第113話 悪くない支配地編

「!?」


 ボロボロの大きなトビラの前で立ち止まったラグナが後ろを振り返り口元に人差し指を当てると、静かにするよう目で訴える。


「うっ!!」


 ラグナの指示に後ろにいた隊員たちはすぐに立ち止まるが、トビラの隙間から鼻を刺すような異臭が漂ってきて思わず顔を顰める。


 その隊員の中でも若い聖騎士たちは、その臭いに耐えきれず口元を押さえている者もいた。


(くそっ! 遅かったか)


 気配を消し部屋を覗き込むラグナ。そこで見たものは原型を留めていない物体を、夢中で貪っている三体の悪魔。


 その悪魔の種族は鬼、獣、蛇と珍しい組み合わせであるが、共通して赤黒く脈打つ血管が全身に広がっていた。


「あ、あれはいったい……何なんだ!?」


「アクスお前はバカか? 悪魔に決まってるだろうが。へへへ聞いていた情報どおりじゃねぇか」


 ガラルドがトビラの隙間から見える悪魔たちを睨みつけ歪めた口角を僅かに上げた。


「では皆さん。私は聖域結界を展開します」


 セイルは、そう言うや否や悪魔から十分な距離を取って陣取ると、手印を組みつつ魔力を練り始めた。


「……この地……聖……」


 こうなったセイルの集中力は凄まじく、耳から入るすべての情報をシャットアウトし、通常の倍のスピードで聖域結界を練り上げていく。


「奴らは三体だ。セイル様の聖域結界が展開されたらすぐに突入するぞ。

 分かっていると思うが、カイト、アル、サラ、アンはセイル様を守り……ガラルド、ソート、ラーズ、アクスは俺と突入する」


 こくりと頷いた隊員たちは静かに配置に着く。


「ガラルド、ソート、ラーズ、アクス、奴らの情報は少ない。まずはS1A1A3の陣で様子を見るが、状況によってはすぐに始末していい。ただし無理はするな。特にガラルド」


 そう言うや否や身の丈ほどの巨大な聖剣と、全身を隠せるほど大きな聖盾を具現化させたラグナは、部屋の中を警戒しつつ部下に指示を出した。


「了解です!」

「はい!」

「はい! 隊長!!」


 ソート、ラーズ、アクスもすぐに聖剣と聖盾を具現化し隊列を整え、


「へいへい。分かってるよ」


 ガラルドは二本の細長い聖剣を両手に構えた。


「ガラルド。聖剣二本の具現化は魔力消耗が激しいからやめろと言っていたはずだが……」


「いいじゃねぇか。隊長だって無駄にデカイ聖剣を具現化してるだろ」


 ラグナに指摘されたガラルドは不機嫌さを隠そうともせず悪態をつく。


「ガラルドさん。聖騎士の基本スタイルは聖剣に聖盾ですよね?」


 尊敬するラグナ隊長に悪態を付くガラルドを不満に思ったのか、Aランク年少のアクスが割って入ってきた。


「ああん? ひよっ子がガタガタうるせえよ。これは余り物だ。使ってやった方が報われるんだよ」


 そんなアクスを、気だるそうに遇らうと、その肩を軽く小突いた。


「……っ、この……」


「アクス、ガラルド、任務中です」


 黙って聞いていたソートがガラルドを睨みつけ叱咤する。


「うるせえよ。それくらい分かってる。だいたい、新種の悪魔が現れた途端、ここの支部の奴らは怯え過ぎなんだよ」


 原型を留めていない物体を貪り続ける悪魔に視線を向けたガラルドは、


「あんな喰うしか脳がねぇザコごときに……」


 そう言ってフンッと鼻で笑った。


 ガラルドがそう判断するのも無理もなかった。

 先ほどから貪りつづけている悪魔たちから溢れ出ている悪気は第9位格悪魔のもの、実力はすでにSランクだと言われているガラルドにとっては手応えのない悪魔だと判断していた。


「お前らだって思っただろう? わざわざ大陸の最西部のフロント公国まで出向いて、あれはねぇぜ……」


「そ、それは……でも油断するべきでは……」


 ソートもガラルドの意見に思うところがあるのだろう、言葉に詰まりようや口を開いたが、ガラルドがその言葉を遮った。


「俺が一番言いたいのは、数合わせに魔力適性があるだけで何の訓練も受けてねえ鼻垂れ小僧ども(少年少女)をよこしやがった本部のクソヤローどもだ。あいつら今に見てみろよ」


「え!?」


 ガラルドがアゴをシャクって示した先には、セイルが陣取るさらに後方で胃の中の物を吐き出している見習い聖騎士の四人に、声をかけているラグナの姿があった。


「あいつら、今まですぐ後ろに……」


————

——


 この大陸の最西部で栄えるフロント公国。聞こえはいいがここはゲスガス小国よりもさらに小さな国であり、クルーリ帝国に本部を構えるクルセイド教団からすれば辺境とも言える場所であった。


 元々、悪魔の発生件数が少なく公国からの献金が少ないフロント支部では、在籍する司祭や聖騎士の数が少なく、左遷先とも言える場所でもあった。


 そんな時、突如として姿を見せるようになった新種の悪魔。


 その特徴は、種族はバラバラであるが、会話や交渉がまったく通用せず、赤黒く脈打つ不気味な肌をしている。


 人族の血肉を好み目に付いた人族を腹が膨れるまで手当たりしだい襲い喰らう。


 この交渉の通じない凶暴な性質の悪魔を、教団では凶魔と呼んだ。


 フロント公国の要請を受けてその凶魔に立ち向かったクルセイド教団フロント支部だったのだが、元々実力のある聖騎士の数が少ないフロント支部は凶暴な凶魔の勢いに押されて殉職する聖騎士が続いた。


 だが上層部はこの凶魔のことを少しも脅威な存在だと判断していなかった。

 実力のない聖騎士たちの戯言だと鼻で笑っていたくらいの認識。


 それでも支部から増援要請があれば全く出さないというわけにはいかない本部は、セイル司祭率いる聖騎士小隊を送ることにした。


 激戦区を押し返していたセイル隊を疎ましく思っていた上層部が、好都合とばかりに利用した。


「押され気味のフロント支部には優秀なセイル司教に行ってもらう」と、しかもただでさえ数の少ないセイル隊を「激戦区の防衛ラインを守るに人手を割くことはできん」と難癖をつけられ、結局、セイルは司教に昇格しているにもかかわらず、Sランクのラグナ、Aランクのガラルド、ソート、ラーズ、アクスのみの1分隊以下の人数での異動を余儀なくされた。


 流石のセイルもそれには呆れ返り「それでは戦力不足で今後の活動に支障がでる」と強く抗議した結果、新たな聖騎士が四人加わることになった。


 だが、この新たに加わった四人の聖騎士は、いずれも十分な訓練を受けていない見習い聖騎士で、両親のいない15歳の少年少女だった。


 つまり、どうなっても問題のない孤児たちを送りつけてきたのだった。


 はっきり言って戦力外もいいところで下手をすれば足枷。


 それは分かっているのだがセイルにはこの少年少女たちを責めることができなかった。


 なぜなら、セイル自身も常人より早く昇格している自覚があったからだ。


 孤児のくせにと疎まれ無理難題を押し付けられつづけるセイルだが、なまじ実力があるが故に結果を出す。

 失敗させようとさらに無理難題を押し付けられるがそれも結果を出す。

 その結果が若くしての昇格となっていたのだ。


 だから、そんなセイルを面白くないと感じている存在は多い。セイルも自覚している。


 だから今回も何者かの嫌がらせの一つだろう。

 そのことを理解しているからこそ何も分からない少年少女たちを巻き込んでしまった、申し訳ないとさえ思っていた。


————

——


「「「……」」」


「私のせいだよガラルド。それにみんなもすまない。私は上層部に嫌われているからね。お前たちまで巻き込んでしまった」

 

 聖域結界の準備が整ったセイルは、青白いオーラに包まれている。

 そのセイルが申し訳なさそうに眉尻を下げていた。


「あ、いや……じゃなくて……」


 まさか聞かれているとは思っていなかったガラルドはしどろもどろする。


「セイル様。俺は別に気にしちゃいませんよ。それに、放っておくとヤバくなりそうな凶魔どもを、このまま野放しにはできませんよ」


 気持ちが落ち着くよう状態回復の魔法を、見習い聖騎士たちに施していたラグナがゆっくりと立ち上がり解除していた聖剣と聖盾を具現化する。


「セイル様、その……すまない。俺はただフロント支部の腰抜けどもと本部のクソヤローどもに腹が立ってただけで……」


「た、隊長、凶魔がこちらに気づきそうです」


 部屋の中の様子を窺っていたソートが小声でラグナを呼ぶ。


「ソート少し待ってろ。アル、カイト、サラ、アン……少しはマシになっただろ?」


 状態回復を施されたにもかかわらず、見習い聖騎士たちの顔色はすぐれず小刻みに震えているのが分かったラグナは、


「無理もないか……」


 そう小さく呟くと、


「……お前たちはセイル様の周りで聖盾だけを具現化して、その聖盾を維持することだけを考えていればいい。分かったか?」


「「「「……」」」」


 顔はラグナに向けるものの恐怖で口を開くことができない見習い聖騎士に、危惧の念を抱いたラグナは、


「アル! お前は聖騎士で稼いで、妹のアイラを孤児院から引き取るんじゃなかったのか?」


 そう言ってラグナは見習い聖騎士の一人アルの背中を叩いた。

 突然背中を叩かれびっくりしたアルだったが、その一言で自分の目標を思い出したのか、その表情にも色が戻ってきた。


「隊長……俺の妹はアイラじゃなくてアイナです」


「そうだ。それでいい。雰囲気に呑まれるな呑まれたら正常な判断ができなくなるからな」


「はい」


 一人の見習い聖騎士が口を開けるようになったことで、ほかの見習い聖騎士たちも何かを感じたのだろう。


 見習い聖騎士たちは同じように気合いを入れていくラグナに対してキチンと返事をできるまでになっていた。


「みんないい顔になったな。あとは凶魔から目を離さず聖盾をしっかりと構えていればいい。アクスに習ったから分かるよな」


「「「「はい!!」」」」


 正直、ラグナには見習い聖騎士たちの顔色がよくなっているようには見えなかった。


 だが必死に頑張ろうとする、その素直な姿勢が懐かしくも嬉しかった。


 見習い聖騎士たちは魔力扱いに慣れておらず、すんなりとはいかない。

 それでも必死に魔力を練りなんとか聖盾を具現化させると、四人はセイルを守るように周りで構えた。


「隊長! まずいです。気づかれました」


「おう。すぐ行く」


「ラグナ、では任せましたよ。聖域結界、聖之壱!」


 セイルの聖域結界が発動すると同時に、大きなトビラが切り裂かれる。


 ヨダレを垂らし鼻をヒクヒクさせていた凶魔たちが聖域結界内に入り、目の前で片膝を地につけたが、すぐによろよろと立ち上がった。


「な、何!!」


「効きが悪い!?」


『ニク……グゥゥ』

『ニク……ガアッタ……ァァ』

『エヘ、エヘ、二グ……ゥゥ』


「ソート、アクス、焦るんじゃねぇよ」


 ラグナは、聖域結界の効きの悪さに焦り浮き足立ちそうになっていたソートとアクスを安心させるように凶魔の前に飛び出し、


「おらぁぁぁぁぁぁ!!」


 大きな聖盾を使って力任せに叩きつけた。


 ボキボキッと骨でも折れたような鈍い音と共に凶魔たちは元いた部屋へと吹き飛んでいった。


「陣形は無しだ。ガラルドが獣! ソート、ラーズ、アクスは蛇だ! 鬼は俺が殺る!!」


「クヘヘ、オッケー獣は貰ったぜぇ!!」


 真っ先に腰を低く構えたガラルドは獣の凶魔に向かって飛び出すように駆けると二本の聖剣で舞うように斬りつける。


「ラーズ、アクス、俺たちも行くぞ!!」


 一方、ソートとラーズとアクスは連携をとり蛇のような凶魔を囲んでから次々と斬りかかる。

 反撃の隙を与えない一方的な攻撃。三人の聖剣が蛇の凶魔の脚や胴、頭へと向かい。青いオーラの線を残す。


「おらぁぁぁぁぁぁ!!」


 様子見の陣形は聖域結界の効きが悪いと分かった以上必要ない。ここは時間をかけるべきじゃないと判断しているラグナは巨大な聖剣を鬼のような凶魔の首を狙い全力で振り抜く。


 ――――

 ――



「かーっかっかっ、これもまた美味じゃのう……はむ……もきゅ、もきゅ、もきゅ……」


 きな粉餅を口一杯に頬張り咀嚼するニワ。その表情は緩みに緩みまくっていた。


「ニワ様は分かってるカナね……はむ……もきゅ、もきゅ、もきゅ……ううーん」


 同じように口一杯に頬張るマゼルカナは、両手でほっぺを押さえて満面の笑みを浮かべた。


「うむ。きな粉とこのもちもち感がクセになるのぅ」


「クセになるカナよ。むふふ」


「おお、ニワ。今日も来てたのか」


 屋敷を少し改築してエントランスの一角に設置したふかふかのソファーに、マゼルカナとニワが向き合い和菓子を楽しんでいた。


「ん? おう、クロー。今日も来てやったのじゃ」


 口の周りにきな粉をいっぱいつけたニワが右手を軽く挙げて応える。


 最近、ハの迷宮のニワは、ゲートを使って毎日のように俺の屋敷にやってくる。


 初めてゲートを抜けてやって来た時には、俺がちょうど外出していた時で、ニコとミコに簀巻きにされ、屋敷の前に吊るされていてびっくりしたが、すぐにみんなの誤解は解け今では自分の屋敷のように過ごしている。


 ちなみに茶飲み仲間はマゼルカナで、煎餅やモチ、団子にまんじゅうを前にのじゃのじゃ、カナカナ、楽しそうに語り合っている。


 二人の好みは似ているらしいが、俺から見れば中学生くらいの女の子の二人が楽しく和菓子を摘んでいるみたい見えて、なんとも微笑ましくもあるが、こいつらはたぬきっぽい悪魔とハニワなんだよな。


「ふと不思議に思ったんだが、ニワは迷宮から出れないんじゃなかったか?」


「ふも? ……もきゅ、もきゅ……ごくん。そうじゃよ。そのはずじゃったがの……なぜか、お主が設置したゲートは普通に通れてのう驚くことに、ここからでも迷宮内のことがしっかりと分かるのじゃ。ワシの才能も捨てたもんじゃないじゃろうて、かーっかっか」


「そうか。そりゃ良かったな」


「うむ」


「あらニワちゃん。いらっしゃい」


「ニーワちゃーん」


 エントランスに出てきたエリザとマリーがニワの存在に気づき、近づいてきたかと思えばニワの両隣に座り頭をなでなでしはじめた。エリザとマリーは迷宮の主であるニワを妹のように可愛がっている。


「ニワ殿、今日もお元気そうでなによりです」


 駆けてきたエリザとマリーと違ってセリスは頭を軽く下げるだけだがその眼差しは暖かい。

 

「うむ。エリザにマリー。それにセリスも息災か? 今日も来てやったのじゃ。どうじゃ、お主たちも食べぬか?」


 そんな妻たちの態度が、嬉しいのだろう、少し耳を赤くしたニワが小さなまんじゅうを両手に持ち妻たちに進めている。


「主殿、そろそろ……」


 セリスが俺の時間を気にしてか、左手を軽く引っ張った。


「ああ、そうだったな……」


 悪魔神殿から帰ってから俺の支配地での生活は平和そのもので実に有意義な時間を過ごしている。


 今は人族からの願い声も落ち着き(迷宮は対応しなくていいから楽)その合間を縫って妻たちの訓練に付き合ったりもしている。今日もそうだ。


「マゼルカナ、和菓子はいつものところに補充してあるからな。ニワも好きに食べてくれ」


「おお、クロー様は気がきくカナね」

「うむ」


「それじゃあニワ。ゆっくりしていくといい」


 エリザとマリーがソファーから立ち上がるのを待ち、妻たちと訓練所へと向かおうとしたところで、


「おお、そうじゃった、そうじゃった。クローや。ドの迷宮のグウがお主と話がしたいと言っておったぞ」


 忘れるところだったと、半分に割ったまんじゅうを両手に持ったニワが顔だけを俺に向けてきた。


「ドの迷宮のグウ……? そいつは迷宮の主だよな、なんでまた悪魔の俺に?」


「まあまあ、グウは迷宮友の会のメンバーの一人で、ワシとは迷友なのじゃ。話だけでも聞いてやってくれると有り難いのじゃが」


 そう言つつも二つに割ったまんじゅうを、どちらのまんじゅうから食べようかと悩み始めたニワ。なんか軽くないか。


 ――もしかして迷友って迷惑な友ってことじゃないよな?

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