第111話
——ん?
俺の前をゆっくりと飛んでいたセラが突然速度を落として隣に並んだ。
「何かあったのか?」
そう言いつつも、セラのお尻を見ていたことがバレたのかも、という思いもありセラの顔色を窺う。
——ふむ。
嫌な顔をしていないということはバレてないってことだろう。安心してセラの言葉を待つ。すると、
「……下の方はご覧になられましたか?」
なんてことない、ただ俺と話がしたかっただけのようだ。ただ黙って後ろ姿を眺めているよりは楽しい気分になった。
「想像以上に栄えているんだな……」
そう、俺たちは結構な時間飛んでいる。それなのに一向に街の終わりが見えてこないのだ。
それだけ人界とは規模が違う、悪魔と人族とではかなり力の差があるのだろう。俺には関係ないことだけど。
だが、均等の取れた同じような建物が延々と続く街並みはきれいだが、正直、変わり映えなくて面白味は感じない。
――ほぅ……いろんな種族がいるんだな……
地上では俺の知らない、見たことのない種族も多く、そんな悪魔たちが活動しているようだが、いったい何をしているのだろうか、商売をしているような悪魔は見当たらない。
――まあ、当然といえば当然か……
誰でも必要なものは感情値を使えばすぐに手元に届くわけで、仮に商売を始めたところで儲かるはずもない。
「悪魔界の住人はすべて悪魔神様の加護を受けた悪魔神兵です」
「……ほう」
――それはまた物騒だな……
「加護悪魔といいます。与えられた使命が違いますが、立場としましては配属されていない配属悪魔と同じようなものだと思っていただければ良いかと」
「ふむ」
――配属されてない配属悪魔とね……直接、自分で感情値を獲なくても支給されてるってことだろうか……
前世の記憶にある公務員みたいなもの? ……ん? じゃあなんだ、こいつら納値の心配をしなくてもいいってことだろうから気持ち的にはスローライフと変わらない?
そんなよく知りもしないことを勝手に考えていると、セラが少し遠慮した様子で口を開いてきた。
「ある条件を満たすと誰でも悪魔神様の加護を得ることができます。クロー様は、その……加護悪魔にご興味が……」
たぶんセラは俺のいいとこ取りのうらやま思想を感じとったのだろう。
少し考えたがやはり加護悪魔はないな。俺には配下もいれば大事な大事な妻たちもいる。
「……セラ。俺に悪魔神兵なんて無理だし嫌だぞ。これからもよろしく頼むよ」
少し不安げな表情を浮かべていたセラだったが、すぐに笑みを浮かべる。
「はい。お任せください」
ホント女性型の悪魔って美人が多いよな。セラ自身も、よく見なくてもかなりの美人さんだから、ちょっと笑みを浮かべてくれるだけで癒されるんだよな。
――ふむ。
ま、一番は妻たちの笑顔とおっぱいなんだけどね。
――おっぱいか……
ふと思いついたけど、妻たちに水着なんて着せたらすごいことになりそ……
——そうだ。今度は海に行こう。美綺の鎧に慣れた妻たちなら水着くらい平気だろう。際どい水着だって着てくれるかも。ふふふ。妻たちと海……ここしばらく休む暇がなかったからたまにはいいだろう。ふふふ……スローライフに海……
「……さま…」
「クロー様?」
「ふふふ……ぁ!?」
セラの声に冷静さを取り戻した俺だが、セラの視線が少し冷たい気がする。
もしかしたら妄想に浸っている間に何度も呼ばれていたのかも知れない。
「セラすまない。少し妄想を……じゃなく考え込んでいたようだ」
「そうでしたか、それは申し訳ございませんでした」
「いや、いいんだ。それより何か気になることでもあったのか?」
セラが何か言いたげな顔をしていたので尋ねてみる。珍しいなそんな顔は。
「はい。クロー様……ご確認なのですが、クロー様は力を得たくてナナ様をお側に置いたのですか。それともつながりを求めてのことですか?」
――力? つながり? ふーむ。たしかにナナはどこかのお嬢様っぽいが……
首を捻りつつ思い付くことを適当に話してみる。
「……力とか繋がりとかよく分からないが、ただなりゆき、偶然出会い気づけば配下になっていただけだな」
「そう、なのですか……つながりはないと思ってましたが、しかし、クロー様のそのお姿は間違いなく悪化を……」
セラが右手を軽くアゴに当てて、何やら一人悩み始めてしまった。
――悪化? ……悪化ってなんだ。途中でやめるから気になるぞセラ。
「俺にはセラの言っていることの意味が分からないのだが……」
それでセラに説明を求めてみたのだが、
「……ナナ様が伝えているものと思いましたが……ナナ様もあんな様子……もしやナナ様ご自身もご存知ではなく……うーむ……そうだとすれば……」
セラは一人で悩み始めていた。どうも俺の声は届いていない模様。
「セラ?」
「……!?」
俺がセラの顔の前で手を振り、もう一度呼びかけてみると、セラが慌てて俺を見た。
「……これは、私としたことが申し訳ございません」
「気にするな、それより何をそんなに考えていたんだ?」
「はい。私はクロー様の専属悪魔です。クロー様が何も知らないとなるとやはり危険だと判断いたしました。
立場上可能な範囲でしかお教えできませんが聞いていただけますか?」
――危険?
急に真剣な表情になったセラがそんなことを言う。
――嫌な予感しかしない……
「ああ」
とりあえずどんなことを聞いても取り乱さないように心を強く持つ。
「では、まずナナ様です。ナナ様は、南人界の管理を司る特級悪魔シュラル様の眷属だということはご存知ですか?」
――ぶふっ!? ……いきなり危険なワードが出てきたが……お、落ち着け、落ち着こうではないか……
「……セラすまん。特級悪魔とはなんだ」
――実は大したことない話につながるかもしれないしな……
しかし、最近は俺の記憶にないことばかりで困る。俺はたしかに十数年もの間、睡眠学習を受けたはずなのに、なぜこうも知らないことばかりなんだ。
それに、ナナもたしか、支配地持ちの悪魔になったら知る情報もあると苦し紛れに言ったことがあったが、特別な睡眠学習でもあるのか? それとも、前世の記憶が残っていた分キャパオーバーになったとか。
——……ありそうで怖い。
こればかりは誰も教えてくれないからな……
——おっと、セラが不思議そうに俺の顔を見ているじゃないか。
「すまん。俺にはその辺の知識が抜けているようなんだ」
俺がそう言うと少し驚いた様子のセラだったが、すぐに答えをくれた。
「そうなのですか……特級悪魔とは、第一位格悪魔になった者の中から特に優秀だと悪魔神様に認められた者です。悪魔界には四人しかおりません」
「第一位格悪魔のさらに上、そんなものが……あるのか」
「はい。その四人は特別に人界の管理。東人界、西人界、南人界、北人界、の一つを任されます」
――人界が四つ?
「人界は四つもあるのか?」
「はい」
――四つ……そういうことか。どうりで……おかしいと思ってたんだ。支配塔のトビラの数はやたらと多い……その割には俺の支配地の周辺はスカスカ……納得だな。
「その四人は特級悪魔になられた際、支配地を解放していますので支配地こそ所有しておりませんが、得られる感情値は、任された人界の中で納められた感情値の一部を管理料として獲ることができるようです」
「……ほ、ほほう。それはまた、とんでもない数値になるのだろうな。まぁ……俺には関係ない話だろうが……」
――考え方としては国税と地方税みたいなもんだが……その分納値が増えるわけじゃないからな。
「はい」
「なるほど。それでナナは、そのシュなんたらってヤツの眷属だったってことだよな……なるほど、なるほど……たしかに何も知らなかったら危険だったな……」
――よし。今日からナナの仕事は屋敷内のパトロールに変更しよう。
やばい、セラが少し呆れた様子で俺を見ていた気がする。
「そうではありません。ナナ様の保有する血統魔法が少し危険なのです」
「血統魔法? ああ、たしか〈権力〉だったか……俺は一度使われているが、自分の不利な条件でしか発動できないようだし特別危険視するほどのことではないと思うが……」
「いいえ。それも狙った主の配下として確実に仕えるためのものですから油断ならないのですが。後の二つ、〈衝動解(しょうどうがい)〉と〈骨抜き〉こちらに問題があるのです」
「衝動解と骨抜き? 嫌な魔法名だな……」
「非常に危険で常に警戒すべき魔法です」
セラが二つの魔法について簡潔に教えてくれたが、その存在を知らなければたしかに危険な代物だった。
衝動解、これは悪魔なら誰でも、内に秘めている黒い衝動(破壊衝動と殺戮衝動)通常ならば無意識に自我を保とうと抑えている衝動なのだが、もちろん感情が昂ぶれば自分でその枷を外してしまう悪魔もいるが、この魔法はその枷を緩めて増幅させてしまう厄介なもの。対象者は契約を結んだ主のみ。
ナナの場合は配下契約している俺にあたる。
だがこれは魔法と言ってもナナ自身の意思とは関係なく常時発動しつづけるタイプのものらしいがその消費量は僅か。ただし、魔力が切れようがその発動は途切れることはなく、命を削ってまでも発動しつづけるというナナ自身にとってもリスクの高い魔法のようだ。
この魔法の下ではちょっとしたことで黒い衝動が増幅され襲いかかってくる。下手をすればその黒い衝動に呑まれ自我を失ってしまうらしい。
だが、その黒い衝動に呑まれず抗い、逆に取り込めれば今までとは比べ物にならないくらいの力を得ることができるらしい。
黒い衝動に呑まれる状態を悪化というらしく、俺はこれを何度か経験しているだろうことをセラに言われたが、姿が変わったくらいで俺にその自覚はない。
では逆に、この魔法で増幅された黒い衝動に呑まれてしまうと、破壊と殺戮の限りを尽くしその果てに虚無感に襲われる。
——あれ、なんか身に覚えが……
虚無感に襲われたものは人格が崩壊し他人の助力なしでは立ち直ることは難しいだろうとセラが言う。
そしてその虚無感に襲われているタイミングでもう一つの骨抜きが発動され、はれてシュラルに忠実な駒のできあがりとなるわけなんだと。
そうやってシュラルは眷属を送り出し駒を増やしつつ自身の地位を盤石なものとしていったらしく、今でもそれは継続されているそうだ。
では、その送り出したナナを含めたその眷属が何者かと言うと、実はよく分かってないらしく。シュラルの子どもではないことはたしかなようだ。
一番有力な情報としてはクローンではないかという。
なんでも俺みたいなブラックホールのような悪魔の渦に湧いた、一般的な悪魔にシュラルの固有スキルらしいクローン血種を与え生き残った者を保護するという話。
ほんとうの意味でのクローン悪魔ではなさそうだが、シュラルの能力の一部や血統魔法を使えれば問題ないのだろう。
だがナナの場合は元々の個体の自我が強くシュラルの意思が感じられないとセラが教えてくれた。
それが分かっただけでも少しホッとした自分がいる。
――なるほどね。あの時の抑えきれない黒い衝動や虚無感はナナの魔法の影響もあったのかもな……
「セラありがとう。これで不可解だったことの一つが分かった。
だがまあナナは俺の配下であることにはかわりないぞ。
なぜこのことを今のタイミングで俺に」
「はい。実は先ほど配属悪魔であるセバスから連絡が入り、悪魔神殿に仲介役としてシュラル様がいらっしゃるというのです」
そう言ってセラは小さく見えてきた悪魔神殿を指差した。
その神殿は悪魔神殿というだけあって禍々しい雰囲気に包まれているが神々しさも感じる。
「特級悪魔が仲介役……なぜ?」
――何で、そんな奴がわざわざ出てくるんだよ。
「シュラル様が南人界の管理者だからだそうです」
「俺の支配地は南人界にあるってことか。それでもわざわざ本人が出てくる必要はないんじゃないのか?」
「はい。そうなのです。私も突然のことで何を企んでいるのか読めません。
それで、つながりのあったナナ様のことだけでもお伝えしたところです。余計なお世話でしたでしょうか?」
「いや、そんなことないぞ。……セラ助かった」
――まったく情報がないより遥かにマシだ。
「いえ。私にはこれくらいしか……」
やはりセラも何やら気になってる様子でどこか上の空。覇気もない。
――参った。厄介ごとの匂いしかしない。
「行くしかないよな」
「はい」
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