすぎたぜ)


 安全部屋へと入っていくソートとラーズの背中を横目にラグナは小さく呟いた。


――――

――


「うそ……だ」


「な、なぜこの部屋にも凶魔がっ!」


 安全部屋へと入ったソートとラーズは部屋の中にいた凶魔を見て顔色を悪くした。


『クケケッ、ニクガキタ……』


「ま、まさか……安全部屋と言うのは……」


「魔物だけ……」


 そう、迷宮にある安全部屋は迷宮の魔物にのみ適用され悪魔はその対象ではなかった。

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